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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
紡ぐ物語
159/162

157.真弓示現

大変長らくお待たせしました。

「ツムさん、今日も……っすね」


 駒内カレンは、病室の外で呟いた。

 それに応じたのは、海外より戻ってきた澄川彩姫。

 彼女は壁に背を預け、腕を組みながら病室を見つめる。


「巌人さまが日本に送られてから……数日。いえ、こちらに戻るより前もあのような状態だったので?」

「そうっすよ……。なんだか、こう。師匠が倒れたってことよりも、それに対する怒りよりも……それを見て、聞いて。ツムさんの反応があまりにも小さくて……それが今は心配っす」


 控えめに言って、二人の内心はごちゃごちゃだった。

 絶対的な強さの敵と。

 絶対的な強者の敗北。

 その場に居合わせることができなかった無力感。

 彼を倒した相手への憎悪。

 これから来る戦争への不安。

 全てが織り交ぜになった、暗黒色の負の感情。


 ――おそらくは、それを優に超えるであろう、少女の激情。


「師匠が殺されたって聞いて……ツムさん、『……そう』としか言わなかったっす。私が驚いてどうしようかって時に、逆にツムさんに落ち着けって言われたっす。……本来なら、その逆じゃないといけないはずなのに」

「……別に悔やむことではないでしょう。それだけあなたが巌人さまに好意を抱いているということ。べつに恥ずかしがることではないはずです」


 どこか事務的な雰囲気すら感じさせる返答。

 それには、カレンも思わず問いかけた。


「……彩姫ちゃんも、大丈夫っすか?」

「……大丈夫なはずがないでしょう」


 大丈夫なはずがない。

 身内を殺され、正常でいられるはずがない。

 それが普通だ。正常だ。

 だからこそ断言できる。


 あの少女は普通ではないのだと。


「確かな怒り。……それこそ、私たちが病室に入るのをためらってしまうほどの怒気。……だけど、巌人さまの手を取る彼女の姿が……その光景が、私に『割り込むな』と叫んでる」


 それは、一種の神聖だった。

 病床に伏した青年の手を取る小さな少女。

 その横顔はどこまでも慈愛に満ちていて。

 その関係性の根底には、底なしの信頼があるのだと垣間見える。


 言葉を返す余裕がないくらい、激怒していても。

 腸が煮えくり返るような思いで居ても。

 死に体の青年が再び立ち上がることを、これっぽっちも疑わない。

 その激情に、悲しみだけは欠片もない。


 だって、彼は再び立ち上がるから。確実に。


 そういわんばかりの姿に。

 二人は、病室に入ることさえできなかった。



「……べつに、はいってもいいのに」



 ふと、声がした。

 顔を上げると病室の扉は開かれていて、一人の少女が姿を現す。


「つ、ツムさん……!」

「とりあえず、えねるぎーの注入は終わったから。そろそろお出かけしようかとおもって」


 彼女は病室の中を振り返る。

 青年に動く気配は無かった。

 世界最高峰の技術で傷のすべてが癒えただけの肉塊。

 生物学的に、二度と動くはずのない死体。

 どこまでも冷たく冷やされた病室の中で、青年は眠っていた。


()()()()()()()()()()。私もそろそろ、うごかないとだし」


 彼女の連絡器には、驚くほどの着信履歴が残っていた。

 それだけ現状は切羽詰まっていて。


 彼女はその履歴を一瞥し、病室にお別れした。




「またね兄さん。例のヤツ、殺したらまたくるから」




 とてもさわやかな笑顔で。

 それでも零れ落ちた憎悪は、どこまでも黒ずんでいる。




 ☆☆☆




「……まゆみじげん?」

「真弓示現です」


 紡の不思議そうな声に、澄川彩姫は復唱した。


「……信用できるかどうかは別としても、時計塔の魔術師アイが示したのは、敵勢力の中核を担う最高戦力、真弓示現を味方に引き入れること。それだけでした」


 逆に言うと、彼女はそれ以上を示さなかった。

 曰く『すべては上手くいっています。真弓示現という存在以外は』とのことだ。

 それだけその男を警戒しているのか。

 或いは、その男以外を楽観視しすぎているのか。


(……いや、本当に記録盤とやらが説明の通りなら)


 あらゆる記録を保持する彼女が、楽観などするはずもない。

 といっても、それらの根底には『アイが嘘をついていない』という前提条件が必要だが。

 彩姫はその考えをしまい込むと、自らのタブレットへと視線を落とす。

 ……いずれにせよ、信じるしかないのだ。

 現状、これ以上悪い状況には陥らない。

 それだけの危機的状況に、人類は陥っている。

 なら、頼りない藁でも縋るしかない。


「しっかし、本当にこんなところで目撃情報あったっすか?」


 ふと、二人の後ろから声がする。

 彩姫は辟易とした顔を隠そうともせず振り返る。


「……なんでついてきたんですか」

「え?」


 そこにはもう一人の同居人、駒内カレンの姿があった。


「貴方は特務ではないんですよ? 危険な任務に連れていくだなんて……」

「何言ってるっすか! 師匠が倒れて、最大最強のピンチに一人だけお留守番とか地獄っすよ!」


 ……まあ、猫の手も借りたいというのは正直なところ。

 だけど、猫の手一つで覆る現状でもないのが本当のところ。

 それに、特務以外の一般人を巻き込むのは、さすがの彩姫も憚られた。


「気持ちは凄く分かりますし、うれしく思うんですが……」

「彩姫。たぶん、言っても無駄」


 困った様子の彩姫を前に、紡は呟く。

 理念が正しくとも、実力が伴わなければ意味がない。

 ――とは、様々な場面で聞く言葉。

 だが、その言葉がどんな場面、どんな相手にも『効く』とは限らない。


「……ほら、あれ。なんていうの? 魔法もなんか役立つかもしれないし。……それに、ほら。なんか……そう。私がまちがって燃やしたやつ、カレンの水なら消せるかもしれないし。それに、カレンの頑固さは我が家最強。だれも勝てない」

「またテキトーなこと言わないでくださいよ……」


 紡までカレンの参加を望み始め、彩姫はいよいよため息を漏らす。

 その様子を見てそわそわしだしたカレン。

 彼女の様子を見ていた紡は、それに、と続ける。


「それに、カレンはつよい。すくなくとも、異能を使わなかったら。ここにいる誰よりつよい」

「……まあ、それは否定できませんね」


 果たしてそういう場面が来るかは分からない。

 だが、南雲巌人をして「天才」と言わしめた殴りの達人。

 危険だと心配こそすれど……彼女の戦力は、本音のところでは喜ばしい。


「……まあ、紡さんがそういうのであれば、私から言うことはありません。……ただしカレン。守りませんよ? そういう余裕はありませんから」

「分かってるっすよ! 私が彩姫ちゃんを守るっすから!」

「なるほど……分かってないですよね」


 気を引き締めるつもりの言葉も効かず。

 気合を入れるようにガッツポーズをしたカレンに、二人は思わず苦笑い。

 そんな二人の気持ちをよそに、カレンは彩姫の持っていたタブレットへと視線を向けた。


「で、その地図を見るからに、ここで目撃情報があったってことっすよね? その真弓示現とかいうご年配の人」

「……ええ、見た目は三十代のようですけれどね」


 ここで話は本筋へと戻る。

 二人と一人がこの場へとやってきた理由。

 場所はサッポロの防壁内の一角。

 あまり人の往来の無い、閑散とした工業団地。

 その場所に、その建物は立っていた。


 ボロボロの外装。

 かつては光り輝いていたであろうカラフルな装飾。

 看板は半分崩れ落ち、外観だけで文化遺産に登録されそうな勢いの廃屋。

『防壁が出来上がるより前からあった』と、誰かが言った。

 その通りだと、三人はその建物を前に確信した。

 それだけの年季があった。


 ただし、それだけの『風格』は一切なかった。


 でかでかと書かれた表札。

『パチンコ』と。

 しかも害悪なことに、『パ』と『チ』の間に『・』がある。

 なんたる醜悪。というかただの下ネタ。

 彩姫は思いっきり顔をしかめた。


「パ・チン……」

「そこで区切らないでもらえますか?」


 紡の呟きを最後まで言わせない。

 この表札を呼んでしまえばそれが最期だ。

 年若き少女として大事なモノを失ってしまう。

 そんな彼女の心配だったが、しかし、隣にいた元気の塊は特に気にしていなかった。


「なるほど! パ・チ〇コっすか! 変な名前っすね!」


 無言の拳骨が、カレンに堕ちた。


「――うごっ!? な、なにするっすか彩姫ちゃん!?」

「ああ、巌人さま……なんでここに居ないんですか……」


 本来なら絶対的な影響力を持つ巌人(ストッパー係)の不在。

 まるでツッコミ不在の漫才のような危機感を彩姫は感じた。

 常識人の皮をかぶった非常識ブラコン、紡。

 特に何も考えてない脳筋ブルマ、カレン。

 南雲巌人が居るだけで色ボケる吸血鬼、彩姫。

 なんたる混沌(カオス)

 一時期はその一角を担っていたのかと思うと、彩姫は自分で自分が恥ずかしかった。


「そうだなぁ。南雲巌人が生きてたら、まだちょっとは楽しめたのかも知れねぇな」

「なにいってる。兄さんはべつに死んでないし……」





「「「!?」」」




 何気なくかけられた言葉。

 何気なく返した言葉。


 それが、三人の警戒度を一気に引き上げた。


 咄嗟に距離を取り、背後を振り返る。

 その時には三人が三人とも臨戦態勢で。

 目の前には、よく見知ったる次元の異常が渦巻いていた。


「わ、ワープホール!?」

「ご名答」


 紡の肩に、背後から手が伸びる。

 寸前で気配を感じた彼女は炎を噴き上げるが、その時にはすでに気配は遠ざかっていた。


 たった数秒の攻防。

 ……いや、攻防というより、ただの悪戯。

 それだけで紡の息は荒く上がり始めていた。


「へぇ。さすがは鬼の血統。これっぽっちで力の差を理解できるとは見上げたもんだ。白河の野郎は絶滅しただとかほざいてやがったが、ちゃんと生き延びてんじゃねぇか」

「しらかわ……白河言外か?」


 声の主は遠くに座っていた。

 崩れそうな看板の上。そこには白髪の男の姿があった。

 ぼんやりとした目で空を見上げ、やる気の欠片も見当たらない。


 それでも、異常なまでの恐怖があった。


 ある一定の強さを超えると、直感で相手の力量が分かるという。

 三人は既にその一定を超えていた。


 その三人が、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その異常性。

 南雲紡は断言できる。

 相対し、相手の力量が分からない……などと。



 未だかつて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 絶対化……だとか。

 能力における有利だとか。

 そういったものを一切度外視した上で。


 三人は初めて見た。


 本当の意味で、『南雲巌人の同類』、を。


「なるほど……これは、敵に回しては勝てませんね」


 相手側に南雲巌人が一人いるようなものだ。

 加えて相手は異能を使う。

 そんなもの、今の戦力でどうすればいいというのか。

 なるほど『勝利の絶対条件』とはよく言ったものだ。


「おまえが……真弓示現?」

「ご名答。……はてさて、どっから情報が漏れたんだろうなぁ……?」

「おまえがこんなパチンコ屋にどうどうと出入りしてるから」


 紡の即答に、真弓示現は額を手で叩く。

 そりゃそうか、とでも言いたげな表情を前に、紡の額に青筋が浮かぶ。


「……お前には、聞きたいことがある」

「お願いしたいことがある。の間違いじゃねぇの? 仮にも人類、白河言外を止めるってなると、俺らのうち誰かを味方に引き入れないといけねぇじゃねぇか」


 すでにこちらの思惑などお見通しなのだろう。

 いうだけ無駄という彼の言葉に、紡はされど、否定を示した。


「いや、おまえに助けは求めない。人類が滅びようと関係ない。私にとっての世界は、どこをさがしたってひとつだけ。……白河言外は、その世界を傷つけた」

「ちょ、つ、紡さん!?」


 彩姫の焦ったような声。

 されど彼女は止まることはない。


 彼女は憎悪を隠さない。

 世界の存亡など興味もない。

 ただ、彼さえ居てくれればそれでいいから。


 だから、と。

 南雲紡は暴走する。



「お前に聞くのはひとつだけ。――白河言外はどこに居る」



 その怒気に。

 真弓示現は、どこか眩しそうに目を細めた。


次回、南雲紡VS真弓示現

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