156.絶望と希望
「と、そんな感じです」
絶句。
その表現が相応しかった。
理解が追いついていない訳では無い。
非常に解りやすく、明快な説明だった。
だからこそ絶句した。
それが本当なのだとしたら。
白河言外という男は、天才なんて言葉じゃ言い表せない。
「ある意味、白河言外は正しかったのでしょう。彼の思い込みは正しかった。異能も魔法もない個の力で、たった数十年で世界を改変するなんて……現人類史の『人』の枠には収まらない」
故にこそ見下した。
猿だと蔑み、見下げ果て。
その上で、自らの性能をこれ以上なく明確に示して見せた。
「……だがよ。今の話じゃおかしいんじゃねぇか?」
ふと、弟子屈雄武が異論を挟む。
「勉強しか脳のねぇインテリが、どうして南雲巌人を屠れるってんだ? 俺の目が正しィんなら、あのジジィは南雲巌人と同等の速度、同等の拳をもってやがった。……んなもん、土台無理な話じゃねぇか」
「ええ、そうでしょうね。彼がまだ人間であったなら、の話ですが」
その言葉に、本日何度目とも知らぬ緊張が走る。
「彼が異能に目覚めたのは、世界変革の少し前。彼は自らに備わった新たな力を前に考えた。『これは人の身で使えるような力ではない』と」
「……だから、変えたと?」
緊張交じりの言葉に、アイは静かに頷いた。
「アンノウンを造ったような怪物です。自らの肉体を改造、強化することなど容易かったでしょう。加えて彼の異能が、全ての無茶を可能に変えた」
白河言外の持つ【異能】。
この場に居る全員が知りたい情報。
突然死の原理より。
彼の保有する兵力より。
南雲巌人を単体で屠り去ったという、その異能。
未知に包まれた、おそらく現状最凶であろう、その力。
それでいて――誰もが既に、【最悪の仮定】として考えているモノ。
「白河言外が持つ異能。その名は――【絶対化】」
それは、世界で最も有名な異能。
人類の守護者たる【防壁】に掛けられた、古き英雄が異能。
全てを防ぎ、全てを反射し。
あらゆる外敵の侵入を禁じる。
世界で最も多く、人を救った異能。
されど、その名を聞いて疑念の声はない。
……かもしれないと、思っていたから。
150年を生きる怪物性。
南雲巌人をして傷つけられなかった防御力。
そして、世界でも有数の、防壁を破壊できる異能。
それらをすべて実現できるのは、その異能しかありえない。
「し、しかし……、な、何故……ッ」
「……言いたいことは分かりますよ」
その場にいた皆が、きっと言いたかったこと。
なぜ白河言外は、防壁なんてものを作ったのか。
なぜ彼は、一度人類の味方に回ったのか。
アイは過去を見て、目を細める。
「……まあ、それは本人に聞けばいい話です。問題は、絶対化という歴代準最強の異能を持ち、南雲巌人に匹敵する身体能力を持つ怪物――白河言外を、どうやって倒すのか、という話になります」
言語化すればする程に、無理難題。
絶対に傷つけられない異能。
それを破壊できる異能が存在するのか。
仮にその異能があったとして、その人物にあの身体能力を凌駕できるのか。
真っ先に候補に上がるのは、枝幸紗菜。
だが、いかに彼女といえど絶対化の異能を越えられるかどうかは……正直わからない。
誰もが口を開くのを躊躇う中、アイは額に手を当てた。
「……絶対化を打ち破れる人物は……そうですね。生存している中では三人だけでしょう」
「……三人、も居るのですか?」
彩姫は思わず声を上げる。
「といっても、うち一人は南雲巌人です。彼は半生半死につき……実質、白河言外を倒せる人物は二人だけになります」
アイは、とある方向へと視線を向ける。
残る二人の内の一人は、既にこちら側についている。
何もせずとも、白河言外の前に立つ。
そうに決まっている。
だけど、それだけじゃ足りない。
「白河言外に勝利する。……その最低条件として、ある人物を味方に引き入れなければなりません」
「ある人物…………って、魔術師ガール。先程の話を鑑みるに、なんだか嫌な予感がするのだけれど」
確たる証拠は何も無い。
だが、先程アイが語った過去を思い出し。
グレイジィは、嫌な予感に駆られた。
「その、嫌な予感の通りですよ」
そして、アイは告げる。
白河言外を倒せる存在。
それでいて、絶対に敵に回してはいけない存在。
生まれながらの怪物にして。
白河言外をして、別格と言わしめた天才。
「その人物の名は――」
☆☆☆
「――示現。何をしているんだい?」
聞きなれた声。
銃を片手に俯いていた男――真弓示現は顔を上げた。
「白河か。傷は癒えたのか?」
「問うているのはこちらなのだがね。それに、この腕を見れば分かるだろう。答えは全く癒えていない」
彼は片腕にギプスをはめており、その腕がまだ言えていないのは誰が見ても明らかだった。
それでも問うたのは、ただの嫌味か。
「だろうな。お前さんの絶対化は死ぬほど硬いが、それだけだ。一度受けた傷には何も出来ない。絶対化の硬度を上回る強度をぶつけられれば……白河。お前はただの一般人に成り下がる」
「耳が痛い話だね。絶対化の力に慢心し、自分の身体に治療効果を植え付けなかったツケが来たのかな」
その言葉を聞いて、示現は銃を机に置いた。
「まぁ、お前さんの異能を筋力でぶち抜く、なんて誰も考えんだろ。だが、考えてみりゃ道理だよな。異能もあくまで、人間が作った力なんだから」
「…………」
示現の嫌味に、白河は言葉を返さない。
人の力に、人の力が勝る。
そんなものは当然のことだ。
より優れた方が勝つ。
今回もまた、その優劣がついただけ。
言葉を返さない白河に、示現はさらに言葉を重ねる。
「つまりだ。南雲巌人はテメェの探し求めた【相応しい人間】の代表例だったってワケだ」
「そうだな」
「それを、お前は殺したな」
「……あぁ、そうだな」
まるで気の籠っていない返事。
それを聞いて、真弓示現はため息を漏らす。
「……お前も、随分と変わっちまったな」
その言葉に、初めて白河は明確な反応を示す。
「……変わらざるを得ないほど、人類というのは愚か極まりなかったのさ」
その言葉に籠っていたのは、ひたすらの憎悪。
空気が重く感じるほどの殺気。
それを真正面から受け止めて。
それでも真弓示現は動じない。
「ま、どうだっていいけどよ。俺はお前さんについて行くだけさ。それが楽で楽しいからな」
白河言外は、部屋の外へと歩き出す。
その背中を一瞥し。
もう一人の怪物、真弓示現は呟いた。
「お前より【面白い奴】が現れねぇ限り、俺はお前の味方でいるさ」
究極の極楽主義者――真弓示現。
人が勝利する最低条件。
それは、彼を味方に引き入れること。
それ以外には有り得なかった。