151.宙から堕ちた、終末兵器
時計塔の魔術師。
その女はそう名乗った。
人造のアンノウンを作っていた魔術師――カーマ。
彼と同じ所属でありながら、されど、不思議な雰囲気を醸す人物。
「……電脳王から聞いてはいたけどネ。世界には、かの力をもってしても探り切れない深淵がある。機械の介入しない神秘がある、と。……あの小物を見たときから疑念だった。アレが電脳王に勝るかね、と」
「グレイジィ・ブラックリスト……でしたか」
当然のように、アイ、と名乗る少女は名を呼ぶ。
「カーマ。あの方を小物と称するのは、素直に感心します。あの方は思想こそ破綻していましたが、それでも魔術師としては超一流だったんです」
「……まあ、南雲ボーイから聞いた限りは、相当な使い手だったのは否定できないがね……」
言いつつも、グレイは少し疑念を抱く。
彼は今、カーマを小物と考え、口を開いた。
実際の音としては『カーマ』と発言したはず。
それが……どうして今の言葉に繋がるのか。
……先の言葉の流れから、そういう風に意訳しただけだろうか?
わずかな違和感に首を悩ませる彼をよそに、弟子屈がいう。
「んなこたァどーだっていいんだよ。時計塔の魔術師? すべてを知る者? 大した肩書じゃねぇか。そんなお偉いさんがどーしてこんなところに来やがってんだ?」
「……ふむ」
彼の言葉に、沈黙するアイ。
彼女はしばしの思考の後に顔を上げた。
「……思えば少し過大表記でしたね。何でも知っていることは事実ですが、魔術師としては三流ですし、言ってみれば、私は時計塔に在籍するしがない【司書】にすぎません」
「――っ」
司書、と。
その言葉に、弟子屈以外の全員が反応した。
この土地での任務が始まるより先に、電脳王から聞かされたこと。
――ロンドン時計塔の、司書を探せ。
気づけば彩姫は顔を上げており、鋭い視線でアイを貫いている。
「……最近入ったばかりの、司書見習い。そう言いませんでしたか」
「おや、私に気づいていて無視していたのでしょうか。とても悲しいです」
「純粋に、貴女に構っている場合ではないと判断していました」
図書館で出会った、よく分からない女性。
確かに怪しい、確かに気になる。
だが、現状はそんな魔術師一人に構っていられるほどの余裕がない。
そして、彩姫自身にとっても。
「全知や千里眼……そういった人の身に余る神秘が実現できようはずもない。事実、過去から現在に至るまで、そのレベルの異能を発現した人物は皆無でしょう。なぜなら――」
「全知などという特大の神秘、南雲巌人の『存在力操作』以上の反則だから、でしょうか?」
まるで言葉を先読みするような物言い。
……否、本当に先読みして見せたのだろう。
アイの言った言葉は、彩姫が言おうとしていた言葉と一言一句違わなかったから。
「確かにその通り。この現実において――全知という神秘は存在し得ない。南雲巌人の異能こそがこの星における最大の特異点と言えるでしょう。アレ以上は、おそらく未来に現れない」
「ならば――」
「――ですが、それはあくまでこの星に限る話です」
その言葉に、一同の思考が停止した。
言葉が咄嗟に詰まってしまう。
「な、なにを――」
「宇宙上の別文化体系、他の世界線、上位世界。そういったものが無いという根拠がありますか?」
そんなもの、在るはずがない。
――とは、此処に居る全員が断言できなかった。
何故なら、この世界には異能という神秘がある。
幾ら世界に馴染み、文化と定着し、日常化しようとも。
それは神秘に違いなく、神秘の延長線上にそう言ったものがない――とは、言い切れるはずもなかった。
「まあ、簡潔に言えば、これは物語なのです」
「……物語」
そう、物語。とアイは続ける。
「ある個人が描いた、文字列か、絵図か、あるいは映像か。いずれにしても無数に散らばる物語の内、たった一つに過ぎません。……そう仮定するとどうでしょう。他の世界だってあるに違いない。そう思えてきませんか?」
「……スケールが、少々大きすぎますね」
「実は私も同感です」
あまりの大言壮語。
彩姫の言葉に、アイはすかさず同意した。言った本人が、だ。
「おちょくっているのですか」
「滅相もありません。ただ、他の世界からの漂流物――としか、表現できない神の具現。それがこの世界には存在することを説明したかったのです」
「……それが、さっき言ってた【ワールドレコード】とかいうなんちゃらか?」
「なんちゃら、なんていう言葉で表現されたくないのですが……まあ、その通りです」
どこか不満げに、アイは言う。
彼女は一同へと背を向け、扉の方へと歩き出す。
振り返った彼女の瞳は、真剣そのもの。
「どうか、ついてきてくれませんか。世界が滅亡の瀬戸際とあっては、時計塔の司書として、中立の座から立ち上がらなければならなくなりましたので」
「……それは、敵か味方か、どちらの方に付くつもりでの言葉でしょうか」
彩姫は立ち上がる。
その目に宿る、鋭い憎悪。
その瞳を見て目を細めたアイは、無表情を壊すことなく口にした。
人類最終とも呼べる、個人の名と共に。
「より勝率の高い方。――今回で言えば、南雲巌人のいる方です」
☆☆☆
時計塔の魔術師は、かく語る。
「ずっとずっと昔のこと。……正直どれだけ昔か、さすがに私も分からないくらい昔。
この世界に――この星に、力の結晶が落ちてきた。
それは星の地殻を砕き、中心付近まで根を伸ばし、星の過半を粉砕した。
その際に砕けた外殻は大半が宇宙に消えたが、その一部が集まり、形を成し、今の【月】が生まれたのですが……まあ、それは今語るべき話でもないでしょう。
今語るべきは、その【力の結晶】についてです。
エネルギーの塊とでもいうのでしょうか。
何色にも染まっていない、真っ白な力の奔流。
つまりそれは、どのような用途にも用いることのできる万能エネルギーでもありました。
まあ、どんな願いでも叶う――と。
そんな夢幻の妄言すら、しらふで言えるほどの超エネルギーです。
それは、星の内海に沈みました。
ああ、それでも物理的なモノです。
内核の近くまで沈んで、そこで力の塊は星に力を与えました。
結晶の墜落によって滅んだ星は規模を縮小しながら球体を取り戻し、幾億年とかけて生命体すら生み出しました。やがて、知的生命体すら作り出し、立派な文化体系を生み出したのです。
――ですが、これでは話が飛躍しすぎましたね。
少し話を戻しましょう。
力の結晶が最期に力を使ったのは、おそらく恐竜時代の終焉の頃。
巨大隕石の墜落によって地表の生命体がほとんど絶滅した頃。
力の結晶は星の修復にエネルギーを使い、一時的な眠りにつきました。
さしものエネルギー体も、二度も星を救い、修復するのはきつかったのでしょう。
自らの体内で再びエネルギーを回復させるための、休眠に入りました。
そして……そこからはあくまで妄想でしかありませんが。
無理やりの修復の影響で、地盤が大きく変動。
上から下からひっくり返すような強制修復の途中で、星の中心に在った力の結晶が地表にまでこぼれ出てしまったのです。
そして、それを拾ったのが――私たち人間という種族だった。
時期的に言うと、弥生時代。
そう表現――表記したほうが、皆様的には分かりやすいでしょうか。
そう、卑弥呼です。卑弥呼。
あの人が、奇跡的にも力の結晶を発見してしまった。
……いいや、表現がふさわしくありませんね。
力の結晶に触れた一般人がいたからこそ、卑弥呼伝説は誕生した。
その表現がふさわしい。
その時点で、力の結晶は大分エネルギーを取り戻していました。
先も言いましたが、真っ白なエネルギー体。
何色にも染まり、どんな夢でも具現化する、超エネルギー。
もちろん、それが誰かの手に触れてしまえば――たとえ無意識下の願いであっても聞き入れてしまう。
その人物の色に、染まってしまう。
……ここまで説明すればお判りでしょうか。
さすがは卑弥呼。
エネルギー体はいい人物に巡り合いましたね。
これが噂に見聞きするジャックザリッパーとか、ああいった殺人鬼の手に渡っていたら……なんかこう、最大効率で人を殺すためだけの兵器とか、そういうものになり果てていたかもしれません。
閑話休題。
そして、卑弥呼は願った。
願ったのか、無意識の願いをかなえられたのか。
詳しいことは……まあ、卑弥呼のプライバシーのために伏せますけれど。
そこで、エネルギー体は色に染まった」
場所は、時計塔の最深部。
司書、アイの保有する自分の部屋。
限りなくプライベートな空間であり。
世界でもっとも、貴重なモノを封印する空間。
それは、グレイの探知ですら到達できなかった深淵。
それは、電脳王の手が届かなかった神秘中の神秘。
その最奥に、ソレは在った。
「な、なんですか……これは」
「星の誕生より存在し、今なお現存する――惑星最古の記録器具」
記録器具――には、間違っても見えない。
乱雑に敷き詰められた、無数の本。
それらの上に、まるで日用品のような気軽さでおいてある。
石のような、レンガのような、粘土のような。
あきらかに時代錯誤の、一枚の板。
アイは、一抱え程あるソレを手に取る。
なんでもないような、ただの板。
それを前に圧倒される。
言葉が失せる。
疑念が潰える。
本能的に理解ができた。
南雲巌人が人類史が生み出した最終兵器だとすれば。
これは人知を超越した何か。
星そのものが生み出した――否。
彼女の言葉を信じるのなら、星すら生み出した何モノか。
宙から堕ちた、終末兵器。
「改めまして、私の名はアール・フォン・ゼルブ・イースター」
兵器の名は、記録盤。
星すら砕く、力の成れの果て。
星すら癒す、力の奔流の到達点。
記録する――という、ただ一点に染まった力の結晶。
されど、そのエネルギー量はなお健在。
「全てを教え、全てを記録し、過去より未来全てを推測する」
南雲巌人が武の究極だとするならば。
相反し、記録盤は知の究極。
その潜在的な脅威は、武の究極にすら劣らない。
「とても個人的な理由により、あなた方に手を貸しましょう」
「……個人的な、理由とは」
冷や汗を流しながら、彩姫は問うた。
爆発すれば、星すら残らぬエネルギー体。
其れの所有者が抱く、個人的な理由。
三割は好奇心。
残る七割は恐怖と警戒を抱いたからだ。
それに対し、彼女は驚いたように目を丸くして。
さながら一人の少女のように、当然のことを口にした。
「だって、世界が滅んだら本を詠めないじゃないですか」
それは本当に、とても個人的な理由だった。
今作の『ワールド・レコード』、というタイトルですが。
絶対者、という意味でのワールドレコーダーだったり。
今回で言う記録盤、ワールドレコードだったり。
様々な意味、言葉、その他諸々からつけた名前だったりします。
ちなみに、この作品は最終回から考えて書き始めたので、本当の理由は最終回に分かったりします。(予定です)