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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
追憶の時計塔
152/162

150.最悪の考え

 ――場所は変わり。

 イギリス国内の、緊急時の避難場所。

 それは数年前に……他でもない、黒棺の王が作り上げた【模倣防壁】の内部だった。


 模倣といえど、作った本人が規格外。


 あくまでも、試験的に作り上げたコンクリート壁。

 だが、防壁の『反射』という性質を除き、ありとあらゆる面で同等――あるいはそれ以上の性能を誇る。

 ある意味、世界一安全な避難場所と言えるだろう。


 それらに囲まれた避難場所には多くの難民が肩を寄せ合い、震えている。

 その中心地にて。

 数名の特務隊員達が集い、電話越しに耳を傾けていた。



『――とりあえず、今出来る限りのことはしたよ。あとは信じて待つしかないさ』



 話をするのは英傑の王――枝幸紗奈。

 彼女は動かなくなった南雲巌人を抱え、地球の反対側――オーストラリアの近辺にあるという、とある病院へと駆けていった。


 無論、その速度にはジェット機でもついて行けない。


 どれだけ心が締め付けられようと。

 悲しみに涙が溢れようと。

 一緒にいることは出来なかった。


『――大丈夫かい、彩姫ちゃん』


 呼びかけられた声に、少女――澄川彩姫はハッと目を見開き、咄嗟に声を返そうとする。

 だが、それよりも先に近くにいた男性が口を開いた。


「……こちらは任せたまえ、英傑の王。私のような犯罪者を信用しろとは言えないけれど――一度携わった仕事だ。仲間の面倒くらいは最後まで見させてもらう」


 元・六魔槍。

 グレイジィ・ブラックリスト。

 世界で最も炎の扱いに長けた異能力者。

 彼の言葉に、正義の味方は電話越しに嫌そうな声を漏らしたが、しばしして、絞り出すように口を開く。


『…………信じるつもりは無い。だから脅す。彩姫ちゃんをしっかり守れ。じゃないと殺す』

「フハハ。今のヴァンプガールの力量なら、むしろ私の方が守られる側だと思うのだがね」


 冗談交じりにそう返すと、不機嫌そうに通話が切れた。

 その電話を見つめ、同じく部屋にいたもう一人の男が口を開く。


「しかし……何度聞いても信じられませんね。あの、南雲くんが敗北した――だなんて」


 特務隊員――A級最強の男、入境学。

 彼もまた、巌人と黒棺の王を同一人物だと知る数少ない人物のひとり。


「……その通りだとも」


 対し、グレイジィは言う。


「南雲ボーイは確かに弱体化した。が、別種とはいえ相当高位な強さを得ていた。……言うなれば、かつての西京麟児……六魔槍のNo.2の完全なる上位互換さ」


 確かに4年前は怪物だった。

 だが、今の彼もまた十分に化け物だった。

 彼自身は『過去には劣る』と断言するだろうが、傍から見れば……今の青年は、四年前の強さに限りなく近い場所までたどり着いていた。


 それほどまでの、腕っ節の強さ。



 それが、真正面から打ち破られた。



「……ありゃ、人間じゃねぇな」



 ふと、声がする。

 声の方向へと視線を向ければ、部屋の入口には1人の少年が立っている。

 その顔から自信は失墜し、今や疲労感だけが浮かんでいる。


「死の帝王……弟子屈くん」

「おう、入境。久しぶりだな」


 彼は部屋の中へと入ってくると、近くの椅子に座って天を仰いだ。

 その身体中には多くの傷跡が刻まれていて……彼も彼とて、かなりの死地にあったのだと想像がつく。


「我ながら……自分の弱さに反吐が出るぜ。俺が強けりゃ、もうちっと違う未来もあったのかも――って。そう思わずにはいられねぇ」


 話には聞いている。

 巌人と別れた彼は、英傑の王へ救援を要請しようと街を走ったが、その道中で複数体の神獣級と遭遇。

 いずれも格上の怪物ばかり。

 彼はそれら十体余りを打ち倒し、枝幸紗奈の元へと向かった。


 そして、彼女を伴って現場に戻ったその時には……もう、何もかもが遅かった。


「今回、俺を責めたって文句は言えねぇぜ? 俺が強けりゃ、何とかなってた話だからよ」

「……死の帝王」


 彩姫は彼の言葉に、少しだけ反応を示す。

 しかし、直ぐに大きく息を吐くと、椅子に座った彼を見る。


「……いいえ。貴方には責任はないでしょう。巌人さまならそう仰います。責任を問うべき相手を見誤るな……と」

「……ケッ。あの野郎が言いそうな正論だこと」


 付き合いは短いが、弟子屈も巌人がどういう人間なのか、どういう性格をしているのか。多少なりともわかっている。

 だからこその発言に、彩姫は少しだけ笑みを見せた。


 そうだ。

 彼が今を見ていたのなら、何を落ち込んでるんだと喝を入れるに違いない。

「多分大丈夫だろ」って。

 そんなことを言いながら、心配するなと笑ってくれる。

 その笑顔が容易に想像つくからこそ、彩姫は()()()()()()()()()



「問題は山積みです。巌人さまを負かした白髪の老人もそうですが……私たちがこの国に来た当初の目的が果たせていません」



 噂に聞く白髪の老人。

 命からがら避難した人々の中にも、その姿を見たものは何人かいるようだ。

 スーツ姿の、白髪の老人。

 無数のアンノウンを引き連れていたという目撃証言と、更にはこのタイミングで巌人を襲ったという事実から……最低限、幾つかの客観的事実は突き止められる。


「第一に、状況的な証拠から、サッポロやロンドン……その他、()()()()()に関わっているのはその老人ということで間違いないでしょう」


 サッポロの襲撃事件。

 その際に防壁の一部が破壊されたことは記憶に新しい。

 そしてその際、南雲巌人が参加していたという、とあるイベント。

 その記事が新聞の片隅に出ていたのを、巌人のストーカーと化しつつある彩姫は覚えていた。


「シャンパー・リンスイン。恐らくは偽名と思われますが――サッポロの襲撃事件の際、白髪の老人があの町にいた事実は確かめてあります」

「白髪の老人か……。たしかに珍しいネ」


 異能が目覚める前。

 古き時代には、老化によって髪の色素が抜けるということもあったらしい。

 だが、異能により髪色が変質した今、老化における白髪、というのは滅多なことでは起こりえない。


 100%無い……と言うことは無いが、それでも、世界を探しても片手の指で足りる程だろう。

 ただの偶然……なんて言葉で、片付けていい問題じゃない。


「何者かが、防壁を消す術を持ち、更には南雲巌人を圧倒するだけの肉体強度を誇る。加えてアンノウンと共闘関係にあるというのかい?」

「……常に、最悪は考えておくべきでしょう」


 それでも、彼女が言わなかったこともある。

 あえて言及しなかったこともある。

 あくまでも――共闘、と言い表した。

 しかし、だが。



 もしもそれが、一方的な支配であったなら。



 そう考えた時、背筋が凍る。

 いつから居たのか定かではない。

 どうやって出来たのかも分からない。


 そんなアンノウンが、一方的に支配される。

 人類史を遡れど、アンノウンを支配できた異能は存在しない。

 つまるところ――普通の人間には、どうあがいても不可能な無理難題ということ。


 ならばと考える。

 ならば、誰ならばアンノウンを支配、操ることができるのか。


 ……その答えは、最悪の予感と共に導き出せる。


 人間が、宗教という縛りで神に支配されるように。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 そんなものが、仮に存在するのだとすれば。


「……アンノウンの上に、誰かがいる」


 ふと呟いた言葉に、反応は無い。

 ここにいる面々は馬鹿ではない。

 全員が全員、薄々勘づいていた。


 アンノウンは、造られた。

 誰かの手によって創造された。


 そして……もしも。

 もしも万が一、造られたのがアンノウンだけでは無いのだとすれば。


「……アンノウンの出現と、異能の発現。時期的に()()()()()()……たぁ、最初から思っちゃいたけどよ。まさかだぜ、オイ」


 自分たちの持っている力。

 ――異能。

 それすらも、彼らの創造物なのだとしたら。



「……巌人さまは、ここまで察していたのでしょうか」



 仮に異能が【創られた】ものだとして。

 異能を創った者が、アンノウンの側だとしたら。

 その【製作者】は、異能の【壊し方】だって知ってるはず。


 そこまで妄想と想像で仮定さえすれば。

 アンノウンの襲撃事件。

 異能保有者の突然死。

 そして、南雲巌人の敗北。


 全てに明確な答えが出来る。


「……南雲巌人だから狙われたのか、事実に勘づいたから狙われたのか……定かじゃねぇが、全くの検討はずれ、って訳じゃねぇだろうな」


 いずれにしても――南雲巌人は狙われるだけの立場にあった。

 そして事実、狙われた。

 ならば、今考えている最悪は、現実であると仮定すべきだ。

 相手はアンノウンを自由自在に操っていて。

 異能者を突然死させられる、何らかの術を持つのだと。


「しかし……今回の平然と行えるだけの戦力を持ち――最高武力は南雲巌人を優に超える。加えて、異能力者を即死させられる力もあるとは……」

「……絶望的、ですね」


 打開策を見つけ出すことも、もはや難しい。

 唯一無二、この絶望を打開できたであろう存在は、既に倒れて意識もない。

 ……いいや、だからなのかもしれない。

『異能を保有している』という即死の条件から外れているからこそ、彼は、ピンポイントで狙われた。


「はっ、考え始めたらキリがねぇな」

「根っこは仮定だとしても、その先の辻褄がここまでピッタリとハマってしまうとね」


 探偵が犯人の思考回路を読み解くように。

 僅かなヒント、痕跡、それら諸々から導き出した答えは、恐らく、限りなく正解に近いものだ。


 ただ、それでも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 読み解けたからなんだ。

 想像が出来たからなんだ。

 戦力が分かったからなんだ。

 状況把握が出来たからなんだ。



 だからって、この状況から何が出来る?



 そんな声が聞こえてきそうで。

 彩姫は思わず、歯を食いしばった。


 こういう時に、彼が居たら。

 そう思わずにはいられない。


 彼ならきっと、何とかしてくれる。

 それだけの実績と、強さと、信頼。

 思わず縋りつきたくなるような、大きな背中。

 知らず知らずに心の中で大切なものを支えてくれていた――絶対的な強さの支柱。



 それが、ぽっきりへし折れた。


 もう、彼は居ない。



 あまりの絶望に、目の前が暗くなる。

 ふと、グレイジィが彩姫に声をかける。


「……ヴァンプガール? 気を確かに――」

「…………」


 声は、届かない。

 少なくとも、彼女の耳には入らない。

 それだけの重圧、それだけの絶望。

 それだけの不安が身を締めた。

 彼女は俯き、暗い空気が辺りに漂う。


 敗色しか、存在しない。

 戦う前から負けている。

 そんな嫌な空気感。



 その中で。





「……もし」





 ふと、聞き覚えのない声がした。

 その声に、面々は入口の方へと視線を向ける。


 ――いつの間に。


 それが彼らの共通認識。

 気配に全然気づけなかった。

 たとえどれだけ傷心していようと。

 たとえどれだけ疲れていようと。


 事実、A級以上の実力を持つこの面々が揃っていながら、全く気配に気付けなかった――だなんて。


 不安から一転、警戒が空間を占める。

 殺意すら漂うような空間の中で、その女は自らへと一瞥もくれない――否、自らに気づくこともできない状態の彩姫を見る。


「……少々、これは予想外の展開ですが」


 そう、最初に呟いて。

 女はその場で一礼をする。




「こんにちは、皆々様。私はアイ。時計塔の魔術師であり、全てを知るもの」




 そして、と彼女は続ける。




 ――時計塔が保有する記録盤(ワールド・レコード)。その管理者でもあります、と。






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― 新着の感想 ―
[一言] シャンパー・リンスイン、偽名にするにはもったいない良いネーミングセンスだと思う。
[良い点] 激アツ。続き気になる!!!
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