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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
追憶の時計塔
151/162

149.憎悪

 世界最高の医者は。

 そう問われれば、だれしも口をそろえて彼を指す。


 ()()()()()の最高峰。

 部位欠損すら日を跨がずに完治させる傑物。

 そして、その裏の顔は――裏社会の支配者にして狂気の闇医者。

 表では誰からも畏怖され。

 裏では誰からも恐怖される。


 名を、シルガ・デッド。


 彼は今日も今日とて表面を貼り付けて、胡散臭い笑みと共に病院へと出社した。




 ――それが、数時間前のこと。




「――治せ。さもなくば殺す」




 首筋に突き付けられた、冷たい剣の感覚。

 全身から冷たい汗が噴き出してくる。

 あまりに非日常。

 前時代的な武器に驚くより先に。

 命の危機に怯えるより先に。


 まず第一に理解したのが――目の前の女が悪の天敵だということだった。


「き、君は――というか、その傷は……?」

「……」


 彼女の全身は、傷に溢れていた。

 あまりにも悲痛。

 両足は裸足。

 ……いいや、履いていた靴の残骸が見える。

 おそらくは走っていた途中で、その速度に耐え切れず――破損。破壊。靴が原型を留めなくなってもなお、裸足で異常な距離を走ってきた。

 そう思わずにはいられないほど、傷ついた脚。

 筋肉は既に断裂の限りを尽くしていて、血が滴る。


 間違いなく、重症。


 死んでも死なないと噂の彼女だ。

 その程度の傷は軽傷なのかもしれないが、常人なら痛みだけで発狂。死に至るほどの傷だろう。


 ……だが、しかし。


 世界最高の腕を持つ医者、シルガ。

 彼が感じ取ったのは、目の前の女に逆らえば死ぬということ。


 ……だけではなかった。



 英傑の王が背負っている、黒髪の男。


 彼がすでに、死して長いということだった。



「治せ……と、それは君の傷のことか」


「殺されたいのかな。この子のことに決まってる」



 首に突き付けられた刃が、肉に食い込む。

 痛みが走る。

 そして医者だからわかる――剣の位置は寸分たがわず、頸動脈のすぐ上だ。これ以上剣を押されれば人間は助からない。

 そして同時に理解する。

 この女は、平然とソレができる人間だと。


「……不可能だ」


 しかし、彼は断言した。

 自分が死ぬかもしれない。

 その事実を踏まえたうえで、断言する。


「外傷しか診ていないが……その傷で生きているはずがない。すでに出血も止まっている様子。……死後硬直だって始まっているはずだ」

「……うるさいな」

「死ぬ直前ならば対処はできる。だが、死した人間を直すのは医者の領分ではない。それは神の――」



「うるさいっていってんだろうが!!」



 女の叫び声が、病院に響く。

 余波だけでガラスが砕ける。

 周囲からは悲鳴もなく、ただ恐怖だけがその場を占めた。


 シルガは限界まで目を見開く。

 英傑の王。

 冷血極まりない、悪の天敵。

 それが、どうした。


 どうして彼女は――(わたし)の目の前で涙を流す?


「治せよ! 治してよ! この子を助けるためならなんだってするさ! 国境だって走り抜ける! 壁の外だって走ってきた! 星の裏側にだって駆け抜けた!!」


 それが真実だと、理解するには実に容易い。

 それだけの怪物だ。

 絶対者の、序列2位だ。


 そんな彼女が泣いていた。


 それはあまりにも純粋な涙。

 余計な感情の一切が含まれない、純情の結晶。


 それを前に、シルガは思わず息をのみ。

 そして、大きく息を吐き出した。


「無理を承知か」

「だから、私の知る限り最悪を訪ねた」


 彼女は涙を流しながら、断言する。

 その言葉には、さすがのシルガも苦笑い。

 この女に認められること。

 光栄に思うべきか――災厄と思うべきか。



「…………確約は出来ないぞ」



 しばしの間。

 やがて彼は、何とか言葉を絞り出す。


 ありとあらゆる手を考えた。

 手段を選ばぬと仮定した。

 その上でも、どう転ぶかは分からなかった。


 ――死者の蘇生。

 それは人類に許されぬ大禁忌。

 人の身で神の域に手を伸ばすと同義。


 最前を尽くすとは、確約する。

 ただし、出来ると確約は出来ない。

 というか……やはり、出来ないとしか思えない。

 そう思っての言葉だった。


 しかし、返ってきたのは拒絶の言葉。


「確約して治してもらう。仮に彼が助からなかったら……その時は、地の果てまで追いかけて、私がお前を殺すだけだよ」


 本気の目だ。

 彼女は、本気で死者蘇生を実現しなければ殺すと言っている。

 なんという狂気。頭がイカレてる。

 なるほど、噂通りだと苦笑しながらも、シルガは黒髪の少年へと目を向けた。


「……執着する相手は、少し異なるような気もするがね」


 殺すべき相手は私ではない。

 彼を()()した、何者かではないのかな。

 そう一言呟き、歩き出す。


「総員! 今すぐ緊急手術に入る! とりあえずは輸血用の血液をありったけ! 必要になるかもしれない道具は全て使う!」


 静まり返っていた病院が、動き出す。

 慌ただしい声が方々から響き始める中、シルガは最後に振り返る。



「私は最前を尽くす。その結果……たとえ、その青年がどういった蘇生を果たそうとも――それだけは文句は言わせない」



 たとえ機械仕掛けになったとしても。

 たとえ脳だけ生きる生命体になったとしても。

 ――もう一度、面と向かって話せる。

 そういう状況まで持っていく。


 少なくとも、彼は『蘇生』をそう捉えた。


 対する英傑の王。

 彼女は歯を強く噛み締めたが……結局は、何も言わずに顔を伏せた。



「……よろしい」



 救急搬送用の移動ベッドがやってくる。

 重傷……と呼ぶにはあまりにも過ぎる。

 そんな青年を横たわらせて、シルガは見下ろす。


 さて。

 見たことも無い青年だが……この英傑の王がここまで執着する人間だ。大方、顔こそ表に出ていなくとも、その名は多方面に売れた人物だろう。


 例えば――そうだな。



 黒棺の王様とか。



「……ま、考え過ぎか」



 彼は、手術室へと歩き出す。


 その背中を、傷だらけの英雄は見送るしか出来なかった。




 ☆☆☆




 南雲巌人が死んだ。

 その事実は、そう易々と受け止められるようなものでは無い。


「……はぁ」


 英傑の王……枝幸紗奈は、病院の椅子に座って頭を抱えていた。

 自分を慕ってくれた白髪の子。

 自分を拾ってくれた恩人の子。

 大切だった。

 そう、大切だったさ。


 だから、柄にもなく取り乱して……星の反対側まで駆けてきた。

 ()()南雲巌人と言えど……あんな状態から立て直すだなんて、世界を探してもここの闇医者以外にできっこないだろうから。


 だから、彼を託した。


 あの医者に、あの南雲巌人だ。

 治す方も、直される方も常軌を逸してる。

 たとえ……もうベッドから立ち上がれなくなったにしても、彼は必ず目を覚ます。


 ……そう思い込まなければ、心配でどうにかなってしまいそうで。

 だから彼女は他のことへと意識を回す。


 そして思考が回るにつれて、色々な悩みが頭の中を駆け巡った。



 ひとつ、南雲巌人を倒せる生命体が存在すること。


 ひとつ、図書館の地下空間の謎が解けてないこと。


 ひとつ、異能力者の突然死について、何ひとつ判明していないこと。


 ひとつ、絶対化の異能が掛けられた防壁がいとも簡単に消失したこと。


 ……考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうで。彼女は大きく息を吐いて、天を仰いだ。



「……どうして、ボクを頼ってくれなかったのかな」



 枝幸紗奈は無敗である。

 生まれてこの方、負けたことがない。

 死んだことなら沢山あるけど、最後は必ず勝ってきた。

 不死の勇者。

 相手がたとえ……どんなに強くとも、時間さえあれば絶対に勝てる。それが英傑の王だ。


 だって言うのに。


「君は……そんな場面に至ってなお、ボクを心配したってのかな」


 死しても蘇る。

 それは、死なないとは別の事実だ。

 死の痛みは残るし、死の恐怖も覚えてる。

 それを南雲巌人は知っていた。

 つらいだろうなぁ、って思ってた。


 だから、あの局面。

 枝幸紗奈が幾百、幾万度死んでも、届くか分からないような強敵を前にして。

 青年は、枝幸紗奈を気づかった。


 枝幸紗奈の絶対に消えない命を。

 たった一つしかない自分の命より優先した。


 馬鹿だ。


「馬鹿だよ君は」


 思っていた言葉が、そのまま口に出た。

 ふと、覚えのある気配がした。

 病院の入口へと視線を向ける。

 そこには急いで病院内へと駆け込んでくる二人の少女の姿がある。


「……ったく、謝罪云々は、自分自身で、ちゃんと起きてからするんだぞ」


 限りなく白髪に近い少女と。

 栗色の髪をした、ジャージ姿の少女。

 もう一人の女の子は、今もまだイングランドに留まってるはずだけど。



「……やぁ、こんな所で奇遇だね」


「――兄さんは?」



 そして、枝幸紗奈は苦笑を漏らす。

 はてさて。

 史上最強の黒棺の王。


 彼が唯一恐怖した、鬼の純血種。


 彼が恐怖したのは、その在り方か。


 あるいは鬼の奥底に眠る――力の源泉か。


 目の前で溢れる怒気に、思わず冷や汗がこぼれ落ちる中。

 その少女――南雲紡は、背筋が凍るほどの無表情で、口を開く。




「とりあえず――兄さんをやった人。私が殺す」




 その瞳の奥には、憎悪の炎が揺れていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 妹ちゃん怖いっす、でもそそられるんで良いっすね [一言] これは流石に生き返らないやろ!
[良い点] ここまで読んできた人の中でこの展開に興奮しない人はいるんでしょうかね? [一言] 面白い!!
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