15.後日談 ―棺の魂―
後日談です。
この作品に力入れすぎて、一作目のストックが切れてきました。果たしてこの作品を毎日投稿できるのはいつまでになるのか⋯⋯?
その後、巌人に抱きついてしまったことに気がついたカレンは真っ赤になって巌人から離れ、結果として彼女は恥ずかしさのあまりサヨナラも言うことなくバスの中に飛び乗った。
まぁ、その結果として顔を合わせたのはそれが最後で、そのままバスが出発したため彼らとの最後の思い出は『抱きついた巌人の身体』となってしまったが、彼女としては恥ずかしくってそれどころではない話である。
けれども、それも彼女『らしい』最後であり、後々に落ち着いてきたカレンは、ある意味あの最後が相応しかったのかもしれないと思っていた。
「まぁ、まだ弟子入り諦めた訳じゃないっすし、いつでも会えるって言ってたっすし! また会いに行くっすよ、ツムさん、師匠!」
カレンはそう言って意気揚々とバスを降り、空港の中へと入っていった。
「あ、そう言えばお父さんとお母さんにお土産買ってなかったっすぅ〜!!」
そんなことを、言いながら。
☆☆☆
その後、お土産を買った結果ギリギリになってはしまったがカレンは無事飛行機に乗り込み、ふうと一息ついてカバンから『アイチュウ』取り出した。
アイチュウはグミともアメともつかない変な物体であり、カレン曰く「飛行機には必須っす!」とのことだ。
カレンはその袋を開ける。
諸説では『飛行機には持ち込み禁止』というルールもあるらしいが、それらはバレなければいいだけのこと。
そもそも飛行機でアイチュウを食べていて怒られた人間を見たことがあるだろうか? 答えは否である。
「ふんるんるるふーん♪」
カレン以外には誰一人として居ない飛行機の中。
カレンはおおっぴろげにアイチュウの袋を取り出し、テンション高く鼻歌交じりにそれらを口にしていた。
というのも、彼女の思考は既に『どういう名目でサッポロに戻ってくるか』であるからだ。
「引越し……は両親に迷惑っすしね。怪我で療養……も修行出来ないっすし、家出……も迷惑っすし、そもそも学校行きたいっすしねぇ……」
そんなことを考えたいると、ピンポーン、と放送がかかり、ゆっくりと、そして確かに飛行機が進んでゆく。
飛行機に乗ったのがセンダイ~サッポロが初めてだったカレンは、内心で堕ちやしないかと身をぎゅっと縮こめていたが、そんなカレンの内心を嘲笑うかのごとく鉄の鳥は空へと飛び立った。
「ひぅぅ……」
内臓がふっと動いているような感覚と、背中のシートに身体中が押し付けられているような感覚を覚え、思わずカレンの口からはそんな声が出る。
なんだかこの状態でシートから背を離せばいい筋トレになりそうである。もちろんカレンは即実行した。
しばらくして安定したのか、身体にはやっと圧力がかからなくなり、カレンは一息つく。
「いやぁ、やっぱり一人で飛行機って慣れないっすねぇ……。人型とツムさんの戦闘見た時と同じくらい怖いっす」
カレンは背もたれへと体重を押し付けると、それと同時にふと、巌人の言葉が頭に浮かび上がった。
『カレン、自分を誇れ。お前は僕らよりよっぽど優れている』
それは巌人の言葉。
今まで「落ちこぼれ」としか言われてこなかった自分。そして知らぬ間に、自分でも落ちこぼれだということに納得していたからこそ体術を鍛えることにした。
だからこそ、それらを全て切って捨てようというその言葉は、確実にカレンの心に響き渡り、カレンは自らの内に、今までになかった不思議な感情があることに気がついていた。
そして、その感情の正体も、半ばわかり始めていた。
「師匠のこと思うと……なんか、胸がキュンってするっす。これってもしかしなくても──」
──もしかしなくとも、恋ってヤツっすよね?
そう言葉にはしなかったが、突如としてカレンは恥ずかしい気持ちに襲われ、両手で顔をおおって悶絶した。
恥ずかしいっ、恥ずかしいっすよぉーー!! 次、師匠にどんな顔して会えばいいか分かんないっすよーー!!
カレンは心の中で一通り叫び尽くすと、ピンポーン、という放送が再びなったのを聞いてシートベルトを取る。
「はぁ……猛烈にサッポロに戻ってきたくなくなってきたっす」
カレンは赤く染まったその顔でそう苦笑いを浮かべると、それと同時に、何故か頭の中にもう一つの言葉が浮かんできた。
『独り言だけど。試練は、まだ終わってない。カレン、今の私の魂⋯⋯見える?』
それを思い出してカレンは思う、あれはどういう意味だったんだろう? と。
まず『独り言だけど』は、紡が独り言という名目でヒントを与えてきたのだろう。それはカレンでもわかる。
次に『試練はまだ終わっていない』についてだ。
これも比較的簡単だろう。あの条件が適用するのは『カレンが諦めるまで』である。まだ巌人の弟子になる機会は残されている、という事だ。そこまではカレンでもわかる。
──だがしかし。
「なんで、あの時ツムさんの魂、見えなかったんすかねぇ……?」
そう、あの時、ほぼゼロ距離にいた紡の魂を覗こうとしたカレンは、かつて見た時とは違ってその魂を見ることが出来なかったのだ。まるで──普段の巌人のように。
そこまで考えたところで、カレンはふと頭の中に何かが引っかかった。
『正直、私と兄さんは、カレンが条件、達成できると思ってない』
『どうせこの街にいる間に見つけるなんて絶対不可能。なら、暇だし手伝ってあげてもいい』
それは、かつて人型のアンノウンと戦った日に紡から言われた言葉であった。
今から考えるとあれらの言葉にはなにか違うニュアンスが含まれていたようにも思える。
まるで──言葉の綾ではなく、そのままの意味で使ってるような。
「ま、まさか!?」
瞬間、カレンの中にあった全てが繋がった。
見えない魂。
ゼロ距離での紡の魂。
巌人と同じ。
この街にいる間。
絶対に見つけられない。
絶対者の紡。
それよりも強いらしい巌人。
ならば──その魂の大きさは?
カレンは座っていた席の真横についていた窓から外を見る。
けれどももう既にその窓からは街は見えず、彼女はその席を立ち上がり、一番後の窓へと全力で駆けてゆく。
かつて、トレーニングルームで巌人がこう言っていた。
『七不思議のサッポロに来ない強いアンノウンについて? まぁ、可能性としてはツムよりでかい、それこそ街を覆い隠すような魂の持ち主がこの街にいれば条件が満たせるんじゃないか? まっ、そんなの居たら僕でも勝てるかどうか分からないけどな』
かつて、紡はこう言っていた。
『兄さんは、巧妙に色々なこと、誤魔化してる。言葉然り、態度然り、地の文然り』
それらを鑑みてカレンはとある可能性に考え至る。
「もしも……その対象が自分自身だったら」
カレンは一番最後の窓へと到着する。
そして、その窓からは外を見下ろし──そして、答えに至る。
「確かに……これは街中じゃ答えわかんないっすよぉ」
カレンはそう呟きながら、やっと視認できたその魂を目に焼き付けていた。
そして、彼女は幾つかの記憶を呼び覚ます。
かつて相対した魔王が言った言葉。
『我が標的である棺型の魂を持つ者の情報を吐け』
かつて、センダイの数少ない友人が言った言葉。
『あの世界で唯一の無能力者がいるって言うサッポロにいるらしいよ。絶対者の序列一位の人』
そして、紡が自慢するように告げた言葉。
『ん! 兄さん、私よりずっと強い! 万がひとつにも勝てっこない、もん!』
「師匠は一体……、どれだけ強いんすか……?」
そこにあったのは、真っ暗な夜に生える──誰かの瞳の色を思い出すような、青色の棺。
そんな、街をすっぽりと覆ってしまうような棺型の魂が、まるで地につき刺さっているかのごとく、その場には存在していたのだった。
期せずして、世界七大不思議の一つを解き明かしてしまった、カレンであった。
☆☆☆
結局、数度の飛竜による襲撃はスタンバイしていたA級隊員によって撃退され、夜遅くに、カレンは故郷であるセンダイへと戻ってくることが出来た。
センダイ。
サッポロが農業と工業の両方に長けた街だとするならば、ここセンダイはほぼ完全に農業へと特化した街である。
規模もサッポロほど大きくなく、サッポロの歩道に当たり前のように整備されている動く道なんてありはしない。俗に言う、悲劇の年より前の日本であった。
そのためかこの街には不思議と暖かな空気が流れており、そのおかげで不思議とこの街は平和となり、警察の出番もほとんどと言っていいほど無い。
農産品の物々交換はもちろんの事、もしも万が一外で寝たとしても何かされる可能性は皆無と言っていいだろう。
まぁ、だからこそカレンはサッポロの道端であんなふうに寝ていたわけだが、それは既に語った話である。
閑話休題。
カレンは本来ならばここからさらにバスに乗り、家までさらに数時間移動しなければならないのだが、飛行機から降りて荷物を受け取ったカレンが見たものとは。
「あらカレンじゃない。初めてのサッポロはどうだった? 友達出来たかしら?」
そこに居たのはこのご時世に珍しくローブを羽織った、蒼い髪の女性であった。
その身体からは不思議と殺気とは別の、何かしらのよく分からない威圧感が感じられ、そのせいか不思議と彼女の周囲からは人の気配が薄れている。
そして、その女性こそが──
「ん? なんだ、マクベス先生じゃないっすか! サッポロ楽しかったっすよ!」
マクベス先生。
傍から見れば自分を『魔法使い』だと自称している痛い人だが、ことカレンとその両親からすればその見方は一転する。
何せ、彼女こそがカレンに対して『魔法』を教えた、つまるところ“魔法少女”の元凶なのだから。
そのマクベス先生はカレンの言葉に優しげな笑みを讃えてふむと頷き、口を開く。
「どうやら本当のようね? ……あら? もしかして好きな子でも出来た?」
「な、ななな、なんでっすか!? そ、そんなわけないっすよ! 別にめちゃくちゃ強い師匠でもないっすし、ましてやサッポロの七不思議の元凶でも絶対ないっす!」
最早バレバレである。
するとそれを聞いたマクベスは顎に手を当てて少し沈黙すると、珍しく困ったようにため息を吐いた。
「うーん……、カレン、貴女あの『ナグモ』とかいう少年に会ってきたのね? それで感化されて強くなろう、って意気込んでる。違うかしら?」
マクベスのその言葉に、カレンは身体中に電撃が走ったような感覚を覚えた。
もちろんそれは、自分の内を見透かされたことではない。
「先生……もしかして師匠と知り合いっすか?」
そう、マクベスがサッポロの都市伝説から自らの師匠の名前を言い当てたことに、驚いたのである。
だがしかし、マクベスは何でもないというふうに言葉を続ける。
「いいえ? 一方的に知ってるってだけで向こうはこっちのことなーんにも知らないと思うわよ?」
──まぁ、あれだけの自然が生んだ化物、私達が知らない、って方がおかしいのだけれどねぇ。
彼女はそう言って、本当に困ったように眉を寄せる。
カレンにはマクベスに色々と聞きたいことがあったが、それらの疑問を口にする前に、マクベスはカレンへと向かってこう告げた。
「カレン? あの子は正直言えばこの世界でいうところの私達……じゃなかった、神を超えているわ。それもそんじょそこらの神じゃ太刀打ちできないレベルよ。あの子の横に立つ、ってことは貴女もまた神を超えなきゃいけないってこと。本当にそこまでの覚悟が貴女にあるのかしら?」
その言葉に、思わずカレンは目を剥いた。
「先生……もしかして神様だったっすか?」
「ええ、魔導神……じゃなかった。ただの一般人よ?」
そう、そこである。
もはやあの魂を見たカレンにとって、今更巌人が神様のレベルを超えていると言っても疑う余地は皆無であり、問題はそれより前にボロったその事実であった。
普通に考えれば間違いなくただのホラ吹きなのだが。
「やっぱり先生。先生もこの距離で魂見えないっすね。道理で今まで魂を見るの禁止って言ってたわけっす」
「ちょ!? いきなり何見てるのよカレン! 破廉恥よ!」
「破廉恥ってなんすか! そもそも見えてないんだからどこにもそんな要素ないじゃないっすか!」
そう叫んでカレンはため息を吐くと、呆れたような視線をマクベスへと送ってこう言った。
「もう私は止まらないっすよ。相手が神であろうと悪魔であろうと、私は師匠に追いつくためならなんだってやるっす。だから先生、もっかいサッポロに行くための交渉を両親とするっすから、その間だけでも魔法少女について色々教えて欲しいっす。魔導神なら出来るっすよね?」
「魔導神舐めないでちょうだい? まぁ、私魔導神なんかじゃないんですけどね?」
「もう今更っすよ、マクベス先生」
そうしてカレンは魔導神マクベスとの再会を果たし、再びサッポロへと行くため、両親へと直談判することにした。
「やっぱり、当たって砕けて、それでも当たり続けるが私っすからね!」
そう言って、彼女は意気揚々と歩き始めた。
「……あ、カレン? そっち出口じゃないわよ?」
「…………も、もちろん分かってたっすよ!」
カレンの先生(魔導神マクベス)は一作目に登場してます。ほんの少しですが。




