147.殺せぬ者を殺す者
初出張。
日本最北端から、99キロの場所に来ております。
「お前は……!」
目の前に現れた、白髪の少年。
死の風を漂わせ……下手をすれば、僕に匹敵するだけの【死】を背負い。
彼は威風堂々と、そこに立っていた。
「よお、無能の黒王。……そっちの呼び方の方が良いだろ? 南雲の兄貴よォ」
「……いつぞやの死の帝王」
絶対者、序列三位。
つまるところ、あのツムよりも強い男。
……以前に見たときの感じだと、ツムが本来の異能を使えば勝てるだろう――と。その程度の印象でしかなかったが。
「凄まじいな……この短期間でこうも成長するか」
僕は、背後から襲ってきた聖獣級のアンノウンに裏拳を叩き込み、思わず呟く。
この短期間における成長速度。
そのただ一点のみならば、全盛期の僕にすら勝るかもしれない。
そんな手放しの賞賛に、されど、彼は苦渋を舐めたような顔をした。
「てめぇ……嫌味か? テメェが誰かの強さを褒めるなんざ、余程だぜ」
「その余程と認めてるんだよ、死の帝王」
そう言うと、彼は目を丸くしたが、やがてバツが悪そうに頬をかいた。
「……ま、半分お世辞として受け取っとくぜ。今は、それよりも優先すべき事が沢山あるからな」
彼はそう言うと、神獣級アンノウンの死体から降りてくる。
僕のすぐ近くへと降り立つと、周囲を見渡し、地面を蹴った。
――瞬間、街中を駆け巡ったのは死のオーラ。
触れれば即死。
しかも今回のソレは『効果対象を定めた』類の即死攻撃だった。
周囲にいたアンノウンたちが、軒並み糸が切れたように即死していく。
その光景には、さしもの僕も苦笑い。
……お世辞なんか言うものか。
死の帝王。君は対多数戦において言えば、全盛期の僕よりもずっと優れてる。
「たまたま上空を飛行機で通りがかれば、とんでもねぇ事態になってんじゃねぇか。泣いて感謝しろよ、南雲の兄貴」
「あぁ。今度、なにか手料理でもご馳走しよう。こう見えて腕には自信があるんだ」
「はっ。最強に手料理振舞ってもらえるとは、栄光の極みじゃねぇか」
そう言い合って、僕らは笑う。
以前はただの、守る対象だったけど。
どうやら今は――背中を預けるに足るらしい。
「死ぬなよ、死の帝王」
「うるせぇ無能。こっちのセリフだ」
そう言って、僕らは互いに歩き出す。
無数の死体を乗り越えて、多くのアンノウンが迫り来る。
僕は拳を握りしめ、少年は右手をかざす。
それぞれ、目の前の群れへと向けて攻撃を放とうとした。
――その、直後の事だった。
『疾く失せよ。不敬であろう』
鮮烈な言葉が。
強烈な意思が。
その場を――この街を突き抜けた。
「「――ッ!?」」
僕らの攻撃の手が止まる。
頭の中に響いた声。
胸に飛来した圧迫感と、押し潰されそうな威圧感。そして明確な死の香り。
こんな感覚は……初めてだ。
何がなにやら分からないけれど。
これだけは分かった。
黒棺の王として――今まで出会った何よりヤバい。
目の前まで迫っていたアンノウンの群れは、恐怖に全身を震わせて静止していた。
その異様な光景は、次第に明確な形をもって異質へと変化する。
僕らに差した、巨大な影。
それを見上げて、僕は頬を引き攣らせた。
「……心の底から、嫌な相手だな」
巨大な鎌が振り下ろされる。
それらに触れたアンノウンは皆等しく塵へと変わり、それを見た死の帝王――弟子屈君が僕へと駆け寄る。
「お、おい! アレやばいんじゃねぇか!?」
「……純粋な闘級だけなら、アレよりも上は知っているんだけどな」
僕の知りうる限り、最強の玉藻御前。
今の僕と互角に戦えた獄王ディアブル。
他にも僕は、ヤバい相手を知っている。
ただ、彼らには勝てても……この相手には、今の南雲巌人に勝ち目が見えない。
なんてったって、目の前の神獣級アンノウンは、僕の苦手中の苦手な相手――。
『巨大な魂の持ち主……貴様だな。黒髪の男よ』
宙に浮かぶ、巨大な姿。
されどその姿は半透明で、明らかに『霊体』であると言わんばかりで。
もしかしたら、物理攻撃が通用しないんじゃ。
そんな考えが浮かんできてからは、もう、嫌な予感が止まらない。
「……ちなみに言っとくが、さすがにコレ、一人で相手すんのは無理だからな」
「……だろうね。紗奈さんでも十数回は死ぬんじゃないかな」
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種族:霊王フシノカミ
闘級:330
異能:死[SSS]
体術:SSS
───────────
その怪物は、僕へとデスサイズを突きつけた。
『我らが王の勅命である。貴様を殺す。異論の類は一切を認めない』
☆☆☆
『――【死】――』
短い呼気と、鋭い刃。
一息で振り抜かれた大鎌を空中に飛んで躱すと、鎌の通り抜けた場所が全て塵へと変わっていた。
「非生物、無機物も何も関係なしに殺すのか……。どこかの誰かにそっくりだな」
「っせぇな! 喋ってねぇで集中しやがれ! やべぇぞコイツ!」
死神は返す鎌で、空中の僕を狙う。
咄嗟に空気を蹴り抜いて移動すると、直前まで僕のいた場所を即死の攻撃が抜けていった。
『……面妖な』
「その言葉、そっくり返すよ」
拳を握り、一気に放つ。
大気を震わせる衝撃が、強烈な圧となって死神へと襲いかかる。
まるでそれは、暴風の砲弾。
あまりの風圧に、見上げるほどの死神の巨体もだいぶ押されたようだが……それでも、ダメージの一切は窺えない。
僕は地面へと着地すると、同時に僕の後ろにいた弟子屈君が異能を放つ。
「死に晒せ!【死の誘惑】!」
迸る、即死の風。
彼の手から放たれた黒風は死神の全身を覆い尽くす。
僕の攻撃とは異なり、その巨体へと確かなダメージが入ったのがわかった。
……ただ、それでも。
『ふん。所詮は同系統の力……即死の攻撃など児戯にも劣るわ』
「チィっ、だろうと思ったぜ!」
炎を扱う者が、炎に強いように。
毒を扱う者が、毒に抗体を持つように。
即死の攻撃を扱う者が、即死への耐性があるのは、まぁ、ある意味当然のこと。
僕は少し考えるが……やはり、作戦は変わらない。
「弟子屈君。僕が前面で攻撃を防ぐ。あわよくばさっきみたいに隙を作る。……君は、少しずつでいい。確実に相手を削ってくれ」
「……しかねぇよな。クソッタレが……」
不幸中の幸い、僕も弟子屈君も即死には大きな耐性を持っている。
僕の場合は……まぁ、考えうる限り、ありとあらゆるものに対する耐性を、存在力『100』で保有している。
即死もまぁ、ほぼほぼ無効化出来ると考えていいだろう。
弟子屈くんは、この死神と同じ仕組み。
彼の攻撃が死神に効きにくいように、死神の攻撃も弟子屈君には効きにくい。
……問題は、闘級の差がどれだけ攻撃に現れてくるか……ってことだよな。
結論からいえば、いずれも未知数。
即死を無効化、弱体化出来ると思う。
そんな程度のあやふやな考え。
無論、そんなものに頼る訳には行かない。
「即死は即死と考えて動く」
「わぁってる。即死なんて空前絶後のチートだぜ。甘く見れるような力じゃねぇよ」
そう言い終えたところで、再び鎌が振り下ろされる。
それを大きく回避しつつも、僕は周囲へと視線をめぐらせた。
『我が眼前で作戦会議、加えて余所見とは……! 余裕だな、黒髪の!』
「余裕はないよ。状況が状況だからな」
今も、アンノウンの軍勢は押し寄せている。
戦闘の余波で吹き飛んでいくアンノウンも大勢いるが、残るアンノウンはいずれも強力な個体ばかり。
僕らの他にも、この国の特務隊員たちが戦ってくれているが……正直、力不足は否めない。
あぁ、余裕はないよ。
いつまでも……お前に構っていられる余裕がない。
弟子屈君が即死を放つ。
それはわずかに死神の体力を削る。
しかしそれは、竜の鱗を一枚一枚削いでいくようなもの。
永遠でこそないが、それこそ一日二日じゃ終わらない。
だから、その方面からの「攻撃」をメインには据えない。
奴は大鎌を振り上げる。
その瞬間を逃すことなく、僕は一気に加速した。
目指す先は奴の懐。
拳を握り、筋肉を震わせる。
大きな殺意に死神も目を見開いていたが、直ぐにその表情は余裕へ変わる。
目の前での作戦会議。
幾度となく放った僕の攻撃。
――南雲巌人の攻撃が通用しない。
幾度となく……何度も何度も繰り返し印象づけた、僕の弱点にして――最大の間違い。
『はっ、貴様の攻撃など――』
「効かないだろうな。現在の南雲巌人の攻撃ならば」
殴ると見せかけた右手を、背中に伸ばす。
コートの内側、手馴れたホルスター。
嫌になるくらい手に馴染む鉄の塊を取り出して、弾丸を一発、放り込む。
過去の僕が残した、最悪の虎の子。
手放したくとも、手放せない。
危険性という意味でも。
紡への罪悪感、という意味でも。
いつか来るべき時へと向けて、ひっそりと持ち歩いていた――ただ一発。
復元の弾は幾つか在庫はあるけれど。
こっちの弾は、これで最後だ。
「【消去】」
ただの、弾丸一発。
平凡なハンドガンから放たれたソレは、通常ではありえない速度で飛来し、死神を穿つ。
本来、物理攻撃の一切が効かない相手だ。
弾丸なんて以ての外。
そんなものが通用するはずがない。
死神本人も、きっとそう思ったはず。
そしてそれが、最期の思考になったはずだ。
パァン、と。
呆気ないほど、味気ない音。
それが死神の断末魔。
弾丸を受けたその体は、青い光に弾けて消える。
あまりの光景に弟子屈君も目を見開いて固まっている。
その姿を一瞥して――僕は、静かに銃をホルスターへと戻した。
「……クソッタレ。やっぱり強いな、昔の僕は」
今にして、心の底から思う。
あの当時の僕に勝てる存在は、多分、天上天下どこを探してもいないと思う。
そういうレベルのクソチート。
……まぁ、手放したことに後悔はない。
ただ、こういう局面に至った時に、初めて「力があれば」と願う……時もある。
「さ、いつまで惚けてるつもりだ、弟子屈くん」
「て、て、テメェ……! 俺の異能を囮に使いやがったな!? そんなもん持ってるなら――」
彼は額に青筋を浮かべて僕の方へと詰め寄ってくる。
その姿に、微笑ましさ半分、苦笑半分で笑っていたが……やがて、彼の顔から怒りが消えた。
そして現れたのは、大きな驚愕。
「お、おい……! 南雲の兄貴――」
彼の焦ったような声。
その視線は僕の後ろに向かっていて。
ぐさり。
胸を、衝撃が貫いた。
ありがとう、南雲巌人。
あんな力を捨ててくれて、ありがとう。
あぁ、なんて感謝すればいいんだろうね。
拙い語彙力が、今ばかりは恨めしい。
兎にも角にも、ありがとう。
おかげで君を――殺せそうだ。
次回【最強の異能】