144.確定事項
3話目ぇ!
窮鼠猫を噛む。
そういう言葉もある。
カーマ・クロウズは、控えめに言っても終わってる。
詰んでいる。
巌人はそう考えていた。
自分だけならいざ知らず、ここには枝幸紗奈が居る。
英傑の王が居る。
その時点で逃げられる可能性は限りなく低い。だけど。
(なんだ……この、嫌な感じ)
カーマは、床に座り込み、顔を俯かせている。
明らかに形勢はこちらの有利。
もはや、覆しようが無いように思える。
しかし、言い表せようのない『嫌な感覚』がある。
それは、隣の紗奈も同じか、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「……巌人くん。捕らえるなり殺すなり、早くした方がいい。なんだろうね、とっても嫌な予感がしないかい?」
「同感ですね。黒幕にせよ……その末端にせよ。こんなに簡単に終わるわけが無い」
巌人がそういった……次の瞬間。
凄まじい『揺れ』が地下室を襲い、巌人たちは目を見開いた。
「な……!?」
「ちょ……! これ、地震なんてレベルじゃなくない!?」
紗奈が、あまりの揺れに叫ぶ。
巌人は焦ったようにカーマを見る。
彼は俯いたまま動こうとはせず、咄嗟に胸ぐらを掴んでその顔を見下ろした。
そして、目を見開いた。
だって男は、動揺していたから。
「な、なんだ……何が起こっているんだ……!?」
その言葉に、一切の嘘偽りを感じなかった。
巌人は思わずカーマから手を離す。
彼は呆然と座り込んでおり、彼を見下ろす巌人へ……外の状況を異能によって把握した彩姫が声を上げた。
「い、巌人さま! そ、外が……!」
「……どうなってる。嫌な予感しかしないんだが……」
現に、あの【英傑の王】が剣を鞘に戻している。
悪を前に、手を引いたのだ。
それがどれほどまでの異常事態か。
ここにいる全員が理解していた。
巌人は、浮遊している彩姫を見上げる。
彼女は既に、顔面蒼白だ。
絶望がその瞳には宿っていて。
彼女の言葉は、巌人らを直ぐに動かすに足るものだった。
「この国の防壁が消えました! か、壁の外から……神獣級の群れが、やってきます!」
☆☆☆
巌人らは、地上へと走り去ってゆく。
その後ろ姿を見ながら、カーマ・クロウズは考えていた。
「し、神獣級の……群れ? は、ははっ! 防壁が消えた! ということは、あの方が近くにやってきている! 私を救いに来てくださったのだ!」
彼は呆然から一転、歓喜の声を上げる。
そして――グサリと、彼の胸から手が生えた。
「…………はぇ?」
「うっせぇなぁ、お前。おい白河、コイツで合ってんだよな?」
それは、聞き覚えのない声だった。
背後を振り返る。
そこには、白髪の男が立っていた。
日本人……いいや、似ているが違う。
その男はカーマの背中を貫通した手を抜くと、途端に鮮血が溢れ出し、カーマは力を失ってその場に倒れる。
そして、どこからか足音が聞こえてきた。
「あぁ。実によくやってくれた、カーマ・クロウズ。南雲巌人、及び枝幸紗奈。計画に邪魔な2人を、よくぞこの局面で集めてくれた」
その男の声に、カーマは覚えがあった。
声だけじゃない。
気配、足音、風格、圧迫感。
――強者としての存在感。
そのひとつとっても、今まで感じたことの無い重圧だ。
それこそ、今の巌人を優に越えている。
「あ、あなたさま、はぁ……!」
男は、足音を立ててカーマの眼前へとやってくる。
掠れゆく視界に、白髪が映り込む。
最上級位能力者である証明。
SSSを超えた、EXの体現。
そんな人物、カーマはその男を除いて他には知らなかった。
今、この瞬間までは。
「な、ぜ……!」
「何故。理由を聞いているのかな?」
男は、カーマの前で立ち止まり。
そして、その頭蓋骨を踏み砕いた。
「――君の仕事は終わった。なら、生かす価値もないだろう」
死体が痙攣し、気味の悪い踊りを見せる。
しかし、頭蓋を壊されたカーマの体は次第に力を失ってゆく。
それを一瞥もせず、白髪の男は天井の穴へと目を向けた。
「ひー、おっかね。不要とみると、即殺かよ」
「安心してくれ、王。私が切り捨てるのは、出来損ないだけ」
白髪の男は、生命体としての到達点に位置していた。
「少なくとも、君たちは違う」
男は指を鳴らした。
瞬間、目の前へと【ワープゲート】が現れる。
その中から現れた異形の腕が、カーマの死体を掴み、回収してゆく。
その光景を一瞥した男は、空の光に目を細める。
「今日は、とてもいい天気だね」
空は快晴、どこまでも青空が広がっていた。
実に良い【破壊日和】だと、男は笑う。
「何故、異能を失ったのか。聞こうとは思わないよ」
自分たちを除き、唯一白髪に至った男。
最強の異能力者。
この男が1度は倒すことを諦めた化け物。
そんな彼へ、男は感謝していた。
最強の座から降りてくれてありがとうと、感謝していた。
ありがとう、最強ではなくなってくれて。
おかげで今では、こちらの方が強いのだから。
「南雲巌人。君はここで死んでもらうよ」
それは、既に確定した事項であった。
☆☆☆
「クソッタレ……!」
外の光景を見て、巌人は吐き捨てた。
外には、地獄絵図が広がっていたから。
「あ、ぁ、……! し、神獣級が、あんなにも!」
街中を逃げ惑う人々と、多くのアンノウン。
その大半が幻獣級以上。
聖獣級もザラに居るし、神獣級も多く見える。
それを前に巌人は歯を食いしばる。
(なんだ、なんだよ……これは!)
ふと、視界の端に襲われている女性が映った。
巌人は一息にその場へと動いて、アンノウンの頭に蹴りを食らわせる。
一瞬でアンノウンは弾け飛び、返り血を浴びた巌人は後方の紗奈たちへと声を上げた。
「紗奈さん!」
「さすがにこれはまずいね……。とりあえず、彩姫ちゃん。これあげる」
「へっ?」
そう言って、紗奈が彩姫へと渡したのは――フラスコだった。
中には赤黒い液体が入っていて、それが血だと理解した彩姫は目を見開く。
「君、強い人の血を飲んだら、強くなるんでしょ? 巌人くんから、是非血を分けてやって欲しいって言われててね。……ここで飲んでくれないかな。正直、私と巌人くんだけじゃ荷が重くてね」
「は、はい! あ、ありがとう……ございます!」
彩姫は紗奈と、そして巌人に感謝した。
その姿に紗奈は微笑み、そして、剣を抜いた。
「さーて。君たちがどういう魂胆で襲ってきてるのかは知らないけど、人を殺してるわけだよね? なら悪だよね? 殺していいよね?」
あまりの狂気に、彼女の視線を受けたアンノウンの全てが振り向いた。
そして、その瞬間には死んでいた。
全員が血潮を巻き上げ倒れ伏し、彼女は血糊の付いた剣を振るう。
その光景に、彩姫、グレイ、入境は唖然と目を見開いた。
見えなかった、なんてレベルじゃない。
何をしたのかも分からなかった。
「ん? あぁ、飛ぶ斬撃ってやつだよ。実は、数年前に巌人くん並に馬鹿みたいな強さした物理野郎と戦ってねー。あの時から、遠距離攻撃もみにつけたんだよ
」
「そ、そうなんですか……」
彩姫は察した。
多分、血を飲んでもこの人の足元にも及ばない。
それでも。彼女は喉を鳴らすと、一気に紗奈の血を飲み干した。
「ぉぉー」と、紗奈が声を上げる。
と同時に、彩姫の体内で、強烈な痛みが弾けた。
「ぐぅっ!?」
ドクンッ、と心臓が鼓動する。
体の中が熱くなる。
あまりの異常に大粒の汗が吹き出す。
だが不思議と、嫌な感覚ではなかったのだ。
「……大丈夫かい、ヴァンプガール」
「……はい。もう、……大丈夫です」
数秒で、彼女の異変は収まった。
彩姫は拳を握る。
先程までとは、比べ物にならない力が流れている。
顔を上げた彼女の目は、赤く爛々と輝いている。
「……へぇ、巌人くん。すごい子を連れてたんだねぇ」
紗奈は笑い、彩姫は1歩前へ出た。
「ありがとうございます。これで、私も戦えます」
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名前:澄川彩姫(吸血鬼)
年齢:十四
性別:女
職業:学生(高校生)・特務A級隊員
闘級:百三
異能:六神力[SSS]
体術:B
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ただ、血を飲んだだけ。
それだけで百を超える闘級に驚くべきか。
あるいは、それほどの潜在能力を宿した吸血鬼に驚くべきか。
はたまた、それを為した紗奈の血液に驚くべきか。
彩姫の姿を振り返った巌人は、拳を握る。
これで、現在用意できる最大戦力は用意できた。
目の前には多くのアンノウンと、人の死体。
アンノウンは人を愉悦混じりに嬲り、殺し、食らって捨てる。
その光景に、彼は一切の情けを捨てた。
「悪逆卑劣……ッ。もう、手を抜いて貰えるとは思うなよ」
巌人はそう言って、拳を構えた。
既に、この国は手遅れかもしれない。
少しだけ、アンノウンの侵入に対応が送れた。
たったの五人でこれだけの数を相手するのは、無謀に尽きる。
だとしても、そうだとしても、1人でも多くの命を守ることは出来る。
「ふぅぅぅぅ……」
大きく息を吐き、目を見開いた。
「本気で潰す。紗奈さん、皆。足でまといは御免ですよ」
「ありっ? それ、誰に言ってるか分かってるかな?」
紗奈は剣を振るい、巌人は拳を振るう。
それだけで聖獣級が粉微塵に消滅し、神獣級もダメージを受けて後退る。
その目には、驚愕だけが映っていて。
「その、命を持って償ってもらうぞ、黒幕野郎」
巌人は、そう言って一気に駆け出した――!
ここら辺から闘級がインフレしてくる。
ちなみに巌人が自分の血液を与えない理由は、一気に闘級が上がりすぎて彩姫の体が耐えられないから、です。