143.正面突破
カーマ・クロウズは考えていた。
場所は、図書館地下の研究所。
頭にうかべるのは、先程まで話していた男について。
「あの男……なるほどな。厄介そうだ」
南雲巌人。
無能の黒王。
――正体は、黒棺の王。
既に、送り込んだ神獣級は潰された。
いくら失敗作とはいえ、それなりの力を誇る個体だった。
少なくとも、あの個体でこの国ひとつは落とせただろう。
にも関わらず、あの男に傷一つ与えることは出来なかった。
それを異様と言わず、なんと言うか。
カーマは顎に手を当て、目の前の死骸を見上げる。
「……まぁいい。確かに強いが……あの男には『魔術師は敵ではない』とアピールできた」
無論、騙しきれるとは思っていない。
現に、あの黒髪からは信頼や信用の類を一切感じなかった。
きっと、こちらを少なからず疑っていたのだろう。
だとしても、あの男が行動を起こすことはない。仮にあったとしても、それはずっと先のことだろうと確信していた。
そして、それだけ時間があれば対処出来る。
カーマは背後を振り返る。
そこには、大量の魔術師たちが結界魔術を行使し、外界との一切を遮断している。仮にこの空間を調べようものなら、高位の探索系異能力者、それも自身の異能をこれ以上なく使いこなしている者が、最低でも数名は必要だ。
「ふっ、余程の【規格外】が居なければ、この場所は知られない」
カーマはそう呟いて、笑みを浮かべる。
彼は余裕を浮かべていた。
絶対に大丈夫だという自信があった。
巌人にカーマを疑う理由はない。
たとえあったとしても、それに根拠は何もない。
もしも、彼がカーマへと牙を剥くとすれば、この空間について知られた時だが、それについても今語ったようにありえない。
だからこそ。
『け、警報――! 全職員に告ぐ! 図書館に【英傑の王】接近!』
その警報には、目が飛び出るほど驚いた。
☆☆☆
「こんちわー。ボクが見極めに来たよー」
そう言って、紗奈は扉を蹴り開けた。
その中には目を見開いて紗奈たちの方向を見る図書館職員たちの姿があり、それらを見渡した紗奈は、うんと頷いて鼻をつまんだ。
「巌人くん。感想は?」
「紗奈さん風に言うと、悪者臭い、ですかね」
「大正解っ!」
巌人がそう答えると、紗奈は満面の笑顔をうかべた。
巌人は思う。
なんというか、驚きが瞬間的なものじゃない。
まるで、事前に通達があったように。
枝幸紗奈が現れたことに対する困惑より、本当に来た、という恐怖を感じた。
「青天の霹靂、と言ったところカナ? 言っちゃなんだが、何か結界らしいものが貼られていたからね。おそらく、絶対に気付かれていない自信があったんだろう」
「それを平然と破ってるんだから、腐っても電脳王の直属だよね」
紗奈が、珍しくグレイジィを褒める。
彼は、当然のことだと言わんばかりにしていた。
だが、図書館の奥から髭を生やした大柄の男が姿を現し、その姿を見たグレイは目を細めた。
「おいおいおいおい……! なんだね君たちは! 今は忙しいんだ! アンノウンなんてのが出やがって、ウチの建物を壊していきやがったからな!」
「あぁ、そうかい」
返事をしたのは、グレイだった。
彼は軽く手を振るうと、炎が一瞬にして男を飲み込んだ。
彩姫や入境が、驚いてグレイを見る。
それは、あっという間の『人殺し』だった。
「な、なんてことを……!」
二人がグレイに対して警戒を向ける。
だが、ちょうどそのタイミングで、紗奈がグレイの行動を肯定した
「大丈夫。今の奴の名前は【ジョル・テンバード】。世界的に指名手配されている超高額の賞金首さ。ちなみに罪状は暗殺。……二人ともー。あのまま近づかれてたら殺されてたのはこっちだったかもよ?」
「な……!?」
「……それって確か、数十年前から出てるやつじゃ。よく顔が分かりましたね」
「目が同じだったからネ」
驚く彩姫と、頬を引き攣らせる入境。
それに対し、グレイは静かにそう言った。
巌人は紗奈とグレイの【悪人に対する知識量】に苦笑しながら、死体を無視してさらに先へと歩き出す。
「まぁ、出てきた時から殺意が漏れてたしな。更生して、慎ましくこの図書館で働かせていただいてる……ってことにはならないよな」
「おや、巌人くん、いつの間にか想像力豊かになった?」
紗奈が隣に並んでそう問うて。
巌人は、苦笑しながら過去を思い出す。
「そうですね。考えろと、昔知人に説教されまして」
「おや、それは一体どこの誰かな?」
貴女もよく知る人ですよ、との言葉を巌人は飲み込む。
見れば、図書館の奥からは多くの職員が溢れだしてくる。
彼ら彼女らは、まるで『騒ぎが気になって出てきた』というふうに見せかけていたが……その実、出てくる前から巌人らをしっかり見据えていた。
つまりは、敵だ。
「なんだか、大歓迎ですね」
「よっぽど、見られたくない何かが『下』にあるらしいよね」
見れば、紗奈は鞘から剣を抜き始めている。
その光景を一瞥した巌人は、ふと、グレイへ問うた。
「グレイ、地下までは何メートルくらいある?」
「うむ。ざっと二十かな。行けるかい?」
彼の問いかけに、巌人は無言をもって答えにした。
巌人は拳をにぎりしめる。
今の巌人をよく知らない紗奈は不思議そうに首を傾げて、今の彼をよく知る彩姫は咄嗟に飛んで、入境も取り出した盾の上に退避する。
そんな二人を一瞥することも無く。
――巌人は、かるーく床を殴った。
瞬間、バカみたいな破壊音が響き渡った。
彼の拳は、一撃で20mのコンクリート床をぶち抜いた。
あまりの衝撃に建物が揺れ、余波で魔術師たちが吹き飛ぶ。
そして、紗奈、巌人、グレイは20mを落下していった。
その中で、紗奈は思わずといったふうに叫ぶ。
「ちょ……!? な、何その威力!? 巌人くん、どんなことしたらそんな強さになるわけさ!?」
「フハハ! 彼については触らぬ神に祟りなし、と言うやつだよ」
落下中のグレイがそう声を発して、しばらく。
20mを落下した3人は、なんの支障もなくその場に着地する。
足元には崩れ去ったコンクリートの瓦礫が。
なにか、重要そうな機械が押し潰されて壊れている。
視線をあげれば、見覚えのある青髪の男が目を見開いて震えていて。
その背後には、見上げるほど巨大な【死骸】が冷凍されていた。
それを見て、グレイはため息を吐き、紗奈は笑った。
そして巌人は、無表情で彼へと視線を向けた。
「カーマ・クロウズ。アンタをアンノウン研究の罪で逮捕する」
☆☆☆
「……は、は、はぁ!? い、いきなりなん……なんですか!」
カーマは、焦ったように声を上げた。
巌人と紗奈の目が細くなる。
「コレの事を言っているのであれば、勘違いです! これは、私の先祖が殺すことが出来ず、凍結して封印を施した神獣級の悪魔! 私は魔術師としてこの封印を守っているだけに過ぎません!」
カーマは叫んだ。
二人は断じた。
「「嘘だな(だね)」」
「な……!?」
カーマは唖然とした声を上げる。
「あんまりボクたちを見くびらないでよ? 特務はスペシャルだから特務って言われるんだ。言葉の真偽を探るくらい、できて当然の技能だよ?」
その言葉に、カーマは歯軋りする。
知っていた、特務の噂は。
特殊な能力をみにつけ、性格強さ共に一定の基準を満たしたものしか入隊できないエリート集団。故に腐敗はなく、その強さに一切の誇張はない。
ただ、強く、誇り高く、そして異質。
それを知っていたからこそ、彼は特務にもスパイを送った。
――だが、失敗した。
送ったスパイの尽くが、瀕死体になって帰ってきた。
原因は分かっている。特務の長に付く秘書の女だ。
あの女が秘書となってから、特務が磐石となってしまった。
一切の不正は通じず、スパイも見破られ、時に逆スパイを送り込まれることもある。ならば、と秘書の方へと標的を変えれば、その時点で敵対したものは地獄を見てきた。
アレは、化け物だ。
相手にしてはいけない『何か』だ。
それを目敏く感じとったからこそ、カーマは特務の情報に疎かった。
下手に調べることも出来なかった。
恐ろしくて。
カーマは拳を握り締めると、巌人の声が響いた
「焦ってるのか、カーマさん。さっきは不自然なくらいに自然だったのに」
「……!」
カーマは驚き、巌人は目を瞑る。
むしろ、自然すぎたから疑った。
何が本当で何が嘘かも分からない。
もしかしたら、この男は自分に嘘を教え込むことで、なにか取り返しのつかない罠へ陥れようとしているんじゃないか?
巌人は、その可能性も【在り得る】ことを理解した。
むしろ、その可能性が大きいとさえ思った。
だからこそ、ここに攻め入ることに反対をしなかった。
「ば、馬鹿な……! い、巌人君! 君は僕を信じて――!」
1度話したこともあり、紗奈よりは話が通じるだろうと巌人を見る。
だが。
「……ッ!?」
――巌人の目を見たカーマに、怖気が走った。
その目には、背筋が凍るほどの……『何か』があった。
「――お前が黒幕か、カーマ・クロウズ」
その目に、その姿に。
カーマは、息も忘れて恐怖した。
その目、その雰囲気……間違いない。
この男は、あの秘書――東堂茜の同類だ。
彼だけでなく、その場にいた他の魔導師も。
グレイでさえ、恐怖のあまり死を垣間見た。
それほどまでに、深い怒り。
しかし、その怒りも長くは続かない。
「こーら、そんなに怖がらせたらダメだよ? 恐怖は首の筋肉を固めるからね。上手く首を跳ねたいなら、怖がらせたらダメなんだ」
そう言って、巌人を小突いたのは、枝幸紗奈。
彼女はにへらとわらって巌人を見上げて、カーマへと視線を向ける。
瞬間、その顔に冷笑が浮かび上がった。
「殺すなら、あっという間に殺してあげないと」
「ひ、ひぃぃぃ!?」
それ以上の恐怖。
カーマは思わず腰を抜かし、それを2人の怪物が見下ろす。
それを、上空から降りてきた彩姫と入境は、困ったように見下ろしていた。
「やっぱり……」
「こうなってしまいましたか」
常識人二人は、よく理解していた。
絶対者とは、圧倒的な強さと、我を持つ存在。
その頂点が、二人集まったらどうなるか?
答えは明確。
二人は目の前の男を見下ろして。
片や拳を、片や剣を突きつけた。
「関わりがあるなら、お前を殴る」
「何も無くても、ボクが殺す」
それを前に、もはやカーマは声もなく。
ただ、遠くから喧騒が響いてくるばかりであった。
【究極の二択】
→巌人に殴られる
→勇者に殺される