142.大図書館の真実
数年前に考えていたこの物語のエンディング。
終章間際ってこともあって見直してみたら、すっかり忘れてた伏線とかもありました。
その後。
特務の高速輸送機により日本へと輸送された黒い神獣級。
――否、アンノウンのなり損ない。
巌人は遠ざかってゆく輸送機を見据えながら、背後の気配へと話しかけた。
「で、グレイ。話って?」
場所は、戦闘後の大通り。
ベンチに座った巌人は、背後に立ったグレイへの口を開く。
その姿は、いつも通りの彼のようだが……彼をよく知る人間、彩姫らにとっては、どこか恐ろしくも感じた。
冷たい怒りというのは、こういうものなのだろう。
彼女は喉を鳴らし、ベンチの背に座るグレイは肩を竦めた。
「そぅ、急くものでは無いと思うよ? それに落ち着きたまえ。まぁ、重要だとは思うけれど……説明を2度するのは面倒だからね」
背後を振り返ると、グレイの前方、遠くから見慣れた二人がこちらに来るのが見えた。紗奈と入境だ。
グレイはその二人を見据えると、巌人へと振り返る。
「それに、場所を変えよう。こんな、公衆の面前で話すことではないからね」
その言葉に、巌人は頷き立ち上がる。
彼らのすぐ近くでは、この国の特務が慌ただしく動いていた。
☆☆☆
場所は変わり、拠点としている小さなアパート。
巌人、紗奈、グレイ、彩姫、入境。
5人の『怪物』が念入りに『盗聴がない』と探った後、グレイはソファーに腰掛け口を開いた。
「それじゃ、始めようか。私が見た嫌な話を」
「嫌な話ー? そんなら聞きたくないんだけどなー」
紗奈が早速突っかかる。
彼女も、巌人から話は聞いていた。
人が、アンノウンにされたかもしれないこと。
人型のアンノウンは、元は人間だったかもしれないこと。
それに対する彼女の反応は『へぇー、悪いことするやつも居るもんだね。殺すリストの1番上に乗っけとくよ』との事だった。
声色はとても軽いが、言ってることは酷く重い。
きっと、彼女の中でも憎悪の感情が滾っているはずだ。
だが、巌人の『ソレ』は、彼女をも上回る。
「紗奈さん、話が進まない」
「……ひょー。おっかない。ごめんね黙るよ」
紗奈が素直に話を聞くほど、巌人の眼は冷たい光を宿していた。
数年前、彼がまだ棺を背負っていた頃と比べると、まだ赤子のようにも感じられるが……紗奈は理解した。
きっと彼は、確実に【あの頃の強さ】に近づいている。
(……まぁ、悪い方向じゃないみたいだけどね)
紗奈は、その横顔を見てそう思った。
「……では、話始めようか。……まず、最初に確認事項。私たちはあの図書館へ潜入した。巌人ボーイは、囮としてクレーマーな客を演じ、私とヴァンプガールは一般客に紛れて忍び込んだ」
「その後の展開としては、私はカーマ・クロウズという者が魔術師だと探り当てることが出来たのですが……」
「そこの犯罪者が、それ以上の『何か』を見つけちゃったわけかー」
紗奈はそう言って、グレイを見る。
その目に急かされたように汗をかいた彼は、早速本題へと入った。
「簡潔に言えば、私が見たのは【神獣級】の死体だったよ」
その言葉に、その場にいた全員が驚きを見せた。
神獣級、それは本来一体で一国を滅ぼせるだけの怪物だ。
日本のように、異常な戦闘力を持つ異能力者が複数名存在するのは稀中の稀だ。多くの国は、強くても闘級60程度。一般には50にも満たない異能力者がいれば御の字と言ったところ。
それに対し、神獣級は最低でも闘級『100』。
そう考えるだけで、いかに強いのかが理解ができる。
「……この国に、100超えの異能力者は」
「居ないと思いますよ。僕はこれでも、絶対者を除けば1番強い特務隊員と言われていますが、それでも闘級は70程度」
「ま、それが普通なのだがね。君たち基準で考えない方がいい」
グレイが入境の言葉を後押しする。
その上で言葉を重ねる。
「無論、見たのはそれだけじゃないよ。神獣級の死体はコールドスリープ? のような状態で凍らされていてね。もちろん死んでいるから溶けたとしても動かないのだろうけれど。……問題は、それを囲っていた魔術師たちさ」
「……魔術師たち? もしかして……魔術師は複数存在するのかい?」
「ノン! そうじゃない。あの図書館は魔術師しか居ないんだよ入境ボーイ」
グレイの言葉に、彩姫は息を飲む。
巌人や紗奈も難しそうに顔をゆがめる。
その中で、巌人は思い出したように口を開いた。
「……そういえば、言ってたな。酒呑童子以上、と」
酒呑童子、紡の父より強い存在。
そんなものは、長らく戦って来てた中でも二人しか知らない。
最強のアンノウン、玉藻御前。
そして反射のアンノウン、獄王ディアブル。
酒呑童子が今も生きていたら、と仮定すれば話は別だが、当時、戦った時の酒呑童子より強いアンノウンはその2体しか巌人は知らない。
どころか、紗奈も、他の面々も知りはしない。
その上で、グレイは確信していた。
「YES。明確に言おうかね。酒呑童子より強いアンノウンが、何者かに殺されて図書館下に隠されていた。しかも、魔術師たちがそれを研究しているというオマケ付きさ」
彼の言葉に、巌人の表情が目に見えて曇った。
その姿を横目に見ながら、紗奈は考える。
「酒呑童子より……ねぇ。でも、すごいね。そんなアンノウンが殺されるなんて。私や巌人くん以外、そんな化け物倒せる怪物居ないでしょ? なのに殺されてる。神獣級の、メチャ強アンノウンが?」
と、そこまで言って、紗奈は至った。
「それ、アンノウンの【製作者】が関わってるんじゃない?」
紗奈の言葉に、巌人は大きく目を見開いた。
……やっぱり、この人はもうそこまで考えていたみたいだ。
アンノウンが何者かに作られたとして。
その人物ならば、神獣級のアンノウンを作り、その体を研究……いいや、実験の素材として用いることも出来るはず。
例えば……そう。
人間をアンノウンに変える方法、とか。
「製作者……? な、なんのことでしょうか?」
「いやー、ね? だっておかしくない、この世界? ある日唐突にアンノウンが出てきて、同時に異能がでてきた。そんなの意図的じゃないわけが無いでしょ?」
「た、確かに……っ、と、ということは……!」
「そう。亜人……ボクや彩姫ちゃんみたいな存在も、何かしら影響があって産まれてきた。そう考えて間違いないと思うよ」
彩姫に伝えたくないことをズバズバ言ってゆく紗奈。
そんな彼女を巌人は睨んだが、本当に言って欲しくないことだけは守ってくれたため許容した。
巌人は大きく息を吐くと、改めてグレイへと視線を戻す。
「つまり、魔術師は情報提供者……なんてレベルじゃなく、魔術師こそが、その製作者側の存在である……かもしれないと」
「イエスオフコース! その通りさ巌人ボーイ。ヴァンプガールも言っていただろう? 怪しいなんてもんじゃない。確実に黒さ!」
その言葉に、巌人は紗奈を見た。
彼女はなぜ自分を見るのかと首を傾げていたが、すぐに理解する。
「……やだなー、巌人くん。まさか、ボクが一人で突っ走るだなんて思ってる?」
「思ってるから見てるんですが」
「ひっどーい。ボク、犯罪者の言うことなんて信用してないよー」
チラリとグレイを見ていう紗奈。
しかし、直後には楽観から一転、真剣な表情を浮かべた。
「けどまぁ、調べてみる価値は大いにあるよね」
「そうですね……。話を聞いている限り、確実に捜査を入れるべきでしょう。そも、アンノウンの研究は万国共通で禁止されているはず。特例で認められていない限りは、それだけで法に触れます。……そして、この国において特例は出ておりません」
入境の言葉を受け、紗奈は立ち上がる。
「つまり、悪いことしてる、ってことだよね。うん、それじゃ、巌人くん。とりあえず行ってみようよ。雁首揃えて威圧満載で飛び込んで、何も無ければアンノウンの研究を理由に殺す。何かあればそれを理由に殺す」
「……相変わらず、残念なまでの脳筋っぷりですね」
巌人はそう言って頭をかいた。
彼の言葉に肯定するように彩姫が首を縦に振り、グレイも頷く。
その作戦はあまりにも無謀すぎる。
なんの対策もない、純粋に真正面から踏み潰すだけの作戦。
本当に魔術師が『製作者側』だと言うのなら、危険すぎる。
だからこそ、彼女らは巌人の言葉を肯定した。
だが、巌人の口元には笑みが浮かんでいた。
「ですが、僕も乗りました。その作戦」
「「な……!?」」
二人の驚いた声が響く。
紗奈も少なからず驚いていたようで、目を丸くしていた。
「……? なんか、変わったね、巌人くん」
「そりゃ、人は変わるものですからね」
紗奈の声にそう返し、巌人は立ち上がる。
窓の外には、図書館が見えている。
その地下に眠るとされる、化け物級のアンノウン。
その正体は不明にしても……アンノウンにされた女の子と、街中に響き渡らなかった出現警報は無視できない。
「もしも、襲ってきたあの神獣級が、あの図書館で造られたものならば」
あの時、あの場所で襲われた理由も。
警報がならなかった理由も、辻褄が合う。
巌人は、拳を強く握りしめる。
脳裏に映るのは、最愛の妹の姿。
アンノウンと人を繋ぐため、親との血の繋がりさえ捨て、人間になった少女の姿。彼女が『ニンゲンにしてほしい』と頼んできた時、その表情はとても思い詰めたものだったのを、よく覚えている。
「人とアンノウンの共存」
それを、酒呑童子が望んでいたという。
その事実を、もはや楽観的に捉えることは出来なくなっていた。
もしも、酒呑童子が後天的にアンノウンへと変えられた、元人間だったとしたら。
彼が生涯かけて掲げた目標が。
その娘が心に決めた覚悟が。
……誰かの掌の上の出来事だとしたら。
きっと巌人は、その【誰か】を許せない。
静かな怒りが燃えている。
瞳は冷たい光を宿し、ただひたすらに拳を握る。
「行こう。今回は、さっさとケリをつけたい気分だ」