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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
追憶の時計塔
143/162

141.黒の狂気

「くっ……巌人さま!」

「えっ?」


 突撃してきた、謎の神獣級。

 あまりの速さに彩姫は咄嗟に声を上げて。

 目を見開いた時には、既に巌人の拳が化け物の顔面へと突き刺さっていた。


『ぷげぇ!?』

「あっ、ごめん。なんか用事でもあったか?」


 拳を振り抜くと、黒い神獣級は勢いよく吹き飛ばされてゆく。

 その姿は一直線に店の外まで吹っ飛んでゆくと、勢いそのまま図書館の屋根へと突き刺さる。凄まじい衝撃と共に屋根の一部が弾け飛び、その光景に彩姫とグレイは固まった。


「……ちょ、ちょ……っと、待ちたまえ。えっ? 昔より強くなってないか?」


 しばし経って、グレイが何とか言葉を絞り出す。

 彼は眉根を揉むようにしており、巌人は首を傾げて返す。


「いや……前よりは弱くなったぞ?」

「ま、まぁ、そうだとは思うがね! ただ、なんというか理不尽さが増した気がするぞ! 前も『なんでもあり』だった気がするが!」


 今も昔も、圧倒的な『力』で叩き潰すスタイルには変わりない。

 変わりない……はずなのだが。


(神獣級を、素手で瞬殺……。なんという理不尽。なんという非常識。……相も変わらず、不条理の塊みたいな男だな)


 グレイが心の中で戦慄する。

 最近は巌人の『裏の顔』ばかり見てきた彩姫も、久方ぶりに見た『物理チート』の巌人には苦笑しか出てこない。


(明らかに……以前よりも()()()()()()()。一体どこで鍛えたのかは分かりませんが……【反射のアンノウン】と戦った時より、ずっと速い……!)


 闘級にして、どれほどだろうか。

 想像も出来ないが、この短時間で巌人はさらに強くなっていた。

 ただでさえ手がつけられなかった強さ。それが、紡や過去と向き合うことで、完全に【タガ】が外れた。

 巌人は拳をにぎりしめる。

 図書館の屋上へと視線を向けると、瓦礫の中から黒いアンノウンが立ち上がる。


『ぎ、ききき、切った、切られた、痛いイタイ……』

「い、今のを受けて……!」


 彩姫の悲鳴が漏れる。

 一撃必殺の名に相応しい、巌人の拳。

 それを受けてなお立ち上がり、闘気を漲らせている。

 その光景にはグレイもまた頬を引き攣らせており、彼は大きく息を吐いて彩姫の背を押す。


「ヴァンプガール、ここは任せよう。……今も昔も、この男の隣に立って戦える人間など、居ないのだから」

「心外だな。紗奈さんが居るじゃないか」

「oh、あれは人間とは呼ばないよ」


 巌人に言われた通り、グレイは周囲への確認、安全確保へ向かう。

 黒いアンノウンは屋根の上から降り立った。

 その姿に、ざわついていた民衆の声が悲鳴に変わる。

 これだけの恐慌の中だ、逃げ遅れる者も多いだろう。だからこそ、グレイはそちらを守ることに専念する。

 相手を倒すのは……巌人一人で十分だから。


『テキ? 敵? 切られた、痛いイタイ、敵?』

「ん? もしかして、友達になりたくて迫ってきたのか?」


 ジスッ、ジスッと軋みをあげて歩く『黒いアンノウン』。

 奴は巌人の眼前までやってくると、大きく首を傾げて巌人を見下ろす。その様子はまるで子供のようで、老人のようで……悪魔のようで。


『食べる友達、オイチイ!』


 ガバリと、奴の胸から『口』が現れた。

 鋭い牙が立ち並び、真っ赤な舌は血に染まっている。

 黒いアンノウンは真っ直ぐに巌人へと噛み付こうとして……大きく開いた口の奥へと、巌人の拳が突き刺ささる。


『が、ぺぇ……!?』

「殺気丸出し」


 再びアンノウンは吹き飛ばされてゆく。

 しかし、直ぐに態勢を建て直して立ち上がり……。

 そして、顔面へと巌人の拳が突き刺さった――!


『ぐへっ!? お、オドロキ、オドロキ! モウナイ!』


 あまりの速度、圧倒的な威力。

 黒いアンノウンはすぐさま巌人の『強さ』を測定……完了する。

 ニタリと胸元の口をゆがめ、脳内の『データ』を元に動き出す。

 筋肉一筋一筋に至るまで、多くの情報を元に算出した『南雲巌人という人間の行動測定』。それは【未来予知】にさえ達するほどの性格無比さを誇っていた。

 だが!


『ぐぺぇええ!?』


 アンノウンの顔面に、巌人の拳が突き刺さった。


『ナンデェ、ドウシテ!? お前死ぬ、死ぬ死ぬ死ななきゃおかしい。そう言われてるお前殺す、コロコロ二十六時ぶはぁっ!』

「…………何言おうとしてたんだコイツ」


 言ってる途中で、また直撃。

 よろめいたところで口を開いて、また拳。

 拳、拳、拳、拳。

 口を開きかけると、すぐに拳が飛んでくる。

 もはや哀れ。


「……色々と忘れていたが、なんのしがらみもなく、なんの気負いもなく、なんのハンデもないあの男って、あんなに強かったんだな」

「ええ、私も……巌人さまが苦戦したり、入院したり、過去で大怪我を負ったと知ったこともあり、すこし感覚が狂っていましたが……」


 改めて言おう、南雲巌人は怪物である。

 能力が使えようが使えまいが、普通に強い。

 いや、強すぎるのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()


 黒いアンノウンは再び吹き飛ばされてゆき、頭から地面へ突き刺さる。

 その光景を無表情で見つめる巌人。

 彼は痙攣しているアンノウンへとさらに一歩、距離を詰めて。


 そして、その動きが完全に硬直した。


「…………巌人、さま?」

「……どうしたんだい、チートボーイ」


 巌人の姿に、二人から困惑が漏れる。

 先程まで優勢だった巌人は大きく目を見開き、固まっている。

 視線は真っ直ぐにアンノウンへと向かっており、その瞳には、驚き……よりも、怒りが優っているように見えた。


「……喧嘩を、売ってんのか」


 その言葉に、彩姫はかつて感じたことも無い怒りを感じた。

 しかし、グレイはその『怒り』に覚えがあった。

 他でもない、彼がまだ『棺』の名を冠していた頃。

 グレイが、初めて巌人と出くわした時も、似たような寒気を覚えた。

 噴火直前の活火山を前にするような、むせかえるような怒気と。

 相反する、どこまでも静かな冷たい殺意。


「ボーイ! 一体何が――」


 グレイは駆け出した。

 そして間もなく、黒いアンノウンを視界に映して、彼もまた巌人と同じように目を見開いた。


「な……一体何が……ッ」

「ヴァンプガール! 君は来るんじゃない! ……これは、君のような『表』の人間か見ていいモノじゃないからね」


 咄嗟に声を上げ、駆け寄ろうとする彩姫を制する。

 彩姫は、グレイの言葉を受け、咄嗟に異能を使おうと考えた。だが、巌人から視線を感じて、それも止めた。他でもない、巌人もまた同じような目をしていたから。


「……彩姫、少し後ろを向いていろ」


 かくして、巌人は歩き出す。

 地面に頭から突き刺さり、痙攣する黒いアンノウン。


 そして――()()()()()()()()()()()


 その顔は、泣いていた。

 子供だった。

 小さな女の子だった。


「……もしも、僕の過去を知っての、襲撃なら」


 巌人は、アンノウンの前にしゃがみ込む。

『人が、アンノウンを創った』

 その仮定が真実だとするならば、アンノウンの【素】になったモノがあるはずだ。クローンだろうと人工生命体だろうと、何らかの【素】があって、その細胞を媒体に作られる。だから、アンノウンの元になった生命体が居ると、巌人は考えていた。

 そしてそれが……人間であって欲しくない。

 そう、心の底から思っていた。


「獣を模したヤツ、虫を模したヤツ、そして……人型のヤツ」

『た、タ、……す、助け……て』


 巌人の拳に、青筋が浮かぶ。

 眼前で、倒れていた黒いアンノウンが動き出す。

 顔を地面の中から出し、腹の口を大きく開いて襲い来る。

 その体を、巌人は真正面から組み伏した。

 右腕を折り、左腕を砕き、両足を抑えて首に手をかける。


「……まさか、それが真実というのかい、巌人ボーイ」

「……だとしたら、僕はソイツを許さない」


 アンノウンの腹の顔は、泣いている。

 涙を流して、声を押し殺して。

 腕も足も、全て失って。

 ただ、涙を流して泣いている。

 その姿が、何故か『一人の少女』と重なった。


「……そのアンノウンについて。一つ相談したいこと……いや、私が『図書館の下で見たもの』について語りたいところだが。それ以前に一つ問う。巌人ボーイ、()()()()()?」

「…………ッ」


 グレイの言葉に、巌人は咄嗟に言葉が出ない。

 分かっていた。……最初から分かっていたことだ。

 一つを取るということは、もう一つを捨てるということ。

 紡と生きるため、能力を捨てた。

 それはつまり、能力さえあれば救えたかもしれないその他の命を、全て捨てるのも同意なのだ。


「君が、全盛期の力さえあれば救えていたかもしれない。いや、救えていた。それほどまでに君の力は強過ぎた。でも、今の君にその子は救えない」

「……わかって、いる」


 わかって、いるのだ。

 ただ、納得できるかは別の話だ。


「強欲だネ。あの娘のためを思って、自分の存在意義に等しい能力を捨てた。にも変わらず、目の前にあるものは全て救いたい。……なるほど、こんな傲慢な子供に、私たちの居場所は壊されたわけか」

「……ッ」


 グレイの歯に衣着せぬ言葉に、巌人は歯を食いしばる。

 そんな巌人の姿を見て……グレイは、やがて大きなため息を漏らす。


「……はぁぁぁああ。おいチートボーイ。貸し一つで手を打とう。私は火力こそ君の妹君には及ばんが、技術がある。炎の檻で閉じ込め、アンノウンへ変異した細胞のみを焼き続ける。その状態で電脳王の元まで送り届けよう。……彼女ならば、何らかの対処法を見出すはずだ」

「……すまない。恩に着る」

「謝ることは無いさ! 胸を張りたまえ、馬鹿だとは思うが、清々しいとも思う。私たちは、()()()()()()()()()()鹿()()に壊された。そう知れただけで大満足というものだよ」


 それに、これは無償じゃない、貸しだ。

 決して大きな貸しではないが、これがあれば『英傑の王』から殺されそうになった際、南雲巌人という最強の人間を味方にできる。

 それだけで、グレイジィ・ブラックリストからすれば儲けもの。

 むしろ、お釣りが来るほど。彼から巌人へ感謝したいほどでもある。


「……そして、安心するといい。このアンノウン……少女と呼ぶべきか。明らかに不完全、人間を媒体に『人型のアンノウン』が生み出されるにしても、こんなにも不完全体、私は見た事がない。つまり、完全に変異しきっている訳では無いのだ。助ける手段は、必ずある」

「……お前も良い奴だな。ツムを狙ったのは許してないけど」

「おや、手厳しい!」


 かくしてグレイはたからかに笑う。

 彼は後方にいる彩姫を振り返る。

 彼女は言われた通り、後ろを向いて目を瞑り、両耳も塞いでいる。

 その姿を見て、二人は安堵する。

 きっとこの真実は、彼女にはまだ早すぎるから。


 巌人へアイコンタクトを向けたグレイは、スマホを取り出し電話をかける。



「やぁ、ボス。ちょっと仕事を頼めるかな?」



 仕事内容は、謎のアンノウンの搬送。

 そして、素体となった少女の救出であった。



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[気になる点] 誤字脱字が少し [一言] 追い付いたっ! 面白かったです。どのキャラにも好感が持ててだれず読めました。あと余計なステータスがなかったので好み。 これからも読みます、更新楽しみにお待ち…
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