140.再びの襲来
「怪しすぎます!」
彩姫は開口一番にそう叫んだ。
場所は、カーマと話した喫茶店。
巌人の姿を見つけた彩姫とグレイは巌人の元へと集合すると、早速知り得た情報について話し合おうとしていたのだが。
「彩姫……ちょっと声押さえような」
「は、はい……。ですが、怪しすぎますよあの図書館……!」
「それに関していえば果てしなく同感だがね」
彩姫の言葉に、難しい顔をしたグレイが同意する。
2人の言葉を受け、巌人は周囲へと視線を向ける。
一応は魔術師の血統であり、魔法使いを母に持つ彼は頷き返す。
巌人とて、必要最低限の魔術基礎は学んでいる。
ただ【異能】に全てのリソースを費やして生まれてきたため、それ以外の才能……例えば【魔法】等に対する適性は微塵もなかったわけだが。
「周囲に透明化してる気配はない。こちらに聞き耳立てるにしても、周囲には人はいないし……仮に聞かれていて、それが原因で襲ってくるならむしろ好都合。真正面から突入する大義名分の出来上がりだ」
「……っ、さ、さすが。【六魔槍】を潰した男だけある」
グレイの言葉に巌人の鋭い目が向く。
グレイは、咄嗟に口笛を吹いて視線を逸らす。その姿にため息を漏らしながらも、巌人は頬杖をついて図書館を見た。
「ついさっき、魔術師とやらが会いに来たよ。たぶん、黒髪だから珍しかったんだろうな。透明化の魔術を使ってたから、普通に暴いて、そのまま話した。……面白いことが色々と聞けたよ」
かくして、巌人は魔術師との会話について二人へ話す。
魔術師もまた『高位異能者の突然死』について調べていること。
突然死とモスクワの壁崩壊に繋がりがあると考えていること。
アンノウンの他に、人為的な力が加わっている可能性について。
一通りの説明をした巌人だったが……一つだけ、二人には話さなかったことがあった。
(異能も……アンノウンも。同じ誰かに創られた可能性)
2016年。世界が変わった124年前。
あの年、あの日、あの瞬間。
何者かが異能を創り、与え。
同じくアンノウンを世界へ放った。
それは最悪の可能性だろう。
考えたこともなかった。考えただけで背筋が冷たくなる。
だって、異能が【創られた】ものだとしたら。
異能を創った者が、アンノウンの側だとしたら。
その【製作者】は、異能の【壊し方】だって知ってるはずだから。
(強い異能を持つものだけが……死んでいる)
突然死が人為的なものだとして。
もしも『強いものを狙っている』わけじゃなく、『自ずと強いものが死んでしまう』と考えれば、嫌な予感が加速する。
(強い異能の保持者を、自然に殺せる手段がある……?)
最強の異能力を持つ、巌人。
世界でも有数の[EX]を持つ、紡や紗奈。
さらに目の前には、SSSランクの異能を持つ彩姫も居る。
彩姫とグレイは真剣に話を聞いていて……巌人は、一度思考を切り止めた。
「まぁ、そんなところだ。共通の見解として……強い異能を持っている奴が死んでいる。なら、相手には強い異能保持者を殺せる手段があるって言うことだ。まぁ、その方法も理由も定かじゃないけどな」
【製作者だから知っている】で済む話を、巌人はあえて不明とした。
これは、無闇矢鱈に話せるような話じゃない。
下手をすれば、百年以上にもわたる新・人類史の原点を掘り返すことになってしまう。そしてその時、どんな【過去】が待っていて、その結果世界はどう変わってしまうのか。何ひとつとして定かじゃない。
(問題は、無能力となった僕や、僕が異能を創ったツム、それに……亜人である彩姫に、その【異能力者を殺す手段】が通じるのか、って話だけど……)
これは、最初から「通じる」として考えるべきだろう。
最高よりも最低を考えて行動する。
それこそが特務の最高幹部としての、仕事のやり方。
巌人は大きく息を吐くと、彩姫はちょうど巌人の考えていたことについて質問を投げた。
「そ、それでは……巌人さまは真っ先に危ないのでは……!」
「確かに。私は貴様の力についてあまりよく知らないが、ボス曰く【この世に数多あるチートの集合体】だそうだし……」
「大袈裟……とは言わんけどな。本気出したら誰にも負けない自信はあった」
触れた瞬間に全てを消滅できて。
あらゆる傷を瞬く間に修復できて。
相手のどんな能力だって消し飛ばせて。
例え遠距離から即死攻撃を放たれても即死耐性は持っていて。
なにより、極めれば『力』を遠距離でも発動できる。
――知覚した時点で勝利が決まる。
それが【存在力操作】という力だ。
「まぁ、と言っても僕は無能力者だ。その『標的』に入るかどうかも怪しいから、僕に関しては考えてくれなくてもいい」
それに、巌人には【即死耐性】の力が残っている。
もしも異能力者殺しが抗うことも出来ない即死ならば、彼の保有する【即死に対する耐性・存在力《100》】を前には通用しない。
だからこそ、巌人は自分より彩姫を案じた。
「問題は、彩姫だろ? SSSランクの高位異能者にして、特務の最高幹部候補なんだから」
「なんと……! ただのオマケ少女かと思っていたが……」
僕の言葉にグレイが驚き、彩姫はぶんぶんと首を横に振った。
「そ、そんな! 最高幹部……【絶対者】の方々を知っている手前、そんなことは冗談でだって言えませんよ……」
彩姫の言葉にグレイは唸り、巌人を見た。
第四位、炎系統最強にして酒呑童子の血を引く【業火の白帝】。
第三位、言葉一つで万物を殺す死神【死の帝王】。
第二位、勇者の体現者にして不死の狂人【英傑の王】。
第一位、最強の男【黒棺の王】。
以上四名、全員が全員、怪物の中の怪物である。
巌人は期待を込めてそう言っていたが、彩姫は確信していた。自分はまだまだその域には達していない。足元にも及ばない、と。
「ま、まぁ、それはともかくとして! 私は大丈夫です! これでも吸血鬼の亜人ですし……なんとかなると思います! というか、それなら英傑の王……枝幸紗奈さんの方が……」
「「いや、あの人なら大丈夫だろ」」
巌人とグレイの声が完全に一致した。
殺したって生き返るあの人だ。むしろ紗奈を狙ったが最後、顔を見られて地獄の果てまで追い詰められる。確実に相手は死ぬため、むしろそっちの方が好都合まである。
「とまぁ、そういうことで、僕からの報告は以上だな。次は……」
「私は……怪しい人を一人見つけたくらいです。あと、魔術師のトップらしい人の名前も探り当てました。それ以上は危険そうだったので撤退を……」
「ふむ。それはいい判断であったろうな。私は異能を使って最奥まで探ってみたが……想像以上にヤバいぞ、あの図書館は」
がっしりと腕を組んだグレイは、図書館を向いて口を開いた。
その瞳には色濃く恐怖が滲んでいて、それを見た巌人は身を乗り出す。
「……何を見た、グレイジィ・ブラックリスト」
「私は……【酒呑童子】が最も強い神獣級だと考えていた」
実際に相対し、その強さを身に染みて知っていた。
巌人が出会った手負いの酒呑童子ではなく、手傷など一切ない、全身全霊のあの怪物を知っていた。だからこそ、世界で最も強いアンノウンは酒呑童子だと信じて疑わなかった。
今、先程までは。
「アレと同等か、それ以上だと感じたね」
グレイの言葉に、巌人は目を細める。
彩姫が困惑の表情を浮かべて――そして、次の瞬間。
「「「――ッ!?」」」
三人の視線が、一斉に天井へと向かった。
各々が喫茶店の席から飛び退いた直後、天井を突破って見たことも無い異形が姿を現した。
『あ、がきぎ、苦しい車、歩く2×16は五臓六腑、火は楽しい楽のののの、楽ちん銀色、ここここここ、殺すぅ?』
「な、何だこの……化け物は」
グレイが、その姿を見て唖然としていた。
それは彩姫も……巌人だって例外じゃない。
グレイも彩姫も多くのアンノウンを目にしてきた。
巌人に至っては世界で最も多くアンノウンを殺してきた。
そんな彼らをして――全く見覚えがない。
つまるところ、完全に新種のアンノウン。
それが、彼らの目の前に立っていた。
それは、全身が黒く塗りつぶされた人型だ。
身長は二メートル前後と、人にしては大きく、アンノウンにしてはかなり小柄だろう。その顔には目も鼻も耳もなく、ただ巨大な口だけが存在している。
黄ばんだ歯と真っ赤な歯茎。ガチガチと歯を鳴らしながら意味も持たない言葉の羅列を繰り返す様は、まさしく【狂気】。
それに、何より――
「い、巌人さま! い、今……警報って鳴っていましたか!?」
「鳴ってたら、絶対に気付いてるよな」
この現象を……巌人たちはよく知っていた。
かつて同じ現象が……サッポロにおいても起きたのだから。
巌人は歯を食いしばると、その原因を口にする。
「無音の襲撃……間違いない。今回も、アンノウン側に与してる人間がいる!」
前回は、研究者に玉藻御前と、神獣級が二体も出てきた。
それに対して……今回は早速、かなりの危機だ。
『遊ぼ、遊ぼ、遊ぼぼぼぼぼぼ? ぼっ、ぶ、ぶっ、殺すううう?』
子供のような甲高い声で。
歯をガチガチと鳴らしながら、謎のアンノウンは一歩踏み出す。
その威圧感、その風格は……間違いようもなかった。
「い、いきなり神獣級って……! レベル高くないですか、海外って!」
彩姫の絶叫が響いて、謎のアンノウンが襲いかかった。