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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
追憶の時計塔
141/162

139.カーマ

「改めまして……。私はカーマ。カーマ・クロウズと申します」


 青髪メガネの男は、そう名乗った。

 場所は図書館の見える喫茶店。

 相変わらず人避けの魔術は続行しており、周囲にいる人々は不思議と二人の周囲を避けて歩いている。それに、声も聞こえていない様子だ。


「……どうも。僕は――」

「南雲巌人さん、ですよね? 世にも珍しい無能力者。にも関わらず聖獣級さえ容易く屠る物理最強の男【無能の黒王(ブラック・キング)】」


 彼の言葉に『まぁ、知ってるよな』と苦笑する巌人。

 世界で唯一の無能力者である以上、巌人もまたそれなりに知名度は高い。加えて業界最高峰のシャンプーを自作、販売しているのだ。

 それだけでも有名になっていて然るべき。加えてこの男は巌人の実績まである程度調べているらしい。

 さすがに『全て』という訳では無いらしいが、聖獣級……『鎖ドラゴン』などの討伐実績は知っている、と見るべきだろう。


「で、そんな魔術師さんが、僕に何用で?」

「……おや。あんなに目立っていたので、私たち魔術師へと御用があったのかと思いましたが……違いましたか?」


 違わない。まさにその通りだ。

 内心でそう呟いた巌人は、改めてその魔術師を見すえる。

 相変わらず感情を読ませない、仮面のような表情。

 それがある限り駆け引きはほぼ無意味になる。巌人は小さくため息を漏らすと、単刀直入に問いかけた。


「強力な異能を持つ者の、連続突然死について」

「……ほう」


 巌人の言葉に、カーマは初めて感情を見せた。

 それは驚き。まさかその事件について問われるとは、といった様子に巌人は眉根を寄せるが、彼はすぐに両手を振った。


「あぁ、いや、やましい事がある訳じゃないんです。ただ……その事件は私達も調べているものでして。なんとも珍しい偶然があったものだと、ね」

「なるほど……。そちらも探ってる、ということは、本当なんですね」


 嘘であって欲しい、そう願ってた。

 けれど、特務だけではなく魔術師さえ調べるほどの事件だと知り、その件が一層の真実味を帯びてきた。


「今回、この街まで来たのは……魔術師である貴方とこの件について情報を共有するためです。……僕は無能力者、その被害範囲からは外れるにしても、僕の知り合い連中が危ないので。是非ともあなたの意見を聞かせて頂きたい」


 向こうのメリットは、一切ない。

 だからこそ、これだけではまだ押しが弱い。これが交渉である以上、なんのメリットもなく向こうが情報を開示するなど。


「あっ、いいですよ。喜んで」


 無い……はず、だったのだが。


「いい……ん、ですか? 重要な情報じゃ」

「良くはない……ですけど。まぁ、貴方が特務の隊員である、という噂もありますし。君に話すことで解決に繋がるのであれば、喜んで」


 そう言って、カーマは優しげに笑って見せた。

 なんだ、普通にも笑えるんじゃないか。

 そんなことを思う傍ら、巌人も笑顔で頭を下げた。


「ありがとうございます。……カーマさんが良い方で、本当に良かったです」

「ははは……、君たちが問題を解決してくれれば、僕らも被害を受けずに住むからね。単に、我が身が大事なだけさ。南雲巌人くん」

「それでも、ですよ」


 最悪、実力行使で聞き出すことまで考えていた。

 巌人は握っていた拳を開くと、先程まであった緊張感をほんの少しだけ緩めた。決して気を緩めた訳ではなく、戦闘態勢から警戒まで意識を落とした。

 カーマもそれを察したか、安堵したように方を撫で下ろす。


「ふぅ……。やっと信頼してくれたかい? 僕は君たちに対して敵意はないんだ」

「みたいですね。むしろ、敵意があるのに、ここまで隠せるんだったら見事ですよ。脱帽します」


 少なくとも、今、カーマに敵意はない。

 そう察した巌人もまた一息つくと、背負っていたバックの中から特務から貰ってきた資料を取りだした。

 もちろん機密の類は一切乗ってないが、それでも、今回の件において『伝えても良い』とされている部分が全て記されたものだ。


「これは……」

「まぁ……もうぶっちゃけますけど。特務で調べた今回の件について、ですね。それが今、特務で掴んでる情報の全て、らしいです」


 あくまでも自分は関係ない、と言う口振りで巌人は言った。

 カーマは書類を受け取り目を通す。次第に彼の目は大きく見開かれてゆき、最後まで読み終わった後、彼は驚いたように巌人を見つめた。


「驚いた……。特務はここまで掴んでいるのかい?」

「高位能力者の突然死と、モスクワの壁崩壊。その二つがつながっている……と、仮定して動いているみたいです。まぁ、あくまでも推測に過ぎませんが」


 それでも巌人は、ほぼ確信していた。

 崩れ去った街中で、無傷の死体。

 それは、暴れ回ったアンノウンたちがその死体へと一切の興味を持たなかった、ということでもある。そんなの……普通はありえない。

 通常のアンノウンは殺し、喰らい、滅ぼすしか脳がない。

 故にその現状を考えると……余程高位のアンノウンしか居なかったか、或いは。


「アンノウンの上に、誰か居る」

「……ッ」


 カーマの言葉に、巌人は目を剥いた。


「奇遇だね。僕らもまた、そういったふうに考えているんだ。アンノウンの上に誰か居る。アンノウンを支配している『影の存在』が居る、ってね」

「つまり……」

「壁を壊したのも、その病気も……アンノウンの襲撃も、その『裏』が介入している……と見ている。まだ推測の段階を出ないけどね」


 ビンゴだ、巌人は思った。

 自分が想定していた最悪の可能性。それをこの魔術師は寸分たがわず当ててきた。そんなもの……以前よりこの件について調べていないと出てくるはずもない。


「となると、だ。どうやってアンノウンを支配しているのか……を考え、考察している最中なんだけれど。やっぱり難しくてね」

「そりゃ……人類の夢ですからね」


 アンノウンを支配する。

 それは、人類が長年掲げてきた大きな夢だ。

 それさえ叶えば人類は再び彼の外へと進出できる。かつての土地を踏みしめることが出来る。だからこそ、特務でもずっと昔からその研究は続いていた。

 しかし、それは彼の言うとおり難しすぎた。

 人類の技術で、人知を超越したアンノウンを制御する、だなんて元々不可能な話だったのだ。


「だからこそ、僕は考え方を少し変えた」


 カーマの言葉に顔を上げる。

 その青い瞳はどこまでも真っ直ぐに巌人を見ていて。



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 その考え方に、巌人は驚きよりも困惑を浮かべた。


「アンノウンを……創った? 一体何を……」

「と、思うだろうね。けど、考えてご覧よ。僕らの身には何故異能が宿っているんだい? 何故アンノウンだなんて超常生命体が地上に存在しているんだい?」

「それは……」


 その続きを言おうとして、気がついた。

 そんなもん、当然過ぎて考えたこともなかった、ってことに。

 そう、当然だったのだ。

 異能がある、アンノウンがいる。

 壁の内側にしか人の世界はない。

 この時代に生まれ、育った弊害か。

 その【変化】そのものに、一切の疑問は抱いていなかった。


「百年以上前の、あの日。何かが起こった。そして人々の体に異能が宿り、アンノウンが現れた。そして……その裏には何者かの影があった。そいつらが……いや、そいつらの子孫がまだ生きていて、現代に居るのだとしたら」

「アンノウンを……操ることも、出来る……のか?」

「さぁ、あくまでも推測さ」


 推測、とカーマは言った。

 しかし、その言葉には確信に近いものがあった。

 この人は、その推測を確信出来る『何か』を掴んでる。

 自分たちの知らない『情報』を持っている。

 その情報について聞き出そうと口を開いたけれど、すぐに思いなおして口を閉ざした。あえてその情報に触れないってことは、いずれにしたって『言うつもりがない』ってことだ。聞いたって無駄だろう。


「分かり……ました」

「うん。とりあえず、今日はその情報を持ち帰って、色々と考えてみて欲しい。その上で、また話そう。時間はないけど切羽詰まった訳でもない。冷静になって、一度考える時間も必要だろう」


 そういって、カーマは席を立った。

 その言葉には巌人が頷き返すと、彼はパチリと指をならした。

 同時に人寄せの結界が消えてゆき、ウェイトレスが今頃になって注文を取りに来る。


「それじゃ、僕は行くよ。巌人くんはゆっくりしていきたまえ。ここの会計は図書館の名前で領収書切ってくれて構わないからね」


 かくして彼は喫茶店をあとにする。

 その背中を目で追いながら、巌人もまた何も頼まず店を後にする。

 近くには……いつの間にか図書館から出てきたらしい彩姫とグレイの姿があり、巌人は疲れたように呟いた。



「『君たち』に『僕たち』……ねぇ。まるで、こっちも向こうも複数居るみたいに聞こえたんだけど」



 カーマ・クロウズ。

 話してみて、心の底から理解した。



 アレは、信頼できない類の男だ。


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