14.自分を誇れ
一応カレン編最後です。
その後、必死に件の魔王を捜索し、結果見つけることが出来なかった彼女達が、とぼとぼと、肩を落として自宅へと帰ってきて見たものは、とてつもなく巨大な蟹の脚と鋏、そして伊勢海老のような尻尾だった。
「「……なにこれ」」
二人が思わずそう呟くと、たまたま家の中からバーベキューセットを取り出してきた巌人に遭遇した。
「ん? 二人共帰ってきたのか。どこいってたのか知らないけど飯はまだだぞ?」
そう言って巌人は庭のど真ん中にそのバーベキューセットをどかっと設置し、火をつける前に周囲に点在しているそれらの解体へと入った。
ゴキャッ、バキッ、と音が響き渡り、彼は素手でそれらの甲殻を破壊し、次々とその横に置かれているピカッピカのビニールシートの上へと置いてゆく。
最早何がなんだか分からない二人ではあったが、少しして先に回復したのは紡であった。
「兄さん……これ、なに?」
紡は、たまたま近くにあった巨大海老の尻尾をコツンコツンと叩きながらそう言うと、巌人は何でもないというふうにこう告げた。
「ん? いや、ちょっと奥まった店に行ったら聖獣級のアンノウンが売っててな。たしか名前が“エビカニガッセン”で、海老と蟹の両方の身を持つ最高級食材らしいぞ?」
真っ赤な嘘もここまで来れば真実にしか聞こえない。
紡は『そんなアンノウンいたっけ?』との疑問が一瞬頭を過ぎったが、巌人へと向ける絶対的な信頼がその虚言を真実と捉えた。捉えてしまった。
「へぇ、兄さん。ちょーぐっちょぶ」
「はっはっはー、もっと褒めてもいいんだぞツムよ。もうすぐやき始めるけど、その前に中入って手洗ってこいよー」
「ん、カレン、行く」
「へ? ちょ、あの人型はどうするっすか!?」
「それまた、明日。蟹の前には、むりょく」
そうして二人は仲良く家の中に入ってゆき、それらを見送った巌人は思わず目の前の脚へと視線を向けた。
「人型って……もしかしなくてもこいつの事じゃね?」
結局巌人は、その事実を伝えないことに決めた。
美味いは──つまるところ正義なのだから。
☆☆☆
その日から、紡とカレンは学校から帰ればすぐにどこかへと出かけてゆき、そして午後六時前後、暗くなってお腹が減った頃になってとぼとぼと帰ってきた。
というのも、巌人が聞いた話によると、カレンが巌人の弟子になる条件が緩和されたらしく、魂を視認するか、もしくはとある人型のアンノウンを見つけて、紡が討伐するかになったのだ。
ちなみに知らないのは巌人だけであった。
そのためカレンは学校ではずうっとストーキングを繰り返し、家に帰っては街へと繰り出し、そして帰ってきては巌人をじぃっと見つめるというのを繰り返した。
終いには巌人の入っている浴室に真っ赤な顔をして突入してきたり、巌人が朝目が覚めたら目の前でカレンが寝てるなんてこともあった。
そのため、それ以降はカレンに必ず紡がセットで見張ることとなった。けれど、紡をして『理不尽の権化』と言わしめた巌人の精神力を削りに削ったカレンはある意味素晴らしい成果を残したのであろう。
ちなみに学校ではカレンの人気は留まることを知らず、その可愛らしさと勤勉さ(主に巌人について書き込んだノートのこと)に、さらに食べ物を差し出せば何でも笑顔で齧り付くという可愛さも相まって、シャンプーという名のドーピングを使った巌人のフレンドたちをほぼ全員奪い取っていった。
という訳で、結局彼女はサッポロのフォースアカデミーでは異能ランクGということにもさして触れられず、たくさんの友達を作ることに成功した。
けれども──彼女のそんな楽しい時間にもいずれ終わりがやってくる。
「ううぅっ! みんなご飯美味しかったっすよー!」
「うぇぇぇん! カレンちゃぁぁん!」
「カレンさん! おれ! ずっとあんたの事が……」
「あ、そういうのいいっす」
「うわぁぁぁぁぁぁん!!」
「カレンちゃん! 離れれてもメールするからね!」
「ういっす! もちろん……ぐすっ、するっすよ!」
カレンのサッポロ滞在日、その最終日。
帰りのホームルームが終わり、中島先生も帰った後、待ってましたという感じでカレンの周りへと人が集まっていた。
クラス中に響くは、悲しげな鳴き声と叫び声。まさに阿鼻叫喚。
約一名ほど全く違う理由で泣いてる男子もいたのだが、巌人からすれば『青春してるなぁ』の一言で済むものであった。
「にしても、カレンって本当に人気だよなぁ」
「はぁ、お前がその人気の一端になってるの知ってるか?」
「……はい?」
巌人の呟いた言葉に反応して衛太が告げたその真実。巌人は予想だにしなかったその言葉に思わず間抜けた声を出した。
すると衛太は溜息をつき、ジトっとした視線を巌人へと向けて口を開いた。
「お前カレンちゃんに『師匠』とか言われて慕われてるだろ? で、ある意味ストーカーまがいの行為もされている訳だが、それをカレンちゃんがやると何故か可愛い。それを見た男子達からすれば『俺もあんなふうに慕われてぇ』って感じなわけよ。つまり、お前とカレンちゃんのコンビが無けりゃここまで人気は出なかった、ってこった」
──物陰に必死になって隠れてる背中とか、そりゃあもう男子達からすれば悶絶ものだぜ?
そういった衛太の言葉に、巌人は思わずこの一週間行われ続けたストーカー被害を思い出す。
風呂場に侵入され、寝室には忍び込まれ、今朝に至ってはトイレの中にまで入ってこようとして紡に抑え込まれていた。正直巌人からすれば酷く厄介なことこの上ない。
「でもまぁ、僕がいなくてもどうせカレンの事だから人気出たんだろ? ツムと同じくらい可愛いし」
「よく分かってんじゃ……っておい、そのツムって子誰だ? カレンちゃんと同じくらい可愛いって……」
「僕の義妹」
「義兄さ──くばぁっ!?」
巌人はいきなり義妹を狙ってきた衛太を張り倒すと、時間を見てカレンを迎えにその人混みの中に歩いていった。
何故かその際、多くの『ひゅーひゅー』という声が響き渡り、その先にいたカレンの顔が真っ赤に染まっていたのだが、恋愛どころか女心さえも分からない巌人にとっては、意味がわからない現象であった。
☆☆☆
その後、家まで帰ってきた巌人とカレンは、珍しく居間で待っていた紡と合流し、その後少し早いが夕食ということで件のびくびくドンキーへと移動した。
というのも、今日はカレンのサッポロ滞在最終日。午後八時にある特務の護衛付き飛行機に乗ってセンダイへと帰らなければならないのだ。
だからこそ巌人は『ぺド様』と呼ばれることを覚悟して、このびくびくドンキー来たわけだが───
「……どうしたカレン? 全然食べてないみたいだけど」
「ひゃ、ひゃぃっ!? な、なんでもないっしゅ!」
「……そう? ならいいけど」
もちろん何でもないわけでないことは一目瞭然であったが、学校から帰ってくる最中からカレンはこんな感じだったのだ。話しかければ悪化することなど目に見えている。
だからこそアイコンタクトで紡へと色々とお願いしているわけだが、紡も珍しく不満そうな顔である。
まぁ、それらは全て巌人が原因なのだが、その巌人本人は前菜として運ばれてきたイカゲソに夢中である。ドンキーのイカゲソ、まじ美味い。
そうして珍しくカレンは三百グラム五皿しか平らげず、いつものオーガっぷりを見ている巌人と紡は少し心配をしてしまう程であった。
そしてそのびくびくドンキーを出た後、三人は午後七時にアピホテル発のバスに間に合うように歩き出したのだが──
「ちょい、兄さん。一体カレンに、何したの?」
紡はあまりにも様子の違うカレンを見て、思わず巌人へとそう耳打ちした。
その言葉に巌人も必死に頭を捻るが、別にカレンがここまで変化する原因には思い至らず、チラリとカレンの方へと視線を向けると、じぃっとこっちを見ていた彼女は焦って視線をそらした。
それを見てちょっと『なにあれ可愛いな』と思った巌人だったが、やはり答えには思い至らず、結果としてこう答える結果となった。
「特になにかした覚えはないんだがなぁ」
その言葉にピクリと反応し、ガックリと肩を落とすカレン。そしてそれにじぃっと訝しげな視線を向ける巌人と紡。
それを見て二人は何を言ったかこそわからずじまいだったが、『巌人が何かを言って、それを忘れてる本人にガックリ来てる』というカレンの現状だけは察した。
「本当に、兄さん、何言ったの?」
「いや、だからほんとに分からないんだって……」
そんなことを話している間にも巌人たちはタナカ電機のすぐ横に位置するアピホテルへと到着した。
空港行きのバスはもう既に到着しており、このご時世、旅行客などは少ないにしろ、護衛の特務隊員や空港に用のある人なんかが数人乗っていた。
そのバスを見れば嫌でも感じられる、別れの予感。
それが放つ雰囲気はただのバスとはその雰囲気は全くの別物で、事それに今から乗るとなれば尚一層その普通とは違った違和感が拭いきれない。
カレンもそれに気がついたのか、すぅ、ふぅ、と数度深呼吸をして、二人のほうへと振り向いた。
その際、巌人の方へとチラリと視線がいって顔が赤くなるが、彼女は再び深呼吸をして恥ずかしい気持ちを押し沈めた。
「あ、あのっ! この一週間、ありがとうございましたっす!」
そう言って頭を下げたカレンに、巌人は笑ってこう告げた。
「おう、こっちもストーカー被害に目を瞑れば楽しかったよ。超『青春』してた感じしたしな」
「兄さん、青春青春いってたら、嫌われる」
「誰に!?」
そんないつも通りの二人に思わずカレンは笑みを漏らす。
もう彼女の中には先程までの緊張は恥ずかしさは無く、なぜ今まで自分はこんなことをしていたのだろうと少し後悔していた。
それと同時に、カレンは何故だか少しだけ、目頭が熱くなった。
頬をなにか暖かいものが伝う感覚がして、焦って袖で拭うが、けれどもそれは拭けども拭けども溢れてきて、遂に彼女は嗚咽を漏らす。
「ひっく……まだ、まだ私……なんにも、なんにもしてない……うっ、ううっ……ぐすっ」
巌人はカレンが初めて見せたその涙に度肝を抜かれ、珍しく焦ったようにワタワタとし出すが、その間にも紡がカレンの方へと歩いてゆき、その目の前で、思いっきり背を伸ばして頭をぽんぽんと撫でた。
それは──見間違うはずもなく『慰め』の行為。
本来は巌人と両親以外には見せない感情の一つであり、その根底にはカレンへの“思いやり”があった。
それを見た巌人は思わず頬を緩めてしまい、カレンとの出会いにもやはり意味はあったのだろうと直感した。
──ツムにも、そして自分にも。
「カレン、弱い子。だからすぐ泣く。だからもっと強くなる」
「うううっ、だ、だっで! だっで私、師匠のところじゃないとやっで行げないっす!」
「カレン、イワトコンプレックスにも、程がある」
「だ、だって〜!!」
巌人はその謎の『イワトコンプレックス』という単語がとても気になったが、もちろんここで水を差してはいけないことは分かっていた。
未だごねるカレン。
それを見てため息を吐いた紡は、独り言という建前でこんなことを呟いた。
「独り言だけど。試練は、まだ終わってない。カレン、今の私の魂……見える?」
「ぐすっ……み、見えないっす」
そう答えたカレンに紡は満足そうに笑みを浮かべると、カレンの背中をぽんと押し出して、巌人の目の前へと歩を進ませる。
巌人はやっと来た自分の出番と、何故か紡がバラした最大のヒントに内心でため息を吐きながら、カレンへと話しかけた。
「まぁアレだ。帰ってもまたいつでも来れるだろ。だからそんなに泣かないでくれ。その……女の子に泣かれることは、あんまり好きじゃない」
その言葉に何かを思い出してニヤリと笑った紡だったが、もちろんカレンには確認することは出来ず、彼女は珍しく弱気な巌人をクスリと笑った。
「師匠にも……そんな面があったんすね。そもそも私を女の子って捉えてることに驚きっす」
「いや、シャンプー狂いとか言われてるけど男女の区別くらい付くからな?」
少し論点がズレている気もするが、それもすべて含めて巌人との楽しく、暖かい思い出である。
彼女は胸に手を当てて息を吐き出すと、巌人の瞳へと視線を合わせ、感謝を伝えるベく口を開く。
「師匠、今日まで一週間ありがとうございました! 着いてすぐに野宿することになったり、師匠に拾われたり、絶対者のツムさんに会ったり、アンノウンと戦うことになったり、色々と濃い一週間でした!」
──それに、とカレンは少し顔に影が差す。
「それに……私は体術は強いっすけどそれ以前にGランクの異能持ちっす。この学園で何も言われなかったのは、きっと無能力者で強い師匠が居たからっす。私、めちゃくちゃ感謝してるっすよ」
そう言ってカレンは儚げに笑う。
彼女は、自らの異能にコンプレックスを持っていた。
だからこそ、内心では交換先の学校でも少なからず嫌な目に遭うのだろうと考えていた。
けれどもそれに遭わなかったのは、それ以前に無能力者が百人以上を殴り飛ばした事件があったからであり、カレンのいう事はほぼ百パーセントが正しかった。
それには巌人も賛同したが──けれども、彼にはどうしても分からないことが一つだけ存在した。
「なぁカレン、何でそんなに自分の異能が嫌いなんだ?」
巌人はそう言った。
けれどとそれは『問い』ではなく、彼女が声を出す前に彼はそれに言葉を続ける。
「確かにこの時代、異能はG~SSSとかいう意味不明な順序付けされてるが、それは所詮客観的な強さによって付けられた、ぶっちゃけ生活していく上で不必要なものだ。正直ツムの異能だって炎出したり腕を大きくするだけだろ? 前者に関しては野宿にも使えない高温だし、後者に関しては意味不明だ。最早使い道がないとさえ言える」
その言葉にとうの紡本人は嫌な顔をするかと思ったが、彼女は引きこもりである。生活に不便な自らの異能に彼女は嫌気がさしており、巌人の言葉にうんうんと頷いていた。
「それに比べて『創水』とか超便利なスキルじゃないか? 喉乾いた時に自販機で飲み物を買わなくて済む。そんでお金が貯まって自由に生きていける。無能力な僕や紡何かよりもよっぽど優れてる! 僕からすれば羨むほどの立派な才能だ!」
そう言って巌人はニヤッと無邪気な笑顔を浮かべると、カレンへと向けてこう告げた。
「カレン、自分を誇れ。お前は僕らより、よっぽど優れている」
その後、巌人が再び泣き出したカレンに抱きつかれたことは、言うまでもないことであろう。
落としやがった。