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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
追憶の時計塔
139/162

137.囮と本命

「さ、さすが……です、巌人さま」


 その光景を見て、彩姫は頬を引き攣らせていた。

 何人もの警備員の手によって、無理やり追い出されてゆく巌人。

 その姿は今、この場所にいる誰よりも悪目立ちしており、これを狙ってや……った、訳では無いのだろうが、さすがという他ない。


(シャンプーと結婚する、でしたっけ)


 自分がフラれたその理由。

 思い出すと無性にムカムカしてくるが、それも今は置いておいて。

 彩姫はまぶたを閉ざすと、一気に集中力を上げていく。


(『天耳通』!)


 かくして発動したのは、彼女の持つ能力がひとつ。

 彼女の異能【六神力】は、六つの超能力を備えた超高位ランクの異能であり、そのうちの一つ『天耳通』は集中することで周囲一帯の全ての音を拾う、という力であった。

 能力を発動すると、同時に彼女の脳内へと膨大な情報が流れ込む。


「な、なんだあの気狂い野郎は……」

「黒髪って、珍しいのも居たもんだな……」

「オーバーダイ、か。今度買ってみようかな」

「あぁ、もう、ただでさえ忙しいのになんでったって……」

「ええっと、あの本どこだったっけ?」

「恐るべし巌人青年……私も見習わねばな!」

「黒髪……? もしかして、日本の『無能の黒王(ブラックキング)』?」

「だとすれば……少し拙いか。噂であの男の力量は――」


「……!」


 図書館の中に響く全ての声。

 その中でも一際小さく、遠い場所にあった声を聞いて彼女は静かに目を見開いた。


「そこ、でしたか」


 図書館の奥の方。

 受付カウンターの横の通路を進み、古文書の並ぶ本棚の近く。

 そこに数名集まっていた職員たちの声を聞き、彼女は少し笑みを浮かべた。


「しかし、何用だあの男。まさか本当にシャンプーの宣伝に来たわけではあるまい」

「あぁ、何かしらある、とみていいだろう」

「しかし、どうする? 何かあるとしても目的が分からなければ……」

「仲間もいるかもしれない。一層の注意が必要だな」


 すぐに彼らの会話は終わったのか、それぞれが元々の仕事をするべく四方へと散らばってゆく。

 彩姫はその中で、人気のない方向へと向かった男の後へと続くと、タイミングと周囲の人気を鑑みて、その人物の背中を『目視』した。


(お次は『超神通』)


 これは彩姫の持つ能力の中でも一際強烈なモノだった。

 その力は単純明快。自分が知覚したものの自由を支配し、好きなように操作できるというもの。普段は瓦礫などに用いて投擲用としているが……。


(本来、()()使()()のか正解ですので)


 彩姫の瞳が剣呑に煌めき、その人物の動きが完全に停止した。

 知覚するだけなら声を聞いている時点でも問題ないが、肉眼で目視することは聞くだけとは全く『知覚』の度合いが異なる。

 もちろん世界には『見たところで操れない』化け物もいる訳だが、今回に至ってそんな化け物ではなかったらしい。


「お身体、失礼致します。……糸繰り人形(マリオネット)


 呟くと、ぼんやりとした様子の男が彩姫の前へと歩いてくる。

 その瞳には光はなく、その様子を見た彩姫は早速一つ質問を投げた。


「質問します。一番偉い【魔術師】は誰ですか?」


 その問いに、やがて男はひとつの答えを返すのだった――。




 ☆☆☆




 ちょうど時を同じくして。


「えいっ!」


 可愛らしい掛け声と共に、大地が裂けた。

 衝撃が走り抜け、血潮が舞い、返り血を浴びて彼女は笑う。


「あはははは! 悪い人殺せなくて少し溜まってたけど、やっぱりストレス発散には適度な運動だねぇ!」

「適度な運動で……いま聖獣級――いや、なんでもありません」


 入境は引き攣った表情を浮かべながら諦めた。

 場所はイングランドの壁の外。

 ()()()日本ほど戦力が充実しているわけでもない。むしろ悪の巣窟と化していた面もあり、ここら一帯にはかなりの数アンノウンが生息していたらしい。

 というわけで、派手に陽動、つまりはアンノウンをなぎ倒そう! という歓楽的な思考を経て、二人は今町の外でアンノウンを狩り続けていた。


「っと、また来たねー。学くん、先によろしくー」

「……はぁ、分かりました。武器展開――多激砲・黒!」


 彼が腕を振るうと、虚空から無数の『砲』が姿を現す。

 今更ながら、入境学の異能は【武器支配】。

 ありとあらゆる武器を支配、遠距離から使役することで圧倒的な火力と防御力を有し、極められたその能力は武器の召喚さえをも可能にする。


「標的、確認」


 現在地へと迫るアンノウンの群れ。

 その中には聖獣級下位の姿もあったが関係はない。


「全砲、発射――ッ!」


 空気を破裂させたような爆発音と、炸裂音が響き渡った。

 上空に浮かぶ無数の砲から放たれたのは、鉛の弾丸にレーザービーム、溶解液に毒液に、生き物を殺すためだけの凶悪極まりない凶器の数々。

 それらは瞬く間にアンノウンたちを蹴散らしてゆき、残った聖獣級もまた毒や麻痺で足を止められ、その間に彼の異能によって強化された銃火器の一斉放射で落ちてゆく。


「うーん、いつ見ても壮観だね! 自分に出来ないことを他人ができるって素晴らしい! 私って多対一向きじゃないからねぇ……」

「……向いていなくとも勝つでしょう、貴方は」


 入境は疲れたようにため息を漏らし……次の瞬間、何かに気がついたように目を見開き、顔を上げた。


「こ、れは……!」

「およ? どーかした?」


 目に見えて焦り出す入境。

 その手には付近一帯が網羅されたアンノウンレーダーが握られており、そのレーダーには超速度でこちらへと接近してくる飛翔体が映り込んでいた。


「こ、この速度……まさか!」

「……ううーん。やっとこさビビッと来た。こりゃ()()()


 紗奈は苦笑し、空を見上げる。

 彼女の視力をして、まだ何も空にはない。

 されど、次の瞬間『何か』がはるか遠方の空に映り込み。

 その数秒後、強烈な壁と共に眼前へとソレは現れた。


「ば――」

「これは、これは……」


 入境が唖然と固まり、紗奈が目を細めてソレを見上げる。

 太陽を覆い隠すほどの巨体に、風を纏った巨大な翼。

 その体は伝承における『竜』そのもので、そのドラゴンは不機嫌さを隠すことなく口を開いた。



『――貴公ら、我が地を荒らす者よ。我が地に土足で踏み込んだこと、万死に値すると知っての狼藉か』



 ────────

 種族:嵐竜王グロウ

 闘級:200

 異能:神風[SSS]

 体術:SSS

 ────────


「し、しし、神獣級……!?」


 入境は驚きと焦りに声を漏らし、紗奈は舌なめずりをした。


「なるほどぉ。なんとなーくだけど、当時の酒呑童子と似た強さ……かな? まぁ、あくまでも『人型の』って条件付きで」

『酒呑、か。懐かしい名を云う。かの伝説を知っていながら生き長らえている、とは。よほど運が良かったらしい』

「……へぇ、何も知らないタイプかぁ」


 酒呑童子の名前に反応した嵐竜王。

 されど、彼の発した言葉に紗奈は呆れたようにため息を漏らす。

 あくまでも彼女は『紡や巌人伝い』でしか酒呑童子を知りはしないが、それでも彼が『人間との共存を望んでいた』というのは知っている。

 つまり、出会ったところで襲わなければ戦闘にすらならない。

 それを知っているからこそ、彼の言葉には違和感……というか、失望のようなものを感じずには居られなかった。


「まぁ? もうそちとら戦闘モードだし? さっさと殺――」



【貴方なら、襲い来る相手に対して『話し合う』という選択肢が取れる】



 いいかけて、ふと。思い出した。

 紗奈は思わず目を丸くして言葉を詰まらせると、やがて吹き出したように笑ってしまう。


「あぁ、いや、()()()()()()。ところでドラゴンさん。私、あまり嫌われたくない人がいてね。だからさ。一回話し合ってみない?」

『――笑止。万死は決して覆らない』


 暴風が吹き荒れ……紗奈の片腕が細切れになる。


「おっ」


 驚いたように紗奈が目を見開き、腕を切り落とされた肩から膨大な鮮血が吹き出した。

 それを前に入境は咄嗟に声を上げそうになって……けれど、紗奈の表情を見て背筋が凍った。

 だってその顔は、平穏そのものだったから。


『…………貴様』

「どったのさドラゴンさん。あぁ、もしかして話し合う気になってくれた?」

『――なるほど。理解した。貴様は所謂、狂気の類か』


 再び暴風が吹き荒れる。

 見えない風の刃、致死の一閃。

 紗奈は一切かわすことなく、彼女の首は切断されて。




 ――そして、十秒後。


 ()()()()()嵐竜王は、悪として殺された。



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