135.潜入捜査
7月頭はリアルで忙しいので、もしかしたら来月の投稿時期はズレるかも知れません。
嫌いだ、と。
そういった所で出会う未来は変わらない。
「やっほー! みんな元気にしてたー!?」
ほとんどが初対面。
にも関わらずこのフレンドリーさ。
巌人はため息混じりに頭を押さえると、引き攣った笑顔を浮かべた三人が互いに顔を見合わせる。
「えっと……」
「おやおや元気がないなー! ほらっ、もっとみんな元気にさー……」
場所はイギリス、ロンドン空港。
困惑をうかべる彩姫に、紗奈はちょこちょこ近づいてゆく。
「初めまして! ボクは……なんて言うんだろうね。知ってると思うけど枝幸紗奈って言います。君、最近有名なA級の子だよね? 気になってたんだー!」
「ど、どうも……」
史上最年少……でこそないが、現在【絶対者】に名を連ねている者達を除けば、A級に最も早く到達した期待の新人。加えて亜人で、異能も強く、極めつけに実験経験も積んでいる。名ばかりだけのA級では決してない。
「それに、久しぶりだね、入境君! 一年ぶりくらいかな?」
「……僕がオーストラリア行ってた頃ですし、ちょうどそれくらいになるんでしょうね」
流れるように入境へと挨拶をした紗奈。
まるで『前座は終わった』とばかりに振り向いた彼女は、迷う事なき足取りで、真っ直ぐ彼の前へと歩みでる。
「さ、久しぶりだね、巌人君」
「ええ、お久しぶりです。紗奈さん」
巌人は紗奈を見下ろした。
紗奈は巌人を見上げ、笑ってみせた。
言葉だけ聞けば旧友同士の再会のようにさえ思える。
されど、その本質は大きく異なる。
「珍しいですね、紗奈さんが黙って任務に着くなんて。特務において『命令無視に関して並ぶ者なし』と言われた英傑の王でしょう」
「はははー、いやー、聞くところによると、巌人君達が犯罪者連れてくるって話でしょー? だから巌人君と再会がてら殺しとこっかなー、って!」
腰の剣が抜き放たれる。
ジャリッ、と鞘と剣が擦れる音。
直後に突き抜けた光の残像。そして、それよりも早く動いた黒い影。
衝撃が周囲へとつきぬけ、窓ガラスがビリビリと悲鳴をあげる。
その中で、紗奈の標的となった男……グレイジィ・ブラックリストは、目の前で静止した剣の切っ先を見て悲鳴をあげる。
「……なんで止めるのかな? あと十センチで殺せてたのに」
「させるわけないでしょう。僕の目の前で、人は殺させない」
一拍遅れて彩姫が驚き、入境が目を見開く。
見ればグレイの目の前へと迫った聖剣は巌人の手によって止められており、たったの指二本で『摘み掴まれた』渾身の一撃に紗奈は笑う。
「いやー、巌人くん、もしかして前より強くなってない? 前とは別のベクトルで反則臭くなってるんだけど……」
「気の所為ですよ。まだ、前の方が強かった」
大人しく剣を収める紗奈。
それは、彼女を知るものにとっては信じられない譲歩だろう。
犯罪者と見れば、誰が止めようとも突き進む狂人。殺すまで殺されたとて止まらぬ不死の怪物。最悪のジャイアントキラー。
今の巌人に、紗奈を殺し切る手段などありはしない。
つまるところ、戦えば紗奈が勝つ。
そこまで至るまで、幾度死ぬのかは分からないが。
「…………何か、悪いものでも食べたんですか?」
「……巌人くん、この数年で随分失礼になったね。……なに、単に、ボクは君のことが嫌いじゃない。君がボクのことを嫌っていたからって、君を殺してまで『元悪人』を殺そうとは思わないんだよ。……まぁ、隙があったらもちろん殺るだろうけど」
その言葉に、巌人もまた拳を開く。
どれだけこの人物が『薄っぺらい』としても、嘘か本当かくらいは判別がつく。少なくとも、今のは本当だと巌人の経験が告げていた。
「さてと。一応そこの元悪人。君にも言っておくけれど、枝幸紗奈。いつの日か君を殺す人間の名前さ。覚えておくといいよ」
「ふっ、ふふ。はふふは、ふっはっははは…………」
最早満足に笑うことも出来ないグレイ。
そんな彼を一瞥した巌人は、早速紗奈へと本題を切り出す。
「……で、どうするんですか? 東堂さんは【勇者パーティ】とか言ってましたし、今回のパーティリーダーは紗奈さん、ってことなんでしょう?」
「うんうん! そういう鋭いところは変わってなくて安心したよー。そういう所まで丸くなってたら困ってたからね……」
そういった彼女は、くるりと空港出口へと歩き出す。
「今どき空港利用者なんていないでしょー、とか、思ってたんだけど、思った以上に目がありそうだし? ちょっと場所変えよう、着いてきて皆」
そういうや否や歩き出してしまった彼女を見て、巌人は何度目とも知らないため息を漏らす。
「あ、嵐みたいな人ですね……」
「……うん、あの人はそういう人だよ。……昔っからね」
昔から、何一つ変わらない。
そういった巌人は、話しかけてきた彩姫に返す。
「……ま、あんな人でも、一度仕事を受けたら意地でもやり通す。どれだけ性格が合わなくても、あの人の仕事に一切の心配はしてないよ」
「そう、いうものなんですか?」
「あぁ、そういうもんだ」
そう言って、巌人達もまた歩き出す。
嫌悪と、信頼と。
成り立っては行けない二つの感情。
されど、成り立っているからタチが悪い。
「おぉーい! みんな、こっちこっちー!」
視線の先で、紗奈は一人の少女のように手を振っていた。
☆☆☆
「……で、アレですか」
場所は代わり、紗奈が借りたというアパート。
もちろん『一室』などと言わず「全室借りたよ、なんか面倒くさかったから!」と言ってのけた彼女は『馬鹿なんじゃないか』と考えるに足る能天気さだったが、今の彼女からそのような雰囲気は感じられない。
「そう。話でも聞いているでしょ? あれがイングランドが誇るロンドン図書館。壁の中において現に存する世界最古の建造物にして……これはまだ電脳王の情報でしかないけど、曰く、魔術師の棲まう場所、らしいね」
その瞳は真っ直ぐにロンドン図書館へと向かっており、先程までとは一変した雰囲気に彩姫が困惑を見せる。
「い、巌人様……ほ、本当に先程の方と同一人物ですか?」
「ん? あぁ、初めて見たら驚くよな。同一人物だよ、あの人は複数の顔を持ってると考えた方がいい。潜入任務、スパイ活動だって余裕でこなすよあの人は」
「あ、あの知名度で、かい?」
おそらく、世界で一番有名な人間。それこそが枝幸紗奈だ。
もちろん巌人が表舞台へと立てば話も変わるのだろうが、現時点において、間違いなく世界で一番有名なのは彼女自身だ。
顔も知られ、声も知られ、異能も知られ、戦い方も知られ。
ありとあらゆる情報が世界に流れ、その上でなお、余裕でスパイ活動すら行える。それだけの技量が彼女にはある。
「入境さんも、グレイも、紗奈さんのやることなすこと。全てに驚いてたら身が持ちませんよ。正直なところ、今の僕より……なんて言うのかな。ツム風に言ってしまうと【チートキャラ極めてる】、なので」
「……? 誰だねその『ツム』というのは」
「詮索はやめてくれ。お前、ツムに会ったら殺されるからな?」
なにせ、酒呑童子を殺害した一角だ。
といっても、所詮はこの男程度『オマケ』に過ぎない。実行犯は六魔槍、今は亡き『西京麟児』であったろう。
それに同じく六魔槍の『割野阿久魔』が便乗し、グレイを引き連れて襲撃に赴いた。
紡を人質にとり、それでも殺しきれなかったために電脳王、東堂茜に助けを乞い、結果的に人質を連れたまま撤退することを選択。
それに激昂した酒呑童子が追撃し、在りし日の巌人と遭遇。
その先の出来事は既に語った通りである。
「そろそろ良いかい? 仕事の話だよ」
凛とした紗奈の声が響き、全員の視線がそちらへと向く。
「今回、まず最初にやるべきは『目的の魔術師が、働いている司書のうち誰なのか見極めること』にある。それに関しては巌人君、君にお願いしたい。私が侵入してもいいんだけど、もしもその人が『悪』って見極めちゃったら斬る自信がある。そうなると世界は救えないからね」
「……なるほど、了解です」
適任は間違いなく紗奈だ。
なにせ、彼女の読心力は特務でも最高ランク。
巌人が『嘘と本当を見極められる』程度の能力しか有さないのに対し、彼女は条件さえ揃えば人の内心さえ見通せる。そんな人物をみすみす外すのは下策に思える……が、説得力が半端ない。誰もが彼女の言葉に納得した。
「次に、並行して陽動役。今回の件が何かしらの『人為的』なものだったと仮定する。高知能を有したアンノウンではなく、人の手によるものだと仮定する。そう考えると、もちろん情報量で言えば他国を大きく突き放すこの国、イングランドの、ロンドンなんて真っ先に潰そうと考えてもおかしくない。現に潰れていないけれど、それでも見張りは十分に考えられる。ということで、もう片方のグループが派手に動いて見張りを剥がす」
「これは私が主導やるね」と続ける紗奈。
彼女の言葉から察するに、とりわけ戦闘力を持った紗奈、プラス誰かによる陽動と、巌人プラス数名による潜入捜査と。二つの組に分けるということだろう。
そう考えた巌人は、考える。
「紗奈さんとグレイは確実に別。グレイは僕の班に入ってもらうとして……紗奈さん。潜入捜査ってことなら彩姫も欲しいんですが、二人でもそっち大丈夫です?」
「おっけーおっけー! もうっ、最初からそう提案しようと思ってたよー。本当はそっちの犯罪者はこっちに引き入れて抹殺するつもりだったんだけどねー!」
「ひぃっ!? わ、私は断固として君について行くぞ南雲青年!」
瞬く間にまとまった作戦。
入境は作戦に対してなんの不満も……どころか、逆に感嘆さえ覚えているようで、紗奈と巌人の姿を交互に見つめている。
グレイは度を越した恐怖に体をガクブルと震わせており……ふと、視界に映った彩姫は赤い顔をして俯いていた。
「……ん? どうした彩姫」
「あっ、いえ……、プライベートな話でなくて、まさか、仕事の面で私が必要とされるとは、思ってなかったので……」
巌人が彩姫を欲しいと言ったのは。本心だ。
長く一緒に暮らしてきて、嫌という程彼女の力を知って。
総合的な能力を見極めて。
その上で、有能であると判断した。
隣に立つべき存在だと、確信した。
「何言ってるんだか……。彩姫、お前は僕にできないことが出来る。なら、こうした場面にこそ喉から手が出るほどに欲しい人材だ」
「……っ!」
彩姫の顔が真っ赤に染まる。
巌人は知らない。
彩姫の夢が『いつか、自分を助けてくれた黒棺の王を、特務の一員として支えること』だったということを。
その夢が今、奇しくも実現しているということを。
「さて、向こうは紗奈さんに任せるとして……上手くいいメンツが集まった。さっそく作戦会議と行こう」
「は、はいっ!」
いつになく張り切った返事を返し、彩姫は笑う。
こうして、二つに別れて、それぞれの作戦が開始された。