134.確執
6月!
世にも珍しい吸血鬼の亜人、澄川彩姫。
A級最強にして万器使い、入境学。
元『六魔槍』が一角、グレイジィ・ブラックリスト。
この三名の組み合わせ自体『…………は?』と硬直してしまえる程のインパクト。そこにタブレット越しの笑顔(血塗れ)を浮かべる狼の亜人。もはや巌人の脳内キャパシティはオーバーヒートしかけていた。
「……いや、なんで居るのとか、どうしたのこの組み合わせとか、色々と聞きたいことはあるんだけど……。彩姫、いきなり退院してるみたいだけど大丈夫なのか?」
「はい! これでも吸血鬼ですからね。血を補給して少し経てば元通りです!」
そう、自信満々に無い胸を貼る彩姫。
そんな彼女へと苦笑を漏らした巌人へと、驚いたような声が二つ重なる。
『おおっ! すごい! 巌人君が普通に笑ってる! 作り笑いじゃない笑顔ってボク、初めて見たかも! 異能が発現する前を除いたら!』
「ハッハッハ! 今でもたまに夢に出るあの光景! この私をまさかのワンパンしたあの絶対帝王が笑顔! 笑顔等と…………え、マジ? ハハッ、嘘だろう……?」
そんな言葉を発したのは、グレイジィと枝幸紗奈。
元犯罪者と、正義の味方。
決して直接会わせてはいけない組み合わせだな……と喉を鳴らす巌人。彼は一番重要な彩姫の体調を確認できたこともあり、次に気になってるどデカい問題へと意識を向ける。
「…………で、なんでお前がここに居る?」
「ハッハッハ! つれないなぁ黒棺のお……ぉぉっ!? ちょ、ちょっとタイムだ南雲巌人! 冗談、冗談だ、今のはほんのジョーク! いきなり殺気を飛ばさないでくれ……」
そこにいた大柄金髪の外国人は、巌人のひと睨みで一気に大人しくなる。
――グレイジィ・ブラックリスト。
紡の語った『過去』は、その大半が『作り話』あるいは『修正』して語られた、言ってみれば【本来よりマイルドな黒歴史】だ。しかし、ことグレイジィ・ブラックリスト、彼に関していえば何ひとつとして間違った情報は語られていない。
つまり、何が言いたいかといえば。
「お前、確かバイトの日に家の近くで待ち構えてた奴だよな? 何となく殴った覚えがある」
「その通り! 六魔槍の中において一番最初にやられた男。私たちが最終決戦を繰り広げている最中、獄中にて痛みに呻いていた情けなーい男。それこそが彼、グレイジィ・ブラックリスト。通称『グレイ』君です」
「オーマイグッネス! ボス、久方ぶりに会ったかと思えば辛辣だね!」
巌人の隣に立っていた電脳王、東堂茜はそう言った。
その通り。
グレイジィ・ブラックリスト、改め、グレイ。
過去編において、かなりのビッグマウスを叩いて登場したにも関わらず、案の定たったの一話で御退場した情けなーい男である。
しかし、さもありなん。
全盛期にして最強期、黒棺の王を前にすれば電脳王でさえ尻尾を巻いて逃げ帰る。仕方ないところはあったと言えばあったのだ。
「で、次は……入境さん、でしたっけ」
「ははは……どうも。まともに話すのは初めですね。A級一位隊員、入境学。皆々様と同様の任を受け、参上しました」
そう、手本のような敬礼を示す入境。
本来彼のキャラとは、言ってみれば『チャラ男』である。
もちろん凄みはあるし、風格も、強さもある。
が、根底の所にあるのは『軽さ』だった。
だからこそ彩姫は驚いたように目を瞬かせたが。
「……澄川さん。もう一度、周囲を【確認】してみることをおすすめするよ」
「え……? ………………ぁぁっ!」
入境にそう言われ、彩姫は周囲を確認する。
誰がいて、どんな立場で、自分がどの立ち位置なのか。
そう考えると、背筋が恐怖に強ばった。
殺人容疑、脅威の326件。
こと『殺した数』だけならば六魔槍の中でもトップクラスに入る、数年前まで【世界最悪の殺戮者】として名を轟かせていた犯罪者――グレイジィ・ブラックリスト。
最も絶対者に近い。
長年A級の最上位に位置していた『中島智美』をも超え、誰もがそう認めるようになった男。単体で軍隊をも滅ぼせると噂される【人外の領域に最も近い存在】、入境学。
過去最凶にして最悪の犯罪者。
あらゆる国のトップシークレットを流し読み、あらゆる犯罪へと加担、或いは先導したとされる巨悪の権化。この人物を中心とした秘密組織が幾つあるのか定かではない。
絶対者のトップ二人からも逃げおおせる圧倒的な能力と、地球の裏側にまで達する絶対的な遠隔操作能力。
正しく『最凶』を体現する超特級犯罪者、【電脳王】東堂茜。
世界最高の狂気。
負ける姿がまるで浮かばない。
あらゆる巨悪の大天敵。勝つまで止まることを知らない不死の怪物。物語の中から出てきた主人公。出会ったら負け。クソチート。
あらゆる罵詈雑言を犯罪者たちから一身に受ける正義の味方。
それでいて、民衆から圧倒的な支持を受ける狂気の王。
悪と見れば単体で国をも滅ぼすイカれた女。
世界で唯一、全盛期の巌人をして『戦いたくない』と言わしめた化け物、【英傑の王】枝幸紗奈。
そして、言わずと知れた最強の男。
全盛期を過ぎてなお他を圧倒する理外の怪物。
疲れを知らず、毒を知らず、衰えを知らず、敗北を知らず。
かつてアンノウンの世界へと【死神】の名で激震を走らせた、誰もが認める『世界で最も多く生命を殺した存在』。
単体でアンノウンの四割を屠ったとされる伝説の中の伝説。
一線を退いてなお、アンノウンの討伐数において序列二位の紗奈を大きく突き放し、絶対不動の【序列一位】に君臨する常識外。
人間における一種の到達点――【無能力者】南雲巌人。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
よく考えたら分かった。
ここ、自分が居ちゃダメな空間である。
彩姫は絶叫した。
「……大丈夫か、彩姫? まぁ、この面子ならしょうがないけど」
「『自分はそうでも無いけどね』みたいな雰囲気出してますけど、この中じゃ貴方が一番ひどいですからね? ……まぁ、いいですけれど」
東堂が疲れたように呟くと、上空からヘリの音が響き渡る。
空を見上げた巌人の髪を風が揺らして行く中、電脳王、東堂茜は再確認する。
「改めまして。今回、貴方達には二度目の世界終焉を阻止して頂きます」
世界終焉。
つまるところ、壁の崩壊。
そして、不自然なまでの突然死。
偶然か必然か。少なくとも今回は、必然と考えて行動を起こす。
「まぁ、私が言うのもなんですが、正直メンバー的には相性最悪。カオスという言葉がふさわしい現状ですが……けれど、能力だけ見れば最適の組み合わせ」
超能力を操り、科学の外側を行動できる、彩姫。
あらゆる武具を操り、軍をも相手にできる、入境。
紡をも上回る炎の操作能力を有する、グレイジィ。
あらゆる危険を無視出来る不死勇者、紗奈。
そして、純粋な武力として、巌人。
それらを前に、東堂茜は頬を緩める。
「多くは語りません。ただ、安心して任せます」
☆☆☆
『久しぶりだねぇ、巌人君』
ヘリがサッポロを経って、一時間弱。
今回のヘリは特別製。アンノウンの素材を用いることで飛行機と同程度……とはならずともかなりの速度を保って飛行している。
その中で、ふと聞こえた言葉に巌人は瞼を開く。
「そうですね……あの件が落ち着いてからは会ってませんでしたし、だいたい四年ぶりですか?」
『そうだったかな? どう、元気にやってる?』
「ええ。そっちは…………変わらず元気そうですね」
巌人はしばし『間』を開けてそう言った。
タブレットの向こうにはタオルか何かで頬のを拭っている紗奈の姿がある……かと思えば、よく見れば頬を拭いているソレは誰かの血に染まっている。画面の端に誰かの体が映っているし……恐らくは死体の衣服なのだろう。
「趣味が悪い」
『やだなー、ボクだって人殺しが趣味なわけじゃないよー。単純に、悪人を殺すことが趣味なだけ、義務なだけさ』
狂気に染った彼女を見て、巌人は小さく息を吐く。
ただならぬ雰囲気に、いつの間にか他の三名も沈黙を続けており、その視線は無能力者としての南雲巌人ではなく、序列一位、黒棺の王としての彼の一面を見つめていた。
「そいつらだって生きてるんだ。たしかに、襲いかかってくる相手に『なにか理由があるんじゃないか?』なんて聞く余裕は人間にはない。いきなり襲いかかってきたら殴ると思う。……けれど、せめて相手が善か悪か、相手に話が通じるか通じないか。それくらいは、考えるべきだ」
『えぇー? 生きてる? これはさすがに死んでると思うけどー』
その答えに、巌人の眉根へシワが寄る。
それはほんの小さな変化。されど、一気に空気が重くなる。
氷のように冷たい空気、鉛のように重い雰囲気。
されど、それを前に枝幸紗奈は笑い続ける。
『どうしたの? 『どこかで聞いたことのある言葉だね』とでも言って欲しかった?』
「いいえ。覚えていたならいいですよ。これは、あの日、あの時、貴方が僕に送った言葉ですから」
あの言葉は、確かに巌人の中にある。
心に深々と突き刺さり、今でも残り続けている。
――その言葉が、いくら空虚で塗り固められていても、だ。
「貴方なら、襲い来る相手に対して『話し合う』という選択肢が取れる。なにせ、死なないのだから。だから、この言葉における【人間】という部類には当てはまらない。あなたは、この言葉に該当しない」
『ひっどーい! ボクだって乙女の端くれなのに〜』
あの事件から、数年が経ち。
今になって、やっと理解が及んだ。
この人は、本当の意味で狂っている。
あの時、あの瞬間の巌人へとなんの意味もない、なんの実感もない、なんの中身もない言葉を送るような人物が、狂っていないわけが無い。
「紗奈さん、知ってました?」
『うーん、多分知ってるよ、その事なら』
何も言わずとも、巌人の顔を見れば何が言いたいかなど一目で分かる。
その表情をすぐ近くで見ていた彩姫は大きく目を見開き、入境は思わず体を硬直させ、グレイは恐怖に体を震わせる。
なにせ、巌人の顔は――嫌悪に歪んでいたからだ。
「僕は、世界で一番貴方が嫌いだ」
この世界の誰よりも。
きっと、この人物を嫌っている。
そう告げる巌人へと、されど紗奈は笑顔を崩さない。
『そうだねー! あ、そうだ巌人君、ロンドン来たら息抜きにデートでもしようよ! なんだか最近は血しか見てない気がしてねー』
「……本当に、反吐が出る」
彼女の言葉に、救われた気でいた。
彼女がいたから、あの時期を耐えられたと思っていた。
けれど、それは違った。
彼女は、何一つとして『影響』を与えなかった。
第三者としてあの場に立っていた。
巌人を人として正しいと諭した言葉も、狂人からの言葉と考えるとなんの信憑性も存在しない。説教の内容とてなんの実感も思っていない。彼女の言葉は、徹頭徹尾薄っぺらかった。
あれだけ……あれだけ、苦痛を味わって。
自業自得と分かっていても、地獄すら生ぬるい絶望を知って。
泣き叫びながら、必死に足掻いて。
……それを、薄っぺらい笑顔を浮かべて傍観していた、この女。
巌人は、東堂の言葉を思い出す。
そして、吐き捨てるように笑ってみせた。
「東堂さん……その通りですよ。僕とこの人は相性最悪だ」