133.勇者パーティ
傷無しの死体。
それはまるで、突然死、したかの如く。
「今回の突然死と……モスクワの全滅と」
「関係がある……と断言こそ出来ませんが、まさか戦闘中、その瞬間にばったりと突然死……なんて偶然、あるんでしょうか」
ある……と、いえば、あるのだろうか。
原因がわからないためなんとも言えないが、偶然といえば偶然にも思えるし、逆に必然と言われれば……そうとも考えられる。
「まぁ、可能性としてはそりゃあるわよね。……ただ、こうして疑いから入ってしまうと、どうしても人為的な何かを感じちゃうわ」
「そうですね。私たちの仕事としては常に最悪を考えることです。だからこそ、こうして『最悪』を考えて巌人君へとコンタクトを取ったわけです。あと防衛大臣。さっさと仕事再開してください」
涙目で仕事を始める月影。
そんな彼女に苦笑した巌人は、改めて目の前の電脳王へと視線を向ける。
「……一応確認を。貴女の思う最悪って何ですか?」
「A級隊員が抵抗する間もなく殺されるようなアンノウンが、自由自在に壁の内外を出入りしてる可能性……なんて、そんな感じでどうでしょう。まぁ、本当の最悪を上げればキリがないのでね」
彼女の言葉に、巌人は呻く。
付け加えるなら、そのアンノウンが人型で、気配を断つ力に長けていて、その上で、今の自分よりもさらに強かったり。
そんな要素まで加わってきた日には、いよいよ本格的にまずくなってくる。
「……なるほど、僕を呼ぶ案件、ですか」
「……正直、私が出てもいいのですが。私が死ねばこの国の情報網は完全に息をしなくなります。……まぁ、完全というのは言い過ぎですが、今の水準と比べれば汚泥みたいなもんですね」
「それは、まぁ……」
なにせ彼女はその道のプロだ。
彼女が死ぬ、或いは誰かの手に落ちるなんてことになれば厄介なんてレベルじゃない。もはや日本転覆の瀬戸際だ。
それならば、彼女ですら手に負えない事態を想定し、予めこちら側の最高戦力――つまるところ巌人を投入する方がずっといい。
「で、問題はその派遣先ですけど……まさかモスクワ行って調査してこいなんて言わないですよね。壁なし、アンノウンが跋扈する『外』、しかも大都市を一人で捜査とか年単位で掛かりますよ」
「いやー、さすがに私もそこまで鬼畜じゃないですよー。それに、そもそもモスクワの捜査はすでに八割がた終えてます。私を誰だとお思いですか」
そう自信満々に胸を張る東堂茜。
彼女の手にかかれば遠く離れた位置にある機械を動かし、地球の反対側にいても危険地帯の中を捜索、探査することが可能である。
おおよそ『終わってるんだろうな』と想定した上で問うた巌人は「でしょうね」と呟くと、それを聞いた茜はパチンと指を打ち鳴らす。
途端、画面へと映っていた画面が一変。
どこか見覚えのある街並みが映し出された。
「ここは……たしか」
「巌人君は、たしか一、二度行ったことがあるはずですよね」
そう笑った彼女は、その街並みへと視線を向ける。
そこに映し出されたのは、かつて、アンノウンが溢れる以前から有名であった世界でも有数の歴史ある都市。
そして、現代においてここ日本に次ぐ異能国家。
「イングランドの大都市――【ロンドン】」
巨大な時計塔を誇る、世界有数の巨大都市。
そして、世界でも稀に見る犯罪多発区域でもある。
その街並みを映したまま、彼女は端的にこう告げた。
「巌人君、君にはこれから、ロンドンへと発ってもらいます」
☆☆☆
大都市、ロンドン。
かつて、地上がアンノウンの手によって滅ぼされかけてから、既に100年以上。
当時、名だたる多くの都市が滅ぼされてゆく中、その被害を最小限に抑え、より多くの地域を壁によって囲うことに成功した――現代における世界最高にして最大の都市。
それこそがその街であり、イングランド、別名イギリスという国である。
「で、なんでまたイングランドなんか――」
「イングランド、と言うよりロンドンの時計塔に用事があるのですがね」
場所は執務室から離れて、特務署の最上階。
エレベーターを下り、上階……つまりは屋上であるヘリポートへ向かう廊下を歩きながら、茜は巌人へと説明する。
「イングランド、ロンドンといえば『魔術の街』で有名ですよね。あぁ、もちろん公にはなってませんよ。あくまでも『風の噂』『都市伝説』『あったらいいな』の希望的観測で問題ありません」
「……でも、魔法ってあるでしょう。実在に」
現に、巌人の周りに魔法を使う人間は二人いる。
一人は実の母である鐘倉月影。
もう一人は同居人で弟子である駒内カレン。
お互い『影を操る』『魔法少女になる』と正反対もいいところな能力だが、どちらも『魔法』という括りには変わりない。
「かく言う僕も、魔術師の血統ではあるんですよ」
「みたいですね。かつて、日本国の裏側で様々な仕事に携わってきた『鐘倉』の一族……。巌人君は『魔力』とかいう概念がほとんどなかったみたいで使えないとか聞きましたが」
正確には、魔力というよりそれに関する『才能』が尽く欠如しているのだ。
魔力だけならば『存在力操作』でいくらでも増やせた。
が、存在力操作であっても『才能』までは増やせない。魔力を操作する才能、魔力を感じ取る才能、何より魔法を行使するための想像力。
それら全てが欠如した巌人にとって、血統などあってないようなものである。
「……ま、存在力操作でも出来ないことはありますので」
「正確には、出来ないことは無いが、それが出来るようになるまで熟練させなかった、という話では?」
違いない、と茜の皮肉に苦笑する。
そうこう話しているうちに屋上へと繋がる階段前へと到着しており、茜はその階段を前に立ち止まり、改めて巌人へと視線を向ける。
「今回の達成目標としては。かの街にある、現存する中で世界最古の図書館――【ロンドン図書館】の『司書』に話を聞いてくることです」
「司書……ですか。イマイチ話が見えませんが」
モスクワの問題でロンドンに行くことも気になっていたが、そこで図書館、司書と来た。いよいよ何が何だかさっぱりである。
首を傾げる巌人を前に、彼女は頬笑みを浮かべて階段を登り始める。
「言ったでしょう、ロンドンは世界有数の魔術都市。何故、アメリカでもロシアでも中国でも日本でもなく、イングランド、それもロンドンがピンポイントで『アンノウンの発生』という大惨事に被害を抑えられたとお思いですか」
魔術、という概念があったから。
そう考えると辻褄は合うが、当時のことは今では分からない。
無言で返した巌人に対し、茜は微笑みを絶やさない。
「魔術というのは、得てして科学を超越します。つまり、私の知り得ないことすら知っている可能性が非常に高い。まして、ロンドン随一の魔術師ともなればまず確実でしょう」
そこまで聞いて、巌人の脳内で話が繋がった。
「つまり、ロンドン随一の魔術師……それが、ロンドン図書館に所属している『司書』である、と」
「えぇ。……といっても、私が科学の力で調べられたのはここまで。ロンドン図書館におけるどの人物がその魔術師なのか。そして、その魔術師からどうやって情報を引き出すか。……それは、あなた方にお任せします」
屋上へと繋がる扉が開く。
――あなた『方』、と。
その言い方に違和感を覚え、眩い光に目を細めながら屋上へと上がる。
そして、そこに揃ったメンバーを見て、大きく目を見開いた。
「お前……いや、それよりも……どういうメンツですか、これ」
「いやー……その、すいません。私もよく分かりません」
そう答えたのは、つい先程まで病院で寝ていたはずの少女、澄川彩姫であった。
なぜ彼女がここにいる。その疑問を口にしようとして、されどそれよりも先に出てきたのはそこにいる面子についてだった。
「えっと……こんにちは、南雲巌人……いや、黒棺の王と呼んだ方がいいのかな?」
「ハッハッハッハッ! 久しいな黒棺よ! あの過去よりおよそ四年。今更になり私を出したかと思えば……、まさか、貴様と合同ミッションとはな!」
「…………えっと」
巌人が『黒棺の王』であると知っている人物。
その上で、足でまといにならない戦力を持ち、なおかつ捜査、調査に長けた面々……ではあるのだろうが。だがしかし。
「……これ、大丈夫ですか、本当に」
そう呟いて、巌人はため息を漏らす。
――A級特務隊員。
序列、第13位。
吸血鬼の亜人『澄川彩姫』。
――A級特務隊員。
序列、第一位。
絶対者に最も近い男『入境学』。
――特級の犯罪者。
元、六魔槍が一角。
超ド級のナルシスト『グレイジィ・ブラックリスト』
そして、最後に。
『やぁ、巌人君! テレビ越しでごめんね! ロンドンで待ってるから早くおいでよ! 久々に君とも戦ってみたいんだよね!』
彩姫が抱える小さなタブレット。
その中に映り込んでいるのは、笑顔でそんなことを言ってる『亜人』だった。
眩いほどの金髪に、ぴょこんとはねる狼の耳。
シミ一つない純白の肌に――べっとりと付着した真っ赤な鮮血。
四年前と何一つ変わらない狂気を顔に貼り付けた女性の姿に、巌人は思い切り頬を引き攣らせる。
「……過剰戦力にも程があるでしょう」
――特務最高幹部。
絶対者、序列一位。
黒棺の王、南雲巌人。
――そして、同じく最高幹部。
絶対者、序列二位。
世界で数少ない、今の巌人をも殺せる人外。
「――英傑の王、枝幸紗奈」
以上、五名。
化物ばかりが揃った人外魔境。
無能力者に、吸血鬼、A級最強に犯罪者。
そして狂った不死身の勇者様。
通称『勇者パーティ』。
彼ら彼女らは、一同へ集まるべく動き出す。
目的地は魔術の街――イングランドの【ロンドン】であった。
狂気、再び。