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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
132/162

130.後日談ー六魔槍ー

「月影様、今日のご予定ですが――」


 防衛大臣、鐘倉月影は、秘書の女性から今日の予定を聴きながら、ぼんやりと窓の外を見つめていた。


「――その後、財務長官との……って、月影様、聞いてますか?」

「え、あぁ、ごめんなさい。少しぼうっとしてたわ」


 その言葉に困ったように苦笑う秘書の女性。

 彼女は緑色の髪を軽く弄ると、月影がぼうっとしてる理由であろう出来事を口にする。


「そう言えば、そろそろ黒棺の王(ブラックパンドラー)が長期休暇に入って四年ですものね」

「……あら、嫌味かしら?」

「いえいえとんでもない」


 秘書の言葉に、月影の肩が僅かに跳ねる。

 責めるような彼女の言葉にも笑顔で流した秘書の女性は、肩を竦めてソファーへと腰を下ろした。


「そもそも、私は巌人君とはさほど関わりはありませんでしょう。そりゃ、最近では一緒にシャンプー買いに行く仲ではありますが」

「あら、知らぬ間に息子に変な虫がついてて嫌になるわね。あの子に手ぇ出したら解雇するわよ、解雇」


 けっこうガチ目な脅迫。もはやパワハラ。

 されど、それを前に秘書の女性は優位性を崩さない。


「あら、どうしましょう。解雇となってしまえば大変ですね。その日のうちに世界中へと某防衛大臣の不正ファイル一式が送り込まれることになるかもしれません。……そう、例えばかつての六魔槍の内三名を内密に雇っている、とか」

「…………」


 月影の顔に苦しげな感情が浮かぶ。

 その顔を見てハッと笑うのは秘書の女性。その姿は先程までの秘書然としたものとはかけ離れており、やっと『素』を出したかと月影は眉根を寄せる。


「時に、九六さんと松原さん、お元気ですか? 私は六魔槍を使い潰した身として顔を合わせる訳には行きませんので」

「あら、貴方なら監視カメラやら何やらと、あらゆる機械を使って確認できるでしょうに。ねぇ、()()()


 その言葉に、秘書の女性――電脳王、東堂茜は笑みを浮かべる。

 彼女は秘書という外面の仮面を剥がすと、一人の犯罪者としてソファーの背もたれへと体重を預け、ヒラヒラと手を振った。


「嫌ですねぇ、私は悪さはしてませんよ。ただ、各国のトップシークレットをハッキングして白日の元に晒したり、はたまた度の過ぎた犯罪者たちを集めて一度に潰してみたり。六魔槍はガチで作った組織だったんですが、いつの間にか幹部連中が腐ってたんで捨てた迄です」

「…………」


 その言葉に、月影は言葉を詰まらせる。

 確かに、東堂茜は犯罪らしい犯罪は非常に少ない。

 そも、ハッキング自体が犯罪なのだが、為してきたことと言えばあらゆる秘匿の公表、犯罪や後ろめたいことを暴露してきただけ。

 そのせいで職を失った人間も大勢いるが、それも自業自得なのは否めない。


「……ま、確かにね。貴方が本当に救いようのない犯罪者なら、私は貴方を雇用したりなんてしませんし。なにより()()()が見逃したりなんてしないでしょうし」

「……あぁ、別に見逃されたって訳じゃないですよ。数えるのも面倒になるほどに鬼ごっこ繰り返して、最終的に『あっ、捕まえるの無理だね!』って察したあの人が、勝手に執行猶予付けてるだけです。なので悪さは出来ません」


 その言葉に月影は苦笑を漏らす。

 他の誰かならまだしも、他でもないあの人物の執行猶予となれば話は別だ。恐らく東堂茜は二度と電脳王として悪事を働くことは出来ないだろう。


「良かったわね、あんまり人を殺してなくて」

「ですねー、普通に殺したのなんて両親くらいですし、そこは過去の自分を褒めてやりたいくらいです」


 イカれた返答を聞きながら、月影はかつての事を思い出す。



『鐘倉防衛大臣、私を雇いませんか? ついでに六魔槍の幹部二人もついてきますけど』



 そう、かつての敵二人を引き連れやってきた女のことを、月影は今でも鮮明に覚えている。

 巌人が重傷を負い。

 勇者が魔王の死体を探して駆け出してゆき。

 その瞬間を見計らうようなタイミングで、最悪の瞬間に切り込んできた悪魔のことを、今でも忘れない。


『断ったら、死ぬわよね』

『ええ、今なら巌人君、殺せそうですし』


 そこまで言われて首を横に振れるほど、当時の彼女は心を冷徹に出来なかった。息子を二度も見捨てる真似を選択出来るほど、彼女は決して強くなかった。


「……まぁ、今ではあの時の選択を褒めてやりたいくらいだけどね。だって貴方、なんかびっくりするほど有能だし」

「ええもちろん、ハッキングは元より不正の発覚、賄賂の露見、機械のある場所に置いてなら私の知らないモノはありません」


 眼鏡をキラリと輝かせてそういった電脳王に、月影は今日何度目とも知らない溜息を漏らす。

 かつて彼女を雇ったのは間違ってはいなかった。

 そう、今では思うようになった。

 おかげで夫である南雲陽司の暗殺事件をかなりの回数防ぐことが出来たし、その他にも諸外国の秘密情報すら簡単に手に入れられるため、この数年で日本国は一気に世界各国の頂点へと君臨できた。

 加えてこの人物は馬鹿ほど強い。

 内に沸いた蛆は秘密裏に処分してくれる。アンノウンが出たとしても彼女一人いれば事足りる。特務がジャックされた時だって、巌人が動かなければ彼女一人で全てを終わらせていただろう。


「……ま、昔の私なら許してませんでしょうけど」


 規律に厳しく、敵には絶対的な殺意をもって対する悪魔。

 かつての自分を評するとすれば、そうだろうか。

 それが今ではどういうことか、かつての敵を手元に置き、アンノウンを娘として溺愛し、防衛大臣としてでは無く、母親として息子に対している。



「……私も、怠けましたね。本当に」



 そう言って、彼女は窓の外へと視線を投げる。

 その日はかつて息子と決別した日と同じように、まばら雪が降っていた。




 ☆☆☆




「ま、待っ、待て! 待ってくれ頼むからッ!」


 男は、必死の思いで命乞いをした。

 場所はイギリスのスラム街。

 かつてビッグ・ベンを象徴としていた街並みは多少形を変えている。街中には特務の隊員が我が物顔で闊歩し、その裏では闇よりも暗い腹の底を抱えた人物達が暗躍している。

 その、闇の中心にて。


「お、俺が悪かっ――ぐべっ!?」


 その男は、腹を蹴り抜かれて悲鳴をあげる。

 その前には一人の小柄な女性がおり、一振りの剣を肩に担いだ彼女を前に、男は情けなくも悲鳴をあげる。


 ――男の名は、割野阿久魔。


 かつて六魔槍の幹部として君臨し、巌人からの一撃を受けて気絶しながらも、崩壊する基地の中から奇跡的に生還を果たして男だった。

 あの後、彼は追跡してくるとある人物を避けながら海外へと飛び、あらゆる国を移動しながらイギリスのこの街へとたどり着いた。

 そして、そこからは簡単だった。

 100を優に超えた闘級を思う存分に用いてゴロツキたちを片っ端から力で従え、かしずかせ、瞬く間に巨悪の塔を築き上げた。諸悪の権化としてかの街に君臨した。


 もはや、彼に叶わぬことは無かった。

 なにせ、ひとつの街の裏側全てが配下と来た。

 金も女も名誉も快楽も、殺人さえも己が意志一つで満足に行えた。


 彼は歓喜した。

 この場所に至るために自分は生まれてきたのだと。

 ここに来るために、自分は世界を回ったのだと。

 そう考えて止まなかった。



 ――今日、この日に至るまでは。



「馬鹿だねぇ……。せっかく見失ったから『世界回って虱潰しに悪者殺してくかなっ』とか思ってたのに。まさかこんな有名な街で、ボクが真っ先に駆けつけるようなこの街で、この裏社会で、そのトップに君臨するだなんて……。ボクに見つけてくださいって言ってるようなもんだよ。……あぁ、むしろ見つけて欲しかったのかな?」

「ち、違っ、違う! お、お前なんか――」


 会いたくもなかった。

 そう言おうとした阿久魔の首が宙を跳ねる。

 愕然と目を見開いたまま彼の首はゴロゴロと地面へと転がってゆき、吹きあがる鮮血と死に絶えたボスを前に、尻もちをついていた阿久魔の部下達が悲鳴をあげる。


「言わなかったっけ、君も殺すって。……言ってなかったかな? まぁ、悪者だし殺されたって文句は言えないよねー」


 されど、そんな鮮血と悲鳴の中で。

 その少女は時代錯誤な剣を払うと、満面の狂気を浮かべてそう告げる。

 その光景にその場にいた全員が逃げ出してゆくが、彼女はそれらを一瞥もしない。なにせ、全員悪は殺すつもりでこの街に来たのだ。今逃がしたところで最後に至る末路は変わらない。


「さ、巌人君。まどろっこしい過去の伏線は回収しといたよ」


 斯くして彼女は剣を鞘へと戻すと、光射す表通りへと歩き出す。

 その髪は、限りなく白に近い金髪だ。

 頭からは狼の耳が生えており、彼女が『亜人』であることは一目瞭然で、彼女の頬を濡らす鮮血は彼女が彼女たる所以のようなもの。

 表通りにいる人々は返り血を受けた彼女の姿に一瞬だけ悲鳴をあげ、されど直後にそれらの悲鳴は歓声に変わる。


『み、見ろ! あんな所に――』

『あっ、貴方は……!』

『は、初めて見たわ! 絶対者(ワールド・レコーダー)!』


 それらの歓声を受け、彼女は眩しそうに目を細める。

 燦々と照りつける太陽光。

 ブロンドの髪が光を浴びて眩く輝く中、彼女は腰に刺した剣に手を添え、遥か遠方へと視線を向ける。



「さぁて、今何してるのかな、巌人君たち」



 彼女――絶対者、序列二位『英傑の王(パンテオン)』。

 世界に良い意味でも悪い意味でも名を馳せる女性――枝幸紗奈は、狂気を感じさせぬような爽やかな笑顔で一人呟く。


 彼女がアレから()()()()()()


 それは、死んだ彼女自身でさえ覚えていない。


以上、過去編完結です!

次回から新章開幕です!

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