13.業火の白帝
紡VS人型アンノウン!
二人はその人型アンノウンであろう存在の後を追跡した。
けれども紡はまだしもカレンには誰かを追跡するような過去は一度としてない。もちろんそんなに初心者の追跡、人型相手に通じるはずもなく──
(出た、広い、行き止まり)
紡はその相手が止まった場所とその周辺をちらりと覗きこんだ。
そこはビルとビルに囲まれた一種の広場のようになっており、周囲にあるのは人の気配のない無人の廃墟ビルだ。まず間違いなくここで騒動を起こしても外にバレることは無いだろう。
即座にステータスアプリで検索した結果も、やはり周囲四方はビッシリとビルに囲われているようであり、今来た道を思い返してみれば最後の方はほとんど一直線だったようにも思えた。
つまり、ここは恐らく──
「ようこそお客人。ここが貴様らの墓場となる場所だ」
瞬間、紡達がやって来た通路の向こう側から膨大な量の水が流れる音が聞こえてきて、紡は咄嗟にカレンを抱えて広場へと飛び出した。
そして、それとほぼ時を同じくしてその入口を完全に塞ぐ水の壁。
──それは、水系統の異能。
正直なことを言えば、紡とは相性が最悪の異能である。
「ふむふむ……雑魚が一匹、そして……おや、これはこれはとんでもない化物が釣れましたな? とても殺しがいがありそうだ」
このアンノウンの討伐に向かった特務のメンバーが帰ってこなかったことに対して疑問を覚えた別の隊員達がその場所へと向かって見つけたのは、首を斬られて死んでいるかつての仲間達と、その付近に落ちていた、アンノウンのステータス測定器。
そこには、その隊員達を殺した相手のステータスがしかと記録されており──
───────────
種族:魔王クラブスター
闘級:七十三
異能:水帝[SS]
体術:A
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「我が名は魔王クラブスター! この街に住むとある人物を暗殺しに来た、神の使いである!」
その男は、両手を広げてそう告げた。
☆☆☆
魔王クラブスター。
依頼人から聞いた討伐対象と全く同じ名前。
紡はその事実にとりあえず安心するとともに、そのアンノウンが告げた『魔王』という言葉にピクリと反応した。
「……なに、その『魔王』って。カッコイイ」
そう、よく分からないけれどその『魔王』という単語には、紡の琴線に触れるなにかがあったのだ。
するとその魔王クラブスターとカレンは思わず目を点にして、直後、魔王は大きな声で笑い出した。
「ふははははっ! なんという事だ! この名前は今の今まで人間どもには笑われ続けてきたもの! まさかこんな所で我が同士に出会えるとは!」
「ん、さいこー。いいセンスしてる」
何故か芽生えな妙な仲間意識。そして二人の笑顔に思わず目を剥き、カチリと固まってしまうカレン。可哀想なことこの上ない。
けれども、その仲間意識が長く続くことは無かった。
「そうだそうだ、貴殿に聞くべきことがあった。我が標的である棺型の魂を持つ者の情報を吐け。さすれば殺さず、我が妾としてやろう」
巌人からすれば「何こいつ、極悪人のタダのぺド野郎じゃないか」と言ったところであろうが、しかしながら二人が反応したのはその前の部分であった。
──棺型の魂を持つ者。
実際に魂を読み取ることの出来るカレンだからこそ知っていることではあるが、ごく稀に、とある物事を極めたり、慣れたり、やり過ぎたりした者は魂の形が変異する。
例えば紡。
彼女の場合は通常の人魂みたいな形に近いが、かつて見た時は燃え盛る炎の形へと変異していた。
例えばこの魔王。
この魔王の魂は、異能の能力が作用しているのなまるで大きな水の球体だった。
ならば、このアンノウンの言うところの『棺型の魂』は、恐らくは死体の埋葬や火葬に立ち会ってきた者、もしくは多くの身内の死に立ち会ってきた者、または『棺』に関する異能を持つ者。
もしくは──大量の死を背負って生きる、殺人鬼。
そのいずれであったとしてもこれ程までに強いアンノウンが狙っているのならば、それはきっと強い人物か、もしくはアンノウンにとって都合の悪い人物か。
カレンはそこまで考えたところで、すぐ近くから現れた膨大な熱量によって正気に戻された。
「棺型の……魂? お前、その人、どうするの?」
そこには、普段の無表情からは考えられないほどに顔を怒りを顕にした、紡の姿があった。
巌人の二人きりの時ならばまだしも、他の者がいる場所で彼女が表情を変えるなどそれは余程のことであり、この魔王の目的はその余程のことに該当していた。
「なるほど……そ奴は貴殿の友人か何かの様だな。折角現れた我が同士には悪いが、その人物の命、頂戴させてもらう」
「悪いけど、お前のこと、絶対に殺さなきゃならなくなった」
それと同時に二人の体から溢れ出す、炎と水。
紡の身体からは白い色をした炎が吹き上がり、魔王の身体の周辺には真青な色をした水が浮かび上がる。
そして周囲には命をかけた戦闘前独特の緊張感が漂い始め、そのえも言えぬ威圧感が漂う中、紡はカレンへと口を開く
「カレン、絶対にここから動かないで。多分あいつ、躊躇なくカレンの方狙ってくる」
その言葉に、ピクリと反応するカレンと、ニヤリと笑みを浮かべる魔王。
実際にはその考えは百点満点の正解そのもので、素の実力で劣る魔王クラブスターはカレンを人質にして紡を倒そうとしていた。
だからこそ魔王はその紡の言葉に内心で舌を巻き、カレンは足手纏いにしかなっていない現状に歯をギリッと噛み締めた。
そんな中、魔王は最後だと言わんばかりに口を開いた。
「名も知らぬ貴殿よ、今ならばその人物さえ教えてくれれば生かしたままで返してやろう。どうだ、これで手を打つつもりはないか?」
「ふん、そんなの、アンタが私と戦いたくないだけ。負けるかもしれないから」
魔王も、その答えを予想していたのだろう。
だからこそスッと目を細めると──言葉もなしに攻撃を繰り出してきた。
「『水弾』ッ!!」
瞬間、魔王がかざした手のひらから幾つもの水の弾丸が召喚され、それらが銃弾よりも遥かに早い速度で紡とカレンへと襲来する。
それは本来ならば反応すらできぬ見事な不意打ち。
それを図って行った魔王は半ば、これで少なからずダメージが入るだろう、と考えて──
ジュゥッ!
「なぁっ!?」
二人の目の前で、一瞬にして跡形もなく蒸発したそれらの弾丸を見て、思わず目を剥いた。
「……ん? いま、なにかした?」
「え!? 今なんかあったんすか!?」
そして、明らかにわかって言っているであろう紡のその言葉と、何もわかっていない為にそう言っているカレンのその言葉に、彼のプライドは酷く傷つけられた。
そしてそれ以上に、自身の異能によって作られた水を一瞬にして蒸発し、無効化してしまった彼女へと、驚愕を通り越して恐怖した。
「き、きき、貴様!? 一体何をしたッ!?」
「なにかしてくる、そう思って、目の前に熱のバリア、貼っておいた」
──やはり分かっているじゃないか!
魔王はそう叫びたかったが、それよりも策を練るために考えを巡らせ、この女を倒すのが先決だ。そう思って理性によって感情を押し殺すと、まずは紡の異能を想定することから始めた。
SSランクの異能が生成した水を一瞬にして蒸発することから、まず間違いなく熱・炎系統の異能であり、確実にSSランク上位か、もしかしたらその上のSSSランクの化物かもしれない。
そして次に考えるのは、その能力を如何にしてその年齢でものにし、使いきれているのか、という問題である。
恐らく相手の年齢は八~九歳と言ったところだろう。ならば異能を手にしてからは二年から三年程しか経っていないはず。
ならばッ──!
「ふはっ! 貴様、恐らくは異能に全ての時間を費やしてきた完全な遠距離タイプだな!」
魔王はそう結論を出すと、自身の身の回りに水を纏って走り出す。
彼の体術レベルはAランク。その上水の鎧によって熱にも強く、さらに筋力も水の鎧を擬似パワードスーツに見立てることによって強化されている。それゆえに彼の速度はカレンの比ではなく、遠距離タイプからすればまず間違いなく反応しきれないものであった。
一瞬、ジュワッ、と水が蒸発していったが彼自身にはさしてダメージも通らず、彼はその熱の壁とやらを超えたと安心して──
「ふっ」
「かはぁっ!?」
自らの懐に潜り込んだ紡の、肘打ちが鳩尾へと突き刺さった。
人型は力は強いものの、通常時の体は人間そのもの。
もちろん肉体強度から身体を構成する成分まで、何から何まで『見た目が同じ』と言うだけで違うのだが、見た目が同じだからこそ、弱点も同じなのだ。
魔王は鳩尾への馬鹿げた威力の一撃に身体中を硬直させ、身体中に麻痺にも似た感覚が走り抜けた。
けれども、紡の攻撃はそれで終わりではない。
「はっ、とおー!」
その間抜けた声と共に繰り出されたのは、Aランクとは比べ物にならない、一般人ならば一撃で死に至るであろう致死の一撃。
しかもそれらが繰り出されたのはボクシングで言うところのレバーブローとアッパー。人体の急所である肝臓と顎を狙い撃つ人体を壊すための一撃。
そして、アッパーを振り抜いた紡は、空中に浮かび上がったその体めがけて両手を突き出し、唱える。
「『業火滅却』」
瞬間、生み出されたのは、自然に生み出される炎とは一線を画する、純粋な白色の炎──言うなれば、神の炎。
素人目にもひと目でわかるその危険性。触れればまず間違いなく一瞬にして炭と化す。
「クソッッ!!」
魔王はグラグラと揺れる視界の中、咄嗟に目の前へと大量の水を召喚する。質よりも量を優先させた上で、それこそダムが水を吐き出すように。
すると彼の予想通り、目の前で起こった大きな水蒸気爆発。言わずもがなかなりのダメージを被ることになるが、それでも尚、あの神の炎に触れるよりかは何段階もマシと言わずにはいられない。
彼の身体は吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がり、そして壁にぶつかることによって停止した。
だが、流石はアンノウンの身体。あれだけ急所を殴られ、水蒸気爆発に完全に巻き込まれたとはいえ、壁を支えにしながらフラフラと立ち上がった。
彼は思う。
正直、彼女の強さは予想を遥かに上回っていた。
いくら魂が見えるとはいっても、それはあくまでも精神力と闘級の高さから導き出されるもの。極端な話をいえば、まだ精神的に未熟な者が居るとすれば、その者の闘級がかなり高かったとしても、結果見える魂は精神力に引きずられて小さくなる。
そして完全に見落としていた──いくら賢く、大人びているからと言っても、相手は未だ子供であることを。
「これはまた、変異した所で勝てるかどうか……」
底が見えない。正真正銘、化物としか言いようがない。
けれども魔王はその顔に笑みを浮かべていた。
「あの神の炎⋯⋯それに加えてあれほどまでの体術スキル。とてもじゃないが人間とは思えないが⋯⋯。だがしかし、目の前で起こった水蒸気爆発。炎の異能を持つ人間如きに耐えられるわけが──」
そう、耐えられるわけがないのだ。
けれどもそこまで言ったところで彼の言葉は止まり、その煙の中から姿を現したソレに、彼は今までになく目を見開いていた。
一言で表すならば、鬼の腕、だろうか。
異形としか言いようのない、とてつもなく巨大な人間──否、まさに鬼の腕。
その鬼の腕に外傷は全くと言っていいほど見られず、それは次の瞬間にはスルスルと縮まってゆき、彼の少女の腕へと姿を戻した。
それを見た魔王の頭には突如としてある単語が浮かんだ──二つ目の異能、と。
「ふぃ、かん、いっぱつ。死ぬかと思った」
「か……は、え……? な、なんすか、いまの……」
正にその通りである。
魔王は思わずカレンと同じ質問を口にし、問いただしたくなった。
けれどもそれを問うよりも先に、その圧倒的な力の前に、彼は思わず身を震わせていた。
(変異して勝てるかどうか!? 勝てるわけがないだろう! あの神の炎だけでも受けるわけにはいかないのに、あの鬼の手……。あんなもので殴られれば間違いなく一撃死だ!)
それに何よりその魂が、その言葉が、その姿が、彼へとえも言えぬ恐怖を与えてくる。
それは知り得ぬ何かへの──未知への恐怖。
二つ目の異能? あの神の炎と鬼の手は間違いなくSSSランクだ。それにまだ何か異能を隠しているかもしれない。ならば隠しているものはなんだ? 二つ続いてのSSSランク……ならば残りもそうなのではないか?
そして、あの少女は、自分を前にして一度でも負の感情を表にしたか?
答えは否。ならばその理由はなんだ。
──答え、自分が、相手ではないから。
「にしても魔王、予想より弱かった、ね?」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
もはや魔王は戦意を完全に喪失しており、引け腰になって悲鳴をあげながら逃走に移る。
「「あっ」」
驚いたような声が二つ響き渡り、魔王はその空間そのものを沈めんとばかりに大量の水を吐き出し、自らはその周囲のビルの壁を踏み砕いて登ってゆく。
そしてそれを見て冷や汗をかく、紡。
「や、やばい……なんか、逃げられそう」
「に、逃げられるっすか!? ツムさん強いっすからなんか超パワーとかで何とかできないんすか!?」
「…………ん、無理、引きこもりには体力がない」
「なんで引きこもりがこんな仕事受けてるっすかっ!?」
全くもってその通りである。
だがしかし、流石にもうここに至っては紡も隠す気がないのだろう。ポツリと、その名を口にした。
「絶対者」
「…………へっ?」
カレンは一瞬、何故この場面でそんな言葉が出てくるのか疑問に思ったが、けれども先程見た真っ白な炎と、先程自分が発言した言葉を思い出して顔を真っ青に染めた。
おおよそ三年前までは、絶対者と言えば『黒棺の王』『英傑の王』『死の帝王』の三人というのが常識であった。
けれど、突如としてそれら三人に新たな者が加わり、名も顔も、ましてや素性も明らかにならないまま、絶対者、その四人目として二つ名を轟かせることになった。
そして、その名こそが──
「特務最高幹部、絶対者序列四位『業火の白帝』」
彼女は、なんでもないと言ったふうに自らの正体をそう告げた。
──────────────
名前:南雲紡
年齢:九
性別:女
職業:学生(小学生)・特務最高幹部
闘級:九十一
異能:???[EX]
体術:S
──────────────
もちろんその力は、絶対者の名の通りである。
☆☆☆
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
その十数分後、その絶対者から見事に逃げ切ることに成功した魔王クラブスターは、先ほどとは別の路地裏の広場に座り込み、荒い息を吐いていた。
(逃げ切った、逃げ切ってやったぞ! ふはっ! ふははははっ!)
彼は悪い笑みを浮かべて、内心でガッツポーズをした。
あれは間違いなく絶対者だったのであろう。でなければこの街にはあんな化物がゴロゴロしているということになる。それこそ有り得ない、それは街じゃなくただの地獄だ。
そして、それと同時に彼はこうも思っていた。
(勝てない、確かに今は勝てないさ。だが、この街にいる生き物を殺してまわり、力をつけた後ならば話は別……。次こそ、次こそはあのガキを……)
そう思っていた次の瞬間、いきなり隣から声をかけられた。
「あのー、すいません。ここら辺に蟹売ってる店あるって聞いたんですけど……どこか知りませんか?」
その声に驚いて視線をあげる魔王クラブスター。
全く気配が感じられなかった。あの少女の気配でさえ気をつければ察知できたのに、と。魔王はまさか紡以上の化物が来たのかと驚いたが、その考えはすぐに消え去った。
目の前には、黒髪天パに眼鏡をかけた、いかにも地味そうな少年の姿が。
(なんだこの地味なガキは……。はっ、警戒する必要も無い。こんなガキが強くてたまるかってんだ)
知らず知らず、先程受けた屈辱によって思考が鈍り、言葉が荒くなっている魔王クラブスター。
きっと彼も、その少年の魂を読み取っていれば、自分の標的が目の前の少年であり、この少年が先ほどの少女よりもやばいことに気づけたであろうに。
「いやぁ、昼からずーっと色んなところ回ってるんですけど、ビックリするくらい売り切れてましてねぇ。もういっその事壁の外に出ていって自分で捕まえようかとも思っちゃいましたよー。まぁ嘘ですけどねー」
今なおペラペラと喋り続けているその少年を前にして、彼は自らのうちに溜まっていた苛立ちを発散させるべく、その身に秘めた能力を全ての解放した。
「『変異化』!!」
瞬間、魔王の身体がうちから膨れ上がり、数瞬後には少年の目の前には巨大な蟹と海老が混ざったような、そんな化物の姿があった。
恐らくは闘級にして八十五前後。
魔王はその姿を現し、目の前に立っている地味な少年の絶望色に染まった恐怖を期待して──
「あ、蟹じゃん」
ドガァァァン!!
いきなり目の前に現れた少年の拳によって、魔王は一瞬にしてその命を刈り取られた。
それに対して少年──巌人は、その拳についた変な体液をハンカチで拭いとると、そう言えば、と言ったふうに呟いた。
「にしても人型か……珍しいこともあったんだな」と。
巌人ォォォ!!
なんてことをしてくれたんだ!?