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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
127/162

127.世界で一番嫌いな男

今年二話目です!

すいません、少し遅れました!

 私は、南雲巌人というニンゲンが憎い。

 殺したいほどに忌々しくて、大嫌いだ。

 たぶん、後にも先にも、あの男ほど嫌いになる奴は居ないだろう。

 そう確信できるほどに、私はあいつが、嫌いなんだ。


『なぁ鬼っ娘、明日何食べたい?』


 あの男の記憶が、蘇る。

 あいつを殺そうとして、返り討ちにされて。

 でも何故か、生かされて。

 あの男の家で、暮らすことになった。

 情けも、なにも、いらなかった。

 あいつから与えられるものなんてゴミだった。何かを貰った、それだけで吐き出してしまいそうな気持ち悪さに駆られた。

 けど、そうしたら私は死ぬから。

 私は、父の仇を打たないといけない。

 父を殺した奴を、殺さないといけない。

 あいつを殺すまでは、死ぬ訳には行かない。

 だから、必死になって我慢した。


 一日に三度出される食事は、なんの味もしなかった。

 なにも、感じなかった。

 味っていうものを、感じなくなっていた。

 だからこそ、与えられた食事はあいつからの気持ち悪さで埋め尽くされてた。ただ、同情とともに生かされてるって事実が食事と共に喉を下り、胃を埋めつくきて吐き気を誘った。


 あいつとの会話は、糞の味がした。

 まるで腫れ物に触れるようなあいつの目が、あいつの雰囲気が、心の底から気持ち悪かった。さっさと殺そうと何度も思った。けど、今の私じゃこいつは殺せない。殴っても燃やしても、多分殺せない。無抵抗のこいつすら殺せない。

 だから、我慢した。

 いつか成長して、こいつを殺すその日まで。

 その日までの我慢だと、苦渋を舐めて辛抱した。


 あいつに何かを教えられるのは、屈辱だった。

 ニンゲンの世界は、よく分からない。

 何故こんなにも難しいものが必要なのか。アンノウンは獲物を狩って、料理して、食べて寝て、たまに体を洗ったりして。だいたいはそんな感じで生きている。それを不便に感じたことなんて一度もないし、当然だと思っていた。

 だから、お風呂とか洗面台とかキッチンとか。

 雨風防ぐのに過剰過ぎる家の豪勢さだとか。

 そういうのを見て、ほんとはすこし驚いてた。どうやって使っていいのかもわからなかった。

 でも、それをあいつに教えてもらうのは違う。

 あいつは嫌いだ、大っ嫌いだ。

 あいつに教えを乞うくらいなら死んでやる。……あ、死ぬのはダメなんだった。あいつを殺して一緒に死んでやる。けど、あいつのことはまだ殺せない。

 だから、仕方なく教えさせた。

 もちろん分かってたけど、もっかい教えさせた。

 わかり切ってることを教えてくるあいつの姿は滑稽すぎて笑えそうになった。けど、笑いそうになる度に父の姿が頭を過る。無残にも殺された父のことを思うと、どうしたってまだ笑えない。笑いたくない。

 だから、私は感情を表には出さない。

 そういうことにした。


 あいつの言動は、バカ丸出しだった。

 ある日、私の存在がバレたんだと思う。アンノウンを狩って回ってる悪魔の集団『トクム』が家の周囲を完全に包囲していた。

 一体どこからそんな情報がいったのか。

 たぶん、私を捕まえていた組織のボスが、物凄く『キカイ』の扱いがうまいって話だったし、そいつが『トクム』にこっそり教えたんだろう。それと分からないように、こっそりと。

 私は自分の死を覚悟した。

 あいつの母親は、『トクム』のボスらしい。

 今のあいつは私のことを同情で生かしている。父を殺した申し訳なさから私のことを生かしているんだ。けど、あいつが自分の母親と私を比べて、どっちを取るかなんて直ぐにわかった。

 ――母親だ。

 私だって、赤の他人と父を比べたら、迷うことなく父を選ぶ。

 だからこそ、やつの判断にはおどろいた。

 あいつは、自分の母親に剣をむけたのだ。

 私を守ると、そう言って。

 自分の肉親に対して、絶縁を叩きつけた。

 その背中は……不覚にも、なんだか父さんのソレに似ていて、思わず私は悔しくなった。

 世界で一番嫌いな男が、世界で一番好きな人と同じく見えた。

 その事実だけで、私は自分の目を掻きむしってやりたい衝動に駆られたが、なんとか堪えてあいつの背中を見続けた。


 あいつは、やっぱりよく分からない。

 何を考えているのか、あいつは私のために働き始めた。

 今まで通り、何も考えることなく私たちを狩り続ければ、トクムからきっとものすごいご飯とか、家とか武器とか、そういうのが貰えるはずだ。

 なのに、あいつはトクムをやめてしまった。

 私に気を使っての事かと、最初は思った。

 けど、なんとなく違うような気がした。


 あいつは、いつも早く起きては遅くに帰ってきた。

 ある日から、起きてもあいつの姿がなかった。

 ただ、机の上に汚ったない料理と置き手紙だけが置いてあった。父さんから『いつか人間と出会った時のため』って、人間の文字は習ってる。だから読めた。『朝ごはん』っていう簡単な文字が。

 私は我慢しながら、冷え切った朝食を胃に流す。

 相変わらず吐き気しかしないけど、最初と比べれば随分と慣れた。

 お昼のご飯は、れいぞうこっていうやつの中にはいってた。

 あるいは、昼に一度だけ、アイツが帰ってきてつくってた。

 もちろん不味い、ゲロほど不味い。

 何度かは『施しは受けない』と拒絶した。

 でもやっぱり死にたくないから、あいつのいないすきを見計らってれいぞうこってやつの中を漁りにいった。何度かはギリギリバレそうになったけど、あいつは馬鹿だから私が自分の食料を盗んでるってきづいてないとおもう。馬鹿だから。

 夜も、基本的には一人になった。

 一人きりで、れいぞうこを漁りに行って、なにか食う。

 いつかあいつに勝てるように。

 いつか、あいつを殺せるように。


 日に日に、あいつの顔色が悪くなってきた。

 ざまぁみろ。ざまぁない。

 そのまま体調悪くして死ねばいい。

 そうとしか思わなかった。ざまぁみろ。

 けど、少しだけ気にかかった。

 私があいつの食料盗みすぎたせいじゃないのか。

 私がだまってあいつのご飯食べてたせいじゃないのか。

 そんな気もしなくもない。

 ぜんぜん心配とかじゃないし、あいつが私になにかするのは当然だとは思うけど……それを言ってしまうと『施されてる』気がしてしまう。

 だから、わたしは漁るのをやめた。

 吐き気がするけど、あいつの作ったご飯を食べることにした。

 日に日に、本当に少しずつしか美味しくなんてならないけれど、なんだか最近はコツを掴んだのか、少しずつまともな食事になってきた。

 すこしだけ、美味しいような感じがした。


 最近、あいつのようすがおかしい。

 あいつの食料、漁るのはもうしてない。

 だから、元気になってもらわないと困る。

 あいつを殺すのは、私だ。

 病気とか、そういうのにやられて死んでも問題は無いけど、できることなら私が直々に倒したい。倒して、負けを認めさせて、父さんに謝らせて、命乞いしてきたところをぶん殴って殺してやりたい。……いや、命乞いしてきたらもしかしたら奴隷として使ってやってもいい。あいつのご飯の成長速度は目をみはる。

 だから、体調の悪そうなあいつをみて、胸がざわついた。


 私は、あいつが疲れてる理由を考えた。

 たぶん、あいつが疲れてるのは、毎日私のご飯をつくってるせいじゃないかと思う。ニンゲンの世界がどうなってるのかは分からないけど、父さんは『物々交換の間に紙幣という紙を介入して社会が成り立っている』とか言ってた。意味はよくわからないけど、あいつはたぶんその『紙幣』っていうのを稼いでて、その合間に私のご飯まで作ってるから、疲れてるんだ。そう確信した。

 そう確信するまで、考え始めてから三日くらい。

 我ながら、頭がいい。

 こんなにも明確な原因がたったの三日でわかった。私、頭いい。

 その日から、私はあいつに頼らないよう心に決めた。

 まずは、ご飯だ。

 あいつが作ってたご飯を、自分で作る。

 あいつが帰ってきて、部屋に向かった。

 かなりつかれてた様子だから、たぶんそのまま寝るんだろう。

 ということで、あいつの部屋から盗んできたひらひらとした布を服の上にみにつけ、台所の下にある武器貯蔵庫から包丁という名の短剣を盗み出す。これであいつのまっさつも捗りそうだ。

 れいぞうこからあいつが使ってるゲロ不味いオレンジ色の物体αをとりだすと、あいつの姿を思い出しながら短剣を振るう。

 ……なんだか思ってたより難しい。

 確かにこんなの、毎日やってたらあいつも疲れる。

 仕方ない、今日からは私が自分のご飯を作ろう。……まぁ、あいつがお願いしますって頭を下げてきたら、その時はあいつの分もついでに作ってやる。お願いしてきたところを断ってやるのも面白そうだけど、ご飯食べなくて死なれたら私が困る。あいつを殺すのは私だ。


 あいつは、弁当を忘れて行った。

 ざまぁみろ、今頃お腹空かせてるに違いない。

 最近は染めた黒髪も板についてきたし、頭おかしいことになんか私のこと妹とかいってふざける余裕も出来てきたが、やっぱりあいつはどこか抜けてる。私みたいなしっかりしたアンノウンがいないと何も出来ない。足でまとい。正直邪魔でしかない。けど、それを容認してる私、心がひろい。


 私は、弁当をあいつに届けてやることにした。

 仕方ない、私がいないとあいつは本当に何も出来ない。

 お弁当だって忘れたまま、なぜお腹減ってるのかも気づかずに過ごしてしまうに違いない。だから、心優しい私はあいつにお弁当を届けることにした。

 雨に濡れて、ぐしょぐしょだけど。

 あいつには、まだ死んで欲しくないから。

 あいつを殺すのは、私だから。


 また、一人になるのは嫌だから。


 だから、一人になっても大丈夫になるまで、あいつには生きてもらわないと困る。私が大丈夫になるまで、居てもらわないと困る。

 だから、私は仕方ないけど親切にしてやる。

 で、そのうち情け容赦なく殺してやる。

 きっと、その時はあいつも泣くだろう。

 親切だった私に殺されそうになって、泣きわめくと思う。

 その姿を思うと心がすくようで、少し気分が良くなってくる。

 だから、今日も私はあいつを殺すことを考えている。

 大嫌いな、あの男を。


 世界で一番嫌いな、あの男を。




 ☆☆☆




 阿久魔は、哄笑した。

 ただ相手を見下すように。

 ただ、自分の優位性を知らしめるように。

 目の前の少女へと、残酷な笑顔を贈るのだ。


「テメェの親父は弱かったなァ? 自己勝手な理想ばかりが先行して、ちっともそれを実現するだけの力を持ってなかった。人質とられて即打つ手なしたぁな。人質とられてなぶられてる最中のあの顔! 今でも鮮明に思い出せるぜ、滑稽すぎてな!」


 酒呑童子は、人間との共存を望んだ。

 高い理想、望めぬ夢、机上の空論。

 夢のまた夢である『共存』へと向けて歩んでいた、たった一人のアンノウン。それが彼女の父親である酒呑童子、その人だった。

 だが。



「――弱肉強食、それが全てだせ?」



 酒呑の娘は、目の前の男に歯噛みする。

 顔を殴られ、腹を蹴り抜かれ、身体中は血に塗れている。

 腕の骨は折られ、右足の感覚は既にない。足が残っているか確認したいが、それでも首を掴まれていては視界も動かせない。


「く、そ……」


 息が苦しい、視界が霞む。

 それでも彼女は、男を睨む。

 憎い、恨ましい、殺してやりたい。

 心の底から憎悪が迸る。

 焼けるようなどす黒い激情。

 胸が焦げるような感覚。吸い込む息が異様に冷たい。見ているものが色を失い、ただ鮮血のような憎悪が視界全てを塗り潰している。

 …………でも、勝てない。

 酒呑の娘は、この男には勝てない。

 勝てなかった。

 力が違いすぎる。潜在能力や才能の問題ではなく、経験の差。

 今まで戦うことを知らなかった酒呑の娘と。

 今まで戦うことが全てだった殺戮者と。

 二人の間に存在する、気持ちや運などでは埋めることなど出来やしない圧倒的な隔絶。

 まるで、それは橋の架かっていない崖のよう。

 手を伸ばしても、足を伸ばしても、台地を蹴っても彼岸には決して届かない。ただ向こう岸でこの男が笑っている。自分には勝てないと蔑んでいる。

 その光景が見えて……何故か、涙が流れた。


「おうおうぉう、泣いたら生かして貰えるとでも思ってるんですかねぇ? 反吐が出るほど甘ったるいお考えで……ッ!」


 阿久魔が彼女の体を思い切り投げ捨てる。

 勢いよく放られた彼女の体は地面を数度バウンドしながら壁際まで転がってゆき、痛みに呻いた彼女へと阿久魔は魔王のような笑みを浮かべる。


「安心しろや、テメェは殺す。安心しろよ、なんかムカついたからてめぇを殺すのには遊ばねぇ。完膚なきまでにぶっ殺した後で犬共に死ぬほど屍姦させてやる」


 阿久魔の足音が牢屋に響く。

 彼女の涙は止まらない。

 死にたくない、まだ死にたくない。

 まだ、なんにも出来てない。


『なぁ、□□□。もしも私が死んだら、私の意思はお前が継いでくれ。お前の代でも難しければ、お前の子にあとを託せ。この夢は……人間との共存の夢は、決して絶やしては行けないのだ』


 父の言葉が頭に浮かぶ。

 優しそうな微笑みと、頭を撫でる大きな手。

 鮮明に思い出せる父との記憶に、涙が溢れる。


『お前は、父さんじゃない。家族じゃない、兄じゃない。だから、私のことは愛せない。自分を苦しめる……自分を殺そうとする私を、絶対にいつか見捨てようと思う日が来る』


 かつて、突きつけた言葉を思い出す。

 あの男へと、彼女は殺意を抱いている。

 どれだけときが経ようと、多分変わらない。

 どうしようもない憎悪と嫌悪に歪んだ真っ黒な殺意。

 それを向けられて、あの男が自分を見捨てないわけがない。

 そう、彼へと突きつけた。


「さぁって、処刑のお時間だぜ? 最期に俺の顔みて死ねるんだ。光栄に思いながら逝くこった」


 目の前から阿久魔の声がする。

 顔をあげれば、そこには黒い剣を振りかぶった男の姿がある。

 ――死。

 その光景を前に、彼女は思う。

 まだ、死にたくない。

 まだ、なんにも出来てない。

 あいつを殺せてない。

 父の夢を叶えてない。

 やりたいこと、何も出来てない。


 ――あいつにお弁当、届けられてない。


 刹那に走った彼女の本音。

 それを前に彼女は目を見開く。






 ――そして、視界の端に青い光が瞬いた。




「な、なにが……ぐふぅ!?」


 驚愕の声が響きわたり、直後にぐぐもった悲鳴があがる。

 気が付けば、彼女の前には見覚えのある背中があった。


「――悪いな、遅くなった」


 その声に、どうしてか涙があふれる。

 死にたくない。

 ただその感情だけに埋め尽くされた頭の中で。

 最後の最後に、望んだ背中。

 心の底で、願った姿。


「な、んで……っ」


 思わず、声を上げる。

 そんな彼女を前に振り返った彼は、かつての父のように優しく笑い、頭を撫でる。


「て、てめぇ、は……ッ!」


 殴られた腹を押さえ、阿久魔が呻く。

 それを振り返った彼は、「言っただろう」とこう笑う。




「――僕はお前を、見捨てない」




 その男――南雲巌人の拳は、血が滲むほどに握られていた。



次回からクライマックス。

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