126.揺らがぬ憎悪
あけおめです!
さて、クライマックスに片足突っ込みました。
「ああああああーーッ! なんなんだよこりゃあ!」
中島智美は叫んだ。
「私に聞くな! 貴様の仲間のせいではないのか!?」
「知らねぇよ! こんな馬鹿な真似する馬鹿がどこにいるってんだ!」
九六尊が言い返し、智美が再度叫び返す。
二人の隣では松原と月影の姿もあったが、不思議と彼女らの間にはギスギスとした緊張感は漂っていなかった。
と、言うのも。
「誰だあああああーッ! 人のこと考えず建物ぶっ壊しながらどんパチやってる馬鹿はああああああああーーッ!!」
現在進行形で、四人は逃走中だった。
背後には崩れ落ちる天井が迫っている。
先程、建物を揺らすような衝撃(巌人と電脳王の戦闘による衝撃)が走り抜け、そのあとしばらく経って巨大な光線(聖剣の一撃)が建物を貫き、そこで完全に建物が崩壊の一途を辿り始めた。
もはや争ってる暇などない。
「おいテメェら! 脱出経路とかねぇのか、秘密通路的な!」
「知るか! この基地に来てから日が経っていないんだ! それにあったとしても六魔槍の基地が滅ぼされるだなんて思うか普通!」
「ふははは! 本来であれば私の筋肉が喜び勇んで瓦礫の中に突入し、己が耐久力……もとい、筋肉の仕上がり具合を披露したいところなのだが、さすがに生き埋めは難しいな! 呼吸出来なければ筋肉が輝けない!」
「もう! 喧嘩しないで逃げる方法考えなさい!」
月影が叫び、智美は歯を食いしばる。
背後には崩れゆく六魔槍の基地が広がっており、その先でまだ戦っているだろう弟の姿を頭に浮かべ、彼女は悔しげに顔を顰める。
「絶対に、死ぬんじゃねぇぞ……!」
――既に、物語は終幕へと近づいていた。
☆☆☆
「――『気焔万丈』」
憎悪に歪んだ声が響く。
同時に倒れ伏す彼女の体を純白の炎が包み込み、彼女を押さえつけていた阿久魔の使い魔である狼を焼き払う。
その熱力はまさしく神のソレ。
神炎という何相応しき聖なる炎。
されどそれは、どうしようもなく憎しみに濁っている。
「お、前……はッ」
「許さねぇってか? いいぜ別に。俺ァ誰かに許しを求めるために生きてるわけじゃねぇ。ましてやアンノウン様に許しをこうなんざ真っ平御免さ!」
割野阿久魔は哄笑する。
六魔槍の三番手にして、枝幸紗奈が誇る『勇者』と対となる『魔王』の異能を保有する男。こと能力の『多様さ』であれば間違いなく電脳王すら凌駕し、その力量は間違いなく『絶対者』に匹敵する。
大きな振動が周囲に突き抜ける。
彼女らが今いるのは、六魔槍基地の最上部に位置する牢獄の中。
部屋ごと建物が大きく傾く中、酒店の娘は床を溶かして足場を固定し、阿久魔は背中から悪魔の翼を生み出し、虚空へと浮かび上がる。
「さぁて、電脳王には手ぇ出すなとは言われたが、あの女、存外苦戦しているらしいな? てめぇのお仲間のお陰で……ほら、監視が消えた」
電脳王が巌人を相手するため、一時的に監視を解いた。
その一瞬を、阿久魔は決して見逃さない。
性格も性根も腐り果てた狂人であれど、実力は本物。
「気に食わねぇもんはぶっ壊す。テメェ、今から死ぬから覚悟決めとけ」
酒呑の娘は炎を纏い、奴を睨み吸える。
その瞳には、決して揺らがぬ憎悪が燃えていた。
☆☆☆
まるで、暗闇の中を走ってる気分だ。
前も後ろも見えなくて。
ただ、心だけが酷く苦しくて。悲しくて。
なにか、心にポッカリと穴が空いたみたいに虚しくて。
どうしようもなく、痛いんだ。
『なぁ、□□□。私はな、別に人間と仲良くなりたい訳では無い。彼らと仲良くやるには、あまりにも互いに血が流れすぎた。だから、仲良くせずとも争わないような、平和な世の中を作りたい』
かつて、記憶の中のその人はそういっていた。
私は子供だからよく分からないけれど、その人の目はとても強くて、かっこよかったのを覚えている。その目を見て、私もその夢が叶ったらいいのになと、そう思ったのを覚えている。
『全く、頭が固いというかなんというか。姿こそ異なれど、アンノウンの中にも意思疎通の図れるものは大勢居る。それを即敵と見なして襲ってくるなど……人間どもは気が狂っているな。特に【死神】と名高き白髪の男……あの男は我らを殺すことになんの感情も抱いていないように見える。……あれは、明らかに狂っている』
その人の言葉を思い出す。
苦悩に顔を歪め、必死になって打開策を考えるその姿が、私はどうしてか好きだったんだ。
とてもじゃないがカッコイイとは言えなかったけれど、その必死さが、その懸命さが大好きだった。
ちっぽけな私の、一番の自慢だった。
――そう。だったんだ。
「あああアアァッ!」
お腹の底から声を張り上げ、炎を生み出す。
父から引き継いだ、神の炎。
全異能の中でもトップクラスに優れたSSSランクの異能。それこそが私の……いや、私たちの『神炎』という異能。
それに加えて、私にはアンノウンとしての力もある。
「『変異化』ッ!」
私は人型のアンノウン。
まだ全身の変異化は出来ないけど、それでも部分に限っての変異化は十分にできる。両手と足首から下を鬼のソレへと変化させ、一気に加速する。
目の前には軽薄そうな笑みを浮かべた男が立っており――
「ったく、通じるかよそんな速度で」
声と共に同時に空間が歪み、鎖が噴射する。
こちら目がけて襲いかかってきた鎖を全て炎で蒸発させ、速度を緩めることなく男へと迫る。けれど。
「蝿が止まるぜ、アンノウン」
途端に、身体中へと衝撃が突きぬける。
気がつけば私の体は牢屋の壁へと叩きつけられており、思い切りお腹を殴られたと気づいたのは、少し経って痛みに気づいてからのこと。
「が、あ……っ」
「体力が違う、異能が違う、闘級が違う、地力が違う……格が違う。いくら強化しようと雑魚は雑魚。蝿は蝿。俺様みてぇな魔王に勝てるわけがねぇ」
男の声が頭上から降ってくる。
咄嗟にその場から飛び退いて躱すと、直前まで自分がいた場所を男のかかと落としが通過してゆく。
すぐさま反転して反撃しようと動き出すが、直後にやつの影から無数の使い魔が召喚され、距離を詰めるに至らない。
『ガルァッ!』
「うる、さい……ッ!」
片手を振るって炎を放出する。
途端に迫り来ていた無数の使い魔達が燃え尽きて行くが。
「格上相手に視界を塞ぐ……雑魚で馬鹿とは救えねぇな」
背後から衝撃が体を貫く。
見れば背後には私の背中を蹴り飛ばした男の姿があって、なんとか態勢を整えながら睨みつける。
「あぁ? ンだよその反抗的な目は」
不機嫌さを隠そうともしない男が口を開く。
まるで子供だ。
私は心を無理矢理に押さえ付け、笑みを浮かべて鼻で笑おうとしたが……けれど、偽物だったとしても『笑み』なんて出てこなかった。
「だまれ、お前は……殺す」
「ハッ、殺すだってェ? お前が、誰を?」
「お前を、だッ!」
煽りに乗って、奴へと迫る。
奴は私に近づかせるつもりがないのは分かってる。だから、先制を取って奴へと炎を全力で放つ。
「『神竜の砲炎』ッ!」
掌から溢れ出した白い炎。
それは眩い光線となって奴へと迫り、炎の威力を恐れてか、奴は初めて私の攻撃を回避する。
――そして、その隙に距離を詰める。
「死、ねッ!」
鬼の手へと炎を纏い、奴へと容赦なく爪を振るう。
それは奴の首へと吸い込まれてゆき……次の瞬間、霧散した奴の体を見て限界まで目を見開く。
「ば……ッ」
「馬鹿だねェ? 俺が雑魚と正面切って戦うと思うか?」
目の前で霧になっていく奴の体。
――幻術。
ふと、頭の中にその言葉が過ぎる。
でも何時から? やつにそんな力が存在するのか?
色んな憶測が頭の中を飛び交う中、直感に従って背後へと飛び退ると、同時に鼻先を黒い剣が掠ってゆく。
「チ……ッ、躱すかよめんどくせぇ」
声と共に空間が歪む。
その空間には薄らと男の姿が現れており、使い魔の召喚に魔法の発動、どころか幻術にも長けた万能な力に頬が引き攣りそうになる。
けれど、表情には出なかったと思う。
出なかった自信がある。
それほどまでに、体の内に憎悪が燃えてる。
恐怖になんて揺らがないほど、憎しみだけが滾ってる。
「絶対に……殺してやる」
「……あァ、テメェの父親殺した相手だ、その目も納得だが……如何せん、実力不足にも程があンなァ? なぁ、酒呑のガキ」
父を殺した相手。
こいつがそうじゃないと分かってる。
父を殺したのは、あの男だ。
あの白髪の男が、黒棺の王が、父を殺した。
その事実は疑わない。疑う余地がない。
けれど、その原因を作ったのがコイツだとしたら。
私を拉致し、父に傷を負わせ、最終的に黒棺の王の元へと誘導したのが、コイツらだとしたならば。
「うるさい、絶対に殺す」
たとえ、この命に代えても。
全身全霊、死力を尽くして――お前を殺す。
この憎悪だけは、何があったって揺らがない。