125.何度でも
――死ぬのは、けっこう怖い。
もう慣れたけれど、完全に慣れることなんて出来やしない。
それほどまでに、死ぬのは怖いんだ。
冷たくなってく手足。
痛みも徐々に遠ざかってく。
瞼は閉じて、視界も光も消えてゆく。
何の感覚もなくなって――最後に残るのは。
『――正義の味方』
ただ、その言葉だけ。
それだけで、ボクの『一生』は十分だ。
「な……ッ!?」
男の、声が響く。
顔を上げれば、そこには目を見開いてボクのことを見据えてる白髪の男――たしか、西京麟児とかいう奴だったか。興味ないけど、そいつが居る。
「か、回復能力……? い、いや、そんな回復能力があるわけがない! そんな、そんな力――」
「残念、回復じゃなくて――これは【転生】さ」
ボクの異能――『勇者』。
その中に含まれている、一番強力な力。
それこそがこの【教会の加護】ってやつだ。
ゲームの中で、勇者はいくらでも教会で蘇る。
いくら瀕死になっても、強力な状態異常になっても。
教会に行けば、あらゆる傷も状態異常も回復できる。
例え、その状態異常が『死』そのものであっても。
「そして、もう一つ」
そう笑って剣を握り締める。
――瞬間、体の奥底から強大な力が溢れ出してくる。
異能『勇者』が保有する能力が一つ――【逆境覚醒】。
圧倒的な逆境において、自身の限界すら超えて急成長する能力だ。
勇者の主人公補正、それを体現するような馬鹿馬鹿しい能力だけど、この力と先に挙げた【教会の加護】。二つの相性はドン引くほどに抜群なんだ。
「死ぬこと以上の、逆境なんて無いからね」
だから、今のボクはさっきよりもずっと強い。
闘級的には……さっきよりも十~二十くらいは高いかもしれない。
まあ、目の前の相手は強いから。もしかしたら十~二十程度強くなったところであんまり意味はないのかもしれない。依然として勝てないまんまなのかもしれない。
この【一生】では、勝てないかもしれない。
なら。
「さあ、犯罪者君。君はあと何回、ボクを殺したい?」
――何度でも。
勝てるまで、何度だって死んでやる。
何度も死ねば心が壊れる。常人なら発狂する。
けど、ごめんね。ボクはずっと前から壊れてるんだ。
これ以上、壊れることなんてありはしない。
だから。
――――――――――――――――
名前:枝幸紗奈
職業:特務最高幹部
等級:百八十七
異能:勇者[error]
体術:SSS
――――――――――――――――
「覚悟してよね。こっから先は泥沼だ」
ボクは、剣を構えて走り出す。
この一生を、命の限り燃やすために。
☆☆☆
圧倒的な威圧感が迸り、二つの影が空間を滑る。
「ハアアアアアッ!」
「タアアアアアッ!」
剣と拳が空気を斬り裂く。
風圧が周囲の空間をズタボロに壊し尽くし、その余波は建物全体へと広がってゆく。
されど、二人はそんなことは考えない。
二人の頭にあるのはたった一つの感情。
「――貴様は邪魔だ……ぶっ潰す!」
「――正義断行! ぶっ殺す!」
溢れ出すのは濃厚で重圧のこもった殺気。
相手を殺す。
それも、ただ殺すのではない。
――圧倒的力をもって、磨り潰す。
完膚なきまでの勝利。絶対的な、殺害。
それ以外は何もいらない。
求めるのは――相手の『死』ただ一つ。
「ハアッ!」
麟児の拳が唸りを上げる。
咄嗟に剣を割り込ませた紗奈だったが、剣越しに伝わってくる衝撃に手がしびれる。
思わず顔をしかめて――次の瞬間、彼のつま先が顎を蹴り上げる。
「――ッ!」
「蘇る……か! なるほど面白い! 貴様のその『蘇生』が能力である以上、なんらかのデメリット、あるいは対価、消耗があってしかるべき! いいぞ英傑の王、泥沼の消耗戦と行こうじゃないか!」
鮮血が吹き上がる。
口から大量の血を噴き出した紗奈は、虚ろになった瞳で麟児を睨む。
そして――剣を握る。
「――全解放、【聖剣】!」
途端、彼女の握る剣がまばゆい光を灯す。
それもまた、彼女の誇る能力が一つ。
ただひたすらに、自身の持つ剣を強化する。
強化すればするだけ自身の体力が消耗されるが――。
(どうせ死ぬなら、関係ないや!)
狂気に顔を歪めて、彼女は笑う。
燃え尽きる覚悟での、全力解放。
今や彼女の剣は全てを断ち斬る正真正銘、聖剣そのもの。
神話や伝説の世界から出てきたような、眩く神々しい光を放つソレを前に、麟児は初めて恐怖し、一切の油断なく拳を構えて距離を取る。
対し、彼女は聖剣を肩に担ぎ、大きく笑う。
「さあ、一緒に死のう」
――そして、光が瞬く。
轟音と共に彼へと襲い掛かったのは、光線だ。
一気に振り落とされた聖剣から放たれた燐光。
無数の光の束はやがて一つの『暴力』となって彼の視界を埋め尽くし――ソレを前に、麟児は大きく笑う。
「いいね、死を感じる」
両腕で防御を固めた彼を、光の束が飲み込んだ。
それはあらゆるものを焼き尽くす正義の暴力。
されど光の中から現れた麟児は、体中から煙を噴き上げ、火傷を負いながらも――依然としてそこに生きている。
「が、まだ弱い」
その光景に紗奈は目を剥き――次の瞬間、彼の蹴り上げた瓦礫が彼女の顔面を打ち抜く。
鈍い音が鳴り響き、思わずたたらを踏んだ彼女は血の入った目をこすって……直後、眼前まで迫っていた膝蹴りに目を剥き、咄嗟に回避するべく動き出す。が。
「逃がすか、死ねよ」
がしりと両腕で頭を押さえつけられ――直撃する。
彼女の顔面へと深々と彼の膝蹴りが突き刺さり、ぐしゃりと人が死ぬ音が響く。
――そして、転生。
眩い光が彼女の体を包み込み、そして、肉体が修復する。
「――何、度でも」
彼女に瞳に、光が戻る。
ピリピリと先ほどを上回る威圧感が彼女から放たれ、それを一身に浴びて麟児は拳を放つ。
先ほどと同じように、その一撃は剣で受け止められる。
が、先ほどよりも明らかに『硬い』。
威力は一切変わらない――どころか、調子が上がるにつれて威力も上がっているはず。にもかかわらず、先ほどに比べて彼女の姿からは余裕が見える。振り抜いた拳が先ほどよりも進まない。拳に跳ね返ってくる痛みがより大きい。
――さっきより、強くなっている。
「いいなお前、面白い」
そう笑い、首を傾げる。
途端、先ほどまで顔面のあった場所を聖剣が通り過ぎてゆき、頬に赤い傷跡が刻まれる。
黒棺の王、巌人を除いて自身が負った初めての傷。
ソレを前に少し目を見開き――獰猛に顔を歪める。
「面白いぞ、英傑の王!」
拳を握り、紗奈の顔面へと突きつける。
それはけん制に近い、比較的威力が弱く、速度を重視した一撃。
されど、麟児の体から放たれた一撃はいずれにしても『必殺』。一撃でも喰らえばその痛みに喘いだ一瞬に全ての勝負をつけられかねない。
だから、紗奈はジャブを躱そうと――なんて、しなかった。
「うるさいな。もう死ねよお前」
彼女は、拳を顔面で受け止めた。
途端に彼女の顔面がぐしゃりと潰れ、命が散り逝く。
そして、蘇る。
何度でも、何度でも。
勝利するために。
正義を、断行するために。
「何度だって、蘇る」
そこに、一切のデメリットは存在しない。
一切の対価を払うことなく、彼女は蘇る。
新たな力をその身に宿し――蘇る。
「な――」
自殺覚悟での特攻。
考えもしなかった一手に彼は思わず目を見開き――次の瞬間、聖剣が彼の体を斜めに斬り裂く。
咄嗟に背後へと飛び退った彼ではあったが、それでも完全に回避などできやしない。
大きく切り裂かれた傷跡から真っ赤な鮮血が溢れ出し、久しく感じる焼けるような痛みに、麟児は顔をしかめながらも拳を握る。
そして、振りかぶる。
「……ッ! き、貴様、は……!」
初めて感じた、恐怖っていう感情を。
この女は、死なないんじゃないか。
死んでも、蘇り続けるんじゃないか。
勇者だなんて、そんなもんじゃない。
まるで不死のゾンビを相手にしているような。
――自分の抵抗全てが無駄だと。
自身の敗北が、死が、決まっていると言わんばかりのその姿に、恐怖した。
だからこそ、彼は本気で拳を握った。
「――死に晒せ!『神滅拳』ッ!」
それは、万物を破壊する最悪の拳。
全力を込め、死力を尽くして放った拳。
それは彼の闘級で放てるような威力を優に超えており、それを前に彼女に待つのは――ただ、『死』のみ。
だが、それでも。
「……ひ、ぃっ!?」
――彼女は、何度だって蘇る。
彼の前の前には、拳の直撃を受け、胴体に風穴を変えてもなお変わらぬ笑顔でそこに立っている彼女の姿がある。彼女は口の端から血を漏らしながら、それでも圧倒的な回復に――蘇生に身をゆだねながら、狂気に笑う。
「痛いなあ、もう。同じ相手を前に三回も死んだのなんて、巌人君以来だよ」
その言葉に、西京麟児は恐怖した。
――そして、気がつけば右腕が消えていた。
痛みに目を見開き、悲鳴を上げるより先に左腕が消える。
次いで右足、左足ときえてゆき――
「ねえ君、最初に言ったこと覚えてる?」
気がつけば、倒れてた。
右腕も、左腕も。
右足も、左足も見当たらない。
理解の付かない現状を前に目を見開き、周囲を見渡す。
そして――見つける。
「お、お前、は……」
狂気に笑う、英傑の王。
その左手に握られていたのは……間違いない、彼の片腕。
それ以外にも、左腕と両足が彼女の足元に転がっており、血の滴る右腕を片手に笑うその姿は――まるで、魔王の様で。
「『――決定、君、一番最初にぶっ殺す』」
その言葉に、喉の奥から引きつった悲鳴が漏れる。
それは、かつても聞いた彼女の言葉。
覚えていた――というより、今、思い出した。
「言ったよね、君をいっち番最初にぶっ殺す」
「そ、それ、は……」
「変わらない、変えるつもりも全くない。君は殺す。君を殺す。完膚なきまでにぶっ殺す」
その瞳は、狂気に歪んでいた。
「よくあるよね。殺したと思ってた敵役が後で登場するとかいうシーン。ああいうのさ、ボクは絶対やったりしない。やるなら殺す。確信持てるまで磨り潰す。だから安心してよ」
かくして彼女は、満面の笑みを浮かべる。
それは、酷く爽やかで――どうしようもなく残酷で。
なにより、身が竦むような狂気に満ちていた。
「さあ、神に代わって制裁だ」
眩い聖剣が振り落とされる。
ソレはまるで魔王のように――迷いなく彼の命を刈り取った。