120.絶体絶命
独白
昔から、誰かとつるむのは苦手だった。
それはひとえに、誰かとそりが合わなかったから。
子供の頃から容姿だけは良かったせいか、どれだけ一人でいようとしても、自然と人が寄ってきた。
クラスメイトも、先公も。
不思議と寄ってきたけれど……まぁ、なんとも思わなかった。むしろ面倒くさかったと思う。
(……アホくさ)
これでも、昔からそれなりに頭はよかった。
才色兼備、そう言えば外面はいいけれど、妙にひねくれてるって言うか、厭世観持ってるっていうか。いずれにしてもろくなもんじゃなかったと思う。
なにせ、近づいてくる奴らがどんな感情持ってるか、なんとなーく分かっちまうんだ。
『この子と一緒に居れば自分の立場にも――』
『生意気だけど、可愛いし仲良くしとけば――』
『頭もいいし顔もいい。今仲良くしとけば――』
『皆に人気の彼女に敵対したら印象悪いから――』
『上手く行けばこの子と付き合うことだって――』
……そんなもん、普通に育てってのも無理な話だろ。
私はぜーんぶ拒絶した。
いらん、そんなもん知らん、どっか行け。
そう言った時、クラス中が凍りついたのはけっこうマジで面白かったな。ま、翌日からイジメが始まったけど。
いずれにしたって、イジメもあんま興味はなかった。
机に落書きされても、フツーに黒幕の席とすり替えて『え、アンタいじめられてるんじゃないのw』とか言って笑ってたし、授業中にちょっかいかけてくる奴には先公が黒板見た瞬間にぶん殴って物理的に沈めてたし、上履きにちょっかいかけれられたらフツーに来客者用のスリッパ履いてたし、というかそっちの方が蒸れなくてなんか良かった。むしろ後半から基本的に来客者用スリッパが私の上履きみたいなもんだったな。
ただ、ちょいとばかし若かったんだろうな。
何か知らんけど「なぁお前、オレの女になれよ」みたいな事をめちゃくちゃ顔面がウザイ香水男に言われたもんで殴ったら、なんかそいつったら国会議員の息子さんみたいでさ。
なーんか今までやってきた事がぜーんぶあからさまになって、イジメの実行犯共を道ズレにアレだ。警察沙汰にまでなっちまって。
――そんでもって、偶然だったんだろう。
「……あら、貴女、なんか強そうね。異能は何かしら」
その日、その時。
私は初めて、防衛大臣ってのと出会ったんだ。
☆☆☆
「「なぁ……っ!?」」
智美と尊の声が響いた。
二人は限界まで目を見開いて頭上――壊れ、崩れ落ちてくる天井を見上げており、その上から転げ落ちてくる筋肉と女性の姿を見て、思わず二人は声を上げる。
「ま、松原っ!?」
「ちょ、何やってんだ月影さん!」
言いながら二人はその場から飛び退くと、同時に上空から無数の瓦礫と筋肉の塊が二人のいた場所へと墜落してゆき、同じように落ちてきた月影は影を器用に用いて勢いを殺し、智美のすぐ隣へと着地している。
「……いやー。なんかすごいわよあの筋肉。智美、貴方の異能の上位互換みたいな感じね」
「……いや、あいつの異能、持ってるだけで筋肉ムッキムキになる奴だろ。嫌だよあんなの……」
言いながら振り返れば、そこには瓦礫をぶち破って現れる松原の姿があり――
「んんんんん、マッスルウゥゥゥゥゥ! フハハハ、これで四階建て相当のビルから飛び降り、上から瓦礫の山が降ってきても死なないと証明できた! さすがマッスル我が筋肉よ! 瓦礫ごときではこの筋肉突き破ることは出来んな!」
「……頭でも打ったのかアイツ」
その言動に、思わず智美は呟いた。
なんか頭のネジ三本くらい抜けてるんじゃないかと言わんばかりの松原に思わず素で心配してしまった智美ではあったが、背後からそっと。
「……アレが素なのよね。あの筋肉」
といった月影の声が聞こえてきて、顔を歪めた。
見れば仲間の醜態を前に彼の後ろに控えている尊は無表情を貫いているが、よくよく見れば頬は赤く染まっており、その肩は小さく上下に震えている。
「……お前、大変だな」
思わず漏れだした智美の言葉に、尊が恥ずかしそうに顔を背ける。
その姿に思わず同情してしまいそうになった智美ではあったが――次の瞬間、身体中を襲った殺気の塊に咄嗟にその場を飛び退いた。
「ふぬぅんっ!」
一拍遅れたその場を襲撃した筋肉の塊。
――ショルダータックル。
異様な重みを誇るソレはつい先程まで智美のいた空間を正確に撃ち抜いており、彼女とともに回避を始めていた月影は小さくため息をもらす。
「……智美、言っとくけれど。あの筋肉、普通に強いわよ」
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名前:松原 真
闘級:六十
異能:筋肉無双[SS]
体術:SSS
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「フハハハ! 油断してるかと思いきやその反応速度! なるほど特務A級最強と防衛大臣の名は伊達ではないということか!」
松原が叫ぶ。
闘級六十。
下位の聖獣級すら超えたその闘級。
加えて体術が最高ランクである【SSS】。
それは他でもない、現時点の『黒棺の王』たる巌人のソレにすら匹敵しており、巌人並のパワーに彼を大きく上回る防御力。全く闘級などアテにはならない理不尽さに流石の二人もため息を漏らしてしまう。
――そして、もう一人。
「……そこの筋肉と共闘するなど甚だ不快ではありますが、されどそこの女を殺すには致し方なし。全力を持って――潰しに参る」
途端、尊の姿が一瞬にして掻き消え――そして、気がついた時には智美の懐へと現れていた。
それは訓練を積み、熟練した者のみが扱えるという伝説の歩法――『縮地法』。
生まれて初めて見た『ガチな縮地』に智美は目を見開き――次の瞬間、横合いから溢れ出した影の塊に吹き飛ばされる。
それによって尊の振るう雷切からは逃れられたが、しかし。
「う、嘘だろおいっ!」
容易に切り裂かれる影を見て、思わず智美が叫んだ。
月影が操る『影』というものは、総じて鋼よりも硬度が高く、加えて軽量であるために強大な武器にも絶大な盾にも変貌する万能具である。
ゆえに、それをまるで紙のように切り裂いてみせた尊を見て、二人はここに来て初めて察する。
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名前:九六 尊
闘級:六十五
異能:心眼[SS]
体術:S
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――この女、松原よりもさらに強い、と。
「ま、分かったところで無駄でしょうから教えましょうか。私の能力は『心眼』。圧倒的な動体視力と視角を誇り、万物の弱点を見通す心の瞳。故に我が一撃は防御不能の必殺と成る」
「こんっの……! 言ってること半分中二病の癖しやがってなんつー異能持ってやがる!」
加えて厄介なのが彼女の技術。
闘級では計り知れない、一人の剣豪としての経験と、今まで積み上げてきた修練による技術。それはまず間違いなく智美のソレを上回っており――
(クソが……、巌人の作ったこの刀――【無銘】だから切り結べただけで、通常なら切り結んだ時点で即死ってわけかよ)
その力を得たから刀を手にしたのか。
刀を手にしたからその異能に恵まれたのか。
いずれにしても――相性が噛み合いすぎている。
地味でありながら圧倒的な能力の相性。それはいとも簡単に闘級以上の力を発揮させる。
「はてさてマッスル」
「六魔槍へと喧嘩を売った。相応の覚悟は出来ているだろうな」
右の筋肉、左の剣豪。
それらを前に背中を預けるようにして向かい合った智美と月影は、共に緊張から喉を鳴らした。
現時点において、智美も月影も、眼前の二人に対して闘級で大きく劣っている。
しかも相手はお互いに闘級以上の戦闘能力を有していると来た。
「これは……うん」
そう小さく呟く月影。
彼女の言葉に答えるように、智美は大きく息を吐く。
背中に感じる月影の体温。
ドクドクと背中越しに心臓の鼓動が伝わってきて、不思議と彼女は笑ってしまう。
何故か今になって思い出す、彼女と出会った時のことを。
厭世観に突き動かされ、ひねくれていた当時の自分と、アンノウンへの憎悪に駆られながらも、幸せを見つけた当時の彼女。
そして、未だ幼かった、彼との出会いを。
「あぁ、こりゃ絶体絶命って奴だな」
不思議と彼女は思い出しながら、そう笑うのだった。