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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
棺の魂
12/162

12.人型

 その後しばらくしてやって来た特務の隊員達は、


「テメェら遅せぇよ、うちのクソ生徒共に被害でたらどう責任とってくれるんだ、あぁ? ぶっ殺すぞ」


 という中島先生の言葉にぐうの音もでず、結果そのままアンノウンの死体の引取りと、アンノウンによる被害を受けたフォースアカデミーへの賠償として、主にあの巨大蟹が壊し回った廊下の弁償を約束して帰っていった。

 何故だろうか、最近特務が落ちこぼれ集団のように思えてならないのは⋯⋯。巌人の言であった。

 その結果学校は急遽午前授業となり、生徒達は皆その後すぐに下校することが許された──のだが。


「蟹が食べたい」

「……いきなり何を言い出すっすか」


 場所は南雲家の居間。巌人はそう、切実に呟いた。

 というのも、中島先生によってボコられたあのカチコチキャンサーは本来高級食品もいい所なのである。突き詰めていえば上位種になればなるほど美味くなるし、彼自身がボコった鎖ドラゴンなんかに関しては特務の食堂で超高級食材として扱われている。

 普通に考えれば『正体不明な文字通りアンノウン、食べて大丈夫なの?』となるだろうがだがしかし、美味いは正義である。考えても見てほしい、食べて少し腹壊したところでそれが上手いのならば食う者は続出するだろう。つまり、美味けりゃいいのだ。


「てなわけで、ちょっと蟹型アンノウンの肉を探してサッポロ中を駆け回ってくるわ。ツムと仲良くしろよ?」

「え? いや、ちょ、蟹型アンノウンってそもそも食べて大丈夫なんすか!?」

「大丈夫、前に生で食っても何も問題なかった」

「どんな食生活してるんすか!?」


 カレンは思わずそう叫んだが、残念ながら巌人は一度決めるとなかなかいうことを聞かない節がある。まるでシャンプーが絡んだ時のように。


「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」


 そう言って彼は返事も聞かずに玄関から外へと飛び出してゆき、居間に一人取り残されたカレンはその何も聞こえぬ静寂の中、一人でこう、呟いた。



「やっぱり……なんにも見えないっすねぇ」



 それが何かは、もはや言うまでもないことだろう。




 ☆☆☆




「って言うわけっす! ヒントを教えて欲しいっす!」

「……馬鹿じゃないの?」


 今現在、カレンは紡に土下座していた。

 場所は紡の部屋の中。

 窓からの光はすべてカーテンによって遮られており、正方形の部屋、その一面に展開するいくつもの画面と、その両側に点在するいくつもの機械機器に、ラノベの大量に保管された巨大本棚、そして大きな冷蔵庫。


 紡は引きこもりである。その上オタクである。


 それゆえに彼女は様々な方面へと手を伸ばしており、こと情報戦に関していえば、その力はもう既に国家の秘密をハッキングして盗み出せるレベルにまで到達している。ちなみに証拠隠滅もかなりのレベルだ。


 そんな部屋の主──紡は、その大きな冷蔵庫からお気に入りメロンソーダを取り出すと、そのキャップを捻ってコクコクと飲み干してゆく。

 そして先ほどの言葉に戻るというわけだ。


「いや、だって見えないんすから仕方ないじゃないっすか! 学校でもずーっと見てるっすし、トイレとお風呂以外は大体見つめてるっす! 何ならその見つめてない二箇所でも見つめ──」

「変態、スケベ、死ね」

「死ねってなんすか!? それに私はスケベでも変態でも無いっす! って言うかツムさん、さすがにブラコンにも程があるっすよ!」

「血は繋がってない、なら、問題皆無」

「大ありじゃないっすか!?」


 酷いガールズトークであった。

 もしも全ての女子たちが男子の知らないところで話している内容がこんな感じだったとすれば、恐らくは世界中の男子諸君は二つに分かれるであろう。ドン引きする者と、逆に興奮する変態に。

 と、そこまで言い合ったところでカレンは本題を思い出したのか、はっと声を上げて真剣な表情を浮かべる。


「このままじゃ不味いっす……なんとなく、まだ始まったばっかっすけど、きっとこのままじゃこの一週間のうちに見つけることはできない気がするっす」


 それには、紡も内心で驚いた。

 条件を出した紡本人にヒントをもらいに来たことも驚いたが、それ以上に物事の本心を見抜くその直感力の高さ。俗に言う“野生の勘”というものだろうか。

 確かにこのまま近くで巌人を見続けていても、それは悪手、時間の無駄としか言いようがない。

 彼の魂を見るにあたって大切なことは見方の変化であり、カレン自身にもちょっとした変化があれば、それだけで条件は簡単に満たせてしまうだろう。

 紡はそう考えると、ため息を一つ吐いて全ての画面をシャットダウンした。


「正直、私と兄さんは、カレンが条件、達成できると思ってない」

「うぐっ!?」


 明らかな本心からの言葉に思わず胸を抑えて蹲るカレン。

 けれども、紡の次の言葉には、確かな優しさが含まれていた。



「どうせこの街にいる間に見つけるなんて絶対不可能。なら、暇だし手伝ってあげてもいい」



 そうして紡はカレンへと、無理難題のヒントを与えることにした。




 ☆☆☆




「……で、なんすかこれ」

「ん、私のおしごと」


 今現在、二人は街中を歩いていた。

 それはそれは仲良く、まるで姉妹のように仲良く手を繋いで、街中をぶらりぶらりと歩いていた。

 だからこそカレンは言った。なんすかこれ、と。だがしかし、やはり帰ってきたのは意味不明な言葉であり───


「いやだから聞いてるんじゃないっすか!? 私には時間が無いんすよ!? こんなことしてる場合じゃ……」

「カレン、周り、よく見る」


 カレンは紡の言葉に話すのを一度やめて周囲を見渡すと、そこらには『何叫んでんのあの子……』と言いたげな視線を向けてくる人々の姿が。

 それにはさすがのカレンも恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めて紡を物陰へと連れていった。


「きゃー、おそわれるー(棒)」

「んなわけないってわかってるっすよね!? いい加減にしないとキレるっすよ!!」


 するとカレンは思いっきり紡へと壁ドンを仕掛ける。

 建物と建物の間だったため人に見られることは無かったが、もしも見られれば勘違いされてもおかしくない現場である。

 そんな張り詰めた空気の中、紡はポツリと口を開いた。


聖獣級(・・・)闘級七十おーばー(・・・・・・・・)。これ、街に紛れるっていったら、どう思う?」


 カレンは咄嗟にいつもの脅しだろうと思い「そんなわけないっす」と言おうとして気がついた。紡の目付きが真剣なそれに変わっていることに。


「そ、そんなの……噂に聞く『絶対者(ワールド・レコーダー)』でもなきゃ勝てるわけないじゃないっすか。そもそも紛れてるなんて……」

「それが、人型(・・)だったとしても?」


 人型。

 その言葉をついさっき巌人の口から聞いたばかりのカレンは、思わずその単語にピクリと反応した。

『いや、僕と中島先生がいる時点で聖獣級までなら何とかなるでしょう? 流石に聖獣級最高位の、さらに人型(・・)とか上位種とかが出てきたらやばいかもですけど』

 巌人は先ほど学校でそう言葉を発した。

 もはや実力を疑うまでもない、絶対的な実力者であるところの巌人。彼が『やばいかも』と告げた存在。

 そんな存在が、この街に紛れている……?

 カレンはスゥっと背筋が冷たくなってゆくような感覚がして、思わず身を震わせる。


「数ヶ月前、突如開いたワープホールがあった。で、駆けつけた隊員達、B~Cまで、全員が殺された。で、そのアンノウン。未だに発見できてない」


 ──つまりはそれ、人型のしわざ。


 紡はそう淡々と告げると、スルスルとカレンの壁ドンから抜け出してゆく。


「私のおしごと、そのアンノウンを捜索して、人型だろうとなんだろうと、確実に抹殺することで」


 人型のアンノウン。

 それは聖獣級以上のアンノウンにしか有り得ない生態であり、それもごく稀にしか発見されない。実際に今の今まで人類史で発見された人型のアンノウンは、三年前に同時に発見された二体(・・)だけである。

 それだけ珍しく、貴重なアンノウンではあるが、それはイコールでその珍しさに見合う分の力を保有しているということ。

 かつて、その人型と戦った経験のある男は、こう告げた。


『人型は絶対に、何があっても相手にしない方がいい。なんせ人型は……』


 紡はその言葉を思い出して振り向くと、カレンへと向けてこう告げた。



「人型は、変身することで、闘級が増える(・・・・・・)、よ」



 通常時で(・・・・)闘級七十オーバーな人型アンノウン。

 それを思い浮かべた紡は、珍しくも背中に冷や汗をかいていることに気がついた。




 ☆☆☆




 カレンは街中を紡と一緒に歩き回りながら、ため息を吐いてこう言った。


「アレっすね。今日は異能が弱いって分かった六歳の朝の次くらいに嫌な日っすね」


 正論である。

 知らず巌人へ嫌な質問を投げかけてしまったり、職員室がわからなくて迷ったり、かと思ったらアンノウンの群れの前に晒さたり、交換生としての学校初日が午前中で終わったり、更にはこうして人型アンノウンの捜索に携わってしまっている。まさに最悪の一日だ。

 そんなカレンを見た紡は、ジトっとした視線をカレンへと向けてこう口を開く


「カレン、嫌なら帰っていい」

「か、かか、帰らないっすよ! た、民の平和を守るのが、ま、まま、魔法少女の役目っすから!」


 もちろん嘘である。

 まぁ、実際に魔法少女はそういうものなので、カレンは一応そういう名目で手伝ってはいるのだが、その本心はと言うと⋯⋯

『見つけたら後は私がやる。もしも、私と協力してそいつ見つけて、そして私が殺せれば、その時は合格でいい』

 という紡の甘言に惑わされた為である。もはや魔法少女失格である。


「って言うかツムさん、確かにツムさんはめちゃくちゃ強そうっすけどそんな化物勝てるんすか? 師匠でも『やばい』って言ってたっすよ?」


 すると紡はピクリと反応して、心底不思議そうにこてんと首をかしげた。そしてその可愛さに内心悶絶するカレン。何今の!? ちょー可愛かったっす!! と。

 けれどもそんなに内心を知らぬ紡は、不思議だという顔を崩さずにこう告げる。


「兄さんが……? それ、嘘じゃない?」

「う、嘘じゃないっすよ!」


 紡はいきなりどもり出したカレンを不信に思ったが、けれどもカレンのその表情に嘘は見られなかった。

 だからこそ彼女は内心で疑問に思いながら前を向いて。


「──ッッ!?」


 その視線の先のさらに奥。

 ビルとビルの間へと進んでいくその男を見て、彼女は思わず目を剥いた。

 その様子にカレンもただならぬものを感じたが、それが確信に至る前に紡がカレンへと声をかけた。


「……カレン。絶対に声を上げないで。あの男、ビルとビルの間入っていってる。魂、確認してみて」


 その言葉に、カレンもその正体にようやく行き着く。

 彼女は驚くだろうという前提を元に両手で口を押さえ、そしてその魂を確認し、それでもなお、多少の音が漏れた。

 その男を中心として展開されていたのは、紡よりも一回り小さい──けれども十分すぎるほどに巨大なその魂。

 カレンの反応を見て頷いた紡は、ふぅと息を吐き出してこう告げた。



「運がいい、紡たち、初日でたーげっと、ろっくおんした」



 カレンは、その幼女らしい声に少しだけ不安を覚えたのだった。

次回! 本作初めての『異能』バトルです!

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