117.戦線拡大
作者の一作目『いずれ最強へと至る道』の書籍がに伴ってのゴタゴタで、申し訳ありませんが今月は一話のみです、すいません!
大きな欠伸を漏らし、通路を歩く。
腰に差した一振りの刀に手をかけ、のんびりと、まるで街中へと買い物に来ているかのような呑気さを持って彼女は歩く。
赤い髪がふわりと揺れ、眠たげな眼光が前方へと向く。
――そして、閃光が走り抜けた。
「うおっ、と……!」
自らの首めがけて放たれた鋭い斬撃。
それを大きく体をひねることによって躱した彼女へ、その刀の使い手にして六魔槍が幹部――九六尊は、少し驚いたように目を見開いた。
「……へぇ、やるね貴女」
「いや知らねぇけどお前、いきなり切りかかるとか何様だこら、喧嘩売ってんのか、あァ?」
首筋にしかと刻まれた小さな傷跡。
躱したつもりで躱しきれていなかった事実にその女性――中島智美は小さく眉を寄せて腰の刀へと手を添える。
カチン、と親指で鍔をせり上げ――途端、迸る無数の斬撃。
他でもない黒棺の王の最盛期が今であったように、また彼女の全盛期も今、この瞬間。
かつて特務において最も『絶対者』に近いとされた、A級最高の力を持つ彼女。
「……ッ」
それらの斬撃を同じく刀で切り伏せながら、九六尊はその名を改めて思い出す。
赤髪を振り回し、馬鹿げた身体能力を持って異能を切り裂き、全てを断ち切ったとされる彼女を、世界は口を揃えてこう読んだ。
「――なるほど、貴女が異能喰らいの『鬼王』」
かくして響いたその言葉に、智美は腰の剣を改めて抜き放つ。
他でもないそこら辺で入手したなまくら刀。それに巌人が全身全霊をもって付与した存在力――『刀』と『異能切断』。
それによりその刀は決して壊れず、なまくら刀にしては有り得ぬ切れ味を誇り、その刀はありとあらゆる異能を切り裂く。
それに彼女の純粋な身体能力が加われば――それは最早、防御不能の絶対破壊の一撃と化す。
智美の全身から迸る威圧感にニヤリと口角を吊り上げた尊を前に、彼女は気だるそうにこう告げる。
「さっさと退けよ、弟の義妹取られてんだ、今の私はいつも以上に手加減できないぜ」
☆☆☆
「筋ッ! 肉ッ!」
雄々しい声が轟いた。
まるでその言葉が自らを体現する加のごとき肉体は正しく『筋肉』。筋骨隆々とは彼のためにあるのではないかと、同じ組織に所属していたかのグレイジィ・ブラックリストのソレを遥かに上回る――常軌を逸した筋肉。
「やぁ筋肉! ハローマッスル! 今日の体調はどうだい? え、聞くまでもないって? ハッハッハそれはそうだ、君らが不調な時など一度としてなく、故に我が肉体は完全至極、一騎当千にして千軍万馬、万夫不当な超越筋肉! 故に、故にだよ侵入者」
そう笑い、彼は己が両拳を大地へ叩きつける。
途端、その階層を構築していた床へと瞬く間にヒビが走り抜け、数秒経たずに物凄い振動と爆風とともにその階層が崩落してゆく。
その中心にいる海パン一丁の筋肉男――六魔槍が幹部の一人、松原真は、キランっと輝かしい真っ白な歯を煌めかせて下の階へと着地する。
途端に周囲へと激震が走り抜ける中、彼は前方の影の中へと淡々と語りかける。
「あえて言おう、すべて無駄だと」
――無駄、と。
そう告げる目の前の男に、その影の中から声が返る。
「無駄……ね。案外最近になって知ったのだけれど、あんまり思い込みっていうのは良くないみたいよ?」
かくして声の響いた方向へと視線を向ければ、崩れ去り、壊れた床の中より現れた鉄筋に腰をかける一人の女性の姿があり、彼女は虚空を見上げて一人呟く。
「……なんて言うのかしらね。別に貴方みたいな明らかに頭の湧いた筋肉に愚痴るわけでもないけれど」
「おいこら今この筋肉を馬鹿にしたな?」
そう真が口を開くが聞こえないふりをした。
「私は間違ってない、そう確信を持って言えるわ。アンノウンは敵、憎むべき抹消対象、恐れるべき凶悪な害虫。その考えは変わらないし、世界にそういうアンノウンが9割5分以上占めてる、ってのは変わらないわよね」
「うむ、難しくてよく分からんな」
一回一回きっちりと返事を返してくれる真に苦笑しながら、彼女は――鐘倉月影は、その長い髪を払ってみせた。
「ええ、難しくてわからないのよ。何をすればいいのか、母として動けばいいのか、それとも世界を担う特務の最高権利者として動けばいいのか。何も分からないから悩む、苦しむ、それでもって後悔するのよ」
けれど、と。
そう告げた彼女は地面へ降り立つ。
その姿に、その姿から漂うピリピリとした殺気に真が体を構える中、彼女は端的にその事実を口にした。
「ただ一つ、ここに来たのは『南雲月影』よ」
かつて、一度後悔した。
自らの経験に基づいて動き、特務の最高権利者として動き、その果てに家族を失った。
それはどうしようもない失敗として彼女の内にこびりついており――だからこそ、今度はその逆に動くことにした。
「ここにいるのは特務の最高権利者でも、日本国の防衛大臣でも、アンノウンに恨みを抱く一被害者でも何でもなく――」
かくして彼女は懐からナイフを取り出す。
分からないものは分からない。その結果どうなるか、未来を見て見なければ分かるはずもない。
だからこそ、失敗の逆を打つことにした。
特務の長としてアンノウンを拒絶するのではなく。
相対する真が拳を構える中、彼女は淡々とこう告げる。
「――今回は、母として娘を助けに参りました」
――母として、新たな娘を救うという道を。
☆☆☆
「ふーんふんふふーん……およっ?」
彼女――枝幸紗奈は、鼻歌交じりにスキップしていた。
けれどもそのスキップを止めたのは、目の絵に広がる地獄絵図を見たからであった。
「うーん……こんなのできるの一人しか知らないんだよねぇ」
目の前に広がるのは皆一様に胃の中をぶちまけ、その場に白目を剥いて倒れふす六魔槍、隊員達の姿だった。
――『泥酔感』。
相手へと『酒を飲んで酔っ払った』という感覚を存在力として植え付け、強制的に存在力を上昇、泥酔感:100、つまるところ数日は復帰できないほどの絶対的な泥酔へと一瞬にして陥れられた者は皆一様に胃の中をぶちまけて気絶する。
「……あれ一度食らったことあるけど、何故か『勇者』の状態異常無効があっても気絶しちゃうんだもんなぁ」
と言っても二日酔いの類は一切なく、存在力MAXで植え付けた状態異常を無効にできる時点で彼女の恐ろしさが分かるというもの。
そんな彼女は『この道は外れかなぁ』なんて思いながら巌人の歩いていったであろう方向へと進んでいくと、はたと、なんだか見覚えのある人物を発見した。
「……あ、あの時なんか調子乗ってたヤツ」
あの時調子乗ってたヤツ――つまるところ件の誘拐事件の際に彼女と相対した西京麟児である。
なんだか最初は六魔槍が誇る最高戦力みたいな感じで出ておきながら、一番最初に一番ヤバイやつに見つかり、何だかんだで瞬殺された麟児が、目の絵の通路の真ん中で白目を剥いて気絶していたのだった。
「うーん……これは『衝撃』……かな? あの子がここまで使うってかなりやばい相手なのかもしれないけど……ま、倒されてるし別にいっか」
そう言いながら、彼女は迷うことなく剣を振りかざす。
彼女の信条――悪・瞬・殺である。
なんか悪いことしてるやつ見つけたら即殴る。人殺してたら即殺す。そうでなくても結構やばいことしてたら普通に殺す。迷うことなく殺す。国の代表だろうと一国のお姫様だろうと人気YouTuberだろうと、誰であろうと普通に殺す。笑顔で殺す。
そんな頭のネジぶっ飛んだ彼女は――けれども、直後に麟児の指がピクリと動いたのを見て、とっさに背後へと飛び退いた。
途端、先程まで彼女がいた場所を抉るようにして放たれた麟児の拳。
それは彼女をして『いや、威力だけなら巌人くんより強くない?』とか思っちゃう一撃であり、思わず頬をひきつらせた彼女をよそに、苦しげに頭を押さえる麟児は呻くようにして言葉を紡ぐ。
「……くッ、ま、さか黒棺の王、が、あそこまで別格の怪物だったとは……。あんなもの、次に会えば今度こそ死にかねんぞ……」
彼へと巌人の一撃が放たれてから未だ数分。
それだけの短時間で何故意識を取り戻せたのか、と聞かれればその理由は単純明快。あの瞬間、どうしようもない嫌な予感に咄嗟に体を後ろへと投げたから。
だからこそあまりある衝撃をほんの少しだけ緩和する事に成功し、気絶こそ免れなかったものの、こうして短時間での復活を遂げて見せた。
まぁ、その一端には彼のあまりある身体能力、その中に含まれる『回復能力』のおかげもあるのだが、それはまた別の話。
「お前は……ああ、英傑の王か」
「え、いやなにその『あぁよかった、黒棺の王だったらマジ土下座してでも命乞いしてたわ』みたいな安堵の顔。分かるけどなんかボクが弱いみたいだからやめてくれない?」
かくして彼女は剣を構える。
そんな彼女を前に大きく息を吐いた麟児もまた拳を構え――次の瞬間、二人の姿が掻き消え、周囲へと轟音が吹き荒れた。
かくして始まるのは、巌人を覗けば現時点における人間においてトップクラスの実力を誇る二人の一騎打ち。
現時点の巌人を超える身体能力の持ち主にして、冷酷無比な殺人鬼――西京麟児。
対するは、悪・瞬・殺のクレイジー断頭者にして、巌人に次ぐ特務の実力者――枝幸紗奈。
なんとまぁ互いに血が似合う組み合わせだが。
そんな二人は、拳と剣を握りしめ、ただ相手を殺し合う。