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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
116/162

116.絶対強者

今月二話目です。

 ――森の中。

 ひっそりとたたずむその建物を前に、僕は大きく息を吐く。


「一人で十分なんだけど」


 呟き、拳を強く握りしめる。

 瞼を閉ざせば、今回僕に手を貸してくれた三人の姿が脳裏を過り、僕は小さく笑って瞼を開く。

 果たして、今僕はどんな顔をしているだろうか。

 普通に笑えているだろうか。

 普通に、人間(ヒト)の顔を浮かべられているだろうか。

 まあ、そんなこと今に至っては分からないけれど。それでも。


「悪いな鬼っ娘。そして――どっかの組織」


 ただ、僕は謝罪した。

 ほんと、守ると抜かしておいて守れなかったり。

 使わないと、そう言っておいて使ってしまったり。

 二度と()()()()と。

 そう約束して、破ってしまったり。

 もうそろそろ人間として、一人の男として、情けなさここに極まってるんじゃないかと思えるような僕だけれど。それでも、一つだけ自信をもって言えることが確かにある。

 目の前に黒い建物へと左手を当てる。

 材質的に……アンノウンの素材からできているのだろう。

 触れただけで分かる、人の力で作り上げられるどんな金属をも凌駕した超硬質な感覚。

 それを前に――僕は、ただ右拳を振りかぶる。


 ――そして、一閃。


 鈍い音を立てて突き立てられた右拳。

 その拳は外壁のアンノウンの素材をいとも簡単に突き破り――次の瞬間、爆音が周囲に弾けた。

 ただの拳、されど拳。

 限界を除いた上で鍛えに鍛え上げたその拳はいとも簡単に建物の一角を一撃で吹き飛ばし、その奥から限界まで目を見開いた多くの者たちの姿が現れる。

 彼ら彼女らは皆、茫然と僕の姿を見つめており――そして、僕と視線が交差し、声にならない悲鳴を上げた。


 ――果たして今、僕はまだ人間で居られているだろうか。


 そう考えて、僕は嗤った。

 そんなこと、どうだっていいじゃないか、と。

 他でもない、今の僕にできる事なんて限られている。

 なら、それをせずしてどうするというのか。


「……おい異能、いつまで休んでるつもりだ」


 怒気を孕んだその言葉に、僕の体から青い光が立ち上がる。

 ストレスによる精神的な制限。

 そう、かつて医者に言われた。



 ――だから、なんだという話だけれど。



 本当に、心の底から謝罪する。

 悪いな、ここまで至って、今更出し惜しみなんてできないんだよ。

 制限? 精神的な痛み? トラウマ?

 そんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「命より、ずっとかけがえのないものがある」


 だからこそ。

 そう、僕は腰から銃を抜き放つ。

 周囲で降り注ぐ瓦礫が不協和音を奏でる中。

 僕は淡々と、今から相対す全ての者へと謝罪する。



「――悪いな、今の僕は最強だ」



 どうしようもなく、譲れないことがある。

 故に僕は今一度、この身を悪魔へと堕として見せよう。

 この魂を、魔王にだって売って見せよう。

 それですべてが叶うのならば。

 それで、彼女が助けられるなら。



 ――今宵、僕は再び棺の王へと成り下がろう。



 そう内心で嘲笑し、銃口を構える。

 さあ、黒棺の王(ブラック・パンドラ―)、最後の仕事。


 尽く、絶対的な力量差を以て。



「――貴様らを、棺の底へと誘おう」



 銃声が鳴り響き、絶叫が轟いた。




 ☆☆☆




 その少年は――どこまでも白い髪をしていた。

 自分以外で初めて見た。

 どんな色も混ざることのない、SSSランクの異能すら超えた、常軌を逸した絶対的な強者の証。

 つまるところ、限られたEXランクの異能保持者の中でも、ごくわずか、時代に一人いるかいないか、それほどまでに限られた『選ばれし者』にしか与えられない天恵。

 それこそが白髪。なればこそ。


「――貴様が、黒棺の王(ブラック・パンドラ―)か」


 その言葉に、少年は歩を止めた。

 そこに居た少年は、明らかに異常だった。

 年齢としては、そこらの中学生と同等と言ったところだろうか。

 にもかかわらず彼の身を包むのは闇のように漆黒色のスーツであり、黒いマントの隙間からは腰に巻き付けてある武骨なベルトと、銃のホルスターが窺える。

 加えて何より異常なのが、その体中から溢れ出す血の匂い。

 それこそ、ここしばらくは『離れていた』ようではあるが、それでも相対する麟児はその『ニオイ』を敏感に感じ取っていた。


 ――それは純然たる、【血】のニオイ。


 それも自らの内から零れ落ちたソレは一滴として含まれない。

 ただ、自らの手で握り潰し、捻り上げ、微塵の容赦もなく殺していったその他大勢、それらの【返り血】から成る異様なニオイ。

 それこそ、殺した数だけで言えば彼よりも更に歳を経た麟児すらも遥かに上回っているだろう。そう思えるほどに濃密で、膨大で、思わず眉根を寄せてしまう【殺戮者】の姿を前に、麟児はどうしようもなく久しぶりに口角を吊り上げた。



「なるほど、想定以上……ッ!」



 そう笑い、彼の体から膨大な威圧感が溢れ出す。

 その殺気を伴う絶大な威圧感は大きな風圧を伴って周囲一帯へと叩きつけられ、その威圧感を前に小さく目を細めたその少年――巌人の着用するマントを大きくなびかせる。


 今の今まで、自分を脅かせる存在などあの女以外に居ないと考えていた。

 しかも、あの女にしても自分が素の力で負けているだなんて微塵も思わない。

 ただ、相性がどうしようもなく悪い。

 だからこそ勝てないと、そう考えていた麟児ではあったが――それでも。


 ――それでも、こいつは違う。


 純粋に、素の力で自分と同等。

 これまで生きてきた年数、殺しに携わってきた年数から鑑みるにどうしようもなくこちらが格上。むしろ自分がこの年端もいかない少年に負ける姿が全く、微塵も想像がつかない。

 それでも確信できた――この相手とは、勝負ができる。

 拳と拳の、紛うことなき戦いが。


「いい……ッ! 想像以上にもほどがあるぞ黒棺の王ッ!」


 彼は笑った。

 満面に笑みを張り付けて、ただ笑った。

 この男と巡り会えた、それだけでこの組織に入ったかいがある。

 そう思えるほどに、どうしようもない胸の高鳴り。


 ――それこそ、かつて自らの両親を殺したときと、同等なほどに。


 それほどまでに懐かしく、心地よく、そして胸高鳴る大きな激情。

 この男と戦いたい。

 一体この男を殺したとき、自分はどのような充実感に満たされているだろうか。どれだけ達成感に満たされているだろうか。

 そう考えると、どうしようもなく胸が高鳴る。


「ああ、殺したい」


 その言葉が彼の口から漏れ出した時、その瞬間。

 先ほどまで吹き荒れていた威圧感が、一気に膨れ上がったのが傍目にも分かった。

 そのあまりの威圧感にさしもの巌人ですら眉根を寄せ、悲鳴を上げるように大きく振動を始めた周囲を見渡して大きくため息を漏らす。


「さあ、始めようか黒棺の王! 俺の名は西京麟児、この六魔槍において最強の異能力者! この世界において敵はなく、過去未来含め、人類史における最強の男……ッ!」


 自ら最強と自称するその男。

 然れども彼の言葉は誇大でもなければ冗談でもない。

 闘級はとうの昔に二百を超え、現時点を以てさえ成長途中。

 このまま生きれば、まず間違いなくいずれ頂点を取れる器。

 故に口にする。


 ――自らこそが、最強であると。


 対し、麟児を前に巌人は大きく息を吐く。

 麟児はそんな巌人を前に拳を構える。

 そして――走り出す。


「ハアッ!」


 大地を抉り、人知を超越した速度で駆け出した麟児。

 彼の動きは優々と『音』を置き去りにし、突き出した拳は光速の域にすら手を伸ばしつつある。

 正しく、常識外。

 常軌を逸しているとしか思えない身体能力。それを前に巌人は大きく目を見開く。


(悪いが手は抜かんぞ黒棺の王!)


 触れれば神獣級のアンノウンでさえ木っ端みじんに砕ける一撃。

 それを前に、スッと巌人は前方へと手を伸ばす。

確かに、凄まじい身体能力。

現時点において身体能力だけで言えば巌人のソレすら上回っているのではないかと、そう思えるほどに圧倒的な力を前に、彼はたった一言こう告げる。


「――『消失(イレイズ)』」


――途端、蒼い燐光が煌めいた。

その幻想的で美しい光に眉根を寄せた麟児ではあったが、次の瞬間、突き出したはずの拳から『勢い』が消え失せた事実を前に限界まで目を見開いた。


「な――」

「ま、これくらいやれるなら死なんだろ」


響く声。

それを前に巌人へと改めて視線を向けた麟児は、自らを覗き込む青の双眸に、額から頬にかけて描かれた異能の紋様に――その、異様なまでの威圧感に。


「……っ!?」


その瞬間、麟児は幻覚した。

むせ返るような血の匂いに彩られ、無数の怨念と絶望と死を内包した『棺』、ソレを背負い、自らへと手を伸ばしてくる死神の姿を。

それを前に一瞬、麟児の動きが硬直する。

されどそれは一瞬のこと。

瞬きするよりも短い、刹那の出来事。

けれども眼前に佇む棺の王よりすれば、その刹那は攻撃を打ち込むに足る大きな隙であり――


「どこの誰かは知らんけど」


呟き、麟児の腹へと掌を添える。

そして一言――



「『衝撃(インパクト)』」



途端、掌から溢れ出した強烈な衝撃。

それは瞬く間に麟児の身体中を駆け巡り、脳髄の芯にまで響き渡った異様な衝撃に、人体の限界を超えた麟児はいとも簡単に意識を手放す。

対し、白目を剥いて倒れ伏す麟児を見下ろした巌人は一言。



「アンタら、邪魔だよ」



 その歩みには疲労の色は一切見えず、世間一般における『最強』すら片手間で潰す【非常識】、【理不尽】の権化。

 誰しも認める。

 後にも先にも、彼を上回る異能力者など現れはしない。

 その言葉は、既に神すら認める絶対事実。


 ――故に、揺るがない。


「ま、紗奈さんの次くらいには強いんじゃないの? 知らんけど」


 そう吐き捨てて、彼は先へと足を進める。



 ――その背後には、尽く一撃で意識を刈り取られた、無数の六魔槍構成員たちの姿があった。




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