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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
113/162

113.拉致と反抗

どうも。

最近、生まれて初めてピッケルを振るった作者です。仕事でしたが、何だかんだでファンタジーの世界で鉱石採掘している気分で頑張りました。

ということで一話、明日もう一話投稿します!

 その光景に、全てが崩れていくような感覚に襲われた。

 ――誰も、居ない。

 それはついこの前までの日常で。

 そして現状における、異常だった。


「う、嘘だろ……おい」


 絞り出すような声が溢れた。

 居ない、彼女がいない、気配がない。

 そんな自分の感覚を否定すべく階段を駆け上がる。


「お、おいっ!」


 彼女の部屋の扉を開け放つ。

 けれどもそこには無人が広がっており、その光景に歯噛みしながらも他の扉も開け放つ。

 けれど、居ない。気配の欠片も感じない。

 駆ける、駆ける。

 無駄に多い部屋の扉を一つずつ押しのけるようにして開け放ち、その度に残酷な事実にまた一歩近づき、歯を食いしばりながら走り出す。


「……ッ!」


 ――どこにも居ない。

 家の隅から隅まで探した、目を見開いて探し回った。

 でも、気配の欠片も見当たらなかったその事実。

 それを前に呆然と居間へと足を向けた僕は――はたと、机の上から弁当箱が消えていたことを思い出す。


「……まさか」


 嫌な予感。

 いや、通常時ならば喜んでいたかもしれない。

 けれどこの現状、あの子を攫ったと思しき組織が暗躍を始めた今、この状況においては最悪の可能性。

 有り得ない、有り得るはずがない。

 嫌われている自覚がある、殺意を抱かれている確信がある。

 それでも、最近の彼女を思い出して。

 少しだけ、笑ってくれるようになった彼女を思い出して。


 ――気がつけば、僕は外に飛び出していた。




 ☆☆☆




 雨が降っていた。

 かなりの大ぶりの雨だった。

 人気のない路地裏。ざあざあと音を立てて無数の雫が頭を打ち、肩に跳ねて腕を伝う。

 彼女の手に握られた弁当袋は、既にぐっしょりと濡れていた。


「……はぁ」


 ため息混じりに白い吐息が溢れ出す。

 自分は今、何をしているのか。

 何故こんなモノを片手に、どこにいるとも知れない嫌いな男を探しているのか。

 下らない、馬鹿馬鹿しい。

 頭を過ぎるあの男の笑顔が、鬱陶しい。


「……やめよ」


 やめよう、こんなことやってられない。

 そう呟き、来た道を振り返ろうとして――



「おおー、やっと見つけたぜガキンチョ。早速で悪ぃんだがよ、ちょっくら死んでくれねぇか?」



 瞬間、悪意の波動が吹き荒れた。

 その、どこか覚えのある殺気に咄嗟にその場から退避した彼女は直後、自分が先程までいた場所を貫いた漆黒の光線を見て目を見開いた。


「ま、まさ……か」


 自分が攫われてここに来た、ということは知っている。

 でも、理由は知らなかった。

 誰でもいいからアンノウンを捕縛して、実験しようとしているのだと、そう思っていた。


 ――これ程までに、自分という存在に固執しているなど、思いもしていなかった。


 恐怖に顔を引き攣らせて背後を見れば、そこには黒い衣に身を包んだ一人の男が立っており、掌から吹き上がる蒸気を軽く手を振って振り払った彼は、ヒュゥとどこか感心したように口笛を鳴らす。


「おうおう、まさか今の躱すかよ……。最初ので死んでくれてりゃあ捕縛するなんて面倒、負わなくて済んだんだがなぁ……」


 彼女は、その男を知っていた。

 他でもない自分を攫った組織の、No.3。

 相対しているだけで押しつぶされそうな圧倒的な威圧感に、白に近い灰色の髪を揺らすその姿は、まさしく魔王。

 ――割野(わるの)阿久魔(あくま)

 酒呑童子の元から彼女を攫った内の一人である。

 その男を前に、何とか隙を見て逃げ出そうと重心を落とす彼女。

 この男だけならば、まだ逃げ出せる可能性は残ってる。

 なにせこの男は悪ふざけと慢心を具現化したような存在だ、隙さえ見つければまだ可能性は残って――



「――遊戯は終わったか。ならばそろそろ終わらせるぞ」



 その声に、彼女はその一握りの希望が潰えるのを感じた。

 背後から聞こえてきたその声に振り返れば、そこには【純白】の髪を揺らす一人の男が立っており、他でもない()()()()()眩いほどの白髪に、彼女は引き攣った悲鳴を漏らした。

 六魔槍が、No.2。

 こと異能の強さだけで言えばリーダーである電脳王すら上回り、純粋な戦闘力に関していえば並ぶ者がいないとまでされた、超特級の犯罪者。

 大地を拳で砕き、ミサイルを蹴り飛ばし、爆撃を受けてもなお無傷、睡眠薬を飲ませてマナリア海溝に沈めてもなお生還したという逸話を持つ――最強の男。


 かつて彼と相対し、運良く生き延びたものはこう言った。


『あ、あの男は……ダメだ! 敵対しちゃいけない! あ、あんなもの……あんなバケモノ! 絶対者(ワールド・レコーダー)の二人――英傑の王(パンテオン)黒棺の王(ブラックパンドラー)の二人が協力しても……、か、勝てる未来が全く見えない……ッ!』


 果たしてその言葉は嘘か真か。

 まぁ、いずれにしても――



「――抵抗するな。彼我の実力差くらい分かるであろう」



 西京(さいきょう)麟児(りんじ)

 犯罪者でこそなければ確実に絶対者となっていただろうこの相手を前に、逃げ切れる可能性など万が一つにもないのであった。


「……くっ」


 彼我の戦力差は、正直圧倒的だ。

 割野一人相手にすら勝てる見込みはなく、もしかしたら逃げ切れるかもしれない程度の希望しか持ち合わせていなかった。

 けれど、ここに来てその可能性は無くなった。

 完膚なきまでに潰され、消え失せた。

 西京麟児は甘くない。

 冷静にして冷酷にして残酷無比な殺戮者。

 迫害され、いじめられていた幼少期、人を殺してみたいという純粋な思いから両親を殺し、姉弟を殺し、命の儚さ、脆さに嘲笑って周囲の人々を殺戮して回った。

 その結果、たったひとりの殺戮者によって一つの街に住んでいた人たちが皆殺しにされるという大事件が勃発し、それを受けて派遣された警官、特務の隊員すらも皆殺しにされ――そして、今に至る。

 彼の中には復讐心など既にない。

 ただ彼の中にあるのは、自分が強いという絶対的な自信と、それに付随して膨れ上がった他の命を奪うことに対する遠慮の無さ。

 今の彼を表すとすれば、たった一言で済むだろう。


 ただ純粋に――強い。


 世辞でも誇張評価でも何でもなく、ただ強い。

 それが全てで、これが現状なのだ。

 これが現状。勝てないのが現実。

 だけど、それでも彼女は――


「……いやだ」


 彼女は小さく、それでいて確かな口調で拒絶した。

 その言葉には驚いたように笑みを浮かべる割野、そしてピクリと眉尻を吊り上げる麟児。

 ピリピリと空気が緊張感を帯び始め、喉がゴクリと音を鳴らす。

 けれども引く気はないとばかりに目の前の麟児を睨み据えた彼女は、憎悪に口元を歪めてこう告げる。


「……お前らが、おまえらが、私をさらわなかったら……父さんは死んでなかった……っ。そんなヤツらの、言うとおりになんて動いてやるもんか……ッ!」


 ――瞬間、白い炎が吹き上がった。

 叩き付けるような雨粒が炎に触れた途端に蒸気へと化し、白煙とともに路地裏を広がり始めた高温の蒸気に麟児の右拳がぴくりと動く。

 今の彼女の瞳に映るのは、純粋な憎悪のみ。

 いくら時を経ようと、彼女が父を失った事実は変わりない。

 そしてその【件】に、どうしようもなくその組織が携わっているのも、変わりない事実であった。

 故にその憎悪は、巌人に向けられているものと同等の殺意に塗れたどす黒い感情に満ち溢れており、それを見た背後の割野がくつくつと笑い声を漏らした。


「なんだなんだ、なんですかぁ? もしかしてお前アレか、()()()()()()()()()なのかよ、おい?」


 ――何も知らない、と。

 その言葉にはぴくりと眉尻を吊り上げた彼女は、何か知っていると思しき割野へと向かって振り返る。

 そして、彼に対して問いただそうと口を開き――



「俺に背を向けるとは、余裕だな鬼の娘よ」



 ――圧倒的な死の気配が、己が脊髄を突き抜けた。

 感じたことのない程の、絶対的質量を誇る膨大な殺意。

 ……否、彼女はこれと同等の殺意を一度だけ受けたことがあった。他でもない巌人から、これと同等の殺意を一度だけ、受けた経験があった。

 故に、だろう。その一撃を躱せたのは。

 その殺気に硬直することなく体を前へと投げた彼女は――直後、先程まで自らのいた場所を薙ぐようにして振り抜かれた拳を見て、そしてその拳によって跡形もなく砕けた目の前の建物を見て、限界まで目を見開いた。


「な――」


 それは、圧倒的なまでの暴力だった。

 巌人のような技術など一切窺えない。

 が、その代わりにあまりある暴力がそこには存在しており、ただ絶対的な力で、絶対的な身体能力で培ってきた『人を殺せる自信』がその身からは迸っている。

 ――こいつは、やばい。

 そう思うと同時に、コイツは本格的に巌人に頼らねばならない案件だと心の底から確信する。出なければこの男は、本気で世界すら滅ぼしてしまうかもしれない。そう思えるほどにその男は圧倒的で――


「……んあ? もしかして俺のこと無視する気かよ」


 ――漆黒の光線が、虚空を駆けた。


「……ッ」


 その一撃は音速にすら迫る勢いで彼女の背中へと向かってきており、その一撃を野生の直感で察した彼女は――直後、勢いよく白炎を地面へと叩きつけ、やっとの思いでその一撃を回避する。

 たったこれだけの攻防。

 それだけでありありと分かる彼我の戦力差。一歩間違えれば死が待っているという圧倒的なまでのプレッシャーに、彼女の身体中から湯水の如く冷たい汗が吹き出してくる。

 しかしながらそんな彼女を嘲笑うかのごとく、彼女の目の前には拳を振り上げる麟児の姿があり――


「まぁいい、死ねば意思など関係あるまい」


 そして、眼前へと致死の拳が押し迫る。

 その一撃はまるでスローモーションのようにゆっくりと彼女の瞳に映り込み、あわや走馬灯かとまぶたを瞑った彼女の耳に。



「はーい、女の子にグーパンチはダメだぞ少年」



 どこか聞き覚えのある少女の声が、確と届いた。

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