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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
111/162

111.強者の影

間に合わなかったので明日もう一本出す予定です!

「いやー、今日は朝っぱらから変な外国人に絡まれちゃってさー!」

「……がいこくじん? なにそれ。がいこつのアンノウン?」


 僕の言葉に……本気で知らないのだろうか、心底不思議そうにそう返したのは、そろそろ名前を教えて欲しいと思いつつ、何だかんだで聞くタイミングを逃し続けている小さな少女……というか幼女――鬼っ娘。

 帰って開口一番にそう口にした僕に怪訝な表情を向けてくる彼女ではあったが、そんな彼女に笑顔で返しながらも、僕は内心でかなり動揺を浮かばせていた。


『……電脳王?』


 ふと思い出すのは、ボコボコに殴って尋問した……なんだっけ、クレイジィな外国人のこと。


『そ、そうだ……。き、君とてその名くらいは聞いたことがあるだろう! 超特級犯罪組織【六魔槍】が頭、世界中の機械機器を完全に掌握し、どんなファイアウォールもものの数秒で突破、事実上何かを隠すことが不可能とされる正しく全知の怪物!』

『あー……………………えっと、アレだ! なんか最近話題の【モフモフタイム】の【しょだねー】の人!』

『ちっっっがう! それ犯罪者でもなんでもないぞ! と、というか本当に知らないのか!?』


 僕のとりあえず脳内に浮かんできたそれらしい出来事をバッサリと斬って捨てたその男は、信じられないものを見た、とばかりに愕然とした表情を浮かべてこう告げた。


『ほ、本当に知らないのかね……? き、君とて知らぬ仲ではなかろう、他でもないあの【英傑の王(パンテオン)】が唯一その人生で()()()()()()正真正銘の怪物……それこそが電脳王』

『……あの紗奈さんが?』


 クレイジィ野郎の言葉からして、その電脳王とやらがとんでもない犯罪者だってことは分かった。ハッキングを得意とする、恐らく機械操作系の最高峰に位置する異能使いだろう。

 が、所詮は機械使い。他でもない絶対者、他でもない僕が、後にも先にも僕に勝てるとしたらあの人くらいだろう、と断言できる化け物こと、枝幸紗奈が取り逃がすはずもない。

 そう、有り得ないのだ。


『……紗奈さんの体調が悪かったか、あるいはその相手が本気で化物なのか』


 言いながらも、恐らく前者はないだろうなと苦笑する。

 あの常時元気の塊みたいな枝幸紗奈に限って、特級の悪を前に体調管理が出来ずに敗北、なんてことあるはずもない。

 恐らくは相手が本格的に強かった。彼女をして敗北こそないが、撮り逃してしまうほどに強すぎた。

 ――あの酒呑童子を追い詰められるほど、強すぎた。

 つまりはそういう事だろうか。

 と、そう問いかけると、顔を晴らしたクレイジィ野郎はしたり顔で頷いた、のだが。


『ザッツライト! その通りだとも黒棺のお――』

『……あ?』

『じゃなかった南雲巌人ぉ! ちょっと顔怖いぞスマイルスマイル! 振り上げた拳下ろしてぇー……。じゃないとそろそろ私の顔がブロークンだぞぉ……!』


 途端、一瞬でキャラが変わったように両手を振ったクレイジィ野郎は、僕が拳を下ろしたのを確認して安堵の息を吐くと、疲れたようにその事実を口にした。


『……まぁ、あの方が言い始めたことではなかったのだがな。六魔槍の幹部の中で【アンノウンを使った実験】をしようと声を上げた者がいて、たまたま人工衛星をハッキングした電脳王が【人型】のアンノウンを発見。扱いやすそうだった子供のアンノウンを拉致したという訳だ』

『……それ、あの娘は知っているのか?』

『知るはずもないさ。我らは少女の寝込みを狙った。故に彼女自身、自らの父親が電脳王の手によって瀕死の重傷を負っていた、などとは思いもしていないであろうさ』


 と、その言葉が響くと同時、どこからかサイレンの音が聞こえ始めて顔を上げた。

 見ればクレイジィ野郎は既に戦意を喪失しているのか、どこか諦めたような笑みを浮かべており、彼は最後にこう告げた。


『……君のような者が敵にいると知った時点で、既に私は抵抗しようなどとは思わんよ。……あぁ恐ろしい、誰かを【殺す】ことに。何かを【消す】ことに何の躊躇いもないと言わんばかりの冷たい瞳。君の血はきっと冷たく、君の脳は機械仕掛けで、きっと心なんてないんだろう。正しく棺の王。棺の中に心を忘れてきた動く死体だ』


 そう苦笑するクレイジィ野郎。

 そんな彼に小さくため息を漏らした僕は、どうしようもなく脳裏を過ぎるあの夜を、あの慟哭を、あの涙をかき消すように頭をかくと、吐き捨てるようにこう告げてその場を去った。


『悪いなグレイジィ・ブラックリスト。それはあくまで、ちょっと前の僕の話だ』


 心が痛くない日なんて、最近は一日たりとも存在しないよ。

 そう言いながらも歩き去り、早一日。

 視線の先で鬼っ娘が見つめるテレビの中では、どこかで見たような金髪外国人が捕まった、という報道が流れていた。




 ☆☆☆




 それは、月の光が闇夜を照らす森の中。

 その森の中に、幾つかの気配が潜んでいた。


「……こちらアルファ1、目標を確認」

『こ、ちらアル……ファ2、同じく確認』

『ア……ルファ3、同じく確認――』


 無線機へと口を開いた男の声に、ノイズの混じった部隊の仲間達の声が返った。

 それはサッポロの郊外に位置する『芸実の森』の敷地内。

 グレイジィ・ブラックリスト本人による供述により明らかになった【六魔槍】がサッポロに拠点を作り上げているということ。流石に彼をして『その場所』までは吐かなかったが、けれども六魔槍のような大きな組織が拠点を作るとすれば――それは誰も知らない地下空間か、あるいは物理的に『人のいない』場所以外に有り得はしない。

 そして今、その『本来あるはずの無い』巨大建設物を見上げたその男は、口角の端を吊り上げてこう呟く。


「……ビンゴ」


 そう呟き、その男は小さく笑い声を漏らした。

 その男は特務に所属するA級隊員。

 その闘級は優に『四十五』を越え、既に世界へと名の通った超一流の特務隊員である――が、しかし。

 彼は常日頃から思っていた、まだ足りない、と。

 最近になってサッポロ特務署内にて目撃され始めた英傑の王(パンテオン)枝幸紗奈に、サッポロに存在しているとされる最凶にして最強、並ぶ者は居らず、後にも先にもこれに勝る者はなし、とまで呼ばれた黒棺の王(ブラックパンドラー)

 この二人を前にすれば、いずれにしても自分の名誉など霞んで見える。

 片や戦車を握り潰し、爆撃機を斬り落とし、奴隷売買に加担していた一国を単体で滅ぼしたとされる世界一のサイコパス野郎、またの名を正義の味方。

 片や人に関する表舞台にこそ出ることはないが、ここ数年のアンノウン討伐数、その内の八十パーセントを一人で占める理外の怪物、数多の棺を背負うの孤高の王。

 そんな彼らに並ぶには。

 そんな彼らに肩を並べるにはどうするべきか。

 何をすれば彼らに肩を並べる伝説を作れるか。

 そう考えて――この案件が転がり込んだ。


「英傑の王から逃げおおせた化け物『電脳王』率いる超特級犯罪組織、【六魔槍】」


 その名は何よりも大きすぎた。

 何せ伝説の片割れが悪とみなし、その上で唯一未だに捉えきれていない化け物が率いているのだ。

 その事実を思い出し、彼は思う。


(はっ、電脳王……その名からもハッキングが得意ってだけの野郎に違いない。どーせ監視カメラやなんやらで事前察知、一足先に逃げてるってだけだろうがよ)


 そう心の中で吐き捨てた彼は、ぎゅっと拳を握りしめる。

 自分の力はあの二人には及ばない。

 だからこそ、奴は監視カメラ越しにはきっと逃げない。逃げる価値がないと考えるに違いない。

 そして、そこに勝機は存在する。


(存分に俺を舐めてくれて構わねぇぜ……。だから電脳王、テメェはそっから逃げんじゃねぇぞ)


 視線の先には森の中にひっそりと佇む黒い建造物の姿があり、周囲から完全に隠れたようなその建造物――恐らくは六魔槍の本拠地を前に、彼は手元の無線機へと声を落とす。


「こちらアルファ1、速度重視で突入するぞ。相手は電脳王、監視カメラやら何ならで俺らの位置を割り出し、逃げることに特化した非戦闘型だ。英傑の王ほど警戒されてねぇ今こそが好機……ッ! 二人共、準備はいいか?」

『……――』


 その言葉に、恐らくは彼の言葉を受け取ったのだろう、軽いノイズが無線機から響き渡り――


『――心外ですね。これでも英傑の王(パンテオン)と真正面切って戦った経験だってあるのですが』


 無線機より流れてきたその言葉に、思わず愕然とした。


「お、お前……っ!」

『馬鹿じゃないですか? 電脳王相手にいくら特務の最新型だろうと【無線機】が筒抜けにならないはずもないでしょう。まぁ、それを抜きにしても――』


 その言葉が響き――次の瞬間、大地を食い破って現れた機械の足が、彼の胸を貫いた。


「がはぁ……っ!」


 彼の口から鮮血が溢れる。

 一瞬で心臓を穿ったその一撃に目を見開いた彼は、視線の先、大きな木の幹に背を預ける一人の女の姿を確認し、その姿に大きく目を見開いた。

 対し、彼と視線が交差したのを確認したその女――電脳王は。



「ま、私を捕まえたかったら黒棺の王でも引っ張ってくることでしたね」



 そう笑った彼女は、機嫌よさげに緑の髪を小さく揺らした。


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