11.中島智美
中島先生の本名です。
昼休み。
巌人は衛太に肩を組まれていた。
「おいクソ、まさか俺が青春モノの親友ポジションをやるとは思わなかったぜ。って言うわけでいっぺん死ねシャンプー野郎」
「何言ってんだか、それ嫌だろうと思ったからその主人公ポジ押し付けてやっただろうに」
「それは面倒事押し付けただけだろうが!」
衛太はそう言うと巌人へと結構ガチで殴りかかるが、巌人はご自慢の体術スキルを使用してのらりくらりとそれらを躱してゆく。
そのあまりにも上手い身のこなし方にそれらを見ていた生徒諸君は目を見開きそれを刮目する。
──そして何故か、カリカリと響き渡る鉛筆の音。
巌人がふとそちらへと視線を向けると、そこには巌人の方をじぃっと見つめてノートに何かを殴り書きしているカレンの姿があり、話しかける材料にしようとしたのか、周囲の女子たちがそのノートをのぞきこんで頬を引き攣らせている。あの娘はあのノートに何を書いているのだろうか?
「はぁ、はぁっ、てめ、無能力者の癖して何でそんなに強いんだよ!? とっとと殴られろ!」
「やだなぁ。無能力者が強いってのは世界の理だろう? 現存する無能力者に僕より弱いやつは居ない」
「そりゃお前だけだもんな!」
全くその通りである。
誰が聞いてもそれは、世界で唯一の無能力者が何を言ってやがる、と言った感じだろう。舐めてるとしか思えない。
まぁ、そのせいでカッとなった衛太はさらに体力を消耗し、結果すぐに体力切れとなった訳だが、対して巌人は息一つ乱れていない。まさに化物である。
すると、それを見ていたカレンは「はっ」と声を上げて目を見開き、巌人へと視線を向けて戦慄いた。
「ま、まさか……今のは『言葉を扱う上位種のアンノウンには挑発をしてくる奴もいる。言葉に惑わされないよう注意しろ』という言外からのアドバイス!? さ、さすが師匠っす!」
巌人は内心驚いた。何でこいつ考えていることは間違ってるのに学んでいることは正しいのだろうか、と。
そして何故かその声に『なるほど』とでも言いたげな顔で頷いているクラスメイトたち。お前ら一体何様だ。巌人はとてつもなくそう言ってやりたかった。
巌人はため息一つ吐くと、カレンへと「違うから」と言おうとして──
《警告! 警告! ワープホールが開きます!》
何故か校舎内に、そんな警報が流れてきた。
☆☆☆
ワープホールの警告放送。
それは本来ワープホールの予兆、つまりは空間の異常な歪みに最も近い座標のものが鳴らされるわけであり、例えばつい先日巌人と衛太が遭遇したワープホールの警告放送は、実際にあの薬局を中心としていくつかの機器から流れ出ていた。
そして今回でいえば──校外の放送器具からではなく、校内の放送器具からそれらの放送が流れ始めた。
──それはつまり。
「皆! 一階を通ってグラウンドに避難だ! アンノウン警報は校舎内! 急がず駆け足で、なるべく迅速に行動だ!」
巌人は珍しく声を張り上げた。
その様子に事態の深刻さを把握したか、恐怖へと顔を引き攣らせていく生徒達。けれどもそれらは、衛太の一声によって霧散した。
「おいテメェら! ここに来てるってこたァ将来アンノウンと戦うつもりなんだろうが! ならこんな警報一つでビビってどうする! この無能力者でもビビってねぇってのに情けなくないのか!?」
引き合いに出された巌人としては微妙だが、残念な事に最後の一言でそれらのパニックは完全に収まった。
だがしかし、今のでパニックが収まったのは、せいぜい今の衛太の声が聞こえていたこのクラスの面々と、運が良ければ隣のクラスくらいなものだ。このままでは間違いなく何かしら混乱した馬鹿による暴動が起き、結果避難がろくに進まないという事態に陥るだろう。
巌人は内心でその最悪の事態に思い至って小さく舌打ちをすると、衛太の声に従って教室から出てゆく生徒達の群れを眺める。
──どうする……、このままじゃそうなる可能性がかなり大きい。学校で知識は学んでいるとはいえそれを実際に体験し、その通り身体が動くかとなればまたそれは別の話だ。
そう思って悩み始めた、次の瞬間だった。
『うぉいテメェら!! まさかフォースアカデミーの生徒様がこんなチンケな警報ごときでビビってんじゃねぇだろうな!? テメェらそれでもタマついてんのか!? あァ!? タマついてんなら黙ってグラウンド集合しろ馬鹿野郎共が!』
キィィィンッ、と今度は我らが担任、中島先生の声が放送によって響き渡り、あまりにも酷いその内容に一様は落ち着きを取り戻し、それと同時に淡々と、なにかに怯えるかのごとく動き始めた。主に男子が。
「なるほど……! これが恐怖による支配っすね!」
いつの間にか隣に来ていたカレンがそんなことを言ってきたが、巌人はあえて無言を貫き通した。
女の先生が『タマ』とか言ってることに対して発言したくなかったし、何よりも、紡曰く巌人はまだカレンの師匠ではないとの事だ。少なくとも今この時点で何かを教えるつもりは毛頭ない。
──けれども。
「もしも特務の到着が遅れるなんてことがあれば、その時は僕らで対処しなきゃならないよな?」
「へ? 確かにそうっすけど、特務ってそんなに遅れることあるんすか?」
「言っちゃ悪いが、ここサッポロは都市伝説のおかげで平和なんでな。特務もそうそうアンノウンが来るとは思ってない。つまり怠けてるんだよ」
だからこそかつての薬局のワープホールには駆けつけられなかったし、今回、フォースアカデミーは特務の常駐場所からは限りなく離れている。恐らくはアンノウンが出てくる前に駆けつけるのは不可能だ。
なればこそ、少しくらいは手本を見せてやってもいいのではないか。彼は内心で、そうお節介を焼いた。
「僕はこれから教諭たちと合流してアンノウンを退治しに行く。オーバーダイSRBの顧客をアンノウンに奪われるわけにはいかないんでな」
そう言うと巌人は教室の入口まで歩いてゆき、振り向きざまにこう言った。
「なら、お前はどうする? カレン」
彼女は躊躇うことなく、巌人のあとを付いてきた。
☆☆☆
巌人と中島先生、そしてカレンは校舎の外に集まった全校生徒を校舎内から見下ろしていた。
「おい、巌人は分かるが何で交換生まで付いてきてやがる。正直いって邪魔にしかなんねぇぞ?」
「いや、僕と中島先生がいる時点で聖獣級までなら何とかなるでしょう? 流石に聖獣級最高位の、さらに人型とか上位種とかが出てきたらやばいかもですけど」
「……いや、それをやばいで済ませられんのはお前だけだからな? フツーに国が滅ぶぞ」
中島先生はそう言ってため息を吐く。
しかし、その会話をカレンは聖獣級という言葉にピクッと身体を震わせ、その後の上位種という言葉に顔を真っ青にしていた。
残念ながら『人型』という言葉は知らなかったが、恐らくはその意味合いからして言葉を話す上位種の類だろうと推測できる。まぁ、いずれにしてもカレンには勝てっこない化物たちである。
そんなカレンの様子を察したのか、中島先生はカレンの方を向いてこう口を開いた。
「まぁ今回はそんなに強えのは出てこねぇだろうから安心しろ。防壁上の聖獣級に、ついこの間中に現れた聖獣級。それらに続いてまだこの国に、この地域に聖獣級を集める理由なんざねぇだろうし、そもそも聖獣級をこんな短スパンで召喚できるわけがねぇ。せいぜいが怪獣級の雑魚だろ」
カレンは言いたかった『怪獣級が雑魚って、頭おかしいんじゃないんすか!?』と。アンノウンはアンノウン。怪獣級であろうとそれは一地区を滅ぼせる化物なのだ。
けれども当の中島先生本人は肩を自ら持つ竹刀でトントンと叩いており、そこからは一教師のものではなく、明らかに幾つもの死線をくぐり抜けてきた歴戦の強者の風格が漂っていた。
その雰囲気に思わずカレンはゴクリと息を飲む。
そして次の瞬間、明らかに二人の纏う空気が一変した。
「多分……今来ましたね」
「私も同感、だな」
二人はそう言って、三人が立っていた廊下、その向かって右側へと視線を向ける。
カレンは最初、なぜそちらを向いているのか分からなかったが、時間が経つにつれ彼女でもわかるほどに荒い息遣いが聞こえ始め、ドスッ、ドスッ、という足音が幾つか聞こえてきた。
そして──その姿を見て、カレンは思わず悲鳴を上げてへたりこんだ。
「「「グルルゥゥゥ……」」」
目の先には、大人ほどの大きさを誇る大きな黒色の犬の群れ、そしてそれらとは明らかに格の違う、見上げるほどの巨大蟹。
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種族:番犬クロ
闘級:十二
異能:連携[E]
体術:E
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種族:カチコチキャンサー
闘級:二十三
異能:硬化[D]
体術:D
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群れでの狩りを得意とする番犬クロの群れ。そして硬化の異能を使っての高い防御力を誇るカチコチキャンサー。
フォースアカデミーの教科書には、それぞれが『見つかったら匂いを落として即逃げろ』『即逃げろ』と対策の書かれている初心者殺しの化物共で、特務の人間であってもそれら二つはなるべく避けるという程だ。
「や、やばいっすよ! 幾らお二人が強いっていっても数の暴力やあの硬さは無理っす! 師匠が強いのは知ってるっすけど……、で、でも! さすがに素手と竹刀でどうこうできるレベルじゃないっす!」
カレンは叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。
だが、今回ばかりはカレンの言うことが常識的である。特に番犬クロはまだしもカチコチキャンサー。奴が異能を使い、防御体制に入った時の防御力はそれこそ聖獣級の硬さと互角だと言われており、教科書にも『火で焼く』以外に勝ち目は無いとまでされているのだ。
だからこそ、彼女は俯いていた顔を上げて、ほぼ素手の二人へとそう叫び──
「「……え? なんか言った(か)?」」」
その声と、ほぼ壊滅状態のアンノウンの群れに思わず目を剥いた。
なにせ、彼女が下を向いていたのは、言葉にして『師匠が強いのは知ってるっすけど……』の間だけである。時間にしおよそ五秒だ。
その間に番犬クロの群れはほぼ全滅しており、その僅かな生き残りは、返り血で真っ赤に染まった中島先生の竹刀によって叩き潰されている。もはや番犬たちは逃げ惑うばかりである。
そして巌人と来たら、そのパワーと防御力で有名なカチコチキャンサーのハサミの振り下ろしを片手で受け止め、顎に手をやってその身体をじっくりと眺めていた。
──そして一言。
「うん、今日は蟹鍋なんかいいかもしれないな」
もはや、彼にとってこの蟹は食糧でしか無かった。
というか、カレンの食べる量を考えると近場のスーパーの蟹だけでは足りないのだ。ちなみにアンノウンは食用に使えるものも多く、この蟹が結構美味いことを巌人は知っていた。
なればこそ、やることは決まっているわけで。
「よし、生きたまま解た──」
「うぉらぁっ!」
瞬間、中島先生の竹刀がその蟹の甲殻をいとも簡単に突き破り、巌人の目の前でカチコチキャンサーがちょっと食べれないレベルにまで潰された。
果たしてカチコチキャンサーからすれば生きたまま解体されるのといきなり背後からミンチにされるのと、どちらが幸せだったのかは分からないが。
「あぁぁぁ!? 僕の蟹鍋がぁぁぁぁ!?」
「うおらぁぁぁ!! ミンチにしてやるぜ犬っコロ共がァァァ!!」
カレンはそれを見て、驚きに目を見張る。
正直巌人だけならばそれなりのところまで行くだろうと思っていた。なにせ、彼の強さはあの巨大魂の持ち主、紡がこの数日で幾度となく証言していたのだから。
だが、それでも彼女は、担任である中島先生がここまでやるとは全く、予想だにもしていなかった。
巌人の実力でさえ予想以上なのにも関わらず、中島先生の実力に関しては予想を通り越して自分の中にあった可能性の範囲すら軽く超えて行った。
目で追うのが精一杯のその速度。振り下ろされる超威力の竹刀。そして何故か全く折れる気配のないその竹刀。
ふと、その姿を見てカレンは眠っていた記憶の内一つの情報が、突如として頭の中に湧いてきた。
それは、かつて特務において、絶対者を除いた隊員の中でも最強と呼ばれ、今でこそ名の売れているA級隊員、入境学でさえかなわなかったとされるA級隊員。
その姿はまさに『鬼』そのもの。
その戦闘を見たものは彼女を皆『鬼王』と呼び、畏怖や敬意を通り越して恐怖したと言う。
その、A級隊員の名前こそ──
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名前:中島智美
年齢:二十六
性別:女
職業:教員・特務A級隊員
闘級:五十六
異能:身体強化・極[SS]
体術:S
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「ま、まさか、中島智美っすか!?」
彼女──中島智美は、久々に呼ばれたフルネームに、なんだなんだと振り返った。
※中島先生はこの数年間全く特務として働いていないため、鈍って闘級が落ちています。元々は六十近い化物でした。