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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
109/162

109.グレイジィ・ブラックリスト

 それは、日も登らないような早朝のこと。

 冷たい風がズボンの裾から背筋を這い上がる感覚に体を震わせ、欠伸が出そうになるのを必死に噛み締め、何とか平静な見た目を保とうとする。

 ――というのも。


「ああなんという美しい朝! まるでこの邂逅を祝福してくれているかのよう!」


 視線の先、十数メートルのところに佇んでいるのは、ガタイのいい金髪の外人。

 先ほどからナルシストだが中二病だか、ちょっと理解に苦しむ言動をしているその男性。正直かなり体は鍛えていそうに見えるが、この距離、相手の闘級が少なくとも二百前後は無い限り、いくらでも対応のしようはある。

 ゆえに今我慢するべきはアレだ、欠伸をしないことだ。

 もしかしたら体を鍛えているだけのどこかのスカウトかもしれない。いったい何のスカウトかはなはだ見当もつかないが、けれども金になる可能性があるならば、早朝の眠気にも、肌寒さにだって目を瞑ろう。……ま、殺気垂れ流している時点でその可能性なんざほとんどないが。


「……で、何の用ですか、……なんでしたっけ、炎帝さんでしたっけ?」

「ザッツライトッ! その通りだよ南雲巌人君」


 その言葉に、ほんのり警戒心が強まった。

 ――僕の名前を知っている。

 言わずもがな、この人物とは初対面である。

 ならば、何者かがこの人物に僕の住所、加えて名前を教えたということ。


「特務……じゃないよな」


 ならバイト先か? とも思ったが、僕の知る中でこんな外国人に他人の個人情報を売るような人物は一人として存在しない。そういう人のいない職場を面接時に選んでいるからな。

 だからこそ困惑しそうになる。

 ――この男、どこで僕を知った?

 そう目を細める僕へとその男は軽薄そうな表情で言葉を重ねる。


「ああ、手に取るようにわかるよ。悩んでいる、困惑している。そして何より、この私の実力に恐れをなし、震えているね。南雲巌人」

「……はい?」


 なんだか見当はずれなことを言い始めた彼。


「……いきなりどうしました?」

「フフフ……強気も大概にしたほうが良いとは思うがね、南雲巌人。君が今、現段階において異能を使えない、ということはすでに周知の事実だ」


 しかしながらその一言を除けば彼の言っていることは的を射ている。

 ――否、射過ぎている。

 あまりにも僕のことを知りすぎている。それこそ特務の最高幹部やお偉いさんがたしか知らないことであろうに、それをさも当然のように口にしている。

 しかしながら特務ではありえない殺気のこぼれ方――


「……あんた、一体誰だ」


 敬語を使うことなく、こぶしを握り締めてそう告げる。

 見れば僕の豹変に目を丸くしたその男――確かグレイジィといったか、彼は一瞬驚いたように硬直したが、すぐに自己完結したのか『こうでなくては』みたいな表情で髪をかき上げる。


「ハハハ、そういえば自己紹介といっても名前しかしていなかったね」


 そう笑い、仰々しく一礼をして見せたグレイジィは、顔を上げてこう告げる。


「――犯罪組織【六魔槍】、といえば分かるかね? 南雲巌人。簡潔に言えば君を殺しに来たんだ。……ああ、ここはこう呼んだほうがよかったかな?」



 ――黒棺の王(ブラックパンドラ―)、とね。



 そうグレイジィ優越感にほくそ笑み――直後、その頬に一筋の傷跡が刻まれる。

 まったく視認できていなかったのだろう、一拍遅れてほほの傷に気が付いた彼は、大きく目を見開いて僕を見据えなおす。

 そしてその顔が――恐怖に歪んだ。


「――今、なんて言った?」

「ひ、ひいっ……!?」


 僕の表情を見て、グレイジィへと向けるように構えた右指、その先からシュゥと吹き上がる煙を見て、彼は咄嗟にひきつった悲鳴を漏らす。

 ――黒棺の王、と。

 まあ、自分で言うには何とでもいえる。

 けれど……なんだろうな。他人に言われた途端、どうしようもなく真っ赤な感情が溢れ出してくるのは。

 なんで……? なんでか。

 ああ、そんな答えなんざ簡単に出るか。


「――単純に、腹が立つ」


 ああそうだ。

 黒棺の王は、この僕で。

 黒棺の王たる僕が、罪を犯してきた。

 故に、その名を特務最高幹部の座とともに捨ててきた今。

 全てを捨てて、彼女の味方であり続けようと心に決めた、今。

 何も――彼の死も、僕の想いも、彼女の悲しみも、何もかも。

 何一つとして知らない赤の他人が、お前は黒棺の王だろうって、そう断言し、決めつけ、何も知らずに笑っているのが心の底から腹が立つ。


「なんでだろうな」


 単純に、イラっと来るからか。

 もうこちとらその名は捨てた、異能と権力と一緒に捨ててきた。

 なあ、お前さん。

 せっかく平和が手に入った。家族と決別してまで手に入れた。

 なら、頼むからさ――


「――もう、そんな汚らしい名を、あの子に聞かせんじゃねえよ」


 その名前聞いて、万が一にでもあの子が思い出したらどうすんだ。

 忘れたことはないはずだ、それでも少しずつ、たぶんだけどいい方向に来てるんだ。

 せっかく、彼女が幸せのレールに乗ったんだ。

 だから、その名は口にするな。



「僕らの前で、その名を口にするな」



 そう告げて、尻餅をついた奴を見下す。

 もう力には頼らないと、そう決めていた僕だったけれど。

 もしもその名で、その力で、彼女を害そうというのなら。


 僕は持ち得る力の全てを用い、尽くを踏み潰そう。


 そう見下ろす僕の視界に――一瞬、()()()が移ったような気がした。




 ☆☆☆




 その言葉に、ただ冷たく見下ろすその瞳に。

 恐怖に顔をこわばらせていたグレイジィは、けれどもはっと正気に戻ったように目を見開くと、まるで今までの失態をなかったことにするかの如く、勢いよく立ち上がった。


「く、クハ、はっはハハハハハハハハ!」


 かくして彼は高笑う。

 まるで今、僕に対して抱いた恐怖を『なかったこと』にするかのように。

 あえて笑うことで、自らの心の中に生まれた劣等感を優越感に傾けるように。


「いったい今何をしたのかな、分からない分からない、けれど良い! その無類の強さ、それを打ち負かしたとき、私はどれだけのエクスタシーを得られるのか、気になって気になってしょうがない!」


 けれども劣勢は覆らない。

 どれだけやろうと、この状況は覆らない。

 相手が『僕』である以上、敗北は絶対に在り得ない。


「で、炎帝さん、どうせ『殺り』に来たんだろ? ならとっとと始めよう」


 あいにくと、これから新聞配りのバイトなわけだし。

 それに何より――ここまで知っているうえに、加えて犯罪組織ときた。

 ここで仕留めておかない限り、こいつは『家』に手を出すだろう。

 ならば、ここで仕留めておくのが上等というもの。

 そう内心で結論付けていると――ふと、長々と話し続けている彼の言葉の中で、聞き逃せない部分が転がってきた。


「なるほどなるほど! 道理で()()()()()()()()()()()()()()()()我らがボスが、あれほどまでに警戒し、君とあの少女を殺せと命じるわけだよ!」

「……なに?」


 恐らく奴の脳内には、現状を認めたくない、という思いしかないのであろう。

 故になんとか言葉で挽回しようと、言わなくてもいいことまでまくし立てている――のだとしたら。おそらく今の彼には嘘偽りなんてついている余裕はない。つまりは彼が口にしていること全てが事実ということになる。


「……酒呑童子に、致命傷……だと?」


 思い出すのは、娘を探してさ迷っていた一人の鬼の姿。

 ――言われてみれば、確かに呆気なかった。

 正直闘級から考えてもう少しはやるものだと思っていた、だがしかし。


 それがもし、すでに瀕死の相手だったとしたならば。

 僕に会う前に、すでに何者かの手によって瀕死の重傷にまで追い込まれていたのだとすれば。

 ならば、もしかして僕は――



「瀕死のアイツに……止めを刺しただけ?」



 そう呟き、家の方角へと視線を向ける。

 距離的には……数百メートル、間違っても聞こえる範囲内じゃない。

 聞かれていないことに安どの吐息を漏らして、僕はグレイジィへと視線を戻す。

 僕が黒棺の王だと知っていた、その類まれなる捜査能力。

 あの酒呑童子に瀕死の重傷を与えたという、こいつらのボス。

 そして……六魔槍という、その名前。

 いろいろと聞かなきゃいけないこと、調べなきゃいけないことができそうで、なんだか今よりもずっと忙しくなりそうな気配がするが。


「とにもかくにも、お前尋問決定な」


 重心を下し、拳を構える。

 すると僕が臨戦態勢に入ったと思ったのだろう、にやりと笑みを浮かべて笑った彼は、体中から紅蓮の炎を迸らせる。


「ハハハっ、ハハッハハハハハハハ! さてやろうか黒棺の王! 我が名はグレイジィ・ブラックリスト! 英国にて五十人ものA級、B級特務を屠ってきた炎帝グレイジィ!」


 かくして右腕を大きく後方へと振りかぶった彼は、獰猛な笑みを浮かべてこう叫ぶ、のだが。


「さてやろうか黒棺の王! 我が炎、他に類を見ぬ神の炎と知――」

「ふんっ」


 瞬間、ぎりぎりと振り絞った右手中指が、デコピンの勢いで虚空に弾ける。

 途端、空気を叩くようにして弾き出した中指は目に見えぬ空気砲を作り出し、標的の顔面目掛けて空を走る。

 かくしてコンマ数秒後、奴の顔面が大きく爆発した。


「ぶっはあっ!?」


 口上の途中だったのだろう。いきなり顔面を突き抜けた衝撃に大きく状態をのけぞらせたグレイジィは――ふっと、背後へと一瞬で移動した僕の気配に、顔を押さえた形のままで硬直する。


「な、な……」

「『人間』相手に手加減するのは難しいんだけど……っと」


 そう呟き、奴の首筋へと手刀を叩きこむ。

 ゴッ、と手刀にしては重低な音が響き、一瞬で意識を飛ばされたグレイジィは顔面からアスファルトへと倒れ伏す。

 確か……なんて言ってたっけか、英国で特務五十人だかを殺した、だったか。

 まあ、うん、犯罪っちゃあ犯罪だけど、所詮はそれも『人間』ってくくりにおいて。



「知ってたか、絶対者(ワールド・レコーダー)ってのは、人間やめてるからそう呼ばれんだ」



 とりあえず、人間やめて出直してこい。あと名前連呼すんなこの野郎。

 そう吐き捨てて、僕は特務へと連絡を取る。


 ――すいません、よく知らない犯罪組織の人に絡まれました、と。



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