107.暗躍
遅れてすいません!
その後、その『枝幸紗奈の特攻に驚き、足を滑らせて頭を打ち付け気絶した』男は特務に連行されて行き、強盗事件は幕を閉じた。
その男は僕が想定したとおり、特務からの崩れ者、言わば特務でついていけなくなったか、特務の方針が気に入らなかったりして特務そのものから脱退した『元特務』という言葉が良く似合う立場であったそうだ。
故に『謝罪』と言うなの『口止め料』として店長やバイト先輩には多大な金額が支払われたそうなのだが――
「あぁ、どうしたものか……」
求人募集のチラシを眺めながら、呻くようにして呟いた。
机を挟んで目の前に位置するソファーには姉さんのお下がりTシャツを着た鬼っ娘がちょこんと座り込んでおり、彼女は心底不思議そうに首を傾げる。
「……おまえ、時間は?」
「あー、いや、その……」
彼女が見上げる先を目で追えば、そこには8:00と、アルバイトの始まる時間が記された時計が存在しており、その時刻を前に何とも言えない声を漏らしてしまう自分がいた。
その、誠に言い難い限りなのだが……。
「……やめて、きました」
「…………は?」
鬼っ娘な冷たい言葉が心に刺さる。
端的に言うと、僕は事件以降、店長へと辞表を届けてコンビニでのアルバイトをやめてきたのだ。
なにせ強盗相手にあれだけの立ち回りをしたんだ。流石にもう『ただの一般人です』じゃ済まないだろうし……。
「もしも何も聞かれなかったとしても……、なんて言うのかな。けじめ、みたいな、さ」
もしもあのバイト先へと戻ったとして、加えてバイト先輩や店長が暖かく受け入れてくれたとして……。
そんな妄想をしてふと思った。それは『甘え』なんじゃなかろうかと。
僕はもう、特務じゃない。
肩書きこそまだあるのかもしれないが、それでも特務の最高幹部としての一面はもう捨てたのだ。
なれば、もう『力』は使えない。
「この力は、もう使わないって決めてるんだ。それなのに『力を使っても何も聞かれない場所』に居続けたら……、もしかして、って思ってさ」
もしかして、その空気に、雰囲気に甘えて、いつか自分はまた『力』を使ってしまうんじゃないかと。
そう、思ってしまったんだ。
「ま、あれだけやったんだ。店長もバイト先輩も、今頃は『何だったんだあの少年は……ッ!』ってなってるよ。きっと」
「……そう」
小さく返した彼女はふっと顔を俯かせると、ポツリと声を漏らした。
「……楽しそう、だった」
「……まぁ、そうだな」
確かに、あのバイトは楽しかった。
覚えることも沢山あって、難しかったけれど。
それでもやっぱり、楽しかったのだ。
「最初に行くバイトとしては、正解だったかもな」
そう呟いて、大きく息を吐く。
けれど、その『楽しい』だけも、もう終わりだ。
これからは本格的に稼ぎに行く。
よりお金の入る方法を、より稼ぎのいい仕事を、二十四時間ビッシリと詰めていく。
じゃないとこの娘を、守っていけない。
そう心の中で呟いて、スッと彼女の頭へと手を乗せた。
「ま、お前は気にすんなよ。僕はこれでも頑丈だからな、ちょっとくらい面白くなくても、びっしり働いても、ちょっとやそっとじゃどうにもならないさ」
その言葉に鬼っ娘はチラリと小さく僕を見つめ返したが、けれどもスッと視線をそらすと、そのまま手をぺしっと叩き落として歩き出す。
不機嫌そうな彼女の姿に小さく息を吐いてソファーに沈み込むと、改めてそれらのチラシへと目を通す。
「……さて、頑張るか」
そう一人呟くと、腕のステータスアプリから通話画面を呼び出した。
☆☆☆
――そこは、暗い一室だった。
ただ部屋の奥には巨大なスクリーンが映し出されており、その蒼い光だけが暗い部屋を照らしていた。
そこは、かつて鬼っ娘こと、あの少女が『南雲巌人』という親の仇を知った場所であり、そこには再び、六名もの兵たちが集まっていた。
「――さて、と。全員揃いましたね」
縦に長い机が部屋の中心に置かれており、その最奥、スクリーンを背後にして座り込んでいる緑髪の女性がそう声を上げ、残る五名が各々に声を上げていく。
「ああ、そうだな」
そう短く答えたのは、白髪黒目の青年だ。
体中から迸る『強者』としての存在感に加え、白髪、という一目でわかる異能の強さ。
その白髪は巌人と違い、どことなく『灰色』がかっていたが、それでもその異能の強さに変わりは無く、この『組織』における誰もが認める最強の男である。
――西京麟児。
その男は絶対的な自身に裏付けされた大きな態度を崩すことなく、腕を組んだまま瞼を閉ざして座っている。
「っていうかよ、あのアレ、なんつったけ? 酒吞童子のガキはどうしたんだよ。俺ぁ別に特務と戦争になったとして問題ねえわけだが」
そう呟いたのは、黒いコートに身を包んだ紫髪の少年。
けれどもその紫色の髪は白い色を少なからず孕んでおり、その実力が測れるというものだ。
――割野阿久魔。
名が体を現す、とは正にこのこと。
西京を『スカしたラノベ主人公』だとすれば、割野は魔王その人である。
悪魔でも雰囲気の話でしかないが、それでもその姿から実力は測れるというもの。
「ハハハハハ! まあ見つかっていないというのが現状だろうね! たしか外の金網が一部溶かされていたから、そこから逃げ出したのだろうとは思うけれど、今現在を持って見つけだせていないのだから諦めるというのが得策ではないかな?」
そう金髪をかき上げながら声を上げたのは、この部屋に存在する唯一の外国人。
――グレイジィ・ブラックリスト。
彼を一言で表すとすれば、自信家にして極度のナルシスト、といったところか。
幅の広い肩を大きくふるわせて笑いながら、ファサッと髪を舞いあげる。
「……、私は、どうでも」
そう、小さく声を上げたのは、髪をポニーテールにまとめた一人の少女。
彼女は身の丈ほどある巨大な刀を抱き締めながら椅子に座っており、その姿はどこかはかなげな印象すら与えてくる。
――九六尊。
彼女は『次はお前の番』とでも言いたげにちらりと隣の大男を見上げて、すぐに視線を元へ戻した。
「なははははは! まあ良いではありませんか! どうせ町の方まで探しに行くのでしょう? ナラバその時に探せばいいというもの! どうせ特務がアンノウンを保護するなどあるはずがないのですからな!」
そう大声を上げたのは、赤い髪を角刈りにした大男。
松原真。
やりすぎたマッチョ、という言葉がどこまでも似合うその男はぬんっと筋肉を見せつけると、それらを見渡した緑髪の女性が声を上げた。
「……相も変わらず統制も何もありませんが……、まあ。それはこの際良いとしまして。今回はとある『可能性』が分かりましたのでそれについて話し合いたいと思っています」
そしてそれは――と。
そう続けた彼女は淡々と、スクリーンを背後に呟いた。
「――それは、酒吞童子の娘、つまりは【実験体014号】にかかわる事でもあります」
その言葉に、そこに居た誰もが聞く姿勢を変えた。
――実験体、と。
それはつまり、その緑髪の女性が率いる『組織』が、特務の影に隠れてアンノウンの人体実験をしていたということにほかならず、表ではいくら平気そうな態度を取れていたとしても、もしもそれが特務に露見すればまともなことにはならないのは目に見えている。
故に、なんとしても実験体を取り戻したい。
――否、正確には【取り返すか、殺すかしなければ厄介になる】だろうか。
それを分かっているからそこ彼らは静まり返り――
「014号の居場所はおそらく――【黒棺の王】の住処です」
その言葉に、愕然とした。
「な――!?」
「しょ、少々お待ちを総帥。私の美しき記憶が正しければ、黒棺の王は絶対的な人間主義者。彼の起こしてきた数々の【アンノウンを生物だと思っていない】行動は間違っても『アンノウンを匿う』などという行動からはかけ離れている! 故にそんなことは――」
「……これが、在ったのですよ」
そうしてスクリーンへと映し出されたのは、相対する特務の精鋭たちと、それに対して刀の切っ先を向ける黒棺の王――つまりは南雲巌人の姿だった。
「黒棺の王。総理大臣、防衛大臣の間に生まれた少年――南雲巌人。その力こそ謎に含まれていますが、我が組織の総力を持ってすればその『正体』を察することは実にたやすい。が、今はそこは問題ではありません」
問題は――
そう続けた彼女の言葉に従い、スクリーンに映し出された映像が拡大される。
一気に拡大されたのは、南雲巌人という男の背後で、家の扉から顔をのぞかせる一人の少女の姿だった。
当初、拡大されたことにより輪郭しか分からなかったその姿では有れど、緑髪の女性が指を鳴らした途端、いくつもの処理が並行してなされ、その姿を浮き彫りにしていく。
「特務が周囲一帯を『わざと』避難させたのは知っていましたからね。小型偵察機を飛ばして正解でした」
そう笑った彼女は椅子から立ち上がる。
スクリーンへと振り返った彼女の瞳に映ったのは、不安げに眉根を寄せて、南雲巌人の姿を見つめる見覚えのある少女の姿。
それを見た彼女――総帥こと、東堂茜は。
「――至急の緊急ミッションを発令します。酒吞童子の娘、実験体014号の奪還、あるいは【殺害】と、全てを知った黒棺の王、南雲巌人の【抹殺】です」
組織始まって以来の超大型のミッション。
それを前に彼らへと視線を向けた東堂は、スッと迷うことなく手を挙げた一人の男へと視線を集中させた。
「――では、私が参りましょう」
かくして声を上げたのは――グレイジィ・ブラックリスト。
この組織最大のナルシストにして。
この組織、最強の――炎使いである。