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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
106/162

106.無能の戦い方

学校の卒業制作間際で遅れました!

とりあえずメインでやってる方が終わり次第毎日投稿かそれに近くなると思いますので、宜しくお願いします!

 ここで状況を整理しよう。

 まず、必ず僕のところに並んでいくちょっと強そうな常連さん。まぁ、何の条件もなかったということもあって『母さんの使い』とテキトーに推理した僕ではあったが、その予想は悪い方に外れてしまった。

 実は犯罪者でしたー、と自らさらけ出した奴は恐らくは差し入れにでも来てくれたのだろう、制服姿のバイト先輩を人質に取り、コンビニの中で篭城してしまったのだった。

 そしてそれに巻き込まれた僕と店長。


「いやー、どうしましょうか」

「どうしましょうかーじゃないよ南雲くん! 見て見て! 絶対者の枝幸紗奈さんだよ! あー、サインもらえないかなー!」

「……意外と余裕ですね」


 店長は篭城している犯罪者の人質の一人に数えられていることよりも、外に有名人たる紗奈さんが来ていることに驚いているようで、両手をあげながらもずっと外を眺めている。

 だが、僕の立場としてはそうも言っていられないわけで、小さく息を吐き出すと犯罪者へと視線を向けた。


「……そんな髪の色の人を人質にとって、大丈夫か?」


 僕の口から響いた冷たい声に、店長とバイト先輩がぎょっと声を上げる。

 まぁ、流石に本性をさらけ出してしまえばここにも居られなくなるとは思うが、それでもここで二人のうちどっちかが死ぬかもしれないと考えれば出し惜しみなんてしていられない。


「……あ?」

「その人質に取ってる女の人、髪の色は栗色、絶対的な強さではないが、それでもそれなりの異能を持っている証拠だ。で、どうする? もしもその人の異能がお前の異能と相性が悪いものだったら」

「……」


 僕の言葉に小さく眉尻を吊り上げた男は、バイト先輩の首に押し付けたナイフを強く握りしめた。

 薄く切られた彼女の首筋から赤い血液が流れ落ち、ひっと小さな悲鳴が漏れたところでさらに言葉を重ねていく。


「だったらここで殺し、今度は僕みたいな髪の色が濃い相手を人質に取ればいい、か?」


 淡々と響いた声に、男の動きがピタッと止まる。

 けれとすぐに気を取り直したのか、男はフッと笑みを浮かべてこちらを見つめ返す。


「なんだガキ、異能がねぇから頭を使えばいいとでも思ってんのか? だとしたら現実逃避はよすんだな。世の中異能がすべて、強ぇ異能がねぇくせにしゃしゃり出てくるんじゃ――」

「――英傑の王(パンテオン)


 嘲るようなその言葉に小さくその名を叩きつけると、男は言葉をつまらせ、小さく窓の外へと視線を向ける。

 そこには見せびらかすようにして素振りをしている紗奈さんの姿があり、彼女と視線が交差した男は見るからに顔色を青くしていく。


「――異能がすべて。今お前が言ったことをそのまま言い返そう。今のお前の命綱は他でもないその人が生きている事だ。その人を殺してみろ、お前が僕らに襲いかかる前にあの人に殺されるぞ」


 英傑の王。

 正義を愛し、悪を滅する正義の味方。

 しかし、彼女は『狂人』としての顔も有名であり、悪とみなした者を言い訳の余地なく首を切り落とした、という逸話も残されている。


「え、枝幸、紗奈……」

「そう、枝幸紗奈。お前が僕を脅威に思っていないように、あの人もお前を脅威に思っていない。だから、あくまでも『善意』で告げよう。その人を殺すな」


 淡々と告げた言葉に、男は大きく歯を食いしばり、ギッと僕の方を睨み据える。


「……本当に、俺がこのアマを殺して、テメェの首元掻っ切るより先に、あんな遠くにいる野郎が俺を殺せるとでも?」

「逆に言おう。殺せないと、心の底からそう思っているなら好きにすればいい。が、格下の口車に乗せられて、人質を感情的に使い捨て、殺されるかもしれないというリスクを犯す、とか」


 そう笑って目を細めると。



「――さて、それは懸命な判断かな?」



 その言葉に、男は何も返さなかった。

 けれども彼女の首筋にくいこんでいたナイフは小さく離されており、バイト先輩が震えるため息を吐き出した。


「ちょ、ちょっとぉ。な、南雲くん? ここは下手に刺激しない方が……」


 店長が小声でそう耳打ちをしてくるが、それは無難ではあるが、決して正しい選択ではない。


「……人質がいる状態での硬直状態が進めば、警察ってのは『武力行使』に出やすいんですよ。こんな状態で『裏から気配を消して近づけば問題ない』だとか、『遠くから射撃すればいい』だとか、そんな判断で突撃されるのが最も困るんです。何せそれだと、万が一の時に人質を殺されかねないから」

「……」


 正直、警察にどんな自信があって突撃を考えているのかは分からない。

 訓練を積んできたから人質がいたとしても助けられる、とでも考えているのか、あるいは単純に一人の人質を犠牲にして、それ以外の人質を解放しようと考えているのか。

 いずれにせよ――ろくなもんじゃない。


「英傑の王が外にいる以上、お偉方もそう簡単な命令は下せません。恐らく夜……明日の朝まで持てばいい方でしょうが」


 その言葉に小さく体を震わせた店長は、目を見開いてこちらの顔を覗き込む。


「……なにか、あるのかもとは思ってたけど。南雲くん……、君は一体、何者だい?」


 見ればそう問う店長の瞳には不安と恐怖が入り混じっており、あぁこれはバイトはクビかもな、と苦笑しながらも。



「なに、ただの無能ですよ」



 両手をあげながらそう告げる僕の姿は、きっと想像以上に格好悪かっただろうと思われる。




 ☆☆☆




 男がペットボトルを傾ける。

 その視線は遠く離れたところで待機している紗奈さんへと向かっており、その傍らでバイト先輩が震えている。

 ふと、彼女と視線が交差する。

 ――助けて、と。そんな感情が透けて見えるその瞳に安心させるように笑いかけると、同時に男が投げ捨てたからのペットボトルが音を鳴らした。


「ひぃっ……」


 小さく悲鳴が漏れる。バイト先輩のものだ。

 見れば店長の疲労もかなりの所まで来ているのだろう、緊張感の漂うこの空間の中、それでも半分瞼の落ちていた彼はハッと息を引き切り、ナイフを片手に持った男がスッと僕へと視線を向ける。


「おいガキ、テメェの異能は?」

「……身体強化、弱」

「弱かよ、ちなみに俺は身体強化・大だぜ? テメェらカスとは格が違う、言わばエリートってやつだ」


 ちなみに姉さんは身体強化・極という異能持ちなのだが、そこら辺は奴の神経を逆撫でするだけなので言わないでおく。


「で?」


 短く問いかけると、男はぐいっと顎で後ろのトイレの扉を示すと、不機嫌そうに呟いた。


「小便だ、そこのガキ、付いてこい」


 その言葉に素直に立ち上がると、焦ったように店長が顔を上げる。


「ま、待ってくれ! 人質なら僕が――」

「うっせぇぞオッサン。その薄気味悪いガキを俺の手の届かねぇところに置いておくのが嫌だからそう言ってんだ。あぁ、もしも俺とガキの居ねぇ間に変なことしてみろ? このガキの命はねぇからな」

「……」


 その言葉に、店長は泣きそうになりながら僕を見上げる。


「な、南雲くん……」

「大丈夫ですって。逆にバイト先輩がこれで人質じゃなくなるんですし、良かったじゃないですか」


 言いながらも扉の方へと向かっていくと、それに応じて男がこちらへと歩いてくる。

 そのガッシリとした腕に首を抱き寄せられているバイト先輩は苦しそうにしながらも、けれども店長の横でその腕から開放された。

 その直後、外から紗奈さんの威圧感が感じられたが、すぐに男が僕の首へとナイフを押し付けたため、それもなりを潜めていく。


「……チッ、マジじゃねぇか、クソが」


 男はそう吐き捨てながらも僕の首へとしっかりナイフを押し付け、奥の扉へ向かって歩き出す。

 顎で合図をされ、黙って扉を開く。

 見れば男は僕を『雑魚』と断じているのか、先程まで首に当てていたナイフを店長とバイト先輩へと向けて釘を指しており、その姿に思わずニヤリと笑ってしまう。


「おいテメェら! 分かってんだろうな!」

「わ、分かってるさ! こ、ここから動かなければいいんだろう!」

「……」


 店長の言葉に男は小さく眉を寄せると、ナイフを持った手でドアノブを握り、そのままドアを閉めていく。

 ――その直後、ガチャリ、という音をかき消すように、ドアの一枚向こうでガラスが割れる音が響いた。


「な――」


 まさかもう逃げ出したのか。このガキを見捨てて。

 そう愕然とした男は咄嗟にドアノブを捻ろうとして――直後、その身体が宙を舞った。


「フ――ッ」


 ――背負い投げ、と。

 異能が蔓延るより以前、柔道という競技で行われていた体術の技の一つ。

 相手の足を払い、腕を掴み、相手の身体を目の前へと叩きつける。

 けれどもその技に咄嗟に反応した男は、ガッ、と両足を地面につき、叩きつけられるのを回避する。


「こ、このガキ……!」

「ん? どうした犯罪者」


 そう笑ってやると、僕の腕を払った男が大きく後方へと距離をとる。

 周囲には細い通路が広がっている。

 コンビニのトイレに繋がる通路だ。左右にはトイレのドアが広がっており、通路は人二人が通れる程度。さほど広いという訳では無い。が。


「これで十分」


 拳を構える。

 すると奴はハッと大きく嘲笑すると、手に持ったナイフを突きつけるように構えてくる。


「おいおい、まさかこの俺に楯突こうってんじゃねぇだろうなぁ? テメェみたいな異能の弱いガキがしゃしゃり出られるほどこの世界は甘くねぇんだよ!」


 その言葉に、ふっと瞼を閉ざす。

 それを好機だと感じたか、ナイフを構えた男は僕めがけて駆け出して――その直後、僕の姿は彼の背後にあった。

 一瞬にして視界から消えた僕には愕然と目を見開いた男へ。



「……確かに、この世界はそんなに甘くない」



 うなじへと落とされた手刀により、彼の意識はそこで途絶えた。

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