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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
105/162

105.犯罪者

遅まきながら!

あけましておめでとうございます!

 バイトを初めておおよそ一週間が経過した。

 一週間とは長いもので、壊滅的だと疑って止まなかった僕の料理のセンスにも微々たる成長が現れていた。


「じゃじゃーん! 食べられる弁当が完成したぞ!」

「……」


 目の前には僕が自信満々で見せびらかした弁当を冷めた目で見つめる鬼っ娘が立っていた。


「……はくまいしか、みえないけど」

「そう、白米だ」


 彼女にしては遠慮気味に呟かれたその言葉に、ふっと自信を持ってそう繰り返した。

 そう、全ては白米から始まるのだ。

 最初、料理などやったこともないくせに色々と手を加えようとしてその度に空回りし、最終的には壊滅的な失敗ばかりを繰り返してした。

 故に僕は考えた、どうすればまともに昼食を食べれるのだろうか、と。

 そしてその末に、やっとたどり着いたのだ。


「弁当に白米詰めて、ふりかけ一個持っていったらそれで全て解決する気がする」


 とな。

 自信満々に告げた僕に、やっぱり冷たい視線を向けている彼女は、まるで興味が失せたとばかりにソファーへと戻ってゆく。


「じかんのむだした。早くめし」

「酷いなもう……」


 小さく肩を落としながらも、あらかじめ用意してあった朝ごはんをテーブルの上へとちょこんと乗せる。


「今日はちょっと冒険してみました。お茶漬けです」


 言いながらも茶碗へと湯気を放つお湯を注ぐと、ふわぁっと暖かくて優しい匂いが霧散する。

 それにはぴくりと反応した彼女。

 見れば、見たこともないご馳走に彼女の瞳はキラキラと輝いており、内心で盛大にドヤ顔を決めてやる。

 一体お茶漬けを作るのにどれだけ失敗したことか。多分十回くらいは失敗してその度に自分で食べ、お腹たっぽたぽになった事だろう。

 次はカップラーメンだな、と次なる挑戦に意欲をわかせていると、彼女がはたと気がついたように声を上げた。


「あ、おまえ、時間だいじょうぶ?」

「ん? 時間? 時間……ってもう時間じゃん!」


 見ればもう既にバイト始まる数分前。

 一週間が経過するあたりが一番気が緩むというもので、流石に近いからと言って油断しすぎていた。


「じゃ、じゃあ行ってくる! 鍵閉めておくからお茶碗台所に入れといてくれな!」


 そう足速に言ってのけると、コートを手に取ってそのまま外へと駆け出してゆく。

 扉を占める刹那、彼女が何か言いたそうにこっちを見ていたが、バイト、遅刻、の二文字に埋め尽くされた僕の脳はその記憶を脳裏の彼方に埋め込むのであった。




 ☆☆☆




「お弁当温めましょうか?」

「いやいいです」


 無愛想な常連のお客様にビニールに包んだ弁当を渡すと、彼はそそくさとコンビニから立ち去って行った。

 今日は平日ということで、バイト先輩もその他のパートさんたちも一人もおらず、客足も少ないということでレジに並んでるのは僕ただ一人と言った感じである。

 見渡せば店内には人影は見えず、ふぅと息を吐いて先ほど店の外へと出ていった常連さんへと視線を向ける。


「A……いや、B級、かな」


 体つきからして明らかに一般人ではない。

 おそらく純粋な『身体強化系』の異能力保持者、特務に照らし合わせるとB級の中の上~上の下、と言った感じ。

 簡潔に言い表せば『自らの力に寄って、過信し始めた頃』と言った感じだろうか。


「……はぁ、まだまだ抜けないな」


 まだ『黒棺の王』として長年培ってきた癖は抜けない。いつ誰がどのタイミングで裏切るともしれないために、初対面の相手には無表情の裏側警戒十割で対応する。今じゃ笑顔の裏側、になっているがやっていることは変わりはしない。

 その常連さん……仮に特務の隊員だと仮定しよう。

 すると彼は恐らく、母さんにしつこく恩を売ろうとして、その結果何らかの依頼――例えば『特務に抗った特一級犯罪者の監視』を命じられているとか、そんな所だろう。

 まぁ、それにしては監視が『毎日コンビニに来店し、毎回僕の前に並んで帰っていく』くらいな超緩めな内容だから、恐らく誠実さのないサボり癖のある隊員なのだろう。監視ならば帰り道だって視線があって当たり前だろうし、それがない時点でA級隊員であるはずもない。


「はぁ……」


 おおよそしつこくて面倒くさかったから僕のところにたらい回しにされたとか、そんな感じなのだろうと考えてため息が漏れる。

 すると奥の方で色々と仕事をしていた店長がひょっこりと顔を出す。


「どうしたの南雲くん? 元気なさそうだけど……」

「あっ、いやそんなことないですよ」


 咄嗟にそう返すが、店長の顔色は未だに疑問色だ。


「そう? 一応僕って店長だから、聞きたいことあったらなんでも聞いてよね? 相談事でもバッチコイだよ」

「はい、その時は遠慮なく相談させてもらいますよ」


 そう言って小さく笑うと、彼は満足気に笑って僕の方をバシバシと叩いてくる。

 すると店の奥の方からガチャリと裏口のドアが開き、バイト先輩の「おはようございまーすっ!」という声が聞こえてくる。


「……えっ? バイト先輩って今日シフトでしたっけ?」

「いやー……、違ったと思うんだけど」


 その言葉に、嫌な予感が背筋を撫でる。

 店長はこう見えて物凄くしっかりとした人物だ。その彼が『違う』と言ったならばそれは正しいのだろうし、何よりこの僕が『違う』と記憶している。

 なれば彼女が今日バイト先であるここに来るはずがないわけで……ふと、耳に小さな悲鳴が聞こえてきた。

 それは店長には届くはずもない喉の奥から絞り出すような小さな悲鳴。

 次いで怯えるような足音が一つ、乱雑だが慎重な足音が一つ耳を打ち、大体のことを察してしまう。


「店長、今すぐ警察に連絡を。多分特務を呼び出さなきゃ対応出来ないので特務もお願いします」

「っ!? わ、分かった」


 僕のいつになく本気な言葉に彼は小声でそう返すと、すぐさまポケットの中から専用の器具を取り出し、迷うことなく警察、そして特務への通報ボタンを押し、彼がそれを再びポケットの中へとしまったと同時、奥の扉を開いて一人の大男が姿を現した。


「オラ動くんじゃねぇぞ! この女がどうなっても知らねぇからな!」


 そこに居たのは先程まで店内にいた常連のお客様。

 ――だった人物だ。

 彼は特務でのみ支給されている大口の拳銃を制服姿のバイト先輩のこめかみに押し当てており、その姿に店長が小さく息を飲んだのがわかった。

 その男の姿にすっと目を細め、小さくため息を吐くと。



「……なるほど、元特務の犯罪者、か」



 先程までの自分の推測が外れていることに気付きながら。

 とりあえず、両手を挙げて様子を見ることにした。




 ☆☆☆




 僕と店長が跪き、両手をあげる中、裏の職員用の出入口と正面の出入口を封鎖した男は窓の外を見て大きく舌打ちを漏らした。


「クソが……! なんでサツと特務がこんな所にいやがる! テメェら! 連絡したんじゃねぇだろうな!」

「じょ、冗談でしょう! 僕らはずっと両手をあげてたじゃないですか!」

「……チッ、それもそうか」


 迫真の演技に店長が横目でチラリとこちらを見てくるが、今回ばかりは彼らの前だからといって手段を選んでいる暇はない。

 現状はかなり難しい。

 外には警察と特務が待機しており、室内には僕と店長、そして人質にされたバイト先輩と犯罪者の計四名が存在している。

 店長の髪の色は今の僕と同じく濃い紺色。バイト先輩は明るい栗色の髪をしているものの、確か彼女の異能は『超暗算』という戦闘には向かないものだと聞いた覚えがある。

 そして僕の異能は――『身体強化・弱』ということになっており、本来の異能『存在力操作』はストレスにより完全に封じられている。

 ならば体術しか僕にはないわけで、この跪いた状態から立ち上がり、更には弾丸が打ち出されるよりも早くバイト先輩を確保しなければならないのだ。


「……ふぅ」


 小さく息を吐いて考える。

 相手が特務崩れの犯罪者だと仮定する。

 さすればいくら犯罪者といえどもある程度の危機感や常識は持っているはずであり、さらに言えばそれ相応の戦闘力だって誇っているに違いないのだ。


『警告する! 貴様はもう囲まれている! 大人しく投降して人質を解放しろ!』

「はっ、馬鹿が! 人質を解放してほしいんだろ? なら解放してやらねぇのが俺が生き残る最善の手段に決まってんじゃねぇか!」


 ――頭は悪くは無い、か。

 内心で小さく呟くと、チラリと窓の外へと視線を投げる。

 するとそこには見慣れた人物が立っており。


『警告するー! 今すぐ犯人出て来なさーい! さもなければ正義の鉄槌が下るであろうー!』

「ハッ、馬鹿じゃねぇのか! そんなのある訳が……ある訳が……、ああああぁっ!?」


 その声の主が誰なのか確認した男が驚きに大きく声を上げる。

 男が特務崩れならば、彼女の顔を知っていないはずがない。

 なにせ、そこに居たのは……。



「なぁっ!? な、何故『英傑の王(パンテオン)』がこんな現場に駆り出されてやがる!」



 その言葉に、店長とバイト先輩が大きくどよめいたのが分かった。

 世界に二人しか存在しない、単体で国家すら破壊することの出来る絶対者(ワールドレコーダー)

 そのある意味『やばい方』である。

 窓の外に見える紗奈さんはノリノリで拡声器に声を乗せており、その視線は僕らに向けていると見せかけて思いっきり僕の方を見つめていた。


『なにするつもり?』


 そう聞いてくるようなその瞳に小さく苦笑する。

 彼女は人の心を読むことに長けた怪物だ。

 なればこそ。

 僕は隠れるように小さく笑って、彼女へと作戦を伝え始めた。

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