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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
104/162

104.新生活

「ただいま……と」


 バイト先を出てからおおよそ十分後。

 何事もなく帰宅した僕は玄関のドアを開けると、目の前には修羅が立っていた。


「遅い、はらへった」

「うはぁ……」


 見れば修羅のように怒りのオーラを立ち上らせる鬼っ娘がそこには立っており、思わず玄関の靴の数を数えてしまう。


「やっぱり姉さん帰ったのか……」

「ん、なかじま、帰った。早くめし」


 淡々と催促してくる彼女に小さく嘆息しながら靴を脱いで揃えると、待ちきれないという様子の彼女に近くの自販機で買ってきたジュースを突き出した。


「はい、もうすぐ出来るからそれ飲んでたらいいよ」

「……なに、これ。毒?」


 すぐさま僕をそういう風に見立て用とする彼女の頭に軽く拳骨を落とすと、彼女の前にしゃがみこんでそのジュースの缶をよく見せる。


「ほれ、メロンソーダ(・・・・・・)、って……字読めるか?」

「……よめない」


 見れば彼女は不機嫌そうに首を横に振っており、まぁ彼女の境遇を考えると仕方ないかと苦笑する。


「それじゃ、とりあえずこれから勉強するか。いつまで経っても僕と一緒とか嫌だろ?」

「ん、いや」


 即答する彼女の頭を乱暴に撫でながら立ち上がると、メロンソーダの缶ジュースを手渡して台所へと向かう。


「そういう事だ。いつまでも一緒にいるわけでもなし、とりあえず小学校通えるくらいには勉強しないとな。そこら辺座って待ってて、今貰ってきた食べ物出すから」


 そう笑う僕を、彼女は無表情に見つめていた。




 ☆☆☆




「っと……、かなり入ってたな」


 僕らの目の前には数多くの料理が並んでいた。

 子供が好きそうなハンバーグに、麺の入ったサラダに、加えておにぎり、サンドイッチである。あれだけ時間をかけて野菜炒め(劣)しか作れなかった僕とは天と地ほどの差である。

 その証拠に鬼っ娘も机の上をじっとキラキラした瞳で見つめているし、本当、店長とバイト先輩には今度お礼でも言っておこう。


「それじゃあ食べよっか。いただきます」


 席について手を合わせると、同じように真向かいの席についた鬼っ娘は不思議そうに首を傾げる。


「……いた、だきます?」

「そう、とりあえずご飯食べる前にそれ言っておけば誰も怒らないから、覚えといて損は無いぞ」

「……分かった」


 我ながらもうちょっと何か言い方あるだろうって感じだが、これまで残虐の限りを尽くしておいて今更僕が『そんな話』しても全く説得力がないだろう。どこかへ消えた紗奈さん辺りにでもしてもらえばいい。

 ということで、僕も初めてのバイトでかなり疲れているということもあって、慣れた手つきでおにぎりとサンドイッチの封を切り、食べ始める。

 ――と、そこで彼女がじっとこちらを見ていることに気がつき、見れば彼女はおにぎりの風の開け方がわからなくて硬直しているようであった。


「あぁ、ごめん」


 手を伸ばして彼女のおにぎりをとると、そのままスーッと封を開けてそのまま押し返す。


「……」


 彼女は一瞬、どうしようかと迷ったような素振りを見せたが、すぐに封の空いたおにぎりへと齧り付く。

 その姿に迷いはなく、ふと、彼女がつい最近までとは大きく雰囲気が変わっていることが気になった。


「そう言えば、僕からの施しは受けないとか。そんなこと言ってたけどアレやめたのか?」


 と、言ってから気がつく、これは失言だった。

 もしもこれで意地になって食べないとか言われたらそっちの方が困る。咄嗟に「今の嘘!」と言いかけた僕だったけれど。


「……なかじまが、どくを混ぜてわたしを殺したら、それはそれでいっしょうざいあくかんがついてまわる、って言ってたから。難しくてよくわからないけど、別にしんでもいいかなって」

「あの人今度拳骨入れよう……」


 この子にご飯を食べるよう進めてくれたのは嬉しいが、だからと言っても言い方ってものがあるだろう。僕が言えたことじゃないと思うが。

 血は繋がってないけど姉弟だな、と苦笑していると、鬼っ娘はちらりと僕を見つめてこう続けた。


「……おまえも、本当はわたしなんて、いらない、でしょ」


 その言葉に、思わず苦笑がなりを潜める。

 彼女がいらない……、か。

 背もたれに体重を預けて、天井を見上げる。


「……いや、そんなことは無いかな」


 然して口から溢れてきたのは否定の言葉。

 これには僕も驚いた。

 キツくて、苦しくて、辛くて、今にも逃げ出したくって、泣きじゃくって一人慟哭して……それでも、今僕はこの子が必要だって心の底からそう思う。

 彼女が変わったように、僕もまた、少しだけ変わることが出来ているのだろうか。

 笑みを浮かべて視線を下ろすと、呆然とした彼女はかちんこちんに固まっていた。


「どうした? 僕の答えがそんなにおかしかったか?」


 苦笑しながら問いかけると、ぱちくりと瞬きした彼女はぶるるっと身体を震わせ、コクリと小さく頷いた。


「……ん、なんで?」


 率直に尋ねてきた彼女の言葉にふむと唸るが、その答えは考えるよりも先に頭の中に浮かんでいた。


「……妹、だからかな」

「……は?」


 思いっきり嫌そうに眉を寄せた彼女に力なく笑いながら、それでも何の繕いもしないその言葉を、真っ直ぐに彼女に伝える。


「お前がどう思ってるか知らないけど、僕はお前のこと妹だ、って思ってる。なら愛すのは当然で、可愛がるのは当然で、必要とするのは当然だろ?」


 言って彼女の頭を小さく撫でると、少し冷めてきた様子のハンバーグへとフォークを差し込む。


「ほら、早く食べないと冷めちゃうぞ」

「……」


 そう急かす僕にまたも視線を向けていた彼女ではあったが、僕がその瞳からなにか感情を読み取るより先に彼女はハンバーグへと視線を下ろした。


 ……やっぱり、彼女が何を思ってるのかはわからない。

 もしかしたらその内で僕への憎悪を燃やしているのかもしれないし、父を失った悲しみを隠しているのかもしれない。

 もしかしたら夜中、彼女の部屋を盗み聞きすればそれも全部わかるのかもしれないが……。

 そう考えて、小さくフッと吹き出した。

 僕が加害者だろうと、僕がどんなに恨まれてようと、兄になるって決めたんだ。

 ならそんなふざけたことはしたくない。

 僕はただ、彼女を愛して、育て続ける。

 彼女のことを考えて、彼女のために生き続ける。

 いつか僕が『不要』となる、その日まで。


 それが今の、僕の生き方だ。




 ☆☆☆




 ――翌日。

 朝から僕は珍しく料理をしていた。

 というのも。


『あ、そう言えば南雲くん。朝から夜まで入るならお弁当かなにか持ってきておきなよ? 親御さんが忙しいならお給金から代金差し引いて昼ごはん買ってもいいけど、やっぱり自分で作った方が安上がりだしねー』


 昨日、バイト先輩に言われた言葉である。

 その言葉を受けて、昨日コンビニで売っている梅干しやらふりかけやら、そんなものを買い込んできた僕は、朝から初めての弁当作りに励んでいたのだ。


「えっと、弁当箱は……」


 ここ数日で把握しておいたキッチンの上の棚を開けると、奥の方にオレンジ色の弁当箱が入っている。取り出してみると……懐かしいな。小さい頃はこれ持って壁の外にサバイバルしに行ってたっけ。

 全然良くもない思い出に乾いた笑みを浮かべていると、階段をこつ、こつ、と不規則な足音が降りてくる。


「……ふぁ」


 少しして見れば、居間の入口あたりには眠気眼を擦りながら歩いている鬼っ娘の姿があり、彼女はそのままソファーへとダイブした。

 そして一言。


「……めし」

「お前それしか言わないなー……」


 あらかじめ分かっていたその言葉に、事前に作っておいた朝ごはんをテーブルへと持っていく。


「ほら、サラダに卵焼き、あとパンに牛乳」


 ソファーにうつ伏せに倒れていた鬼っ娘は「んあ」と用意した朝食へと視線を向けて、スンスンと匂いを嗅いで、大きく深呼吸をしてから一言淡々と。


「これ、どこでもらってきた?」

「うぐっ……」


 図星を突かれて思わず言葉に詰まる。

 サラダは単純にレタスをちぎってマヨネーズぶっかけただけ。パンは焼いたら焦げたから普通の渡したし、牛乳は言わずもがな。そして卵焼きは……。


「……昨日の残りです」


 昨日もらってきた中から、実は卵焼きだけ隠して冷蔵庫の中に入れておいたのである。

 非常に申し訳なさそうに呟いたその言葉に沈黙で返した彼女は、ソファーに座り直すと黙々とそれらの朝食を口にしてゆく。

 その姿になんだかんだ言いながら食べてくれるんだな、と安堵に頬を緩めながら、改めて自分の弁当を作るべくキッチンへと舞い戻る。


「さて、それじゃあやるか!」


 僕は空の弁当箱を睨み据え、覚悟を決めて腕まくりした。




 ☆☆☆




 ――その結果。


「……南雲くん。それ、どしたの?」

「……まぁ、その、なんと言いますか。冒険してみた末路ですかね」


 僕の目の前には、昼食の弁当が広がっていた。

 テーブルを挟んだ真向かいにはバイト先輩が座っており、彼女は「うわぁ」と声を漏らしている。

 それもそのはず、なにせ目の前に広がっているのは野菜炒め以下の失敗作である。


「こ、焦げた卵焼きに……え、焼き焦げたパンの耳? ブロッコリーとかマヨネーズに埋まってるし……。それになんか、ご飯よりふりかけ多くない?」

「ぐぅっ……」


 薄々感づいてはいたのだ。

 僕には料理の才能が壊滅的に欠如しているのだと。

 思わず肩を落とす僕に、バイト先輩は悲しげに視線を逸らして。



「……ま、頑張って」



 その言葉が一番傷ついた。


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