103.面接
「き、緊張する……」
姿見に映った自分の姿に、思わずゴクリと喉が鳴る。
目の前には中学生然とした若々しい服装に身を包んだ僕が立っており、ついこの前まで白髪で黒いスーツを纏い、血にまみれていた男とはどう見ても同一人物には見えなかった。
その証拠として。
「……ほんと、だれ」
「いやお前実はわかってるだろ」
あれから数日。
未だに彼女はそのネタでいじってくる。
前から比べれば随分と距離が縮まったように思えるが、まだ僕が近づけばそれだけ離れていくと言ったような、超えられない壁がそこにあるような感じがする。
「いやー、いいんじゃねぇの? 休日の中学生っぽいぞお前」
ソファーにぐたんと寝転がった姉さんがテキトーにそんなこと言ってくるが、どうにも緊張が収まらない。
――今日、それは面接の当日。
面接と言ってもアルバイトの面接で、この数日間はどんなアルバイトがいいだとか、どんな一般常識が必要かだとか、そんなことを延々と学習してきた。寝る必要が無い体がこんなところで生きるとは思ってもいなかったな。
大きく息を吸って、吐いていると、そろそろ時間が迫っていることに気がついた。
「……そろそろ時間だな」
呟くと、予め用意しておいたバックを手に、玄関へと向かう。
その際に疲れたようにソファーから起き上がった姉さんと、その後にちょこちょこと鬼っ娘がついてくる。
「まぁ、あれだ。私が調べたところそこは中学一年生でも十分に雇ってくれるところだし、お前は特務で『嘘』についてはマスタリーしてきた訳だろ? 何も心配する必要ねぇって」
「だれか知らないけど、うかって、ばしゃうまのように働いてきて。でないとごはんが食べられない」
「おい誰から聞いたそんな言葉……」
二人の言葉に思わず苦笑しながらも、革靴を履いて扉へと手を掛ける。
そして一言。
「それじゃあ、行ってきます」
☆☆☆
目の前には、ぽつんと佇むコンビニエンスストアがあった。
僕の面接をお願いしたアルバイト先は、家からほど近いコンビニエンスストアであった。
特にこのコンビニは日本でもこの『サッポロ』にしか存在しない『セイキョウマート』というもので、オレンジ色が印象的なコンビニだ。
「ふぅ……緊張するな」
瞼を閉ざして大きく息を吐き、姉さんの言葉を思い出す。
『いいか巌人。人間、生きてく上で緊張なんてのはいくらでも体験する。だがな、その上位三つは必ずしも限られてくるもんだ』
言って三指を立てた彼女は口の端を吊り上げて。
『三位が受験、二位が面接。そして一位が――』
瞼を開く。
するとどうした事か、先程まで身体中を占めていた緊張はほんの少しだけ収まっており、僕はその【一位】を口にする。
「――彼女の親御さんに『娘さんを僕にください』と言いに行くこと」
ものすごく限定的な一位に思わず苦笑してしまう。
しかしまぁ、なんとなーく分かる気もする。確かに受験が三位、面接が二位、そして一位はそれだろう。
なればこそ、一位に比べれば二位の面接など、正直どうってことは無い。
「さて、行くか」
一言呟いて、入口へと歩き出す。
目の前に立つと同時に自動的に扉が開き、「らっしゃいやせー」という声が響いてくる。
視線を巡らせれば、どうやら客の姿はなく、平日の昼間からコンビニを使う客もいないのだろうと納得した。
「おはようございます。本日の十時から面接の約束をさせて頂いておりました、南雲巌人と申します。恐れ入りますが、面接担当の方へお取次ぎお願いできますでしょうか?」
「え? あ、はいっ! 少々お待ちを……」
受付で暇そうに愛想笑いを貼り付けていた……女子高生だろうか、彼女はそう『テンプレート』なセリフを告げると、焦ったように店の奥へと入っていってしまった。
しかしすぐに彼女は奥の方から顔を出すと、
「あ、南雲巌人さん、でお間違いないですか? こちらへどうぞ〜」
「ありがとうございます。失礼します」
入っちゃって大丈夫なのだろうかと、少し悩みながらも職員専用の扉をくぐり、その先へと足を踏み入れる。
すると目の前には大きなソファーが二つ、そして小さな机がひとつ置かれた簡易的な面接室が作られており、そのソファーの片割れには一人のおじさんが座っていた。
「やぁこんにちは。僕はこのコンビニで店長をさせて頂いてる平橋っていいます。君は南雲巌人くん、で大丈夫?」
「はい、本日面接の件で伺わせて頂きました南雲巌人と申します。本日はよろしくお願いします」
今度もテンプレートな文章を返すと、店長の平橋さんは驚いたように目を見開いた。
そして手元の履歴書へと視線を落とし、改めて僕の方へと視線を向けた。
「えっと……あぁ、まず座ってくれていいよ。君は……中学一年生なんだよね?」
「ええ、はい。年齢的には」
――年齢的には。
その言葉に違和感を覚えたのか、彼はいきなり核心を突いてくる。
「ん? 今日って平日だけど、今はどこの中学校に通ってるんだい?」
それは僕が予期していた最も面倒な質問。
確かにいくつか対抗策は用意してきた――が、ここは正直に言うが吉だろう。
彼へとしっかりと視線を向けると。
「在学しているのは藻南中学校らしいですが、一度も登校したことがありません」
――瞬間、空気が凍った。
お客さんが居ないということでこちらの方を伺っていた受付の女の人、そして目の前に座っている店長、それぞれが『……はい?』と言った感じでフリーズしている。
「え、えっと、それは……」
気まずい雰囲気に思わず漏らした店長の言葉。
それ幸いだとばかりに悲しげに顔を歪めると、事前に考えてきた対抗策を講じてみる。
「……実は、家庭の事情がありまして。親がおらず、幼い妹と二人暮らしをしているのですが……、その。親の遺産がとうとう尽きてしまいまして。政府に掛け合ってみたものの、このご時世、ようやく安定してきたとはいえ福祉住環境も十分とは言いがたく……」
「重い! 重いな君は!」
あまりの重さに耐えきれず店長がそう叫ぶ。
しかしこの好機を逃せばもう付け入る隙はない。
特務で鍛え上げた演技力を生かして目尻に涙を浮かべると。
「僕も……本当は働きたくなんてないんです。でも、もうすぐ小学校に上がる妹の生活費を考えると……ううっ」
「分かった! 分かった雇うから泣かないで!」
――計画通り。
最初に想定していた通りのシナリオに内心で安堵しながら、目尻の涙を袖で拭う。
「ありがとうございます……」
「いやいやなんの! 中学生でなんてできた子なんだと思ったら……君も色々苦労してるみたいだね」
そう言って苦笑した店長はソファーから立ち上がると、スッと僕へと手を伸ばしてくる。
「それじゃあ南雲くん。今日からよろしくね?」
「は、はいっ! 平橋店長!」
かくして僕は独り立ちへの一歩を踏み出した。
☆☆☆
はずだったのだが。
「でぅーん……」
思わずソファーに倒れ込む。
当日から入れるということで、特例で今日から研修として働き始めた僕ではあったのだが……。
「アルバイトが……こんなに大変だとは」
思わずそんな呟きが漏れ、近くで事務仕事をしていた店長が笑いかけてくる。
「ははは、最近は近くのコンビニが改装工事をやっていてね、昼時となるととんでもない事になるんだよ」
「そ、そうですか……」
何とかソファーから体を起こしながらそう返す。
とりあえずお客さんの居ない時にレジ打ちや挨拶の仕方なんかを教わったわけだが……。
「今じゃどこもステータスアプリをかざせばいいものだと思ってました……」
「ははは……、確かに街一番の大きなスーパーや病院なんかはそうだけど、まだまだお金のかかる設備だからね。こんな田舎にあるちっぽけなコンビニ、取り入れられるだけの余裕はないんだよ」
そう笑う店長はどこか楽しそうで、不思議そうに視線を向けているとそれに気がついた彼は椅子をくるりと回して僕の方へと視線を向けた。
「いやね、君みたいな小さな子から電話がかかってきた時はびっくりして、大丈夫かなぁって思ったんだけれど。きちんと理由を持って、責任をもって仕事に取り組んでる姿を見てると、そんな心配も無用だったかなって、そう思ったんだ」
……確かに、僕は特殊な環境下で育ったとはいえ十三歳。中学一年生なんだ。
そんな相手からいきなり『雇ってください』と電話がかかってきたら、まず一番最初にいたずら電話ではないかと疑うと思う。しかし、店長それをしなかった。不安こそあれど疑うことなく僕の話を聞いて、ちゃんと雇ってくれた。
その際に嘘を言ってしまったことだけは残念だけれど……それでも。
「……店長、ありがとうございます」
そう言って、彼へと深く頭を下げる。
特務の最高幹部がコンビニの店長に頭を下げているんだ。見る者が見れば卒倒するだろうし、数ヶ月前の僕からしたら考えられない光景でもある。
けれど、今の僕からしたらこれは当然のことで。
「こんな、胡散臭い子供を雇ってくれて、本当にありがとうございます……」
「い、いいや! なんのなんの、大丈夫だよ! それよりそろそろ五時を回るよ、妹さん、お腹すかせて待ってるんじゃないかい?」
見れば時計の針は午後の五時をまわっており、焦って立ち上がる僕にレジの方から声がかかる。
「南雲くーん! レジの方は大丈夫だから今日はもうあがって大丈夫よー。料理できないんならお惣菜とか買ってったらー? ちょっとくらいならお金出すわよー」
「あ、いえ! 買いますけどお金は大丈夫です!」
「遠慮しなさんなって〜」
ぴょこりと顔を出した先輩女子高生は、いつの間にかレジ袋の中に詰め込んでいたお惣菜やら弁当やらを僕へと押し付け、そのまま手を振ってレジの方へと戻ってしまう。
「店長〜、半分くらい出してくださいねー」
「ええっ!? ま、まぁいいけど……」
店長が驚きに目を見開いたが、すぐに彼は優しそうに頬をほころばせると。
「まぁいいか、ほらさっさとあがりなさい。妹さんがお腹すかせて待ってるよ」
その言葉に、少し泣きそうになる。
これまでずっと、特務に守られている一般人をどこか下に見ていたような気がする。
今じゃそんなことはないし、そんな考えは忌み嫌うところだけれど……それでも。
こんなに大きい人を下に見ていたのかと後悔し、少し前の自分を心の底からぶん殴ってやりたくなる。
目元に溜まった涙を拭くと。
「ありがとう……、ございます」
そう言って、深く深く、頭を下げた。
この【緊張ランキング】は作者が実際に面接のときに使った落ち着き方です。
新卒の皆々様、面接頑張りましょう。