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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
102/162

102.金策

毎日投稿していた頃が懐かしい……。

 ――その後。

 母さんと特務の隊員達は父さんが連れ帰ってゆき、その代わり、ボロボロっとした姉さん及び、何故か僕らの見方をしてくれた彼女――枝幸紗奈が、我が家へと訪れた。


「……」


 目の前のソファーには件の紗奈さんが座っており、ズズズッとお茶をすすっている。

 姉さんは「疲れた、シャワー」とだけ言って、なんだか絶望したように瞳から光を消して歩いていった。今頃は特務を裏切ったことに後悔しているのかもしれない。

 父さんは僕らを失うのが惜しいと言ったが、それでも決定権は母さんにある。なれば、いくら父さんがそう言おうと、僕らが特務での仕事に溢れる未来はほぼ決まったようなものだ。


「ま、智美は大丈夫だと思うよ。これでアイツも特務では働けなくなったかもだけど、智美ってば天才だし? 彼女ならすぐに新しい仕事でも見つけるさ」

「……勝手に心、読まないでくれます?」


 そんなに顔に出てただろうか、とため息を吐くと、背後から視線を感じて振り向いた。

 するとそこには、僕の座っている一人ソファーの影に隠れた鬼っ娘が、至近距離からジーっと僕のことを見つめていた、


「うぉっ……、ど、どしたの」

「……べつに」


 しかし、相も変わらず僕のことを見つめてくる彼女。なんだか小っ恥ずかしくなってきたため、もう無視することにする。

 彼女から視線を切り、改めて紗奈さんへと視線を向ける。


「……で、何が目的ですか?」

「あちゃー、信じてくれてないねー、ボクのこと」

「……そりゃ、勝手に人の部屋に入ってきたり、勝手に自宅に入ってきたりする人のこと、信用出来ないでしょう」


 それに――

 小さく背後へと意識を向けると、相も変わらず、彼女は僕の後ろにいるばかり。

 信用したいのは山々だけれど。

 それでも、今の僕は――


「……なぁるほど。余程その子のことが大切と見た」


 思わずため息が漏れる。

 なんなんだこの人は。どこまで僕のことを見透かしている?

 眉根に皺を寄せて彼女を睨み据えると、ははっと心底面白そうに彼女は笑う。


「安心しなよー、私は基本、子供は殺さない。それが人間であっても、それ以外であっても。まだまだ先は長く、自分自身を変えることが出来るのが子供だからねー。その分、大人になってもまだ腐ってるのは許せないけど」

「……あぁ、そうですか」


 その言葉からは、嘘は感じられない。

 特務の必修科目――コールドリーディング。

 正確には心を読み取るというよりは、嘘を読み取る。

 まぁ、僕は嘘を読み取ることだけに特化したが、彼女のようにその人の言動から心まで読み取ってしまえる猛者も極わずかだが存在する。


「ま、嘘発見に関しては君の方が何枚も上手だけどね」

「これで負けてたら立つ瀬がないです」


 とりあえず嘘を言っている様子はない。

 つまりは彼女は現状――味方、あるいは中立というわけだ。

 安堵の息を吐いて背もたれに体重を預けると、ちょんちょんと肩をつつかれる感覚を覚えた。


「……こいつ、いいやつ?」

「まぁ……、そうなのかな」


 この子からなにか聞かれるのも珍しい。

 そう思いながらも答えると、奥の方から足音が聞こえてきた。


「まー、そいつは昔っから頭とち狂ったバカだからな。悪いことしなきゃなんにもなんねぇよ。てか、私なんて悪いことしても幼馴染み特典で何も言われねぇし」

「嫌だなー、ボクは智美が悪いことしてもきちんと制裁するよー? 拳骨とか」

「国滅ぼしてる奴が何言ってやがる……」


 言葉から分かる通りこの二人――幼馴染みである。

 まぁ、正直そこら辺は今はどうでもいいのだが――


「姉さん、まずきちんと服着たらどうですか」

「お、すまん……つい」


 彼女は紺色のデニムに上半身裸、という姿で風呂場から出てきており、彼女の赤い髪が長くなければ、危ういことになっていただろう。

 彼女は手に持っていた無地の白い服を着ると、そのまま紗奈さんの隣に腰掛けた。


「このノーブラお化けー」

「うるせえ死ね」


 すぐさまそう言い返した姉さんは、大きく息を吐いて天を仰いだ。


「さぁーて。黒棺の王、英傑の王、そしてオマケにA級一位、揃いも揃って特務の最高戦力三名が仕事に溢れた、って訳だが……実際問題どうするよ。今は貯金あるだろうが、それも暮らしてくってなるとすぐ尽きるぞ」

「ははー、それはやばいねー」


 楽しげに笑う紗奈さんだが、正直かなーり危うい状態には変わりないだろう。


「一難去ってまた一難……。特務との問題を解消したはいいけど、次は金銭問題……」

「私は実家暮らしだからまだいいが、お前等二人が問題だよな」

「そうだねぇ……、さて、どうしよっか」


 思わず腕を組んで唸っていると、また肩をつつかれるような感覚を覚えた。

 振り返れば、そこには不安そうに、そして悲しそうに顔を伏せる彼女が佇んでおり。


「……私の、せい?」


 ポツリと呟かれた言葉に、彼女の頭へと小さく拳骨を落とす。


「痛……、おまえ、私のこと殺そうとした」

「してないって。ていうか、お前はそういうこと心配しなくていいの」

「で、でも……」


 未だ引き下がろうとしない彼女にため息を吐くと、ソファーごしに向き直って、その頬を小さくつねりあげた、


「でもじゃない。僕が大丈夫だって言ったなら大丈夫。なにせ僕は強いからな、僕にできないことはないさ」


 だから大丈夫だ。

 今までだって、頑張っていろんなものを守ってきたんだ。

 なら、この子一人くらい、命にかえても守ってみせる。

 僕の瞳をのぞきこんでいた彼女はぷいっとそっぽを向くと、たたたっとどこかへと駆けていってしまう。


「……嫌われたかな」

「はっ、逆じゃねぇのか?」


 鼻で笑って姉さんを見るが、彼女は何も言わずに瞼を閉ざしているばかり。

 これは話す気ないなと嘆息すると、改めて二人へと向き直る。


「詳しくはわからないですけど、その貯金、とやらはどれくらい持つものなんですか? あまり残高は分からないんですけど」

「あー、仮にも黒棺の王だとはいえ、お前が正式に給料貰って働き始めたのは数年前だしな……。あの子の身の回りの世話まで考えて、あと中学生が一人で育ててくってなると……上手く行っても三年くらいか?」


 ――三年。

 今僕が年齢的に中学生一年生だとすれば。

 僕が高校一年生、十六歳になるまで。それまでに安定した収入源を手に入れなければ、まず間違いなく生活が立ち行かなくなる。

 顎に手を当てて考えていると、ふと視界の隅にアルバイト求人の冊子があることに気がついた。

 手を伸ばしてその冊子を取ると、先ほどあたりをつけておいたページを開く。


「……コンビニエンスストア。求人募集」

「ま、そうなるわな」


 姉さんがため息混じりに肯定する。

 僕はこれでも十三歳。まだまだ子供だ。

 故に真っ当な仕事について働くなんてことはおろか、そんじょそこらのアルバイトすらも断られる可能性が高い。

 故に片っ端からアルバイトの……面接だったか。それを受け、片っ端からアルバイトしてゆく。そうでなければただ貯金を切り崩すだけだろう。

 そしてアルバイトをしながらも、残った三年間で安定した収入源を見つけ出す。


「例えば会社を起こすとかねー」

「……なるほど」


 またも心を読んできた彼女の言葉にそう返すと、姉さんの拳骨が紗奈さんの脳天に直撃した。


「おいこらテメェ、十三歳のガキに何言ってやがる」

「えー! この子なら絶対出来るって。才能とかなんにもないけど物覚えは早いんだからー!」


 二人の掛け合いに苦笑しながらも、その冊子へと改めて視線を下ろす。

 不安要素は多い。僕の度を越した世間知らずさ(自覚あり)、年齢による労働不可能説、そしてこの白髪。


「……さて、どうしたものか」


 思わずそう呟いて、伸ばされた前髪を指で弄る。

 視界には白い前髪がゆらゆらと揺れており――ふと、その先で紗奈さんと姉さんがニタニタ笑っていることに気がついた。


「……何考えてます?」

「いーや? べっつにー?」


 言いながらも、二人して笑いながらにじり寄ってくる。

 いつの間にか二人の手には大きなハサミが握られており、二人の視線が向かう先を実感して身を固くした。


「ま、まさか……」

「おう、まさか面接行くってのにそんな伸びっぱなしの髪にするこたァねぇだろ? 任せとけ、姉さん達がイケメンヘアーに仕上げてやる」

「そうそう、お姉さんたちにおまかせあれー」


 言いながらもガシッと両腕を掴まれる。

 止まる気配のない二人の瞳を見て思わず頬を引き攣らせると、諦念に大きく息を吐いて――




 ☆☆☆




「……で、こうなったと」


 鏡に映るのは、髪を黒く染め上げた一人の少年だった。

 長く伸ばされていた髪は短く切られており、目が眩むほどに眩かった白髪は真っ黒、という訳では無いが、紺色に近い暗めの色へと変化している。


「おぉー! イケメンじゃねぇかこの野郎!」

「いいねいいねー、これなら世の中の姉さん達なんてイチコロだよー!」


 無駄にテンションの上がっている二人には悪いが……何だか一気に雰囲気が変わったこともあって少し落ち着かない。


「そもそも何ですか、この髪が紺色になってるやつ。そういう異能が込められた道具でも使ったんですか?」

「あー、それか?」


 言いながらも姉さんが取り出したのは、先程使っていた黒色のシャンプーだった。


「一昔前に流行ったブームでな。シャンプーをすれば一時的に髪を黒色に限りなく近いところまで染めてくれるっていうもんだ」

「あー、昔の暮らしに戻りたーい、っていう意味不明なスローガンを掲げて販売されてたやつ」


 紗奈さんが分かったように声を上げたが、正直全然わからない。多分僕が生まれるより前の話だろう。

 なんだかはしゃいでいる二人へとじとっとした視線を向けていると、視線に気がついた姉さんが一つ咳払いをして口を開く。


「ま、まぁ、なんだ。大きく雨に濡れない限りは二日くらいは持つシャンプーみたいだがな、一応毎日使っとけ。面接で『異能は何だい?』とでも聞かれれば【身体強化・弱】とでも答えとけ。そんでお前が力を出しすぎなければ問題ねぇさ」


 な、なるほど……。

 確かにそう考えると辻褄は合う。

 さすがは天才だな、と姉さんへと視線を送っていると、ふとどこからか視線を感じた。

 ぐるりと視線を巡らせると、右前方のドアが微かに開いており、その隙間から小さな瞳が僕のことを見つめていた。


「……あっ」


 ふと思い出す。

 今の僕は髪を切った上で髪を染めた、パッと見た感じ全くの別人。ならば彼女が分からないのも当然であり――



「……だれ」



 そんな一言と共に閉められたその扉を前に、咄嗟に声をかけることすらできなかった。



次回『面接』

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