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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
101/162

101.正義の味方

 ――絶対者(ワールド・レコーダー)


 それは、現時点においては二人しか存在していない、世界において並ぶ事すらも烏滸がましいとされる最強の証。

 単体でアンノウンの群れを一掃し、国家の総軍力すらも片手間で屠ってしまうとされる、最強にして、ある意味――


「――最悪、だな」


 ――最悪な存在として知られている存在だ。

 アンノウンの発生率及び、強い異能の覚醒件数は圧倒的に日本が他の国を圧倒しているため、海外では日本よりもさらに危険意識が低いわけだが、それでもアンノウンが皆無という訳では無い。故に絶対者の片割れである僕も、度々海外へと出張に行くことがあった。

 その時は『黒棺の王』という名目で行くため、基本的に子供であることを驚かれはしても、髪の色を見て色々と察してくれるわけだが――稀に、そこまで頭の働かない……言っちゃえば少しオツムの悪い国というのもある。

 例えば、某A国。


『オウ! これが高額を費やしてアンノウン退治を依頼した黒棺の王? ハッハッハー! 日本も笑わせてくれる、これなら我らが軍隊の、それも一兵卒の雑兵の方がよほど強いと思うがね!』


 ――結果、軍隊まるごと潰してやった。

 すると流石にそのお偉いさんも分かってくれたのか、顔を真っ青にして土下座してくれたが……、そういう国もあるにはあるのだ。そしてそういう国に限って『いや、軍隊潰すのも悪いですし』とか言うと、『おや、日本の最強はそんなことも出来んのかね』とか言ってくるわけだ。

 まぁ、どんな道に転ぼうとも、向こうが痛い目を見てこちらが時間を無駄にする事実は変わらない。


 ――だが、所詮はその程度だ。


 何を言われようとも、軍隊を軽くあしらって潰してやるとか、アンノウンをデコピンでスプラッタにして見せるとか、その程度しかやったことは無い。

 しかし、彼女――枝幸紗奈はそうはいかない。


 かつて彼女は、僕と同じようにある国へと出張へと訪れた。

 その国はこのご時世において、人類というのは絶滅危惧種と言っても過言ではないと分かっていて、それでも人類を――子供を、奴隷として蔑んでいる、クソッタレた国だった。

 そしてそれは、いつかこちらからも圧力をかけてどうにかしようと思っていた矢先の出来事だった。


 枝幸紗奈は、その国を――潰したのだ。


 比喩でもなんでもなく。

 ただ一言。

 ――子供に暴力を振るう国は【悪】だ。なら、そんな【悪】はボクがこの手で叩き潰そう。

 笑ってそう言って――たった一人で、その国を叩き潰した。

 再起不可能な程に。

 もう二度と立ち直れない程に、だ。

 結果として助けた子供たちは彼女のポケットマネーで経営している孤児院で暮らしているらしく、以前に行った時はとても楽しげに生きていたため、彼女の判断は……子供たちからすればよかったのだろうけれど。


 ――それでも、その狂気に塗れた【正義】の牙は、一歩間違えればこちらにも襲いかかる。


 刀を握りしめ、一歩だけ後退る。


「……鬼っ娘、絶対出てくるなよ? そろそろ覗くのも止めといてくれると助かる」

「!? う、うん……」


 珍しく素直に扉を占める彼女。

 さて、これで彼女に被害が行くことは絶対にありえない。

 なればこそ――


「一体、何のようですか、紗奈さん」

「おおう……、まさか、他でもない君から殺気を受ける日が来るとは……、少しその殺気を収めてくれないかい? ボクでも、異能無しとはいえ君に勝つのは難しそうだからねー」


 そうは言うが、実際戦ってみれば僕も無事じゃすまないだろう。下手すれば何名か、隊員達を家の中へと侵入させてしまうかもしれない。

 それだけ、彼女は強いのだ。

 だからこそ彼女の意見は聞いてやれない。

 ――彼女が、少なくとも敵じゃないと確信できるまで。


「……」

「はぁ、頑固なところはお変わりないようで」


 呆れたように呟いた彼女は、くるりと僕へと背中を向けて母さん達に向き直る。


「まぁ、この現状からだいたい察してるよ。おおよそ、巌人くんの方が……この感じだとアンノウンかな? を庇ってて、それを知った君たちが、無謀なことにこの子と戦おうとしている」

「……」


 沈黙することで肯定する母さん。

 それを見て、彼女は再度、大きくため息を吐く。


「はあぁ……、ねぇ、月影さん。あなたも馬鹿じゃないんだから、そんな戦力でこの子に勝てないことは分かっているでしょう? それを分かった上でなお――」

「どう、かしらね。もしも母である私自身がが捨て身になって突撃すれば……、巌人は、どうすることも出来ないと思うけれど」


 挑発するように、笑って呟く母さんに。

 少しだけ笑みを零し、大きく声を上げる。


「いいや、僕は母さんだろうと、誰であろうと、ここは通さないよ。もしも母さんが捨て身でこの扉を越えようとするなら――大人しく、病院送りになってもらう」


 僕の言葉に母さんは大きく目を見開き、小さく、紗奈さんがこちらを見る。


「……正気かい?」

「……」


 答えはしない。

 ただ、下ろしていた刀の切っ先を――彼女へと向けることで答えとした。

 きっと、傍から見れば正気じゃないんだろう。僕はきっと頭のとち狂った狂人で、人類の敵を守ろうとする最悪の裏切り者だ。

 けれど、正気じゃなくても別にいい。


「僕は、自分が正しいと思ったことをしてる。この先、どんな後悔をしても、その末路だとすれば納得できる」


 だから、曲げない。

 この気持ちだけは、曲げられない。

 天下の裏切り者となり、殺人鬼と成り果ててもなお。


「――ここだけは、命を賭けて守り抜く」


 刀を構える。

 視線の先にいる紗奈さんは地面から剣を抜くと、ゆっくりと僕の方へと体ごと向き直る。


「命を賭けて……ねぇ。その子を守りながらボクと戦うとなると、君……死ぬかもよ?」

「逆に言います。よりにもよってあなた相手とか……手加減なんて出来ません。正真正銘、殺す気で潰しに行きます。ので、下手すれば本当に死にますよ?」


 殺気が吹き荒れる。

 左手に剣を構え、片手を腰のホルダーへと伸ばす。

 ――一触即発。

 ピリピリと張り詰めたような空気が漂う。

 剣を握る手に力がこもり、銃の引き金に指をかける。


 そして――



「……うん、やっぱり決めた」



 呟いた彼女は、僕へと背を向けた。

 どころかその剣の切っ先を僕とは反対――母さん達の方へと向けていた。


「な、なにを――」

「いやー、ごめんね月影さん。ボクって、基本的にこの子と同じく正しいと思った方につくんだよ。まぁ、ひっくるめて言えば【正義の味方】さ。で、今回見た感じ、一方的な権力を振りかざし、子供二人を殺そうとしてる――月影さん。貴方が【悪】って判断になった」


 その言葉に、思わず目を限界まで見開いてしまう。


「さ、紗奈、さん……?」

「ふふっ、いい面構えになったじゃないか、巌人くん。安心しなよ、君は『人間』として間違っていて、それ以上に『人』としてきっと正しい。この【正義の味方】が保証しよう」


 ここから彼女がどんな表情を浮かべているのかは分からない。

 けれど、小さく振り返った彼女の口元には、安心しなよとでも言いたげな笑みが浮かんでいた。


「な、なにを馬鹿なことを……! いい加減にしなさい貴方たち! その後に隠しているのは人類の敵、害虫なのよ! その害虫たちが一体どれだけの不幸をまき散らしたと思っているの!? アンノウンに両親を殺された子供たちがどれだけいる? アンノウンの大切な人を奪われた人がどれだけいる? ……それ以上に、命を奪われた人間が、どれだけいるッ!?」


 それは、母さんが初めて見せた心の奥の部分。

 息子である僕でさえ、今まで見たことのなかった部分。

 対して紗奈さんは小さく息を吐くと、再度小さく僕らを振り返る。


「……きっと、ボクじゃ分からないくらいには多いんだろうね。だけどボクは、この子は違うと思ってる。他でもない、今までの人類史上、最も多くの命を守ってきた彼――巌人くんが、ここまでの覚悟を持って守ると誓ったアンノウン。きっと、その子なら大丈夫」

「そんな保証は無いでしょう! 現に、今までアンノウンとの共存を考えた者達は尽く失敗してきてる! そんな例は一つも――」

「――そう、どこにもないよ。だから今、作るんだ」


 言った彼女は大きく息を吸い込む。

 そして簡潔に、あっけらかんと。



「ここに宣言する。絶対者序列一位『黒棺の王(ブラックパンドラー)』並びに、序列二位『英傑の王(パンテオン)』は、現時点を以て異能力特殊警務部隊――通称特務から脱退する!」



 その言葉に、その姿に。

 思わず僕を含めたその場の全員が目を見開いた。


「ちょ、さ、紗奈さん……!」

「いいじゃないか、たまには童心に帰って思い切ったことしてもさー。それに、ボクら絶対者二人のお願いも聞けないような特務なら、そんな所に正義なんて求められない」


 彼女は母さんの方へと視線を向ける。

 しかし、その視線は母さんの、さらに後方へと向かっていた。


「さて、君たちはどうするかな? A級一位隊員、中島智美くん。そして――内閣総理大臣、南雲陽司さん?」

「――!? あ、貴方……!?」


 母さんが振り返った先。

 そこには少し衣服に埃がついた……戦闘後だろうか、姉さんの姿と、その横に佇む見覚えのある男の姿があった。


「な、何でここ貴方が……」

「いやー、なんだか巌人がスランプだって聞いたものだから。執務をぱぱっと終わらせて夕飯でも連れてこうかと思ってたんだけど……それどころじゃなさそうだねぇ、月影」


 言いながらも母さんから視線を切った父さんは僕へと真っ直ぐに視線を向ける。

 そしてたった一言。


「巌人、好きにやりなさい」


 その言葉に思わず、目を見開いた。


「僕は生憎と強さなんてないからね。君を言葉でしか説得できないわけだけど……その様子じゃ、幾ら言おうと無駄みたいだし。なら僕は――父親として、息子を信じて見ようかと思う」

「貴方ッ!? 何を言って――」

「はいはい、後でいくらでも聞いてあげるから」


 さすがは父さん、あの状態の母さんを軽く流すと、微笑みを浮かべて僕へと視線を戻す。


「母さんもこの調子だし、多分表立って支援は一切できない。仕送りも無ければ、きっと……四人(・・)で仲良く暮らすって言うのも夢のまた夢だと思う。簡潔にいえば家庭内崩壊、君は孤立し、僕は怒り狂った母さんに殴られる。ついでに言えば殴られた僕は拗ねて君と口もきかなくなるだろう。それでも君は、その先へ行くのかい?」


 その『いつも通り』に毒素を抜かれた母さんは疲れたように頭を抱え、安堵の息を吐いた紗奈さんも剣を鞘へと戻している。

 父さんは……本当に、いい所でだけはカッコイイんだよな。

 思わず内心で苦笑しながらも。



「――うん、僕はこの道を選ぶよ、父さん」



 真っ直ぐに視線を返して、そう告げた。

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