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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
兄と妹
100/162

100.決別

100話達成!

いつもありがとうございます!

 それは、曇天の日のことだった。

 鞘を握りしめながら、玄関にて靴を履く。


「……なにが、あったの?」


 不安げな声が響く。

 外から感じられる気配は、もう隠すつもりもないのか『読み取る』訓練を受けていない彼女でも分かる大きさへとなっている。

 だからこそ分かってしまうのだろう。

 ――既にこの家が、包囲されていることに。


「……悪いな、ちょっとお仕事サボっちゃって。そのせいもあってか、上司が部下を全員引き連れて来ちゃってね。すこーし、お話してくるだけだから」

「な、なら……っ! そ、そんな刀、いらない……」


 不安がり、体を震わせる彼女。

 まぁ、不安だろう。

 今のところ、多分味方は僕しかいない。

 姉さんは……どうなったかな。きっと捕まったか、あるいは向こうについたか。向こうについててもいいから無事だったらいいな。……まぁ、あの人のことだからどうせ逆らって捕まったんだろうけど。


「……この家には、僕の正真正銘、本気の異能がかけられてる。絶対に壊れることがない以上――扉さえ締めとけば、何の問題もないさ」


 この家は、絶対に壊れない。

 窓は閉めた、入る隙間など設計されていない。

 故に――正面から、玄関を開いて入る以外にこの家に侵入する経路はない。

 ――そして。


「大丈夫だって」


 笑って、その扉を押し開く。

 その先に広がるのは見覚えのある我が家の庭。

 そして――完全武装で待ち構えている、見覚えのある同僚達。

 そして、母さんの姿が。


 まさか、こんな日が来るだなんて思ってもいなかった。

 ずっと僕は母さんの言いなりになって、アンノウンを狩り尽くす人生を送るんだって、心のどこかで諦めていた。

 けれど、もう違う。

 僕の人生は、僕が決める。

 たとえ、その生き様が母さんの信条と相反していようと。


「――世界を敵に回しても、ここから先は、一歩も通さない」


 例え、母さんを殴り倒してでも。

 僕は、この子を守るって決めたんだ、




 ☆☆☆




「――巌人、最初で最後の忠告よ。後ろに隠れているその害虫を明け渡しなさい」

「断る」


 すぐさま拒絶する。

 それには今までの僕を知っていたその見覚えのある同僚達は目を見開いてどよめき、母さんは少しだけ目を見開いて――フッと、笑みを漏らす。


「……まさか、私の手を離れてやっと、そんなにも男の子らしい顔つきになるとは思わなかったけれど」

「そうだね。もう僕も十三だ。そろそろ親離れしてもいいんじゃないかと思ってさ」


 言いながらも、彼女の背後で戦闘態勢に入るその精鋭たちの姿は見逃さない。

 その全てがB級……否、A級と同格の古株たち。

 僕――黒棺の王の正体を知る、特務の中でも有数の強者たち。


「アンノウンは害虫よ。人を害すことしか知らない、人に絶望を与えることしか知らない。こちらを殺すことしか頭にない駆逐対象。それがアンノウンよ。いくら人の形をとっていようと、ソレは人とは違う――ただの化け物」


 背後で、震えるような気配を感じる。

 ……全く、大丈夫だって言ったのに、何でこう、何にでも首を突っ込みたがるのだろうか。

 まぁ、彼女くらいの年齢だとそういうことが気になるのかも知れない。

 だからこそ、確信を持ってこう言える。


「――違うよ母さん。アンノウンも、人間と同じだ」


 母さんの瞳を見据える。

 母さんが、かつて両親をアンノウンに殺されたって言うのは父さんから聞いている。だからこそ病的なまでにアンノウンを毛嫌いし、僕にそんな知識を植え付けた。

 それに関しては何も恨んではないない。なにせ今まで相対してきたアンノウンの中に、アイツやコイツみたいに、僕とコンタクトをとろうだなんて思った奴はいなかったから。

 だから、きっと彼女の言葉も正しいのだろうけれど――きっと、同じくらい間違っている。


「確かに、悪いアンノウンも多いと思う。聖獣級は下手に知性があるだけあって悪知恵が働くし、誰に教わるわけでもなく人間を殺そうとしているやつも、他には殺人そのものを楽しんでる奴もいると思う」


 そこは否定しない。

 けどさ、母さん。


「アンノウンだって生きてるんだ。僕らと同じように悩み、僕らと同じように何かを食べ、誰かと笑い、誰かと悲しみ、その度に色んなものを乗り越えて生きている」


 そう、コイツらだって生きてるんだ。

 何が正しくて、何が間違っているのか。

 考え続けて――きっと、酒呑童子は人間と手を結ぶことが正しいのだと、そういう結論に至った。

 ――けれど、僕がその理想を壊した。

 壊して、殺したんだ。


「もう、同じ失敗は二度としない。僕はちゃんと、悩んで、苦しんで、もがいて――今を生きる」


 絶対に流されたりなんてするものか。

 もう、言いなりになったりするものか。

 この先、たくさん失敗して、たくさん後悔すると思う。

 けれど、それらの失敗や後悔は、全て自分の選択の末にあるものであって欲しいんだ。

 下らない自己満足だろう。

 笑ってくれても構わない。

 けれど、誰に笑われようとも、もう決めたんだよ。

 命を賭けて――この子を守るってさ。


 腰に指した刀を抜き放つ。

 雲の隙間から漏れだした光が剣に反射し、炎のような刃文が薄らと輝き出す。

 まるで、炎のように紅く輝く刀の切っ先を彼女らへと向けて。



「僕の大切なものを傷つける奴は、誰であろうと許さない」



 もう、何も怖くなんてない。

 この先に待つ失敗も、後悔も、今僕が、すべて自分で決断したことの結果だから。

 まぁ、不安ではあるけれど。

 それでも、きっと何とかやっていける。


 この子を守るためならば、何だってやっていける。


 ――そんな気がするんだ。




 ☆☆☆




 僕の言葉に、母さんは大きく息を吐く。

 そして、その事実を改めて口にした。


「――そう、なら、もう貴方は私の敵ね」


 ――敵。

 その言葉に、胸が締め付けられる。

 ずっと一緒に生きてきた母さんから、何かに包むことなく投げつけられた辛辣な言葉に、思わず、歯を食いしばる。


「……あぁ、そうだね」


 この選択を――彼女を守るという選択をした時点で、もうすべて覚悟なんて出来ている。

 母さんと縁を切ることも。

 最悪の場合――母さんを、倒さねばならないことも。


「けど、もう決めたんだ。たとえ相手が母さんだろうとも、この先に不幸せしか待っていなくても、僕はこの道を進み続ける」


 それが、僕に出来る唯一の罪滅ぼしだから。

 彼女から全てを奪った、僕にしかできないことだから。


「……本当に、馬鹿ね」


 呟いた彼女はスッと右腕を天へと掲げる。

 その顔には、未だに拭いきれない葛藤が見て取れる。

 眉根には皺が寄り、顔には堪えきれないほどの苦痛が見て取れる。

 けれど、母さんは僕の母親であると同時に、世界を守る最高責任者である。

 なればこそ――



「特務最高司令官として命じます。あの家に住まうアンノウン。そして、南雲巌人を――殺害します」



 ――その判断も、間違っていなかったのだろうと思う。

 胸の痛みを嘘だと断じて刀を構える。

 こんな痛み、堪えきれなくってどうするんだ。

 殺すわけでも、殺されようってわけでもない。

 だからまだ、まだ大丈夫。

 こんな痛み――彼女の痛みからすれば……。


 刀を握りしめ、彼女が手を振り下ろす。

 同時に背後に控えていた特務隊員達が走り出し――



「はーい、そこまでっ!」



 爆音を届かせ、僕らの間に何かが墜落してきた。

 ――否、『誰かが』の方がきっと正しく、この世界中に、こんな芸当をして無事でいられる人物など、僕と父さん、そして……あの人しか存在しない。


「ま、まさか――」


 砂煙の向こうから母さんの驚愕に塗れた悲鳴が漏れる。

 というか、悲鳴を上げたいのはこっちの方で――


「……これは、本格的に不味くなってきたかも」


 砂煙が晴れてゆく。

 その向こうには、庭へと大きなクレーターを作り上げた張本人が立っており、彼女はスッと、握り締めた剣を地に刺し、底冷えするような笑みを浮かべた。



「さて、ボクのいない所で何をしているのかな? 最高司令官殿? そして――黒棺の王、南雲巌人くん?」



 そこに居たのは、もう一人の絶対者。


 英傑の王(パンテオン)――枝幸(えさし)紗那(さな)、であった。


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