10.シリアス
シリアス? そんなのちょぴっとです。
そうして土曜日の朝は過ぎ去ってゆき、新しい高校生活に流石の巌人も精神的に疲れていたのか、さして何をするでもなく土曜、日曜、と休日を過ごした。
伝えることがあるとすれば、それはカレンの食費が馬鹿にならなかなったことと、カレンの親御さんがそれらを考えた上でお金を持たせていたこと、そして何故かカレンが南雲家に留まり続けたことくらいであろう。
そして今日──月曜日は、高校生活の二週目でもあり、何よりもカレンの交換生としての学園生活、その初日である。
「おーいカレン、早くしないと置いてくぞー」
「ま、まま、待ってっす! 流石に置いていかれたら学校までたどり着けないっす!」
カレンはそう言うと、二階から大急ぎで駆け下りてきた。
──のだが、
「……なぁ、なんでその格好なんだ?」
巌人は、いつとと変わらぬその服装に思わずため息を漏らした。
彼女はどうやら白ジャージにブルマという服装がたいそう気に入っていらしく、聞くところによると彼女のキャリーバッグにはそれしか入っていないとの事だった。
だがしかし、流石に制服も入っていることだろう。
巌人はその『しか』という言葉をそう理解していたのだが──
「? センダイのフォースアカデミーは私服登校っすよ? 制服なんて誰も持ってなかったっす」
この野郎、本格的に白ジャージとブルマしか持ってきていないようである。あと青いコートか。
巌人はあまりにもズレたその文化を聞いて眉間を揉むと、とりあえずセンダイにはこの先訪れないことにしようと心に決めた。何だかその地域では暮らしていけない自信がある。
「まぁいいや、あとは中島先生が何とかするだろ」
「だれっすかそれ! 担任の先生っすか!?」
「はいはい、分かったから早くしてくれ」
そうしてカレンは大急ぎで靴を履き、玄関から外へと飛び出してゆく。
巌人はそれを見送ると、階段の上の方から覗く白い髪へと視線を向けると、笑って一言こう告げた。
「そんじゃ、行ってくるよ、ツム」
「ん……いってら」
そうして南雲家の、新しい一週間が始まった。
☆☆☆
学校への通学途中。
やはり巌人の黒髪が目立ちに目立ちまくっていたが、その隣を機嫌良さそうにスキップしているカレンにも多くの視線が集まっていた。
というのも、青いコートそのものが目立つ上に、それに目をつられてよく見ればそいつが着ているのはあのブルマーなのだ。そして巨乳。目立たない方がおかしいだろう。
そんなこんなで歩いていると、ふとカレンのスキップが止まり、彼女が巌人へと不思議そうな顔を向けてきた。
「そういえば、っすけど、ツムさんはなんで学校行かなかったっすか? 風邪っすか?」
「あぁ……そのことか」
巌人は何のためらいもなく聞いてきたカレンに苦笑いを浮かべると、少し思い出すかのように空を見上げた。
その瞳に映るは──確かな後悔の色。
「ツムはちょっとばかし特別な事情で幼稚園なんかに行けてなかった子でな。その上母親が物心ついた頃から行方不明で、三年前に実の父親が……その、亡くなってな……」
一瞬、巌人の顔に影が差す。
それはカレンが初めて見る巌人の顔で、いつも飄々としている彼からはとてもじゃないが考えられない、後悔と悲痛に歪んだ表情だった。
カレンはその表情に思わず目を見開き、それについて詳しく聞こうかと思った。けれども本能の所で、そこから先を聞くのはダメだ、と彼女自身に制止をかけた。
その結果彼女は聞くタイミングを逃し、巌人も普段の飄々とした雰囲気に戻ってしまった。
「ま、そんな事があったせいでちょっと数段飛ばしで大人の思考になっちゃった九歳児が小学校に馴染めるはずもなく、本人曰く『イヤ、低知能、チンパンジー。猿にしか見えない』だってさ」
そう言って、まるで何も無かったとばかりに巌人は笑う。
気がつけばもうすぐ目の前まで校舎が迫ってきており、職員室へと行くカレンと教室へと行く巌人はもうすぐ離れることとなる。今になってカレンはそのことに気がついた。
もしかしたら、巌人はこうなることをすべて読んだ上で話したのかもしれない。もしかしたら案外『話さなきゃよかったなぁ』とでも思っているかもしれない。
けれど、カレンにそれを確認するすべはなく、この数日間彼と一緒にいた彼女も聞いたところではぐらかされるのがオチだと内心で分かっていた。
「んじゃ、また後でな、カレン」
「あ……は、はいっす……」
そうしてカレンは校舎に入ってすぐのところで巌人と別れ、結局一人で職員室まで行くこととなったのだが──
「あ、職員室、どこかわからないっす……」
つくずく、シリアスとは無縁の彼女であった。
☆☆☆
巌人がいつもより早い時間帯に教室へと入った。
すると馬鹿でチャラチャラしているのにも関わらず毎度巌人より早く来ている衛太は、朝一番にこんなことを言い出した。
「おお巌人、知ってたか!? ついこの前薬局の前に出たっていうドラゴン型のアンノウン居ただろ? 噂じゃあれ倒したのってあの伝説の『黒棺の王』なんだってよー!」
「ぶふっ!?」
もちろん吹き出した。
巌人は先程までかなりのシリアスムードに浸かっていたため色々と気が緩んでいたのだ。そこにいきなり事情を知っているものからの見知らぬ噂の暴露。吹き出さない方がおかしいというものだ。
巌人は咳き込んで顔を上げると、そこにはニタァ、という擬音語が良く似合う衛太の顔が。
彼は肩を組んで教室の隅へと巌人を連れていくと、コソコソと小さな声で話し始めた。
「おいおい『無能の黒王』さんよぉ。タダでさえルビがカッケェ二つ名持ってる癖してもう一つカッケェ二つ名持ってんじゃねぇか、あぁ?」
「⋯⋯何を言っているのかよく分からないね。第一、アレを倒したのは僕だ。その『黒棺の王』とかいう奴じゃない。少しは頭を使え、馬鹿」
「はぁ? いや、つまりはおま───」
「そもそも、だ。そいつは白髪のチート能力者って噂だ。僕と正反対だろ?」
「そ、そうなのか……?」
すると衛太は近くの席にたむろっていた生徒達に何やら聞いた様子で、今度は先ほどと一転してトボトボと自席へと戻って行った。巌人もそれを見て変な噂を流されなかったことに内心で安堵する。
「何がしたいか分かんないけど、もう少し考えて行動したらどうだ? この馬鹿」
「お前にだけは言われたくねぇよシャンプー野郎!」
全くその通りである。
衛太はそう叫ぶと、むくれたように腕を組んでため息を吐いた。
「いやな、もしお前がそうだったら脅して将来、就職する時に助けてもらおうと思ってたんだがなぁ」
「脅すって……お前最低だな」
「うるせ、お前どうせ脅してもシャンプー奢っときゃ怒んねぇだろうが」
「まぁな」
巌人はドヤ顔でそう言った。
やっと巌人の扱い方を覚えてきた衛太である。
「というか、もしも僕がそうだったとして、お前一体なんの職業就くつもりだよ? 黒棺の王のコネでなれるのなんざ特務くらいなもんだぞ?」
「……あぁ、そうだろうな」
巌人の言葉に何を思ったか、衛太はそう小さく呟くと窓の外を見上げた。
その瞳に映るは、確かな覚悟と燃えるような憧憬の炎。
その様子に疑問を覚えた巌人。衛太はそれをチラリと見てため息を漏らすと、つまらなそうに口を開いた。
「俺、実はな──」
瞬間、ガララッとドアが開かれ、今日も今日とて竹刀を背負った中島先生が登場する。
偶然にもそのタイミングで彼女が現れたことで衛太の言葉は途中で止まってしまい、巌人も大したことじゃないだろうと前を向く。このヤンキー先生を前にして話を止めないのはあまりにも失策だからだ。
当の中島先生は教壇の前に立つと、いつもとは少し違った、柔らかめな声でこう言った。
「えー、今日はアレだ。このクラスにセンダイからの交換生がやって来ている。ちなみに女子だ」
瞬間、衛太を筆頭とした男子から雄叫びが上がる。
もはや衛太の顔には先程までのシリアスムードは感じられず、これからよくラブコメである「お前なんで交換生と知り合いなんだよ!?」という主人公の親友の役をやらねばならないのだが、そんなことも知らぬ彼は有頂天真っ只中である。まさにこれが『知らぬが仏』という事だろう。
彼らは雄叫びをあげて心の炎を燃やしたがが、中島先生が威圧感を纏った睨みを利かせたことでそれらは鎮火し、結果黙って男子たちは席についた。もちろんシャンプー以外はさして興味の無い上に誰が来るか知っている巌人は無反応である。
「あー、それじゃあ入ってくれ」
中島先生が廊下へと向かってそう声をかけると、それと同時に入ってきたのは相も変わらず白ジャージにブルマ、そしてその上から青いコートを羽織ったセンダイの魔法少女。
その姿に息を呑む男子生徒たち。
中島先生はそれと同時に黒板へとスラスラと『駒内カレン』という名を書き、彼女が登壇すると同時に横の方へと避けいった。
そうして初めて彼女はクラス中を見渡して、ニコリと笑ってこう告げた。
「初めましてっす! 駒内カレン、十六歳、センダイからやって来たっす! 今は師匠のご自宅に在宅中っす!」
「「「「……し、師匠?」」」」
カレンの視線を辿ったクラスメイトたちはとある一席へと視線が向かっていることに気づき、当の本人──巌人はスッと勢いそのまま後ろを振り返って、背後の衛太へとこう告げた。
「お前……、あんな娘になんて呼び方させてんだ……」
その後、衛太は誤解が解けるまでの間、しばらく弁明し続けることとなった。