負の遺産
「うわぁこりゃひどい…」
「なーにいってやがる!お前が壊したんだろうが!」
ここは商店街の一角にある魚屋。俺はマッチョマンに連れられて水槽を見せられていた。
見るも無残な姿になった水槽の残骸が並べられてる。
「こんなところで追いかけっこなんかしやがって…」
クレセントとノクの死闘はどうやら公園までの間にいくつか段階があるようだった。ちょっと嫌な予感。
「全く親は何をしてるんだか…嬢ちゃん、お父さんは?」
ふむ…。
俺の父は今は沖縄でバカンス中のハズだ。
とはいえこの体はクレセントの体。答えるならソロモンのことになるだろう。まぁ結果的にここにはいないんだが。
「いません」
「いない?…じゃあお母さんは?」
もちろん俺の母も父と一緒に沖縄で楽しくダイビングでもしてるだろう。
それにしてもクレセントの母親、つまりソロモンの妻…いるんだろうか?いや、いないだろう。俺の中の悪魔のイメージだと自分の体から分身体を作るイメージだ。
「いません」
「ふむ…今はどこにいるんだ?」
俺はそのまま言った。
「遠くにいます」
「…!!」
テカテカマッチョマンは心底驚いた顔をして、すぐに納得した顔をしてブツブツ言い始めた。
「なるほどなぁ…母さんも父さんも他界して独り身…。結果非行に走ったってわけか…。格好があんなんなのもそのせいかい…くぅ不憫だねぇ」
なんだか物凄い勘違いをされている気がする。
訂正しなきゃマズいなこれ。
「あの…」
「嬢ちゃん!」
「はぃぃ!」
俺はガシッと肩を持たれた。
「安心しな…お前もまだ子供。辛い生活をしてきたんだろう。いやいや言わなくてもいい。おっちゃんにはわかる」
多分ほぼ何もわかっていないマッチョマンが続ける。
「辛かったろう!苦しかったろう!いいんだ!泣いていいんだよ!」
泣いてるのはマッチョマンだけだ。俺は多分相当な真顔だっただろう。
「もう行きな!今回のことはおっちゃんがなんとかしといてやる!」
ツルピカマッチョマンがニカッと笑みを見せる。
おお!ハゲマッチョマンなかなか良い奴じゃねぇか!
俺も心からの笑顔で答えながらマッチョマンから離れる。
「達者で生きろよ〜!」
最近相次ぐ商店街の終焉を耳にする。
そんな商店街の一角の魚屋さん。水槽も安くないと聞く。
達者で生きて欲しいのはマッチョマンの方だと俺は思う。
俺はにこやかな笑みを見せながら手を振ってその場を去った。
「ふぅ…」
それにしてもこりゃマズいな。クレセント達はこの調子だとどこで何をやらかしてたかわかったもんじゃない。
早めにこの辺から立ち去らないと…。
ガシッ。
「………」
俺は後ろを振り返る。
優しいそうな初老のおじさんが立っていた。
「君だよねぇ?ウチの本棚倒したの?直してってくれる?」
本屋のおじさんの後ろには倒れた本棚に崩れた本の山。
俺は必死にこの場を切り抜ける方法を考えて…そうだ!
「うっうっ…実は…私お母さんもお父さんもいなくて…!」
「ハイハイそういうのは後で聞くからねぇ〜」
本屋は非情だった。
───────────────
「あぁ〜づがれだぁ〜」
俺は公園のベンチでぐで〜っと伸びていた。
もうあの後は大変だった。
本屋が終わったと思えば次は八百屋。
八百屋が終わったと思えば次は時計屋。
商店街から出たと思ったら今度はコンビニ。
果てには近くの体操教室にも捕まってしまった。
警察官に捕まらなかったのが不幸中の幸いだろうか。
気づけばもう夕方。あたりは真っ赤に染まりカラスも鳴き出した。
ふと腕にもふっとした感触。ん?と横を見る…おお!猫じゃないか!
俺は猫が結構好きである。自堕落な感じも打算的な感じも全部ひっくるめて魅力だと思う派だ。
昨今のテレビ番組とかでは「にゃぁ〜♡こじゅじんたま〜にゅあ〜♡」なんてやってるが、たぶん本当の猫の心の声が聞こえるなら「うわウッザこいつ…」「エサだけの関係なのに何言ってんの?」みたいな感じだろう、と俺は思う。
とはいえ目の前にいる猫はどちらかというとテレビ番組に出ていそうな感じだった。
やたらと俺にスリスリしてくるし甘い鳴き声なんかも出してくる。
俺は猫を持ち上げて脇をごしょごしょしてやる。
「にゅあ〜ん」
ハッハッハ。愛い奴よ。ここがええんか?ここがええのんか?
なんてやってると猫が嫌そうに抵抗した。こいつぅ〜そんな奴にはこうだぞ!
チュッ
と鼻先にキスをした瞬間。猫の顔が絶望に満ちた。急激に下がるテンション。だらりと下がった手足。見開かれた目。
…お前そんなに嫌だったのか…。
ごめんよごめんよと撫でてやっても不機嫌そうな声。
抱いても抵抗すらしない。おいおいあんまり凹まれるとこっちも落ち込むんだが。
はっ!後ろから殺気!…と同時に腕を掴まれた。
後ろを向くと幼女が立っていた。物凄い負のオーラを身にまとっている。
な、なんだ?
「ひっく…ひっく…」
急に幼女は泣き出した。
「おお落ち着いて!どうしたの!」
「ひっく…ふうせんが…」
風船?
幼女が指差す方向を見ると、公園の木に風船が引っかかってしまっていた。幼女には届かないかもしれない。
うーん…しかし幼女を泣かすのは頂けないな。幼女が泣くのはエロゲの中だけで良いのだ。
「よーしわかった!おじ…じゃなかた、お姉ちゃんがとってあげるね!」
お姉ちゃんと言うほど年が離れている感じもしないが。
「ほんとう?」
「ホントホント。すぐにとってくるからね」
そう言って俺は木に向かって歩く。あれ、近くにくると以外と高くないな。これなら全力でジャンプすればヒモまで届くかも。
俺はその場で屈んで力を溜め、全力でジャンプする。
バシッ!届いた!
…あれ?
確かに俺の手には風船があった。
しかし目の前にあった木は無かった。というか公園も無かった。
俺は空中に浮いていた。
「へ?」
と思う前に体が重力に引っ張られる。
えええ!?頭が混乱してわけがわからない。
てかヤバい!この高さから落ちたら死ぬ!
さっきはノクがいたからなんとかなったが俺だけでは…!
地面はもうすぐそこだ。
ぶつかる…ッ!
ドンッ…
………?
痛くない。というか足にくるはずの衝撃も小さい。
というか当たり前のように二本足で着地しなかったか今。
ふと視線を感じて後ろをむく。
「…………」
幼女が物凄く怪訝な顔をして立っていた。
ま、まずい。
「おねえちゃん…いまのなに?」
「な、なんだろうねー?お姉ちゃんにもわからないなー」
誤魔化そうにも俺にもわからないことだ。不自然な誤魔化し方になりながらもなんとか風船を受け取ってもらう。
「ふーん…」
幼女はしばらくこっちを睨んでいたが、急に顔色を変えて「ありがとう!」と言うと走って去っていった。
ヤバい人には近寄らないのがベスト。どっかの格言も幼女にはしっかり伝わっているようであった。
幼女の背中から負のオーラは消えていなかった。
…しかしこりゃマズいな。
俺は自分の体を眺める。傷ついたところも痛むところもない。足の裏を確認するがブースターが付いているわけでもない。
どう考えても自分の力であの跳躍を行ったとしか思えない。
なにが原因かわからないが…思い当たるのはもちろん、クレセントの力だ。
もしかして魂がちょっと残ってたり?アレプトを疑うわけではないが、こんな力が発揮されてはあながち間違いでもないかもしれない。
とりあえずノクに聞いてみるのがベストだろう。
…ノク?
「あっ!」
そういや朝からずっと林に戻ってないんだった!
あの調子だと適当な犯罪者に攫われてもおかしくない。
急いで向かわないと……。
ふとベンチに寝転ぶ黒猫を見る。
「もしかしたら気分が戻ったりするかもな…」
動物にはリラクゼーション効果があるなんていうしな。とりあえず連れて行っても損はないだろう。
俺はぐったりした猫を脇に抱えて、ぐったりしてるであろう少女のいる林に向かった。
次は2/9夜投稿になります。
※誤字訂正致しました。(2/9)