悪魔達の語り
「まさかとは思ったが本当に中身が入れ替わっておるとはのぅ」
黒髪の美少女、クレセントの身体の中身が入れ替わっていることが判明してから、魔物達の対応は一変した。
会議場で俺を煽っていた魔物達は皆、急にバツが悪そうな顔をして謝ってきたのだ。
さっきの罵声とのギャップで逆に驚きだ。
「魔物ってのがあんなに真摯だとは思いませんでした」
俺は金髪の老人、アガレスとともに廊下を歩いていた。
どうやら応接間に通されるらしい。
「魔物ではないぞ。悪魔じゃ」
「悪魔?」
「そうとも。我々は魔界に属し、皆ソロモン様にお仕えする悪魔。聞いたことはないか?『ソロモン七十二柱』」
「ああ!あの」
流石に俺がそっち方面に疎いとはいえ名前くらいは知っていた。疎い俺が知っているのだから相応に凄いのであろう。
「ふむ、近頃の人間は悪魔信仰が薄れたと聞いておったが全く伝わっていないわけではなさそうじゃな」
そう言いながらアガレスは一つの扉の前で足を止めた。
「ここじゃ。中でソロモン様がお待ちじゃ。」
ええ!?あのデッカい奴がここに入ってんのか…?
中は広いんだろうか。
頭だけ無理やり押し込んできて【フゥゥ…】とかされたら嫌だな…。
俺は恐る恐る扉を開ける。
ギィ……。
「おォきたか」
あれ?
ソロモンは俺の思ったような巨体ではなく、普通の牛の化け物サイズに縮んで座っていた。
とはいえ身体の小さい俺からすれば二倍ほどの大きさはあるのだが。
部屋の中は豪華な装飾に彩られていたが、けばけばしいといったことはなく実に落ち着く空間に仕上がっていた。
「まァ座ってくれェ」
俺はソロモンの前の豪華なイスにちょこんと座る。
座高が低いせいでちょっと背伸びをしないと向こうの顔が見えないな。
うーんと背伸びをしていると俺の前にそっと紅茶が置かれ、ついでにクッションを持ってきてくれた。
アレプトは執事をやってるのか。ん?メガネは書類仕事の時だけなのか…遠視か?
それにしても気がきくな。んしょんしょっと。
ソロモンは普通のため息を一つついて話し始めた。
「いやァ今回は本当に申し訳ないことをしたァ」
ソロモンが軽く頭を下げた。
「それでええとォ…そこの…」
俺の事を呼びかねているソロモンに名前を教える。
「ルノです。寺堂瑠乃」
「おおォ、かたじけないィ。それでルノ殿ォ、実は先に聞いておきたいことがあるのだがァ…」
そう言うとソロモンはドアに向かって声をかけた。
「サブノックゥ!入れェ!」
するとドアがガチャリと開いて可愛い少女が入ってきた。
白髪に修道服……ん?…なんかどこかで…
「此奴をどこかで見かけた覚えはないかァ?」
サブノックちゃんは物凄くビクビクして扉を開けたところで固まっていた。
なんだろう。確実にどこかで見たんだが…
「何をやっておるゥ、はやくこっちに来いィ!」
「は、はい!」
サブノックちゃんがこっちに走って…走って…!!!
「あっ!」
そ、そうだ!公園で追いかけっこをしていた少女達!
俺が助けようとした黒髪と白髪のコンビ!
「へっ!?わわっ」
急に声を出したものだから驚かせてしまったか、つんのめってしまった。なんとかアレプトが支えたおかげで転ばずに済んだようだ。
「その反応ゥ…ルノ殿、やはり見たことがあるのだなァ?」
「は、はい、実は…」
俺は公園で二人を見かけ、身を投げ出し、事故にあったことを彼に説明した。
「ふむゥ…これはアレだなァ、アレプトォ」
アレプトが頷く。
「はい。『転生術式』を使ったのでしょう」
「あのじゃじゃ馬が『転生術式』まで覚えているとは夢にも思わなんだァ」
「太古より禁忌とされてきた技ですので恐らくサタン様にでも無理やり頼みこんで教えてもらったのでしょう」
「はァーまたあの強面に謝りに行かなければならないとはァ…気が進まんなァ」
ソロモンが強面というからにはきっと相当な強面なのだろう。自分の顔を棚に上げてる訳ではないはず。たぶん。
しかし…転生術式ってなんだ?
「精神体と魂を身体から切り離し、別の身体へと移す術式のことです」
よく分からない、という顔を見てアレプトが説明を入れてくれる。
「人を構成しているのは身体、魂、そして精神体の三つです。精神体は感情や記憶を、魂は技術や能力や寿命を、そして身体はそれらを組み合わせて物質界に発揮することを司ります。」
へー。魂と精神体って違うんだな。
「サブノックに捕まりそうになったクレセント様は、最後の力を振り絞って近くの適当な身体へ転生したものだと思われます。そして残ったクレセント様の元の身体に、近くの事故で死んだルノ殿の魂と精神体が入り込んだのでしょう。」
おおっ!
牢屋で考えていた俺の疑問も解消された。
どうやら俺が死んだ直後にクレセントは捕まっていたようだ。そして転生術式を使ったクレセントの身体へ俺の精神体と魂が…。
とりあえず俺が誰かさんの意識を塗りつぶして憑依したわけじゃなくてよかった。
「しかしこれでまたクレセント様に逃げられてしまいましたね」
アレプトは困り顔だ。
「きっとすぐ近くの身体へと移ったハズだがァ…全くあいつにも困ったものだァ…我が配下から力を奪って逃げェ、やっと捕まえたと思ったらこれだァ」
「サブノックも詰めが甘いですね」
アレプトに責められて、サブノックちゃんがしゅんとする。可愛い。
…そう言えば捕まえたのは彼女だったな。きっと大手柄だと喜んでいたに違いない。なんか可哀想だな。
「まあァ無理もないィ…転生術式などここ最近はァめっきり見かけなくなっていたからなあァ………おおォ、ルノ殿。これで事実確認は終わりだァ。今回は本当にご迷惑をおかけしたァ」
ソロモン達三人が頭を下げてくる。多分初じゃないだろうか。悪魔三人に頭を下げられた人間って。
「人間が魔界へと来てよくぞ正気を保ってくれたァ。見慣れぬものに囲まれてェ、たいそう怖い思いをされただろうゥ」
主に貴方にされました、とは流石に言えない。
「は、はは、まぁそうですね…。あ!でも悪魔の方々がこんなに人間に対して真摯だとは思いませんでした」
「ふむゥ…?」
ソロモンは急に顔を曇らせた。ちょ、ちょっとまずかっただろうか。確かにこれは悪魔が普通は真摯ではないと思ってる奴の発言だ。
「まァ…その認識も仕方のないことだろゥ…だがァ、実のところォ…悪魔というのは名前のように完全な悪ではないのだァ」
はて?どういうことだろう。
その顔をみたアレプトがすかさず説明を入れてくれる。
「悪魔とは契約によって力を与える存在。我々悪魔は契約を絶対とし、かつ契約者に嘘をつくことはほとんどありません。悪魔の悪いイメージが蔓延したのは主に人間の契約者の願いが歪であるからでしょう」
「つまり…悪魔が悪いんじゃなくて人間の望みの方向性が間違っている…ってことですか?」
「たいていの場合はそうなります。人間が我々との契約において付与した力を使って行うことに、我々は制限を設けません。悪魔と魂を交換すると地獄行き、などというのも迷信です。まぁ我々の力を借りてやったことで地獄の代官が怒るなんてことはあったでしょうが」
人生に負の願望を抱えた人間が揃いに揃って悪魔と契約したために、悪魔自体が悪者扱いされているのか。
…そうなるとそんな悪魔達を激怒させたクレセントって一体なにをやらかしたのやら。
「そういうことだァ。ここ数十年の人間が悪魔を使ってやることはァ…殺しィ…女ァ…金ェ…全く嘆かわしいィ。知識の追求をしていた頃の悪魔信仰者はどこへいってしまったのかァ」
やれやれと言った感じでソロモンは愚痴る。
「それにィ…そういう意味では悪魔なんかよりィ…」
急にソロモンの手が震えだす。
「『神』…『天使」…奴らの悪どさといったらァ…悪魔などとは比べものにならぬゥ!」
ソロモンの声が怒りで震えている。というか身体中が震えている。これヤバいんじゃ…。
「ソロモン様。ここで解放されては皆の住処が無くなってしまいますゆえ、どうか…」
「…………うむゥ…すまないィ…」
ソロモンの震えは止まった。アレプトグッジョブ。
てか解放って巨大化のことか?この牛、怒りで巨大化すんのかよ…。
「…そうだなァ…これも何かの縁だァ。話しておこうゥワタシのこれまでとォ、神についてェ…」
ソロモンはそう言うと、手のひらをギュッ組んでゆっくりと話し始めた。
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ソロモンは完璧な男であった。
王となるべくして産まれ、その才は政治、武芸などあらゆる方面で存分に発揮された。
彼は他の王位継承者を圧倒し、全てに通じる知と何者にも負けない力を持つ王になった。
美しい妻を娶り、国は栄え、自らの叡智に並ぶものなどおらず。
世の理でわからぬことなどなかった。
彼は更なる知を求め、神と邂逅すべく更に自分を高め上げた。
しかし神はそれを許さなかった。
地球を司る神は自分の権威がソロモンに奪われることを恐れたあまり、ソロモンを殺そうとしたのだ。
しかし既にソロモンは神に近しい存在。そのままでは神とはいえども殺すことは容易ではなかった。
そこで神は自らの使いをソロモンの付近に潜り込ませ、ソロモンの統治に歪みを生じさせていった。
国は荒れ、土地は痩せ、人々は死んだ。
晩年、全てに疲れ果てさせられたソロモンは神の手によって魔界へと追放されたのであった。
皮肉にもソロモンが会いたがった神こそがソロモンを奈落へと蹴落としたのである。
ソロモンは暗い闇の中で誓った。必ず神に復讐してやる。そう誓ったのだ。
神はそれからも地上をその方法、すなわち自分の使いを人間の社会のあちこちに潜り込ませる方法で世界を支配し続けた。
自らを崇めさせるべく教会をつくり。
神の使いを『天使」として人々の前に時折降臨させ。
そして救いを与える振りをして人々を自分の都合のいいように操っているのだ。
───今も、なお。
諸用で投稿を一日空けさせて頂きます。
次の投稿は2/4夜になります。




