ソロモンの娘
挿絵があります。
ご注意ください。
いやー…わっかんねー…。
俺は牢屋をぐるぐる歩き回っていた。
何度記憶を手繰り寄せても、車に撥ねられてからこの状況までの記憶は出てこなかった。
推論ならいくらでも出てくる。
例えば俺が死ぬ間際に急に変身能力を得たとか。
例えば誰かが俺の脳を美少女に移植したとか。
例えば俺が誰かの身体に憑依したとか。
だがあくまで推論。確信を持って、これだ!と言えるようなモノはなかった。
とりあえず確実に分かることは三つ。
俺が美少女になったこと。
なぜか牢屋に入れられていること。
胸のあたりを触っているととても幸せになること。
とりあえずこの三つは確実だ。なんせ疑いようのない事実だけ。つまり考えても進展がなかったってことだ。
うーん…なんとかせねば…
ピチョ。
うげ!考えながら歩いていたら水たまりに足を突っ込んでしまった。
ふと揺れる水面を見つめているとなんだか記憶をこしょぐられているような感覚に陥る。
落ち着いた水面を覗く。相変わらずの美少女具合だ。
黒髪にゴスロリ。でっかいリボン。ん…?
なんか既視感あるんだよなぁ。
俺の脳内人気ジュニアモデルのページを開くが該当しない。うーんわからん。しばらく見ていたら思い出すだろうか。
うんうん唸りながら色んなポーズをとってみる。
両手をグーにして顎に当てる。
腰に手を当ててえっへん。
裏ピース。ダブルピース。
アヘ顔ダブルピース。ブリッヂ─────。
──牢屋の外で大量の兵士がじっとりとこちらを見ていた。
急にハッとした顔をして目をそらして言った。
「……じ自分たち何も見ませんでしたから…」
…流石に無理がある。
「ぬ、主様がお呼びです。どうかこちらへ。」
そう言って牢屋の鍵をガチャと開けて鉄格子を開いてくれた。
とりあえず人には会えたんだ。今の状況について色々聞きたいことがある。
牢屋を出たところで横の兵士に話しかける。
「あの…」「ヒィッ!!」
…え?
俺が声をかけた兵士は急に奇声をあげて壁まで逃げた。
なんだ?
反対側に立っている兵士に聞いてみる。
「ええと…」「…!!」
明らかに様子がおかしい。目をこちらから逸らして足をガクガクさせていた。
「参ったな…」
そう思って頭を掻こうと腕をあげる。
「うわぁぁああ!」「嫌だ!死にたくない!」
………………。
腕を下ろすと兵士たちはあからさまにホッとした顔をした。
……もう一度腕を上げる。
「やめてくれぇ!」「ひいいぃい!」
腕を下ろす。ホッ。
腕を上げる。「助けてええええ!」「ママーッ!」
腕を下ろす。ホッ。
腕を上「やめんか!!」バキッ!「いでっ!」
後ろからゲンコツを食らわされてしまった。
「全く…此の期に及んでしょうこりもなく兵士をいびりおって…これが娘とは主様も苦労なさるわい」
金髪の老人だ。やれやれといった感じでため息をついていた。
いやだって反応がやたらと面白いから…。
というか此の期におよんで?主様?
「主様がお呼びじゃ。ついてまいれ。」
ツカツカと廊下を進んでいく老人。兵士に話を聞こうにも答えてくれる気配はなさそうだ。俺は急いで老人の後を追った。
───────────────
俺が呼び出されたのは丸い会議場のようなところだった。
正円でできたドームみたいだ。老人と俺はドームでいう競技エリアの入り口に立っていた。
「ほれ、皆が待っておる。行きなさい」
え?この真ん中に立つの?
「何をモタモタしておる。ほら行かんか!」
老人に押され、転びかけるようにして俺は円の中心に向かう。
ん?なんか影が…
ふと横を見る。
「うわっ!?」
「ん?」
オ、オーク!?
なんじゃこりゃ…馬鹿でかい豚のような化け物が会議場の席に腰掛けていた。
と思っていると、
「おい皆ァ!クレセント嬢が来たぞォ!」
と大きな声で叫びだした。
クレセント…?と思う暇もなく罵声が浴びせられる。
よく見れば辺りは化け物で埋め尽くされていた。
スライムから始まりドラゴンまでRPGの世界に出てくるような魔物たちが会議場の椅子に腰掛けているのだ。
「やっと来たかクレセントォ!」
「主様の娘だからってやっていいことには限度があるんだよこのガキぃ!」
「ほらさっさと証言台に進めェ!」
な、なんだこれ!てか証言台ってこれ裁判なのか!?クレセントって誰!?
老人の方を伺うがもうすでに姿はない。
飛び交う声にビクビクしながら証言台と呼ばれている丸い台の上に立つ。
台の上に立ったはいいが丸いからどっちを向いたらいいかわからない。
キョロキョロしていると大きな音が響いてきた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
俺の入ってきた入り口が地下に降りて行って上に乗っていた巨大なビルのような直方体がガゴンッ!と設置された。
大きすぎて最初はよく分からなかったがもしかしてこれ法壇か…?
まさか「死刑!」とか言ってこのまま倒れてこないよな…。
ズゥウウウウン……!!
な、なんだこれ?
「主様た!主様が来たぞー!」
「ソロモン様バンザーイ!」
ソ…ソロモン!?
ズゥウウウウウンン………!!!
どこだ?どこから…………あ…………。
きっとその時、俺の顔は引きつって固まっていただろう。
ズゥウウウウウンンン………!!!!!
ビルの如き法壇。
その法壇の、優に3倍はあろうかという大きさの超弩級巨大建造物。
牛の化け物が遥か高みから俺を見下ろしていた。
───────────────
【フゥゥゥ……】
口の辺りの空気が蜃気楼のようにゆらゆらしていることから、物凄い量の熱風が出ているのがわかる。
息を吐くだけで上昇気流でも起こって雲でもできるんじゃないだろうか。
俺の知っているソロモンはこんな動く災害みたいな奴じゃないんだが。
【全くゥ…お前にはァ困ったものだァ…】
体の芯が震えるような音圧だ。実際震えている。体全身。
【今回はァ…これまでとは違ァうゥ…分かっているだろうなァ…?】
この様子だと俺の身体はどうやら相当曰く付きの代物らしい。
しかしこれで推論のうち、変化の線は完全に消えた。
体には前の持ち主が居る。名前はクレセント。そして相当なポカをやらかしたようだ。
この弩級牛魔王の言葉を聞く限り前にも何度かやらかしをしているような印象を受ける。
【返事はァ…】
「えーと…」
返事はと言われても俺が何かやらかしたわけではない。
だが何か言わなければ…えと…えーと…
【返事はァ……どォしたァアアアア!!!!!!】
「ひいいいぃいいい!!ごめんなさいごめんなさい!」
暴風とかいうレベルじゃない。これはタイフーンだ。
てか今上の方の奴ら何匹か飛んでいかなかったか。
「ソロモン様、そのくらいになさっては。今回のクレセント様はいつもより圧倒的に大人しくしておられます。きっとクレセント様も今回の事件の重大さが身に染みて、反省しておられるのでしょう。」
【おォ!アガレス。そなたが言うのならァ…】
おっ!さっきの金髪の爺さん!ナイス!
【ただァ…今回のことはァ…事がことだァ…早急な解決がァ…望ましいィ…クレセントォ!】
「は、はぁい!」
俺は今度はちゃんと返事をする。
【今回の件はァ…そなたが反省しているとみなしィ…早急に皆に返却するのならァ…許してやっても良いィ…】
「おお!なんと寛大な処置!」
「流石ソロモン様!」
吹き飛ばされた奴もいつのまにか戻ってきていた。健気だ…。
【ではァ…皆の元に返却せいィ…】
…んー…と言われてもな。俺にはそもそも何を返却するべきなのかすらわからない。
「あ、あのー返却ってのは…」
【何を言っておるゥ…そなたが我が家臣一同から盗んだァ…魂に決まっておろうゥ…!】
た、たましい?たましいってあの魂か?
どうしよう。絶対持ってない。と思う。
「あの…多分、持ってないと思うんですけど…」
【…そんなわけがァ…なかろうにィイイイ!!!】
やべぇ!また風がくる!
「お待ちください」
ん?メガネのインテリ風イケメンが立ち上がった。
【…ンゥ?アレプトォ、どうしたというのだァ】
「どうやらクレセント様の様子がおかしいと思いまして。独断で調べさせて頂いたところ、どうやら精神体が他の誰かと入れ替わっているようです。魂ももちろん持っておりません」
大爆笑が起こった。
「クレセント様が大人しいと思ったら…プッ…中身が違うってぇ!?」
「ハァッはははは!!こりゃ腹がいてぇや!」
【ぐァーッはッはッはッはァア!!!…アレプトも面白い冗談をォ…言うようになったではないかァ!】
一同はしばらく笑い続けた。
だがアレプトは一向に笑う気配がない。
アレプトが延々と真顔を貫き通すのを見て、アレ?もしかして?と次第に会議場は静かになっていく。
最後まで笑っていたのはソロモンだった。
【ハァーッハッハッ………はァ?】
キョロキョロ、ではなくブオン、ブオンと首を振って周りを見渡す。
そして最後にアレプトの方を見る。
アレプトがコクリと頷いた。
ソロモンは再び軽く息を吸い込み。
【……ハッハッ…………まァジで?】
なんとも言えぬ空気が会議場を包んだ。
次は2/2夜投稿になります。