水たまりの美少女
「やっべー……」
目が覚めてから一番最初に口から出た言葉はそれだった。
それもそのはず。
俺は牢屋の中にいた。
古めかしい石造りの、それもめちゃくちゃ厳重な奴だ。
それだけなら、まだこう思うことで納得できたハズだった。
『事故にあった俺はなんとか一命をとりとめた』
『しかしロリコンがバレた俺はブタ箱にぶち込まれた』
これしか考えられない。
少なくとも事故から助かった自分が牢屋に入れられる理由としては十分なものだろう。
日本において、いや世界においてロリコンは社会的弱者。
もし事件が起これば悪いのは確実にロリコンなのだ。
だがその推論も牢屋の中を散策している内に確信を持って否定できてしまうことになる。
牢屋の隅。溜まった水たまり。
ロリコンにはこんな牢屋がお似合い。そういうことだろうか。
不衛生だな、そう思って水たまりを覗く。
ヒョコッ。
───黒髪美少女が水たまりを覗いていた。
「………?」
…フリフリ。
手を振ってみる。
向こうも振りかえす。
…ニコッ!
笑顔を向けてみる。
向こうも笑顔だった。
───全く同じタイミングで。
「…………」
ふと自分の体を見下ろしてみる。
華奢な足。透き通った肌。ゴスロリ服。そして…
…ムニュ。
「う…ぅおぉおおお!!?!?」
胸には小さいながらも触りなれない二つの柔らかいのがくっついていた。
なんで!?どうして!?
どうしてこうなった!?
驚きと興奮で頭を混乱させた俺は、なんとか今日あった出来事をもう一度思い出そうとしていた。
───────────────
散歩。それは我々ロリコンの日課である。
今日は春先の土曜日。もう行く先は決まっていた。公園である。
俺、寺堂ルノも例に漏れず日課をこなそうと朝の支度をしていた。
俺は職質対策にサラリーマン風の格好に着替える。最近は子供を見守るパパさん方面はもう流行遅れ、というのがネットのとある掲示板の定説であった。近くの子連れの母親に話しかけられ
「どれがあなたのお子さん?」
と聞かれると「ハハハ…ハハハ…」と誤魔化して笑いながらその場を離脱するしかないというのが弱点として考えられた為である。
ジョギングの休憩をするスポーツマン方面は今でも根強い人気を持つが、ただしそれは体型がある程度引き締まった人にしか使えない。
そうなれば自ずと出来る格好はサラリーマンに落ち着くのであった。オーケイ、皆まで言うな。
学生時代は運動部に所属していた俺は就職してからも食生活を変えることはなかった。
25歳独身の俺の仕事は技術職。この脂肪を世のエネルギー問題の解決に利用できるのではないか。そう考えたのも一度や二度ではない。
身長もそこまで高くない俺は、そろそろバランスボールとして転がっても遜色ないほどになっていた。顔のパーツも横線三本。身体部分が太ったお地蔵さんをイメージして頂けるとわかりやすいだろうか。
日差しは暖かい。ふと見ると俺の肩をテントウムシが登ろうとしていた。
小さいモノ好きの自分としては無造作に払うのは好ましくない。進行方向に指を置いてそのまま登らせ、空に飛ばしてやる。普段の仕事では到底味わうことのない季節感。今日一日が楽しみで仕方がなかった。
目的地の公園に着いた頃には俺の上着はカバンの中に畳まれていた。
もう春も真っ盛り。流石に上着を着るほどではなかったようだ。
どれどれ。今日は…おっ!いるいる!
土曜日だから学校の友達でも連れてきているのだろうか普段よりも大人数の子供達が遊具で遊んでいた。
俺はのそのそと公園に入り定位置のベンチに座る。公園の中でも木が生い茂った辺りであり、夏の終わりまでは重宝する場所だ。もちろん持ってきたノーパソを開いてカモフラージュするのも忘れない。
少しするとボールが転がってきた。
もちろん優しいサラリーマンはボールをキャッチし可愛い幼女に渡してあげる。
「ありがとうおじさん!」
菩薩のような笑顔で幼女を見送って俺はベンチに戻る。
え?手を出さないのかって?
答えはノー。なぜなら宗派が違うからだ。
俺の宗派はロリスト教の中でも穏健派に位置する、「ノータッチ派」だ。
世の中には「イエスタッチ派」なんていう過激派もいるらしいが俺にはさっぱり理解できない。
俺たちのような汚らわしい俗物が神聖なる幼女に触ることなどそれこそ偶像である幼女への侮辱に他ならない。それが俺たちノータッチ派の信条とするところであった。
YESロリータ、NOタッチ。
間違えてはならないのは立場関係。
ロリは神の使い。我々は救われる者。
下手に神に近づこうとする者はイカロスのようにその翼をもがれるのだ。
ふざけて抱き合っている幼女。
遊具に登る幼女達から垣間見える絶対領域。
輝く神の使いの威光。
おほっいいねぇ!
今日は大収穫間違いなしだろう。表情にこそ出さないが心の中でガッツポーズ。
今夜は俺も脂肪をそこそこ燃焼できそうだな。
そんなことを思いながら三十分ほど眺めていると向こうのから此方に走ってくる二つの影。
「!?」
俺は驚きを隠せない。
俺はこの公園の近くに住み始めて今年で三年になるが、三年の間この二人ほど奇抜なペアは見たことがなかった。
なにしろ片方はゴスロリ。白を基調とした可愛らしいフリルの服に黒のリボンが所々に結んである。大きなリボン型の髪留めは黒と赤のストライプが走り、黒いツインテールが白い肌とのコントラストでよく映えていた。
そしてもう片方は修道服。こちらも白を基調とした長めのローブに青と金のラインがあしらわれている。最も特筆すべき点はその白髪だろう。
歳はどちらも十歳ほどであろうか。
二人の両方が相当な美少女であることもこの状況の特異性を際立たせていた。
俺は思った。
日本始まったな!…と。
コスプレといえば某オタクの祭典、コミックなんちゃらを想起する人も多いだろう。俺だってそうだ。
だが俺はあれらのコスプレにまるで魅力を感じない。なぜか?
簡単なことだ。全員が全員、揃いも揃ってババアだらけなのだ。
ほうれい線の入ったオバサン達が本来中学生の設定であるはずのキャラになりきる。セリフを言う。ポーズをとる。
そしてなんたることか、男達はそのオバサン達を見て欲情し、写真を撮り、ネットで語りあうのだ。
『あの娘可愛かったよな』
嘆かわしい。日本は終わりだと言われればそうだろうと答えるほかなかった。
だがあれを見よ。あのコスプレ幼女達を。
磨いた彫刻のようなシワひとつない白く輝く肌。
体力の衰えを感じさせない体の動き。
まさに天使という名を冠するに相応しい存在。コスプレとはまさにあのようであるへまきなのだ。
日本の子供たちのファッション事情は気づかぬうちに此方の領域に足を踏み込んでいたようだ。
恐らく例の大手ファッション雑誌か何かで大々的に特集が組まれたのであろう。
『今をときめくコスプレガール、ロンドンからやってきた本格派ドレスコーデを鴨のアヒージョとともに』…みたいな。
最近のファッション雑誌は一周回って過去のファッションをまた繰り返し始めた。なーんて言ってたような気がしたが、実際気のせいだったようだ。
しかし迂闊だった。件の大手ファッション雑誌はモデルがお気に入りの娘から変わってしまってから全く購入していなかったのだ。
もしこんな情報が耳に少しでも入っていれば…。カメラを持ってきていないことに対しての後悔は尽きない。
かけっこをしているのだろうか、白髪が黒髪を追いかけて遊んでいた。
二人の美少女はどんどん此方に向かって大きくなってくる。
これは脳内に保存するのがベストかな。そう思った俺は彼女達から目を逸らさずにいた。
…アレ?なんだか様子がおかしい。
黒髪ゴスロリの顔は必死の形相だった。目からも口からも顔の全てのパーツから『ヤバい』と言っているような全力の逃げ。鬼気迫るものを感じる。
追う白髪ローブの方も必死の形相。此方は言うなら『逃さん』と言ったところだろうか。鬼ごっこなんかじゃない。鬼だ。あれは鬼の形相だ。
女の子のかけっこというのはもっとフワフワっとした感じではなかっただろうか。こう花のトーンとかが似合う感じの。
そんなことを思っていると美少女達がついに此方のすぐ目の前までやってきた。そのまま公園を抜けて道路へ…
ブゥウウウウ…。
ハッ!
だ、ダメだ!!
向こうから走ってくる大型ボックス車。二人に気づいている様子もない。
俺はいつのまにかノーパソを放って走り出していた。転がるように走り出した俺は美少女二人に声をかける。
「危ない!止まって!止まれ!」
だが彼女達は追いかけっこに必死でまるで気付く気配がない。
このままじゃブツかる!!
俺は運動部時代のことを思い出し最後の力を振り絞って前にジャンプした。
ああ…俺の人生は終わった。儚いものだ。だがこの幼女達は俺が車とのクッションになることで助かるだろう。それならば救われる。
さぁおじさんのお腹に飛び込んでおいで!
黒髪美少女は瞬間、俺に気がつき。
そして、俺を飛び越えた。
「ぇ…」
体が空中でそのまま捻られ上を向く。
潰される俺が最後の瞬間に見たものは、二人の天使が空を飛んでいる場面だった。
「ぁ」
俺はパンと弾けた。
次は2/1朝になります。