春の始まり
今回短めです。
「で?」
俺は黒猫…ではなく黒猫に憑依したクレセントを正座させていた。猫の正座はちょっと間抜けだ。
「お前がクレセントなんだな?」
「…………」
クレセントはツン、とした態度で答えようとしない。
コイツ此の期に及んでよぉ…。じゃあこっちにも考えがあるぞ。
「…よぉーしわかった……ノクー!!クレセント居たー!!」
「わぁー!!やめろ!頼むやめて!!」
クレセントは必死に猫パンチで抵抗する。
「はぁ…あのな、俺はお前を魔界に送り返すのが任務なの。それでお前が『どうしても話を聞いて欲しい』って言うから、今ノクを呼ばずに話を聞いてやってるんだぞ」
「うぅ…」
あの後クレセントを見つけた俺はノクを全力で呼びに行こうとした。だがクレセントが「訳があるんだ!アタシを売らないで!」なんて言うもんだから、とりあえず話を聞こう。そういうことになった。
「もう一度聞くぞ。お前がクレセントだな?」
「うぅ…そうだよ…」
「ノクー!クレセント見つけたー!」
「やめろォ!」
猫に羽交締めされる日が来るとは俺も思わなかった。ちょっとふざけすぎたか。
「わかったわかった…で?訳ってのはなんだよ?」
「そ、そうなんだよ!これには深ぁ〜い訳があるんだ…」
そう言って彼女はその深い訳を語り始めた。
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クレセントは悪ガキだった。
産まれた時に『ソロモンの娘』ということでチヤホヤされすぎたのが原因だったのだろうか。
周りは何をやっても文句を言わない。気づけば彼女は暴れん坊悪魔になっていた。
他の悪魔達から時々いたずらに魂を奪っては暴れる。壊す。そのうちソロモンも『教育しなきゃダメだ』と気づいたのだろう。クレセントにお目付け役を大量につけて、ソロモンの娘らしい悪魔に育てようとしていた。あの金髪老人のアガレスもお目付け役の一人だったという。
クレセントがお目付け役の効果でフラストレーションが溜まりつつあった時、それは起こった。
一人の悪魔が天使に騙され、倒されてしまったのだ。それを聞いたソロモン達は怒り狂い、戦争の準備を始めた。
そこでクレセントは考えた。
…ここで先陣を切って大活躍したら少しは扱いが改善されるのでは?
そう思いついた彼女は家臣団から力を根こそぎ奪い取り、天使達を倒すべく現世へと向かったのであった。
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「…とまぁこんなところだな」
「はい!情状酌量の余地なし!撤収ゥー!」
「ええっ!?」
クレセントが抱きついて暴れる。
「な、なんでだよ!アタシが魂を奪った理由はちゃんとあっただろ!?いたずらじゃなかったんだよ!」
「いや全部お前の自業自得じゃねーか!」
まず待遇を改善しなければいけなくなったのもクレセントが暴れたから。
戦争の準備が滞ったのもクレセントが邪魔したから。
そもそも先立って闘う為に味方の力を奪う奴があるか。
この訳のどの辺が深ぁ〜いのか教えて欲しい。
「というわけでノクさんを呼んできまーす」
「ま、待ってくれ!まだあるんだって続きが!」
「続き?」
俺はピタっと足を止める。
「そ、そうだ、むしろこっちのが大事なくらいなんだ…」
そう言うとクレセントはまた話し始めた。
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ノクに捕まりそうになって転生術式を使ったクレセント。
だが彼女は転生術式をまだ完璧には制御できなかったのだ。
そのせいで家臣団から集めた魂が転生術式から逃れて、黒猫の体に少ししか定着しなかったのだ。
なんとか魂の在り処を探しに行ったらなんと…天使が家臣団の魂を持って行ってしまったのだ!
焦ったクレセントは考えた。元の身体に戻って天使から魂を取り戻さなければ、ソロモンが怒って済む問題ではない。
ワンチャン魔界追放まで有り得るのだ。
どうしようと考えていると、なんと自分の身体がそこらへんをウロチョロしているのを見つける。
とりあえず身体を奪い返して、それから考えよう…。
クレセントはそう考えた。
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「という訳なんだよ」
「最悪じゃねーか!!」
天使を倒すどころか天使に最強のウェポン授けちゃってるよコイツ!先陣切って敵を倒すどころか敵に塩送ってるよ!
「つ、つまりだ!今アタシを親父のところに送っても魂を返したりできないってことなんだ!な?見逃してくれよ」
「やだ」
「なんで!?」
「そりゃおお前…」
俺はグッと拳を握りしめて言う。
「俺がお前に迷惑かけられたからだよ!!」
「うっ」
クレセントがたじろぐ。
「俺がソロモンに恫喝されたのもお前のせい。悪魔達に罵声を浴びさせられたのもお前のせい。現世での尻拭いをさせられたのもお前のせい」
「うぅっ」
「そもそも俺が死んだのもお前のせいじゃねーか!」
「くぅぅっ!」
クレセントに大ダメージ!
「というわけでノクを…」
「ちょっと待て!」
なんだよもぅ。俺は振り返る。
「よーく考えろ?今アタシをソロモンのところに送って、そのあとどうなると思う?」
ん?そりゃソロモンの家臣団の誰かが、天使に…アレ?
家臣団って今力ないんじゃ?
そもそもソロモンと家臣団って一緒にいなきゃいけなかったような。
「もしかして動けるのって…俺たちだけ?」
「そう!そうなんだよ!」
クレセントはここぞとばかりに捲したてる。
「今動けるのはどちらにせよアタシ達だけ!アタシとお前と…ノクの三人なんだよ。つまりアタシを見つけたことを報告しようが報告しまいが結局は、アタシ達が天使を探すことになるんだ!」
なるほど…。つまるところクレセントがソロモンに怒られて天使探しか、それともこのまま天使探しかって話なのか。
「そ、それにさ!お前、その身体気に入ってるんだろ?」
「え?まぁそうだけど…どうして?」
確かにこの身体は最高だ。華奢で力無いけど、気分としては常に幼女と一緒にいる気分だ。
「いや…風呂場で…む、胸揉んでたし…」
そういや黒猫を風呂に入れる時に揉んだような気がする。めっちゃ嫌そうな顔で見てたのはそれか。
「ソロモンのところにアタシを送り返したら、もしかしたらお前が黒猫の体に入るかもしれないぜ?」
なに?それはまずい。あの極上の時間を奪われるのは少し辛い。
「な?ここまででわかっただろ?このまま現世で、アタシから魂を奪った天使を探しにいこうぜ?」
んー…正直迷うな。このクレセントの言葉を信じてよいものか。ソロモンにしっかり意見を求めた方がいい感じもする。しかも天使を探す。どう考えても戦う未来しか見えない。
「そもそも天使を探すって…姿で特徴的な部分とか覚えてるのか?」
「んー。あ!確か赤い変なカバン背負ってたな…」
ぴくっ。俺のセンサーに反応あり。
赤い変なカバン…?
「もしかして…黄色い帽子だったか?」
「おお!よくわかったな!そうそう黄色い帽子だよ!」
「近くに同じ格好してる奴がたくさん…?」
「お前すげーな!そうだよ、列で並んでさぁ」
俺はクレセントのにゃんこハンドをがっしり握る。
「え?」
目をパチクリさせるクレセント。
「クレセント…よろしくな!」
「あ、あぁ…」
どうやら始まりそうだ。
夢にまで見た。
俺の美少女・小学校ライフが!!
今回短かったので次の投稿は2/11朝にします。
次は挿絵付きの予定です。




