黒猫の舞い
「ノクー?」
俺は林の中にノクを探しに来ていた。
さっきと同じ場所にいると思ったんだがなかなか見つからない。
「ノ…うわっ!」
木の陰にとんでもない負のオーラを感じる。
ヒョイっと覗く。
「…ヴォー……ヴァー…」
うわぁ…さらに悪化してないか?コレ。
震えてはいないが目の焦点が合っていない。
「ノクー。ノクさんやー」
目の前で手を振ってみるが反応はない。
目の前に座って目を見てみる。虚だ…。
うーん…とりあえずコイツ渡してみるか?
俺の腕の中でぐでっとしている猫を見る。
どう考えてもこの愛玩とかけ離れたような状態のネコを抱かせても意味はなさそうだが…。
猫はなんだか嫌そうな顔をしていたが「フゥ」とかため息をつきながら渋々ノクの膝に収まる。コイツさっきからめちゃくちゃ不機嫌だな…。
「…どうだ?」
「……………」
ダメか。ノクは完全に沈黙している。
まぁこんなぐで猫じゃあな。
「これじゃ俺がノクをおぶって移動するしかないか…」
流石に春とは言えども夜は寒い。野宿ってのもなかなかにキツイだろう。だんだんあたりも暗くなってきた。
ノクの膝から猫を取り出す。そして落ち葉の上に置く。
「よーしじゃあお前はここでサヨナラだ。またな!」
さーてノクを背負って……ガシッ。
ん?
…猫が背中に飛び乗ってきていた。
俺は背中から猫を外して降ろす。
「ハハハどうしたんだー?もうお遊びはは終わりだぞー?」
流石に動けないノクに加えてこの黒猫まで連れていくのはしんどいからな。猫をもうひと撫でする。
「ほらお前もアッチへお行き」
さーてノクを背負…ガシッ。
…………………。
背中から猫を外す。降ろす。猫を撫でる。
さーてノクをガシッ。
「いやどうしたんだよお前!急に懐くな!」
猫は背中から必死に猫を剥がそうとするが、猫が爪を全力で立てるせいで離れない。
猫は必死の形相だ。「絶対離さねぇ!」って感じの気迫が伝わってくる。
なんだコイツ?どうしても俺たちについてきたいのか?
「あのなぁこの状態のノクとお前、両方連れてくのは…」
ん?いや、そうだ。コイツになんとかして貰えばいいのか。
俺は思いついた案を猫に話す。
「おい、お前さっきのぶりっこする気あるか?ベンチで俺にしたみたいな奴」
猫は嫌そうな顔をする。猫でない俺にすらハッキリ分かるほどの嫌そうな顔だ。
「もしお前がそこのノクを復活させられたら俺たちと一緒に来てもいい。どうする?」
猫は考えた。いや別に猫の思考が読めるわけではないが、明らかに考えたようなポーズをしている。人間みたいな動きすんなコイツ。
そして。
「にゅあ〜ん♡にゃんにゃん♡」
ノクの膝で転がり始めた。コイツがもし人間なら役者になれるだろうな。
お!ノクがぴくっと反応した。
「ネ…コ…ちゃん…?」
おお!反応あり!いける、いけるぞ!!
「おいもっとだ!もっと頑張れ!」
「にゅあ〜んにゅあにゅあ〜ん♡にゃんごろぉにゃん♡」
猫がついにプライドを捨てた。いや逆に役者魂は感じるかもしれない。
「頑張れ!そこだ!決めろ!」
二人と一匹のやりとりは日が沈むまで続いた。
───────────────
「ふーんふーん♪」
すっかり上機嫌のノク。疲れた俺。もっと疲れた猫。
ノクは鼻歌を歌いながら腕にしっかり猫を抱きかかえている。
あの後、黒猫の狂気の舞でなんとかノクの精神を回復させることができた。が、いつのまにかもう夜。
近くでホテルを借りようにもお金もないし、何より子供二人と猫一匹では補導されるのがオチだろう。
というわけで一行は俺の家に向かっていた。
「本当に大丈夫なのか?」
俺は鍵ももってないし、そもそも俺の家はそんなに広くない。というかマンションだ。
流石に二人と一匹が住むには手狭だろう。
そういう風に説明しても、
「大丈夫ですよ、安心してください!ふんふん♪」
と返ってくるばかりだ。
猫の狂気の舞に当てられて頭が溶けてないといいんだが。
そんなことを言っている内にもうマンションだ。昔ながらのマンションだから一階にロックも何もない。
背を伸ばしてエレベーターに乗り、なんとか家の前についた。さて。
「ふぅ…で?どうするんだ?」
そう聞くとノクはドヤ顔で答える。
「ふふふ…こうするんです!」
ノクはそう言いながら郵便受けに手を突っ込んだ。
…ノク。郵便受けに手を突っ込んでも鍵には届かないと思うよ。
なんだか周りから見ている気分としてはとても複雑だ。
いつまでもうんうんやっているノクが可哀想に思えてくる。
「ノク…残念だけどそれじゃ鍵は…」
「出来ました!」
「え?」
と言った瞬間に扉がパカッと開く。え?え?
まるで理解できない俺を置いてけぼりにして、ノクは中にズンズン入っていく。
え?もしかしてノクってピッキングの達人だったり?しばらくポカーンとして突っ立っていると猫に足を叩かれる。
お前落ち着いてんな。まぁとりあえず中に入るか。
「うおおっ!?」
中に入った俺はもっと驚いた。
ピンクのストライプの壁。オレンジ色のマットレス。ブラウンの熊の人形。
俺の家の玄関がものすごくファンシーなことになっていた。
しかもなんだか玄関がやたらと広い。普通の一戸建ての家みたいだ。
奥を見るとまだ元の俺の部屋が広がっている。
「驚きました?」
「お、おお。これももしかして…」
「そうです。結界術の応用です」
そう言いながらノクが壁に触れる。すると触れた部分が元の白い味気ない色から、ピンク色の綺麗なストライプ模様になる。さらに触ったあたりがぐんぐんと空間を広げていく。
「『部屋』として認識できる、ある程度の大きさの空間なら、私が壁に触れることでその物質の境界線を弄ることができるんです。」
え?それっていくらなんでも強すぎないか?
ノクの能力だけなのだろうか。それとも悪魔って全員こんな感じ?
「まぁ私の触れたところしか変化させられないので、部屋中を満遍なく触っていく必要があるんですけどね?」
そう言いながらノクはどんどん部屋を改造していく。
超大きな暖炉。たくさんのぬいぐるみ。大きなベッド。でっかいフリル付きのカーテン。
俺がほぇ〜っと見とれているうちに気づけば俺の家は洋風でファンシーな豪邸に様変わりしていた。
「すっげえ…」
流石にこれは驚きだ。ノクも自慢気な顔をしている。
黒猫は相変わらずつまらなそうな顔をしていた。
「へぇ…」
俺はその辺のぬいぐるみを一つ持ち上げようとする。
が、持ち上がらない。アレ?
「ルノさん、それは壁を押し出して作っているモノなんです。壁からとることはできませんよ」
へー調度品は全部、壁から出来てんのか。
でももしとれてしまったらノクの能力が最強すぎて困ってしまうところだった。
しかし随分とファンシーな部屋だな。『女の子ッ!』って感じの部屋だ。
「ぬいぐるみがやたらと多いな…これも能力の仕様なのか?」
「あ、えーとそれは…」
ノクがモジモジしながら言う。
「私の…趣味です…」
あ、そうなのね。
まぁクレセントが見つかるまでの時間だしな。捕まえるのは彼女の仕事。このぐらいは大目に見てやろう。
それにしても疲れた。今日は色々ありすぎた。明日から頑張ろう、クレセント探し。
そうノクに伝えると「そうですね、私も疲れました」と言った。
───────────────
それから数時間。
汚い黒猫を無理やり風呂に入れたり。
俺が風呂で胸を揉んでいるところをノクに見られてドン引かれたり。
逆にノクを覗こうとして怒られたり。
ノクが作ったケージに暴れる黒猫を無理やりぶち込んだり。
気づけば真夜中になっていた。
俺はふかっふかのベッドで寝転ぶ。
「たはーっ!疲れた…!」
新しい身体になってからまだ全然経っていないのに随分と苦労をしている気がする。
それもこれもだいたいクレセントのせい。そう考えると明日の捜索に身が入るってもんだ。
よーし明日のために、おやすみ!
…ん?
なんか負のオーラが見える。なんか物凄く近いところから見えるような…。
あれ?これもしかして俺から出てる?
おかしいな。俺は別に怒ったりしてるわけではないんだが…。
…もしかして…いや、これもしかしなくても負のオーラじゃないのでは?
なんだか不安になってきた。
さらに気がつく。
そういえば…今日の公園での異常なジャンプ力の事もまだノクに話していなかった。
まだ起きてるかな…?
俺はベッドから降りてトコトコっと扉に近づくと大きな音を立てないようにノブをひねる。
リビングを挟んで向かい側がノクの部屋だ。
そちらに向かおうとしてリビングに差し掛かった時。
「…ったく…くだらねぇ…」
ん?誰かの声が聞こえる…。
ケージの方からだ。
「…こちとらこんな姿になって大変な思いしてるってのに…」
…そこで俺が見たものは、『黒猫が二本足でケージの鍵をガチャガチャ弄りながら人の言語を話している』という、とても奇妙なものだった。
「なーにが『にゅあーん♡』だよクソ…こちとら天下のクレセント様だぞ…」
は?今…なんて?
「全くアタシの身体に入ってるくせに何やってんだか…身体を取り戻したらタダじゃおかねぇ…っし開いた!」
………………。
「よぉーし待ってろよ泥棒。アタシが今身体を…」
黒猫が俺を見つけた。
「……………………」
俺と黒猫の間に微妙な空気が流れる。
黒猫はゴホンと咳払いして四本足の状態に戻ると。
「…にゅあーん♡」
プライドを捨てて全力で誤魔化しにきた。
次は2/10夜投稿です。
※誤字修正致しました。(2/9)




