コンプレックスのない世界
デレレレデレレレッデーン!
「おはようございます!六時五十分になりましたー、ニュース『シックスファイブ』!のお時間です!本日も私、部井ピー男が皆さんの元へ新情報をお伝えして参ります!」
背広に赤いネクタイの溌剌としたキャスターが捲し立てる。
「さてぇ…今日は、今田目タロウさん、河合ショウジさんをお招きしておりまーす!」
「よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
軟弱そうな若い男と年季の入ったシワの老獪が答える。
「では早速最初のニュースですが…もちろん皆さんにはもう何のニュースかお分かりのことでしょう。昨日発表されました…『新・児童性愛者特別法』について、です」
スッとボードが部井の前に置かれる。
「年々増え続ける、いわゆる『ロリコン』による被害を深刻に見た政府。昨日、ついにロリコンに対する厳罰な処置法案が国会にて認可されました」
部井がボードを立てる。
そこにはいかにも変態、という感じのロリコンと泣きそうになっている幼女のイラスト。
グラフには右肩あがりのロリコンによる犯罪の数が示されている。
「今回の法案では、今まで人権によって守られてきた『ロリコン』という存在を抹消することが目的とされています。
犯罪者、特に劣悪な『ロリコン』には人権が必要なのか。今回その疑問に対して答えが出た形になったでしょう」
一呼吸おいて部井が質問を投げかける。
「…河合さん、犯罪学の権威として。やはりこの法案で世の中は良くなりますかね?」
「くだらんな」
河合は一蹴する。
「ほぅ…くだらないとは?」
「そのままの意味だ。いくら犯罪者とはいえ、人権を剥奪する、ということの恐ろしさを政府は分かっていない。人として扱われないということ、それは恐ろしいことだ。そもそも犯罪者の中でも児童性愛者が特に劣悪?全くそうは思わんね」
「……………」
部井は笑顔のまま黙りこくっている。
河合は続ける。
「劣悪な犯罪者というのは、いわゆる大量殺人鬼や国内に麻薬を持ち込む組織の親玉のような奴らのことを言うのだ。そもそもなんだね?私は長年犯罪に携わってきたが、児童性愛者による犯罪が最近増加したなんていうデータは……ん?なんだね君たち…うわなにをするやめ」
急に映像が途切れる。湖畔を往くボートが映し出され、真ん中には『しばらくお待ちください』の文字。
数分後、パッと映像が戻る。
「失礼しました。どうやら映像に乱れがあったようです!では先ほどの続きから…」
ゲストの席に座っているのは今田目だけになっていた。
河合はどこへ行ったのだろうか。
「では今田目さん、児童福祉長として。今回の法案について、いかがお考えですか?」
今田目は引きつった笑顔で答える。
「や、やっぱりロリコンっていうのは悪い奴らで!これで世界は平和になるんじゃないかな!ハハ!アハハ…」
部井の顔がニッコリと笑う。
「で、でもちょっとやりすぎかなーって…」
「ゴホンゴホン!」
部井が急に咳き込み始める。
「あぁ申し訳ない。急に咳が出てきてしまって…聞き逃してしまいました。今田目さん、なんて?」
「で、ですから…やり」
「ゴボンゴホン!」
今度は明らかにわざとらしい。
「今田目さん…。な・ん・て?」
「………な、なんでもないです」
「そうでしょう!」
部井が話し始める。
「今回の政府の判断を著名人も評価しています。今後はロリコンという恐ろしい存在に怯えることなく済む。いい社会になったものですね!」
スタジオには有無を言わせぬ空気が漂っていた。
「それでは次のニュースです。えー…」
急に部井がスタッフを足元に呼ぶ。
そして小声で耳打ちする。
(…オイ!このタイミングでこんな原稿流せるわけないだろ!すぐに取り替えろ!)
(す、すいません!)
「今日はどうやら不備が多いようで大変申し訳ございません。すぐに復旧いたしますので…」
部井がなんとかその場を取り繕う。
スタッフの持っていた原稿には。
『ロリコンが少女を助けようとして車に轢かれ…』といった内容が書かれていた。
西暦二千二十年。ロリコン氷河期時代の幕開けであった。
続きます。