少年
木霊の老人とて怪しげな侵入者を無闇に黒い森に留めたくはない。
しかし、クロフォードには人を引き付ける不思議な魅力があった。
木霊の老人が与えた木の実と不思議な雫のおかげでクロフォードの体力は徐々に回復していく。
その間、クロフォードは異国の話を、木霊の老人は過去の話を懐かしむように話した。
それは二人にとって至福の時間だったに違いない。
一陣の夜風が吹き、葉がざわめく中、クロフォードは静かに問いかけた。
「人はどうあるべきなのか、この世界はどうあるべきなのか考えたことはあるかい?」
微かに浮かべた笑みは静かな星空へと消えた。
「この手に世界の行方がかかってるとしたら、何を優先すればいいんだろうな。全てを救うなんてことは
できないのはわかっている。でも、両手に大事なものを抱えて片方しか救えないとしたら……」
そこには苦悩するひ弱な少年がいた。
「僕はどうしたらいいのかわからない。でも、僕は先に進まなきゃ……」
何かに耐えるようにクロフォードは歯を噛み締めた。
「この先に進むことは許さん!」
その声に顔を向けたクロフォードの前には銀髪の男が立っていた。
「ヴァルガス」
予見していたのか、木霊の老人が男の名を囁く。
「木霊の老よ、この少年は危険すぎる」
木霊の老人が次の言葉を発する前にヴァルガスは木霊の老人とクロフォードの間に立ち、厳しい表情をクロフォードに向けた。
眼光に鋭さを増した瞬間、地面から無数の鎖が伸び、クロフォードの四肢に絡まった。
踠くクロフォードに鎖は更に巻き付き、全身を覆っていく。
鎖には幾枚もの札が絡まっていた。
札に刻まれた文字が怪しく光り、音を立ててクロフォードを締め付けていった。
「封印できるとでも思ってるのかい。この……僕を!」
鎖の中から怒気の篭った声が上がり、音を立てて鎖が弾けた。
中から躍り出た黒い影が、一気に跳躍しヴァルガスの眼前に迫る。
黒髪から覗く眼光に気圧されたヴァルガスが尻餅をつき、逃れるように手を掲げた。
しかし、次なる攻撃はこなかった。
たじろぐヴァルガスの目の前に、細い枝が差し出されていた。
「クロフォード、お前はこの為にここに来たのか」
木霊の老人は諭すように語りかけた。
「お前の進むべき道は違うのであろう? お前の望むべき事は……」
沈黙した影は少年の姿を取り戻していた。
「爺さん、ごめん。こんなはずじゃ……」
顔を背け一気に跳躍したクロフォードは、下がるように森の闇に溶け、そのまま黒い森から姿を消した。