力
四人の魔法士が放った炎は一つに重なると揺らめきを増し、少年の半身を覆いつくさんが如く迫る。
対する少年は拳を炎へと振り上げていた。
無駄な足搔きと誰もが思ったであろう。
しかし、炎は少年を焼き尽くすことなく真下に落ちた。
その半場までをも地面に埋め、炎はゆらゆらと燃える。
目を見開く魔法士たちの前で炎は、地に生えた火草のように揺蕩う。
殴ったものに重力を加味する能力。
歩兵隊は潰されたのではない。
自らの重さに潰れたのだ。
「何をしている! 次を放て!」
エリゼウに叱咤され魔法士が構える前に、少年は魔法士の目の前に迫っていた。
小さな拳が最大の恐怖となって魔法士に突き刺さった。
憎々しげに魔法士の最期を見届けたエリゼウは、杖を翻しその姿を水へと変える。
エリゼウを形作った水は音を立て地面に崩れ落ちると、地面に滲みこんでいった。
荒い息を吐きながら少年は周りに視線を這わす。
脅威は消えていた。
否、新たな脅威が妹の傍らに屈み込み、少女の胸に指を置いていた。
「やめろ!」
脅威に駈け出そうとした少年を右手が制止した。
「じっとしてなって」
気の抜けた声は、場違い甚だしい。
しかし、少年の体は硬直したまま指一つ動かなかった。
二本の指を胸に当てていた男は、ゆっくりと指を滑らし喉元へと上げていく。
口からごぼごぼと水が溢れ出し、激しく咳き込んだ少女はそのままぐったりと地面に横たわった。
「ロア!」
自由を取り戻した少年が、男を撥ね退け駆け寄るとロアと呼ばれた少女を抱え上げる。
少年の腕の中でロアは静かに呼吸を繰り返していた。
安心した笑みを浮かべる少年の横で、男も笑みを浮かべるのだった。
森の葉を撫でるようにやさしい風が黒髪を揺らしていた。
顔半分を覆い隠した黒髪の男は、先ほどの戦闘が嘘だったかのように寛いだ雰囲気を醸し出している。
「久しぶりだな、ギル」
地べたに胡坐をかき、にっと笑う男にギルは警戒した表情を浮かべる。
「あんた誰だ?」
「覚えてないか? ヒューム・クロフォード」
「知らないな」
ギルは警戒しきった顔でクロフォードを睨む。
「じゃあ、樹の爺さん元気か?」
一瞬考え込む表情を浮かべたギルは目を見開くと、ロアを抱え立ち上がった。
「帰れ! ここは俺達の森だ」
ロアを抱えたまま足に力を込めるや、一気に木の上へと飛び移ったギルはそのまま森の奥へと跳躍していった。
「やれやれ、勝気っぷりは昔のままだ」
クロフォードは頭を搔きながらそう呟くのだった。