溺れ
森の木々を縫うように進む黒髪は地を這う様に、木々の陰から現れた黒髪は鋭角に視覚の隅へ、縦横無尽に駆け巡る黒髪は怒涛の如くエリゼウの隊を襲った。
「何度来ようが同じこと」
魔石が青く輝くと次々と黒髪を燃え上がらせた。
エリゼウの隊は燃え上がる黒髪を断ち切り、森の奥へと消えていく黒髪の方へじりじりと歩を進めていた。
引いていく先に黒髪の本体がある。
エリゼウの読みは当たっていた。
草木の切れ目に蠢く黒い塊を見つけたエリゼウは、口が裂けたかのような笑みを浮かべる。
「見つけたぞ」
くるりと杖を回転させ、黒髪の塊へと杖を突きだすと何事かを囁く。
黒髪の周りに滲み出した水滴が一気に水の球体となり、塊を包み込んだ。
抵抗するように黒髪が四方八方に延びたが、球体に阻まれ形を歪にするだけだった。
しばらく蠢いていた黒髪が動きを止め、黒髪の中から年端もいかない少女が現れる。
球体に小さな手を突き、苦しそうに泡を吐く。
「その中で溺れ死ね」
エリゼウは楽しむようにその光景を眺めていた。
ごぼりと大きな泡を吐き出した少女は、項垂れると球体の中に浮かび上がった。
「森の民の力も高が知れている」
球体の中の少女を見下ろし、エリゼウは高らかに笑い声をあげた。
異変に気が付いたのは歩兵隊の一人だった。
球体の一部が鋭角に凹むと中の水が溢れ出し、地面が陥没した。
何かを言う前に歩兵隊が潰れ、後を追う様に他の歩兵も拉げていく。
「お前か! 妹をこんな様にしたのは」
歩兵隊がいた場所にいつの間にか現れた少年が、憎々しげにエリゼウを睨んでいた。
何事もなかったようにエリゼルは少年へ杖を向ける。
「態々出てくるとは探す手間が省けた。お前もそこで溺れていけ」
水が染み出し球体を築いていく。
しかし、球体が出来る前に少年は右へ飛んでいた。
辛うじてその動きを捕らえたエリゼウが、球体を形作りながら少年へ杖を振るう。
球体に取り込まれれば少年も溺れ死ぬだろう。
左右へと球体を交わしながら少年が右手を球体に掲げると、球体が陥没し中身をまき散らした。
「無駄なこと。それはお前を捕らえるまで再生し続ける」
言葉通り欠けていた箇所が元へと戻っていく。
「なら、本体を攻撃するだけだ!」
少年が一気にエリゼウに詰め寄り、拳を振り上げた。
拳は見えない壁に阻まれる。
「今だ」
後ろに飛び退るエリゼウの合図に、少年の横合いから魔法士の炎が襲った。